魂売りのレオ

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第十九話 廃業の危機

廃業の危機 五

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 自治会——それはこの国特有の犯罪組織だ。彼らは街のあらゆる事業と契約し、用心棒をしている。
 金額は決して安くない。業種や規模によって変わるが、売上の一~二割というかなりの額を徴収する。
 この契約は断ることができない。暴力を極めた彼らに逆らえるのは軍人か魔術師だけで、それ以外の人種は強制的に金を払うことになる。
 ただ、一切の害悪というわけではない。
 彼らは進んで悪行を行わない。魔術師のように私利私欲でひとを殺めることもないし、ギャングのように麻薬や人身売買を扱わない。地元意識が強く、街が汚れることをきらい、とくに暴れ者に容赦しない。
 自治会が怖いから、暴力事件は少ない。街を荒らせばたちまち彼らに目をつけられるから、盗みや強盗といったケチな犯罪もあまり起きず、国外から入り込んだ悪党はすぐに排除される。
 自治会という名は伊達ではない。本来なら国がどうにかしなければならない治安維持を、本当に代わりにやっている。
 かつて他国同様にはびこっていたギャング集団は彼らに殲滅せんめつされた。証拠がなければ検挙できない陰謀も、においを嗅いだら躊躇ちゅちょなく叩き潰す。
 結果、この国は夜でも明かりのあるうちなら女がひとりで出歩けるほど平和だ。役人はゆるみ、仕事の多くを彼らに任せてしまっている。
 とはいえ犯罪組織だ。用心棒代を渋って半殺しにされたとか、払いがキツくて店を畳んだなんて話はよく聞くし、自治会を恨む人間も少なくない。
 しかしそれでも大半は税の一種として受け入れ、中には頼りになるとよろこぶ者さえいる。しかも若い女に人気だったりする。
 そんな男たちが五人、殺しの気配をまとって歩いている。
 ぼくらはこっそりあとをつけた。彼らのうち、最も若く力のありそうな男が顔面に死相を帯びていた。
 この気配と死相だ。なにかしら、いのちのやり取りが起こることは間違いない。
「ヤツらが五人も集まるんだ。殺す相手がひとりふたりとは思えん。さて、死相が見えるかな」
 レオの目的は能力の確認だ。これから死ぬ人間を判別できるという生まれつきの超能力が、劣化しているのか、あるいは見落としだったのか、それを確かめるために彼らを追っている。
「もっとも、ここですべて正常に見えたからといって、昨夜のが見間違いだと決まるわけではない。だが、少しでも見ておきたいじゃないか」
 ぼくにはよくわからないけど、そういうことらしい。とりあえず見てみようってことだ。
 やがて彼らは街の北門を出た。向かう先は牧場跡地だ。
 以前、キャメロというアイドル役者を救うとき、ここに来たことがある。夜中に入り口までしか行かなかったが、中に入れば広大な放牧地と、大きな厩舎きゅうしゃが隣接した立派な一軒家がある。
 彼らはその家に向かっていた。
「ふむ……なんとなく読めたぞ」
 レオはあごに手を置き、言った。
「ここは街の外だ。関係者以外まず来ないし、まずい相手が来ても矢で狙える。悪さをするにはもってこいだ。おそらくここに牧場関係者が入ったと見せかけ、中身は悪党なんだろう」
 なるほど、隠れみのか。
 犯罪者は犯行がバレないよう工作する。とくに気を遣うのが素性だ。まっとうな職を持っていれば、それだけで信用が生まれる。
 そしてこの土地は隠し事に向いている。あまり他人が訪れず、面積も広いから秘密の地下室なんか簡単に作れてしまうだろう。
 だが、どうやってにおいを嗅ぎつけたのか、自治会にバレてしまった。
 彼らの侵入を見て、家から男がふたり顔を出した。遠くて人相までは見えないが、服装はいかにも牧場関係者といった作業着だ。どちらも四肢が太い。
「出てきたな」
 門をくぐったところでレオが言った。五人の背中は二十メートル先を歩いていた。
「一見ふつうの業者だが、作業着がきれいだ。それに牧場を整備している様子もない。この国では職場に立つとき以外、ビジネスの会議だろうが私服を着るというのにな」
 ふたりの男は気さくな身振りで五人に話しかけた。それを見てレオは嘲笑あざわらうように言った。
「それになぜ出てくる。客が見えたからといって表に出る必要はないだろう。あれではもう、わたしたちは外から来た犯罪者ですと言ってるようなものだ。そんなんだから、顔にべっとり死相がついてるんだ」
 と、レオが言った直後だった。
 自治会の若者がふたり、スッと前に出た。そして、
「あっ!」
 刃物を使った。
 真新しい作業着が赤く汚れた。
「はじまったな」
 二体の死者が地に伏した。得物はナイフだった。
 五人はゆっくりと前へ進む。
「さて、中に何人いるかな。見逃さんよう我々も急ごう」
 ぼくらはなるべく静かに走った。足元は雑草の絨毯じゅうたんが敷いてある。音はほとんど出ないが、踏んでいる草が足形に潰れるから、注視されればバレるかもしれない。
「いざとなれば殺せばいいがな」
 なんてレオは言ったが、なるべく穏便に済ませたい。
 猛禽もうきんが先頭に立ち、ドアを蹴り破った。相変わらず年齢を感じさせないすごいパワーだ。それを皮切りに五人はドカドカと突入していく。
 すると早速、すごい声や音が聞こえてきた。
 怒鳴り声。
 衝突音。
 金属音。
 激突音。
 悲鳴。
 耳に懐かしい戦場の音楽だ。どれも暴力的で、リズムが激しい。
「アーサー、窓から覗こう」
 ぼくらは壁際を歩き、窓を覗き込んだ。さいわいカーテンは開いていた。
 そこはリビングで、中には四人の男が武器を持ち、閉じた扉を強く睨んでいた。
 その向こうから、どかどかと音が近づいてくる。
「どう、レオ?」
「ううむ……」
 レオの声は曇っていた。
「ふたり、死相が見える……」
「じゃああとのふたりは生き残るのかな?」
「おまえは自治会が仕事をしくじると思うか?」
 ……どうだろう。なんせあの猛禽がいるからなぁ。
「はぁ……どうもまずいことになりそうだ」
 やがて扉がぶち破られた。デブのタックルがいきおいそのままに中へ突っ込んでいく。肥満体とは思えないすごいスピードだ。
 そいつは、武器を振りかぶった相手にまっすぐぶつかり、奥の壁へと叩きつけた。家が揺れるほどの衝撃がドスンと響き、サンドイッチされた男が血ヘドを吐いた。
 残りの三人はつい視線を向けた。そのわずかな隙を狙って若者ふたりが斬り込み、一気に殲滅してしまった。
「ああ、やっぱり……」
 レオはひたいに手を当て、悩ましげに嘆いた。
「見ろ、全員殺されてしまった。わたしが見た死相は半分だ。まったく、なんてことだ……」
 レオの能力は劣化していた。昨夜のナイフ男は見落としではなく、やはり見えなかったのだろう。
「なぜだ……なにが原因だ……一時的なものなのか? それともこれからもっと悪くなるのか? ああ、困った」
 めずらしくレオが本気で困っていた。無理もない。この力を失えば魂売りを続けるのは困難だ。いざとなったら転職しなければならない。
 だが、贅沢を好むレオにとってたいていの職業は安月給だ。それに彼女はプライドが高く、こだわりも深い。
「なあ、アーサー。いままでとくに言わなかったが、わたしは魂売りという商売が好きだ。助けてくれと頭を下げる人間を踏みつけ、法外な金を奪い取るのが本当に好きなんだ」
 うわぁ、性格悪いなあ。
「それに、ひとを意のままに操るのもたのしい。気に入ったヤツは救ってやり、気に入らないヤツはむしろ苦しめ、不幸にしてやる。しかも金をもらってだ。そうしていると、わたしは下等生物を統べる神にでもなったような気がして最高なんだ。他人の不幸を見てメシが食える。こんなすばらしい仕事はほかにない。そうだろう?」
 ……賛同しかねるなぁ。
「金銭面もいい。わたしとおまえ、そして四匹の使い魔がいまの暮らしを続けるには、並みの稼ぎでは追いつかん。廃業は困る。そうなれば、最悪おまえたちにも働いてもらうことになるかもしれん」
 ゲッ……それは困るなぁ。レオにはしっかり稼いでもらわないと。なんとか能力が戻らないかなぁ。
 ぼくらは覗きをやめて考え込んだ。中はもう見る必要がなかった。
 魂はあとで捕まえられる。レオは家に魔法をかけ、“かたちのないもの”の出入りを難しくした。時間が経てば魂は薄くなるが、少なくともこれで逃げられる心配はない。
「……というわけだから、かごをたくさん用意しておけ。デネボラとレグルスを使えば運搬に困るまい」
 激闘の音が響く中、レオはアルテルフに指示を送っていた。今回の主目的は能力の確認だが、副産物もバカにならない。魂ひとつ売ればひと月は贅沢ができる。
「それじゃあ、またあとで連絡する」
 そう言ってレオは通信を終えた。そのころ、ちょうど家の中が静かになった。
「どうやら終わったようだな」
 レオは気だるげに言った。仕事はするが、気分は乗らないといった感じだった。
 自治会の五人がおもてに出てきた。その中から、うう、とうめき声が聞こえてくる。
(そういえばひとり死相が出ていたな)
 レオはひそひそ声で言い、聞き耳を立てた。
「早く医者に連れて行け。無理だとあきらめるな」
 猛禽の声だった。やはり重傷者が出たらしい。
「おれは密輸品を探す。三人で担げば走れるだろう。行けッ!」
「はいっ!」
 彼の鋭い声に、部下たちは大声で応え、街へと走っていった。どうやら猛禽は調べ物のために残るようだ。
(ちっ……早く帰らんか。魂が薄くなってしまうではないか)
 この状況は魂売りにとってかなり不都合だ。すぐそこに大金が落ちているのに、邪魔がいて取りに行けない。調査するからには時間がかかるだろう。
 魂の寿命は数時間だ。周囲を魔力でふたしない限り蒸発し続ける。売り物になるレベルとなると、一時間かそこらが限界だろう。
 デネボラがレグルスを乗せてここに来るまでおよそ二、三十分。男がいるうちは呼び出せない。つまり三十分以内に男が消えてくれないと金にならない。
(神様……どうかわたしに幸運を……)
 レオはぎゅっと祈り手を握った。彼女は祈ったところで神様は個人なんか助けないと思っているが、家の中にいくつも魂が転がっている現状、祈りでもしないと落ち着かないのだろう。
 そんなぼくらの視界に猛禽が映った。窓の向こうで彼は棚やクローゼットを開け、テキパキ漁っていた。
 ぼくらは息を殺し、じっと身構えた。魔法で姿は消してあるが、音は届く。彼ほどのつわものなら、わずかな身じろぎの音でも反応するかもしれない。戦闘が終わったいま、ここは無人だ。
 男はひたすら戸を漁った。ぼくは自分の心音がやけに大きく聞こえ、寒いのにひたいに汗がにじんだ。緊張で息が苦しい。
 捜索が続く。壁掛け時計の秒針がやけに遅く動いて見える。
 現実の時間で五分、体感で十数分が経った。
「ここにはない、か」
 男はひとりつぶやき、廊下へと向かった。ぼくらは顔を見合わせホッとした。そして、彼が出て行こうとした、そのとき、
 ——レオ様ー! デネボラが言うこと聞かないんですけどー!
 ギクリ! と、ぼくらは目を見開いた。
 ——寒いのがいやだとか、レグルスとかごを合わせたらふたり分の重さだとか、文句ばっか言って仕事したがらないんですよー! ちょっと言ってやってもらっていいですかー!?
 レオのイヤリングからアルテルフの訴えが流れた。それは通常の音声よりはるかに小さく調整されたもので、雑踏の中ならまずだれにも聞き取れない。窓越しとなればよけいだ。
 だが、そこにいるのは猛禽だ。
 ぼくらはこわごわ室内に目を向けた。
 男は立ち止まっていた。
 ——レオ様、聞いてますかー? 返事してくださ……
 レオが魔法を解き、音声が途切れた。
 だが、遅かった。
 男はスッと振り返り、ぼくらの方を向いた。
 視線が低い。顔よりも下、足元を見ている。
 地面には雑草がぎっしり生えている。だから体が透明でも、踏んでいる場所は草の折れで足跡ができる。
 男の視線が上がった。
 まるでぼくらの姿が見えているかのように、ぴったりと目が合った。
「まずい!」
 強烈な殺気を受け、ぼくはレオに飛びつき転がった。
 直後、男が窓ガラスを突き破り、外へ飛び出した。
 狙いは正確だった。彼はぼくらがいた位置ぴったりにナイフを振り抜いていた。
「まだいたのか」
 男は振り返り、こっちを向いた。そして獰猛どうもうな瞳を黒ぐろと光らせ、静かに言った。
「魔法で隠れていたようだが……よほど神様にきらわれているようだな、小悪党。ここで音を漏らすようじゃ運の尽きだ。後悔しながら死ね」
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