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第十九話 廃業の危機
廃業の危機 六
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男はまっすぐぼくを見つめていた。
彼からぼくらの姿は見えない。唯一わかるのは雑草を踏む足跡だけだ。
だが、見えている。
理屈ではない。長年修羅の道を生き抜いた経験が、彼に驚異的な直感力を与えている。
ぼくにはわかる。それだけの気迫がそこにある。
「待ってください」
ぼくは刺すような殺気を感じながら、腰の剣に手を添え、言った。
「ぼくらはあなたの敵じゃありません。わけあってここにいます」
「む……?」
男はいぶかしげに言った。
「妙なヤツだ。男のような、女のような……だが芯のある声をしている」
「ぼくは男です」
「……だろうな。闘気を感じる。剣術に通じているな」
すごい! 見えないのにそこまでわかるなんて!
「だが、どっちだろうと関係ない。おれたちは悪党を許さん」
「待って! ぼくらは違うって……」
と、ぼくが弁明しようとするさなか、男は地面を突き刺すように蹴り、雑草ごと蹴り上げた。
土草が舞い、ぼくらに降り注ぐ。すると、ぼくらの姿は擬似的に透明じゃなくなった。全身に付着した汚れは“見えなくなる魔法”が染み込むまでのコンマ数秒、目印となる。
その一瞬——男のナイフが風を切り、体ごと飛び込んできた。
だが!
「ふんッ!」
男は急制動をかけて立ち止まり、なにもない空間を切り裂いた。
直後、彼の体を避けるように、左右に稲妻が走った。
「……すごいな。このタイミングで斬れるとは」
背後でレオが言った。
「ひとは攻撃の瞬間、最も隙ができる。だからそこを狙ったんだが……いやはや、只者ではない」
なるほど、やっぱりレオは一流の魔術師だ。
魔法は無敵ではない。どんなに強力な攻撃魔法でも、銀には傷ひとつつけられないし、わずかの衝撃も与えない。そして銀の刃はたやすく魔法を斬り裂く。
もっとも、タイミングが合えばの話だ。
「魔術師がいるのはわかっていた」
男は言った。
「“見えなくなる魔法”だろう? そんなもの、いくらでも対峙してきた。その程度の小細工に負けるようなら、おれはとっくに死んでいる」
道理だ。事実、見極めていた。
「ならこれはどうかな?」
レオは余裕しゃくしゃくで言った。そして彼女の全身からブワッと魔力が放出された。
「斬れる魔法と、そうでない魔法があることくらい、知っているだろう?」
魔法はおおまかに二種類ある。変換魔法と状態魔法だ。魔力を炎やいかずちに変換し、相手にぶつけるのが変換魔法で、これはある意味魔力のかたまりを飛ばすようなものだから斬りやすい。
だが、状態魔法は違う。“顔を覚えられない魔法”や“見えなくなる魔法”といった、対象の状態に影響を与える魔法は、粉をふりかけるようなかたちで魂や肉体に入り込ませるから、まず斬ることはできない。
しかし——
「なにかしたか?」
男はドスの効いた笑みを浮かべた。どうやらレオは“動けない魔法”をかけたらしい。
だが彼はピンピンしていた。状態魔法が通用しない。
「なに……?」
レオはギリリと歯ぎしりを鳴らした。彼女の魔法にかからない人間などそういない。よほど強い魂か、あるいはすでに別の魔法がかかっているかだ。
「あいにくおれは、もうかかっている」
「だがわたしの魔力で押し出せないとは……」
「腕のいい魔術師がいたんだよ」
男は腰を落とし、ナイフを構えた。殺しの合図だ。もう茶番は終わりだ、と目が言っている。
「クソッ!」
レオは無数の稲妻を落とした。雨を降らすような猛攻だ。まず常人では避けられない。
それでも男は受け切った。ナイフを二本持ち、回避と防御ですべて退けた。
その手足が見えない。風が踊っているようだ。
レオは焦っていた。絶対無敵のはずが、こんな老いぼれに軽くあしらわれている。
いのちの危機を感じているだろう。死相判断が正確じゃないいま、死相の出ていないぼくらが死ぬ可能性は大いにある。
まさか負けるのか? まさか死ぬのか? そんな恐怖が貌に浮かび、くやしげにゆがんでいる。
そうだよね。怖いよね。死んじゃうかもしれないもんね。
でも…………たのしいなぁ。
ぼくさ、強いひとが大好きなんだ。強いひとが戦うのを見るのもすごく好きだし、そんなのと戦えたら最高だ。
レオの魔法を受け切れるひとなんて、ぼく以外いないと思っていた。
こんなにすごい動き、見たことがない。
こんなに鋭い気配、感じたことがない。
きっと父さんよりも強い。ぼくの知る限り、彼より強い男はいない。
「ねえ……やめて」
ぼくはレオの名を漏らさないよう気をつけて言った。
「魔法やめて。ストップ」
レオは攻撃を止め、
「なんだ!」
と、ぼくを見た。すると、
「なっ……おまえ!」
彼女は苛立ちも恐怖も忘れて声を上げた。
わかってるよ。魔法が解けてるんでしょ? ふだんのぼくだったら絶対解けないけど、こんなにたのしくっちゃ、しょうがないよ。
「これは……」
男はぼくを見て唖然とした。ふふ……女みたい? いいよ、なんでも。たのしければなんでもいいさ。
「ねえ、おじさん。ぼくと勝負しようよ。魔法なんか抜きでさ」
「おいおまえ、なに言ってる!」
レオはつかみかかるいきおいで言った。が、
「うるさいなあ!」
ぼくがちょっと強く言うと、ビクリと肩の跳ねる気配があった。魔法のグループを出たいま、彼女の姿は見えない。
ぼくは男と見つめ合いながら言った。
「ねえ、ぼくこれからこのひとと戦うから、絶対に手出ししないでね」
「おまえ……本気で言ってるのか?」
「そうだよ?」
「バカを言うな。やるならふたりで連携した方がいいに決まってるだろう。遊びじゃないんだぞ」
「ふふふ……そうかなぁ」
ぼくは笑いが抑えられなかった。だって、レオったらやっぱり女なんだもん。男ってもんがなにひとつわかってない。
男はロマンだ。熱風を浴びてよろこぶ生き物だ。理屈なんかより、不条理な信条にいのちを燃やす。
「わたしが魔法で援護する。おまえの剣とわたしの魔法が合わされば、いくら屈強でも……」
「だからやめろって言ってるだろ!」
「!」
レオの言葉が詰まった。
「まさかぼくが負けるとでも思ってるの?」
ぼくはおだやかに言った。ふだんの会話とおなじ声だ。その方がきっと、レオも安心する。
「大丈夫。ぼくは負けないよ。知ってるでしょ?」
やさしく言った。きっと父親が娘をなだめるとき、こんな声を出すんだろう。
おかげでやっとわかってくれた。
「……負けたら死ぬんだぞ」
「負けないよ」
「……バカ者め」
ため息ののち、ぼくのくちびるにやわらかい感触が訪れた。肩に手のあたたかさを感じる。
ふふふ……心配性なんだから。そんなこと、あとでいくらでもできるよ。
ぼくは見えない腰を軽く抱えた。レオは十秒近くぼくにくっついていた。そして離れぎわに、
「愛してる……頼んだぞ」
と小さく言った。ぼくは「うん」と、ひとことだけ返した。
視界の隅で、足跡が家の壁際に向かうのが見えた。ずりっと擦れる音と、コルクを抜くきゅぽっという音が聞こえた。壁に寄りかかってウィスキーの小ビンをクイっとやってるに違いない。
「さ、て、と……」
ぼくはいまいちど男に集中した。彼は待ってくれていた。やっぱりかっこいいひげの持ち主は紳士だね。
「それじゃ、戦おっか」
ぼくは剣を抜いた。ごく標準サイズの銀混じりだ。鞘から出すときの音が心地よい。この音を聞くたび、男に生まれたことに感謝する。
「おまえ……何者だ?」
男が身を低く構え、言った。
「単なる密売業者とは思えん……小悪党がこんな大むかしの騎士みたいな真似をするはずがない……それに、目の輝きが違う」
「いいじゃん、なんでも」
「おれは自治会だ。いのちを張るのは国のためだ。おまえが敵でないというのなら、わざわざ戦う必要などない」
えー? それは困るなぁ。
「いいよ、敵だよ。大悪党だよ。犯罪者だから殺しにきてよ」
「こいつ……」
男のかかとが数ミリ退いた。まるで狂人でも見るような目をしていた。
戦意が薄い。少なくともぼくを敵だと思ってくれてない。
……じゃあ、やる気を出させてあげよう。
「来ないならこっちから行くよ!」
ぼくはぎゅっと剣を握り、一気に駆け寄った。男は相変わらず動かない。そこに、
「ええいっ!」
くるりと右に一回転し、いきおいを剣先に乗せて叩き込んだ。
「うっ!」
ガキンと金属音が鳴った。
男は両方のナイフで受け止めた。正確なガードで、びくともしてない。だが、目は驚愕に見開いていた。
衝撃の強さが予想外だったのだろう。なんせぼくは細腕だ。どう見たって弱っちいし、実際腕ずもうじゃ子供にも負ける。
だけど技術がある。心得がある。
ぼくは父さん以外の人間に負けたことがない。真剣でも、木剣でも、ぼくを下せる者はだれもいない。
ふふふ……性格悪いかな? 正直ぼくは、強さを見せつけるのがたのしくてしょうがないんだ。
「どう、やる気出た?」
ぼくは笑って言った。男は息をのんでいた。
「次は殺す気でいくよ」
そう言って身をひるがえした瞬間、右手のナイフが脇腹を狙った。
最短距離で、しかも視認しづらい部分。
「そうこなくっちゃ!」
ぼくは転ぶように避け、流れで足を刈り取ろうとした。
当然避けられる。避けられるのをわかって狙った。
ふたりのあいだに距離が生まれ、ぼくらは視線を交えた。
男はぼくのニコニコ笑顔に、睨み上げるようなまなざしを向けた。
「どうやらおれも神様にきらわれているようだな」
男はうんざり言った。
「こんなわけのわからないヤツに、意味もなくいのちを賭けなきゃならないんだからな」
彼からぼくらの姿は見えない。唯一わかるのは雑草を踏む足跡だけだ。
だが、見えている。
理屈ではない。長年修羅の道を生き抜いた経験が、彼に驚異的な直感力を与えている。
ぼくにはわかる。それだけの気迫がそこにある。
「待ってください」
ぼくは刺すような殺気を感じながら、腰の剣に手を添え、言った。
「ぼくらはあなたの敵じゃありません。わけあってここにいます」
「む……?」
男はいぶかしげに言った。
「妙なヤツだ。男のような、女のような……だが芯のある声をしている」
「ぼくは男です」
「……だろうな。闘気を感じる。剣術に通じているな」
すごい! 見えないのにそこまでわかるなんて!
「だが、どっちだろうと関係ない。おれたちは悪党を許さん」
「待って! ぼくらは違うって……」
と、ぼくが弁明しようとするさなか、男は地面を突き刺すように蹴り、雑草ごと蹴り上げた。
土草が舞い、ぼくらに降り注ぐ。すると、ぼくらの姿は擬似的に透明じゃなくなった。全身に付着した汚れは“見えなくなる魔法”が染み込むまでのコンマ数秒、目印となる。
その一瞬——男のナイフが風を切り、体ごと飛び込んできた。
だが!
「ふんッ!」
男は急制動をかけて立ち止まり、なにもない空間を切り裂いた。
直後、彼の体を避けるように、左右に稲妻が走った。
「……すごいな。このタイミングで斬れるとは」
背後でレオが言った。
「ひとは攻撃の瞬間、最も隙ができる。だからそこを狙ったんだが……いやはや、只者ではない」
なるほど、やっぱりレオは一流の魔術師だ。
魔法は無敵ではない。どんなに強力な攻撃魔法でも、銀には傷ひとつつけられないし、わずかの衝撃も与えない。そして銀の刃はたやすく魔法を斬り裂く。
もっとも、タイミングが合えばの話だ。
「魔術師がいるのはわかっていた」
男は言った。
「“見えなくなる魔法”だろう? そんなもの、いくらでも対峙してきた。その程度の小細工に負けるようなら、おれはとっくに死んでいる」
道理だ。事実、見極めていた。
「ならこれはどうかな?」
レオは余裕しゃくしゃくで言った。そして彼女の全身からブワッと魔力が放出された。
「斬れる魔法と、そうでない魔法があることくらい、知っているだろう?」
魔法はおおまかに二種類ある。変換魔法と状態魔法だ。魔力を炎やいかずちに変換し、相手にぶつけるのが変換魔法で、これはある意味魔力のかたまりを飛ばすようなものだから斬りやすい。
だが、状態魔法は違う。“顔を覚えられない魔法”や“見えなくなる魔法”といった、対象の状態に影響を与える魔法は、粉をふりかけるようなかたちで魂や肉体に入り込ませるから、まず斬ることはできない。
しかし——
「なにかしたか?」
男はドスの効いた笑みを浮かべた。どうやらレオは“動けない魔法”をかけたらしい。
だが彼はピンピンしていた。状態魔法が通用しない。
「なに……?」
レオはギリリと歯ぎしりを鳴らした。彼女の魔法にかからない人間などそういない。よほど強い魂か、あるいはすでに別の魔法がかかっているかだ。
「あいにくおれは、もうかかっている」
「だがわたしの魔力で押し出せないとは……」
「腕のいい魔術師がいたんだよ」
男は腰を落とし、ナイフを構えた。殺しの合図だ。もう茶番は終わりだ、と目が言っている。
「クソッ!」
レオは無数の稲妻を落とした。雨を降らすような猛攻だ。まず常人では避けられない。
それでも男は受け切った。ナイフを二本持ち、回避と防御ですべて退けた。
その手足が見えない。風が踊っているようだ。
レオは焦っていた。絶対無敵のはずが、こんな老いぼれに軽くあしらわれている。
いのちの危機を感じているだろう。死相判断が正確じゃないいま、死相の出ていないぼくらが死ぬ可能性は大いにある。
まさか負けるのか? まさか死ぬのか? そんな恐怖が貌に浮かび、くやしげにゆがんでいる。
そうだよね。怖いよね。死んじゃうかもしれないもんね。
でも…………たのしいなぁ。
ぼくさ、強いひとが大好きなんだ。強いひとが戦うのを見るのもすごく好きだし、そんなのと戦えたら最高だ。
レオの魔法を受け切れるひとなんて、ぼく以外いないと思っていた。
こんなにすごい動き、見たことがない。
こんなに鋭い気配、感じたことがない。
きっと父さんよりも強い。ぼくの知る限り、彼より強い男はいない。
「ねえ……やめて」
ぼくはレオの名を漏らさないよう気をつけて言った。
「魔法やめて。ストップ」
レオは攻撃を止め、
「なんだ!」
と、ぼくを見た。すると、
「なっ……おまえ!」
彼女は苛立ちも恐怖も忘れて声を上げた。
わかってるよ。魔法が解けてるんでしょ? ふだんのぼくだったら絶対解けないけど、こんなにたのしくっちゃ、しょうがないよ。
「これは……」
男はぼくを見て唖然とした。ふふ……女みたい? いいよ、なんでも。たのしければなんでもいいさ。
「ねえ、おじさん。ぼくと勝負しようよ。魔法なんか抜きでさ」
「おいおまえ、なに言ってる!」
レオはつかみかかるいきおいで言った。が、
「うるさいなあ!」
ぼくがちょっと強く言うと、ビクリと肩の跳ねる気配があった。魔法のグループを出たいま、彼女の姿は見えない。
ぼくは男と見つめ合いながら言った。
「ねえ、ぼくこれからこのひとと戦うから、絶対に手出ししないでね」
「おまえ……本気で言ってるのか?」
「そうだよ?」
「バカを言うな。やるならふたりで連携した方がいいに決まってるだろう。遊びじゃないんだぞ」
「ふふふ……そうかなぁ」
ぼくは笑いが抑えられなかった。だって、レオったらやっぱり女なんだもん。男ってもんがなにひとつわかってない。
男はロマンだ。熱風を浴びてよろこぶ生き物だ。理屈なんかより、不条理な信条にいのちを燃やす。
「わたしが魔法で援護する。おまえの剣とわたしの魔法が合わされば、いくら屈強でも……」
「だからやめろって言ってるだろ!」
「!」
レオの言葉が詰まった。
「まさかぼくが負けるとでも思ってるの?」
ぼくはおだやかに言った。ふだんの会話とおなじ声だ。その方がきっと、レオも安心する。
「大丈夫。ぼくは負けないよ。知ってるでしょ?」
やさしく言った。きっと父親が娘をなだめるとき、こんな声を出すんだろう。
おかげでやっとわかってくれた。
「……負けたら死ぬんだぞ」
「負けないよ」
「……バカ者め」
ため息ののち、ぼくのくちびるにやわらかい感触が訪れた。肩に手のあたたかさを感じる。
ふふふ……心配性なんだから。そんなこと、あとでいくらでもできるよ。
ぼくは見えない腰を軽く抱えた。レオは十秒近くぼくにくっついていた。そして離れぎわに、
「愛してる……頼んだぞ」
と小さく言った。ぼくは「うん」と、ひとことだけ返した。
視界の隅で、足跡が家の壁際に向かうのが見えた。ずりっと擦れる音と、コルクを抜くきゅぽっという音が聞こえた。壁に寄りかかってウィスキーの小ビンをクイっとやってるに違いない。
「さ、て、と……」
ぼくはいまいちど男に集中した。彼は待ってくれていた。やっぱりかっこいいひげの持ち主は紳士だね。
「それじゃ、戦おっか」
ぼくは剣を抜いた。ごく標準サイズの銀混じりだ。鞘から出すときの音が心地よい。この音を聞くたび、男に生まれたことに感謝する。
「おまえ……何者だ?」
男が身を低く構え、言った。
「単なる密売業者とは思えん……小悪党がこんな大むかしの騎士みたいな真似をするはずがない……それに、目の輝きが違う」
「いいじゃん、なんでも」
「おれは自治会だ。いのちを張るのは国のためだ。おまえが敵でないというのなら、わざわざ戦う必要などない」
えー? それは困るなぁ。
「いいよ、敵だよ。大悪党だよ。犯罪者だから殺しにきてよ」
「こいつ……」
男のかかとが数ミリ退いた。まるで狂人でも見るような目をしていた。
戦意が薄い。少なくともぼくを敵だと思ってくれてない。
……じゃあ、やる気を出させてあげよう。
「来ないならこっちから行くよ!」
ぼくはぎゅっと剣を握り、一気に駆け寄った。男は相変わらず動かない。そこに、
「ええいっ!」
くるりと右に一回転し、いきおいを剣先に乗せて叩き込んだ。
「うっ!」
ガキンと金属音が鳴った。
男は両方のナイフで受け止めた。正確なガードで、びくともしてない。だが、目は驚愕に見開いていた。
衝撃の強さが予想外だったのだろう。なんせぼくは細腕だ。どう見たって弱っちいし、実際腕ずもうじゃ子供にも負ける。
だけど技術がある。心得がある。
ぼくは父さん以外の人間に負けたことがない。真剣でも、木剣でも、ぼくを下せる者はだれもいない。
ふふふ……性格悪いかな? 正直ぼくは、強さを見せつけるのがたのしくてしょうがないんだ。
「どう、やる気出た?」
ぼくは笑って言った。男は息をのんでいた。
「次は殺す気でいくよ」
そう言って身をひるがえした瞬間、右手のナイフが脇腹を狙った。
最短距離で、しかも視認しづらい部分。
「そうこなくっちゃ!」
ぼくは転ぶように避け、流れで足を刈り取ろうとした。
当然避けられる。避けられるのをわかって狙った。
ふたりのあいだに距離が生まれ、ぼくらは視線を交えた。
男はぼくのニコニコ笑顔に、睨み上げるようなまなざしを向けた。
「どうやらおれも神様にきらわれているようだな」
男はうんざり言った。
「こんなわけのわからないヤツに、意味もなくいのちを賭けなきゃならないんだからな」
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