魂売りのレオ

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第十九話 廃業の危機

廃業の危機 三

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 ぼくらはせっかくの高級酒も飲まず店をあとにした。
 お酒なんて飲んでる場合じゃない。レオの能力がどうかしてしまっている。
 魂売りは死者の魂を得てはじめて商売ができる。そのためには死の間際に立ち会わなければならず、それが難しいからこそ魂売りの数は少ない。
 ナイフの男は生きているのか。それとも死相が出なかったのに死んでしまったのか。確かめなければならないし、魂も回収しなければならない。
「死体を安置するとは思えん。きっと裏から捨てに行くはずだ」
 そう言ってレオは裏路地に回った。立ち並ぶ飲み屋の裏の、細い通路にぼくらは入った。
 そして“顔を覚えられない魔法”を解き、“見えなくなる魔法”をかけた。これで姿が透明になり、霊感のある者以外に見られることはない。できれば両方かけたいところだが、ひとつのものにかけられる状態魔法はひとつまでだ。
 念のためこっそりと顔だけ出した。すると、
「おまえたち、これを捨てておけ」
 先ほどの男がちょうど死体を外に出しているところだった。裏口の外には、三人ほど若い男が集まっていた。
 死体は、やはり死体だった。
「見えるか、アーサー」
 レオが小声で言った。
「チンピラどもから魂が浮き出ている。どちらも死体だ」
 見れば、ふたつの死体はうっすら二重に見えた。半透明の光の肉体が、彼らから浮き出てきている。
 魂の離脱だ。
「輝きが強いのは荒くれ者の方だが、質がいいのはナイフの方だな。悩ましいが、あっちを取ろう」
 レオは片手を受け皿のように伸ばし、口の中で小さく呪文を唱えた。するとナイフ男の魂が球体になり、ふわふわと飛んで、レオの手に収まった。
「よし、これでいい。しかし……」
 レオはため息をついた。
「見間違いだったのだろうか。わたしには、ナイフの男に死相が見えなかった」
「たまたまじゃないの? ひとり見て、もうひとりに気がいかなかったとか」
「いや……そう見落とすものとは思えんのだが……」
 死相はレオにしか見えない。だからそれがどう見えるのか、見落とすようなものなのか、ぼくには想像もつかない。事実は彼女のみ知るところだ。
「まあ、考えたところでしょうがない。疑問は残るがさっさと行こう。こんな姿、魔術師や霊媒師にでも見られたらまずい」
 そう言ってレオは表通りへと足を進めた。ぼくは小さくうなずき、ついて行こうとする間際、なんとなく自治会の彼らに目を向けた。
 若い男がひとり、荷車を持って静かに死体に近寄った。そしてなるべく音を立てないようせっせと積み込む。猛禽はうしろ姿だ。
 それが、ふっと振り返り、こっちに目を向けた。
「……!」
 まずい! 見つかったか!?
 ぼくは反射的に身をひそめた。といっても目を出しているから、頭が見える状態だ。
 だが見つかってはいなかった。男はゆっくりと目線を左右に流した。ひとつのものを凝視している目じゃない。なにかを探すような、うたがいの動きだ。
「どうかしました?」
 若い男が言った。
「いや……なんでもない」
 彼は前を向き、仕事に戻った。どうやら気配を感じ取られたらしい。彼ならそれくらい気づくだろう。ぼくも殺気を向けられれば、遠い薄闇からでもハッとする。
 ぼくは足早にレオのあとを追った。これ以上いたら本当に見つかる。おそらく彼に霊感はないが、それ以上に鋭敏な直感力が備わっている。
 ぼくらはアルテルフと通信し、少し離れた物陰で合流した。
「夜遅くにすまないな。これを頼む」
 レオはアルテルフから受け取ったかごに魂を入れ、再び持たせた。
「まあ、いいですけど……」
 アルテルフは怪訝けげんそうにレオを見ていた。どうしたんだろう。
「あの……そのズボンどーしたんですか?」
「は? ……あっ!」
 レオは慌てて内股になった。そういえばバーであんなことになってたんだった!
「しまった! 替えのズボンも頼むんだった!」
「まさかレオ様……お漏らしを!?」
「違う! そうじゃない!」
「じゃあなんでそんなことになってるんですか!」
「これは……なんでもいい! ともかくおまえ、戻ったらこんどはズボンを取ってきてくれ!」
「いやですよ! あたしたちはレオ様たちと違って規則正しい生活してるんです! いま何時だと思ってるんですか!」
「おまえ、わたしのしもべだろう!」
「おしっこ漏らしの言うことなんて聞きたくありません!」
 そう言ってアルテルフはぴょーっと飛び去ってしまった。あーあ、お漏らしじゃないのに。まあ、どっちにしてもはしたないけどさ。むしろお漏らしの方がマシかもしれない。
「はぁ……なんて勝手なヤツだ」
 そうかなぁ。主人の命令にそむくのはよくないけど、気持ちはわかるよ。
「仕方ない。宿でなるべく乾かして、あしたの朝、新しいのを買おう」
 そう言ってレオは魔法を解き、再び“顔を覚えられない魔法”をかけた。そして物陰を出て、人通りの多いメイン通りを歩いた。
 いろいろあったけど、今夜はレオの誕生祝いだ。ぼくは今夜のために栄養のあるものをたくさん食べて、体力を蓄えてある。とことんまで付き合うつもりだし、望むことはどんなことでもしてあげようと思ってる。
 あ……そんなこと考えたら元気になっちゃった。いけないなぁ。でもまあ、いいよね。だってもう夜だし、これからもっと元気になるんだから。
 そう思って歩いていると、
「アーサー、そこで止まれ」
「へ?」
 レオは道の真ん中でぼくを止めた。
「どうしたの?」
「さっきの続きだ」
「続き?」
 続きって、なんの続きだろう。お酒の続き? 仕事の続き? でもこんな往来おうらいの真ん中でいったいなにを……
「忘れたのか? 約束したじゃないか」
 そう言ってレオはぼくの前でしゃがみ、ふふふと上目遣いで笑った。そしてズボンのボタンをつまみ、そこでぼくは「あっ!」と思い出した。
 さっきの続きって……まさかあれを!? しかもこんなところで!?
「まったく、あんな中途半端で止められてしまったからなぁ。だがこうなったのはむしろ好都合かもしれん。ここの方が、ひとが多くて興奮する」
「なに言ってるのさ! やめてよ!」
「いいや、やめない。そもそも約束しただろう。誕生日にはお互い願いをひとつ叶えると」
 うっ……! たしかに!
「まさか嘘つきじゃあるまいな。騎士は嘘をつかんと聞くが……さて、おまえは何者だ?」
 ……き、騎士です。
「なら約束は守ってもらうぞ。それにわたしを愛しているんだろう。少しはよろこばせてくれる気はないのか?」
 もちろん……君がよろこんでくれるならすごくうれしい……けど……
「安心しろ。この魔法は一流の魔術師でも解けん。心配なら、ずっとこころの中で“見るな”と念じ続けていろ。そうすれば魔法はより強固になる。わたしはたっぷり音を出すがな」
 み、見ないで! お願いだれも見ないで!
「ふふふ……観念したようだな。ああ、まさかこんなところで、こんなことをしてしまうなんてなぁ。想像しただけでまた体が痺れてきた。ゾクゾクが止まらん。これで実際にはじめたら、わたしはどうなってしまうのだろう。あ、ダメだ。ああ、ダメだ、ダメだ。ああ……いかん、いかんなぁ…………しかし、いまさら気にすることはないか。もうすでにびしょびしょだったんだからな。ふふふ、はしたない女め。今夜はきっと、乱れに乱れてしまうんだろう。だがその前に前菜だ。最高に熱くて、濃くて、ねばっこいを頼むぞ。ふふふ……ふふふふ…………」
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