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第十九話 廃業の危機
廃業の危機 四
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翌日、ぼくらは劇場に来ていた。
レオは大の演劇好きだ。週にいちどは劇を見ないと気が済まず、昨日だって三本も見たのに、今日もこうして足を運んでいる。
ぼくらが訪れたのはこの街で最も大きな劇場で、一般席は三種類ある。高価な前列席、そこそこの中列席、安価な後列席とランクが分かれており、ぼくらはふだん前列か中列に座る。
が、今日は特別な日だ。
どこの劇場もだいたいこの形式だが、大劇場には“二階席”を用意していることがある。中列の上に位置するそれは、貴族や大金持ちのための特等席だ。
値段は目玉が飛び出るほど高価だが、劇場とは思えない特別扱いを受けることができる。広々としたフロアにレストランじみた椅子とテーブルが並び、壁際に数人のボーイが立っており、彼らに頼めば高級酒や贅沢な食事、希少なたばこなど、その他さまざまなサービスを受けながら、ゆったりと劇をたのしむことができる。
今日ぼくらは二階に座っていた。ふだんなら絶対に来ない場所だ。レオはいつも、劇を見るのに不純物はいらないと言って、二階の連中を「道楽で頭のボケたクソども」と罵っていた。
しかし、まったくの本心ではないらしい。
「いちどくらい上に登ってみたかったんだ」
レオは都で売られる名工の椅子に座り、材質艶やかなテーブルを撫で、はにかんだ。
「もちろんこんな席はバカげている。いくらわたしが稼いでいるからといって、毎度二階に上がればすぐに干上がってしまう。だが、一生にいちどくらいはいいだろう」
そう言ってレオは、地方ではまず見ない銘柄のウィスキーをあおり、フフフと笑った。
なんだかうれしいなぁ。ぼくはレオが笑顔だと本当にうれしいんだ。正直二日で四本も劇を見たくないし、あんな大金払ってもったいないと思ったけど、こうしてレオがよろこんでいるのを見ると悪い気がしない。
それに料理もすごくおいしいしね。ビーフの一番上等な部位を分厚く切ったステーキは最高だ。いままでレオやゾスマに付き合って高級レストランに入ることがなんどかあったけど、こんなにおいしい肉を食べたのははじめてかもしれない。しかも無料のサービスっていうんだから驚きだ。お金さえ払えばこんな贅沢がタダで味わえるんだから、お金持ちの世界ってホントすごいや。
「しかし、もうあれが普及しているんだな」
レオは隣の席を見て言った。
そこの客は老夫婦だ。どちらも上品な服を着こなし、妻は高そうなアクセサリーを慎ましやかに身に着けている。もっとも、このフロアの客はたいがいそんな感じだ。
その夫の方がパイプをくわえていた。それにボーイが火を着けようとして、なんと魔道具“ライター”を構えていた。
魔道具とは、西国でひそかに開発した魔法の道具だ。それを使えば魔術師でなくても魔法が使える。
本来ならまだ世間に出回るものではなかった。というのも西国は兵器として扱うために極秘にしており、それを開発者のノーマさんから聞いたぼくらは、戦争を止めるためにアクアリウスとライブラに渡して、世間に広めさせた。
それから約一ヶ月。魔道具の存在は大陸じゅうに知れ渡り、各国が研究、開発を進めた。結果、この国でも高価ながらちらほら普及がはじまり、庶民にはまだ無縁だが、金持ちはこぞって持ち寄り、自慢し合っていた。
「わたしも持ってはいるんだけどね」
老夫は胸ポケットからチラリと見せつけ、ボーイの火をもらった。このフロアでライターを持っていない客はほとんどいない。噂では軍も多々取り入れているという話だ。
「なにはともあれ丸く収まったな」
レオはこの光景を見て安堵していた。館にはノーマさんからちょくちょく手紙が来ており、兵器より生活用品の開発が多くなったと知らされている。
「おかげでこうして劇が見れる。戦争になどなったら、どうなるかわからんからな」
レオにとって問題は殺し合いでなく、たのしく生きられるかだった。まあ、なんでもいいや。ぼくも戦争は好ましくないし、彼女の幸福が一番だしね。
ぼくらは歓談を交えつつ劇をたのしんだ。そうしてやがて終わりを迎え、帰る前に少し街を散策することにした。
「しかしこれからどうするか……」
商店街を歩きながらレオが言った。
「おまえは昨夜の見落としをどう思う?」
「見落としって?」
「死相を見落としただろう。ナイフの男が死んだじゃないか」
「ああ、そのことか」
ぼくはすっかり忘れていた。なんせぼくって一日経つといろんなことを忘れちゃうし、昨夜はかつてないほど激しかったんだもの。そんなの忘れて当然だよ。
「たまたまじゃないの?」
「わからん。おまえの言う通りたまたま見落としただけかもしれんし、あるいは能力を失いつつあるのかもしれん。もし後者だとすれば、わたしはいずれ魂売りを廃業せねばならん」
「そんなことある?」
「それもわからん。年齢とともに失うのか、一時的にブレているだけなのか……そもそもどうしてこんな力がわたしにあるのかも知らんのだ。原因がわからなければ、結果の予想もできない」
う~ん……なんだか難しいことを言ってる。よくわかんないけど、つまりレオは魂売りを辞めなきゃいけないかもってことか。じゃあ……
「いっそ役者にでもなったら?」
「役者に?」
「前に言ってたじゃないか。なにかあったら女優にでもなろうかって」
「ああ……あれはたわごとだ。たしかにわたしが舞台に立てば、一躍、都の大スターになるだろうが、正直気が進まん」
「どうして?」
「森での暮らしが好きだからだ。人混みで暮らすのはいやだし、ファンに追っかけられるのもやかましい。それに、おまえという夫がいるしな」
「どういうこと?」
「おまえ、わたしがたくさんの男にいやらしい目で見られたらいやだろう。おまえにいやな思いをさせたくない」
「そりゃいやだけど……別にみだらな格好をしなければいいだけじゃない?」
「そうはいかん。女は美しくなれば、それだけでみだらなのだ」
……むむむ? 美しいとみだら?
「むかしから言うだろう。“女はこころを求め、男は体を求める”と」
はあ……
「いいかアーサー。我々女は見た目よりこころを愛する。多少不細工な男でも、自分を愛し、理解してくれることを求め、頼れる精神や、引っ張ってくれる強さに惹かれる。だが、男は違う」
へえ……
「男はまずセックスだ。その第一印象として見た目が一番にくる。そしてヤツらはバカだから、美しければ、かわいければ、それだけで卑しい目で見てしまうのだ。そこに肌の露出は関係ない。たとえ男装だろうが、タルから顔だけ出した格好だろうが、美しければエロスを見出してしまう」
ほお……
「だから女は外見と社交を磨き、男は腕力と見栄を張るんだ。異性を惹き寄せるためにな。まあ、あくまで傾向でしかないが」
ふーん……
「おまえが騎士道とやらに固執するのも、女にモテたいからかもしれんぞ。学者によっては、ひとは血を残すために生きるなどと言うしな」
……なんかまた難しいこと言ってる。よくわかんないや。でもバカだと思われるといやだから、うなずいとこう。
「なるほど、よくわかったよ!」
ぼくは自信満々で言った。しかし、
「……すまん、おまえにはちと難しい話だったな」
なんだよ、わかったって言ってるじゃないか。失礼しちゃうなぁ。
「ともかく、わたしは役者になるつもりはない。なんとかいまの暮らしを続けたいものだが……おや?」
レオがふと立ち止まり、なにかを見つめた。
「どうしたの?」
「あの男……」
ぼくは彼女の視線の先を見た。すると、
「あっ! あのひと!」
そこには昨夜の猛禽がいた。私服だろうか。暗めのコートを羽織り、こちらの方面に歩いてくる。
「やっぱりかっこいいなぁ……」
ぼくは彼の姿にまたも見惚れてしまった。すんごくシブい。けっこう歳取ってそうなのに、北風を浴びてもビクともしない。
おそらく彼の部下だろう。四人ほど男を引き連れているが、若いのが震えたり肩を縮ませたりしてるっていうのに、彼は胸を張って背筋がピンとしていた。
「散歩かな。それにしても偶然だね。なんかラッキーだよ」
と、ぼくが言うと、
「……そうだな、ラッキーだ」
レオはいやに真剣な声で言った。なんで?
「アーサー、もう少しこの街にいよう」
「へ?」
いいけど、どうしたの?
「右から二番目の男、死相が出ている」
死相が? 彼の部下に?
言われてぼくは、自治会一行の姿をいまいちどしっかり見た。
彼らはぜんぶで五人いた。
真ん中に猛禽。
右に若い筋肉質。
右端に若いデブ。
左にスマートな筋肉質の中年。
左端に短髪の若者。
なぜ彼らが猛禽の部下だと思ったかというと、隊伍を組むかのように足並み揃っていたからだ。
それに、ほかと気配が違う。
ただ歩いている感じじゃない。なにか薄暗い熱を全身に帯びている。怒っているというか、すさんでいるというか、感情が顔に現れるかのように、体が表情を見せている。
年配ほどおだやかに、若いヤツほどクッキリと。
「ねえレオ。あのひとたち、なにしに行くんだろう」
ぼくは予測がついておきながら訊いた。彼らの雰囲気はぼくのよく知っているものだった。
「おそらくケンカだろう」
なるほど、やっぱりレオもそう思うんだ。
あれは戦いの気配だ。ぼくが兵士だったころ、よく作戦前にあのにおいを嗅いだ。
これからひとを殺す人間は、日常にない独特の気配をかもし出す。明るく振る舞う者も、無骨な人間も、臆病者でさえ、殺しのにおいを裡に秘める。
最悪の暴力を振るうことと、逆に殺されてしまうことへの恐怖が、一種の興奮を生むのだろう。慣れていない若者ほど、顔と体からだらだら漏れる。熟練者はトーストをかじるくらいの気概しか見せない。
「まさか昨日の今日でまた死相が見れるとはな。しかもあの様子じゃ殺し合いでもするつもりだろう。こんな幸運は滅多にない」
レオはニヤリと笑い、言った。
「確かめよう」
「確かめるって、なにを?」
「わたしの能力が正常かどうかだ」
「能力って、死相を見る力のこと?」
「そうだ。正常なら、あの五人のうちひとりしか死なん。だがもしふたり以上死ぬようなことがあれば、昨夜のナイフ男は見逃しではない。異常が起きているということだ」
なるほど……昨日は性的なことに没頭して、お酒もかなり飲んでたから、見落としの可能性がある。だけどいまはほとんどシラフで、しかも注意してしっかり見ている。彼らの生死を見れば間違いない。能力の劣化を確認できる。
「さあ、あとをついて行こう。今後のためにもなるし、在庫も確保できて一石二鳥だ。しかし日ごろの行いがいいと、いざというとき幸運が舞い込むのだなあ」
レオは大の演劇好きだ。週にいちどは劇を見ないと気が済まず、昨日だって三本も見たのに、今日もこうして足を運んでいる。
ぼくらが訪れたのはこの街で最も大きな劇場で、一般席は三種類ある。高価な前列席、そこそこの中列席、安価な後列席とランクが分かれており、ぼくらはふだん前列か中列に座る。
が、今日は特別な日だ。
どこの劇場もだいたいこの形式だが、大劇場には“二階席”を用意していることがある。中列の上に位置するそれは、貴族や大金持ちのための特等席だ。
値段は目玉が飛び出るほど高価だが、劇場とは思えない特別扱いを受けることができる。広々としたフロアにレストランじみた椅子とテーブルが並び、壁際に数人のボーイが立っており、彼らに頼めば高級酒や贅沢な食事、希少なたばこなど、その他さまざまなサービスを受けながら、ゆったりと劇をたのしむことができる。
今日ぼくらは二階に座っていた。ふだんなら絶対に来ない場所だ。レオはいつも、劇を見るのに不純物はいらないと言って、二階の連中を「道楽で頭のボケたクソども」と罵っていた。
しかし、まったくの本心ではないらしい。
「いちどくらい上に登ってみたかったんだ」
レオは都で売られる名工の椅子に座り、材質艶やかなテーブルを撫で、はにかんだ。
「もちろんこんな席はバカげている。いくらわたしが稼いでいるからといって、毎度二階に上がればすぐに干上がってしまう。だが、一生にいちどくらいはいいだろう」
そう言ってレオは、地方ではまず見ない銘柄のウィスキーをあおり、フフフと笑った。
なんだかうれしいなぁ。ぼくはレオが笑顔だと本当にうれしいんだ。正直二日で四本も劇を見たくないし、あんな大金払ってもったいないと思ったけど、こうしてレオがよろこんでいるのを見ると悪い気がしない。
それに料理もすごくおいしいしね。ビーフの一番上等な部位を分厚く切ったステーキは最高だ。いままでレオやゾスマに付き合って高級レストランに入ることがなんどかあったけど、こんなにおいしい肉を食べたのははじめてかもしれない。しかも無料のサービスっていうんだから驚きだ。お金さえ払えばこんな贅沢がタダで味わえるんだから、お金持ちの世界ってホントすごいや。
「しかし、もうあれが普及しているんだな」
レオは隣の席を見て言った。
そこの客は老夫婦だ。どちらも上品な服を着こなし、妻は高そうなアクセサリーを慎ましやかに身に着けている。もっとも、このフロアの客はたいがいそんな感じだ。
その夫の方がパイプをくわえていた。それにボーイが火を着けようとして、なんと魔道具“ライター”を構えていた。
魔道具とは、西国でひそかに開発した魔法の道具だ。それを使えば魔術師でなくても魔法が使える。
本来ならまだ世間に出回るものではなかった。というのも西国は兵器として扱うために極秘にしており、それを開発者のノーマさんから聞いたぼくらは、戦争を止めるためにアクアリウスとライブラに渡して、世間に広めさせた。
それから約一ヶ月。魔道具の存在は大陸じゅうに知れ渡り、各国が研究、開発を進めた。結果、この国でも高価ながらちらほら普及がはじまり、庶民にはまだ無縁だが、金持ちはこぞって持ち寄り、自慢し合っていた。
「わたしも持ってはいるんだけどね」
老夫は胸ポケットからチラリと見せつけ、ボーイの火をもらった。このフロアでライターを持っていない客はほとんどいない。噂では軍も多々取り入れているという話だ。
「なにはともあれ丸く収まったな」
レオはこの光景を見て安堵していた。館にはノーマさんからちょくちょく手紙が来ており、兵器より生活用品の開発が多くなったと知らされている。
「おかげでこうして劇が見れる。戦争になどなったら、どうなるかわからんからな」
レオにとって問題は殺し合いでなく、たのしく生きられるかだった。まあ、なんでもいいや。ぼくも戦争は好ましくないし、彼女の幸福が一番だしね。
ぼくらは歓談を交えつつ劇をたのしんだ。そうしてやがて終わりを迎え、帰る前に少し街を散策することにした。
「しかしこれからどうするか……」
商店街を歩きながらレオが言った。
「おまえは昨夜の見落としをどう思う?」
「見落としって?」
「死相を見落としただろう。ナイフの男が死んだじゃないか」
「ああ、そのことか」
ぼくはすっかり忘れていた。なんせぼくって一日経つといろんなことを忘れちゃうし、昨夜はかつてないほど激しかったんだもの。そんなの忘れて当然だよ。
「たまたまじゃないの?」
「わからん。おまえの言う通りたまたま見落としただけかもしれんし、あるいは能力を失いつつあるのかもしれん。もし後者だとすれば、わたしはいずれ魂売りを廃業せねばならん」
「そんなことある?」
「それもわからん。年齢とともに失うのか、一時的にブレているだけなのか……そもそもどうしてこんな力がわたしにあるのかも知らんのだ。原因がわからなければ、結果の予想もできない」
う~ん……なんだか難しいことを言ってる。よくわかんないけど、つまりレオは魂売りを辞めなきゃいけないかもってことか。じゃあ……
「いっそ役者にでもなったら?」
「役者に?」
「前に言ってたじゃないか。なにかあったら女優にでもなろうかって」
「ああ……あれはたわごとだ。たしかにわたしが舞台に立てば、一躍、都の大スターになるだろうが、正直気が進まん」
「どうして?」
「森での暮らしが好きだからだ。人混みで暮らすのはいやだし、ファンに追っかけられるのもやかましい。それに、おまえという夫がいるしな」
「どういうこと?」
「おまえ、わたしがたくさんの男にいやらしい目で見られたらいやだろう。おまえにいやな思いをさせたくない」
「そりゃいやだけど……別にみだらな格好をしなければいいだけじゃない?」
「そうはいかん。女は美しくなれば、それだけでみだらなのだ」
……むむむ? 美しいとみだら?
「むかしから言うだろう。“女はこころを求め、男は体を求める”と」
はあ……
「いいかアーサー。我々女は見た目よりこころを愛する。多少不細工な男でも、自分を愛し、理解してくれることを求め、頼れる精神や、引っ張ってくれる強さに惹かれる。だが、男は違う」
へえ……
「男はまずセックスだ。その第一印象として見た目が一番にくる。そしてヤツらはバカだから、美しければ、かわいければ、それだけで卑しい目で見てしまうのだ。そこに肌の露出は関係ない。たとえ男装だろうが、タルから顔だけ出した格好だろうが、美しければエロスを見出してしまう」
ほお……
「だから女は外見と社交を磨き、男は腕力と見栄を張るんだ。異性を惹き寄せるためにな。まあ、あくまで傾向でしかないが」
ふーん……
「おまえが騎士道とやらに固執するのも、女にモテたいからかもしれんぞ。学者によっては、ひとは血を残すために生きるなどと言うしな」
……なんかまた難しいこと言ってる。よくわかんないや。でもバカだと思われるといやだから、うなずいとこう。
「なるほど、よくわかったよ!」
ぼくは自信満々で言った。しかし、
「……すまん、おまえにはちと難しい話だったな」
なんだよ、わかったって言ってるじゃないか。失礼しちゃうなぁ。
「ともかく、わたしは役者になるつもりはない。なんとかいまの暮らしを続けたいものだが……おや?」
レオがふと立ち止まり、なにかを見つめた。
「どうしたの?」
「あの男……」
ぼくは彼女の視線の先を見た。すると、
「あっ! あのひと!」
そこには昨夜の猛禽がいた。私服だろうか。暗めのコートを羽織り、こちらの方面に歩いてくる。
「やっぱりかっこいいなぁ……」
ぼくは彼の姿にまたも見惚れてしまった。すんごくシブい。けっこう歳取ってそうなのに、北風を浴びてもビクともしない。
おそらく彼の部下だろう。四人ほど男を引き連れているが、若いのが震えたり肩を縮ませたりしてるっていうのに、彼は胸を張って背筋がピンとしていた。
「散歩かな。それにしても偶然だね。なんかラッキーだよ」
と、ぼくが言うと、
「……そうだな、ラッキーだ」
レオはいやに真剣な声で言った。なんで?
「アーサー、もう少しこの街にいよう」
「へ?」
いいけど、どうしたの?
「右から二番目の男、死相が出ている」
死相が? 彼の部下に?
言われてぼくは、自治会一行の姿をいまいちどしっかり見た。
彼らはぜんぶで五人いた。
真ん中に猛禽。
右に若い筋肉質。
右端に若いデブ。
左にスマートな筋肉質の中年。
左端に短髪の若者。
なぜ彼らが猛禽の部下だと思ったかというと、隊伍を組むかのように足並み揃っていたからだ。
それに、ほかと気配が違う。
ただ歩いている感じじゃない。なにか薄暗い熱を全身に帯びている。怒っているというか、すさんでいるというか、感情が顔に現れるかのように、体が表情を見せている。
年配ほどおだやかに、若いヤツほどクッキリと。
「ねえレオ。あのひとたち、なにしに行くんだろう」
ぼくは予測がついておきながら訊いた。彼らの雰囲気はぼくのよく知っているものだった。
「おそらくケンカだろう」
なるほど、やっぱりレオもそう思うんだ。
あれは戦いの気配だ。ぼくが兵士だったころ、よく作戦前にあのにおいを嗅いだ。
これからひとを殺す人間は、日常にない独特の気配をかもし出す。明るく振る舞う者も、無骨な人間も、臆病者でさえ、殺しのにおいを裡に秘める。
最悪の暴力を振るうことと、逆に殺されてしまうことへの恐怖が、一種の興奮を生むのだろう。慣れていない若者ほど、顔と体からだらだら漏れる。熟練者はトーストをかじるくらいの気概しか見せない。
「まさか昨日の今日でまた死相が見れるとはな。しかもあの様子じゃ殺し合いでもするつもりだろう。こんな幸運は滅多にない」
レオはニヤリと笑い、言った。
「確かめよう」
「確かめるって、なにを?」
「わたしの能力が正常かどうかだ」
「能力って、死相を見る力のこと?」
「そうだ。正常なら、あの五人のうちひとりしか死なん。だがもしふたり以上死ぬようなことがあれば、昨夜のナイフ男は見逃しではない。異常が起きているということだ」
なるほど……昨日は性的なことに没頭して、お酒もかなり飲んでたから、見落としの可能性がある。だけどいまはほとんどシラフで、しかも注意してしっかり見ている。彼らの生死を見れば間違いない。能力の劣化を確認できる。
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