魂売りのレオ

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第二十一話 言の刃

言の刃 五

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「やい、なんとか言ったらどうでい!」
 棟梁とうりょうは首をつん出しツバを飛ばしながら言った。さすがは大工のかしらなだけあってがいい。しかしこんな騒ぎを起こして衛兵に捕まらないのだろうか。
 と思ったら、
「じいさんいいぞー!」
「やれやれー!」
 観客はよろこんでいた。それに衛兵も動かない。もしかしてこれってそういう演出?
「おじいさん、意見討論は銀五枚ですよ」
 ファサリヴァと呼ばれる論者は、ごく落ち着いた声で箱を指差した。意見討論?
 サラさんがそっと言った。
「道端論者と会話するにはお金がいるんです。観客もそれをたのしみにしてるんですよ」
 なんだそれ。話をするのにお金がかかるなんてバカげてる。しかも銀五枚って高くない? 安い店を選べば二日は飲食できるぞ?
 しかしみんなも棟梁も承知してるようで、
「ちっ、物乞ものごいが!」
 棟梁は財布からちゅう銀貨を一枚取り出し、箱に投げ入れた。すると、
「はい、聞きましょう」
 論者ファサリヴァはニッコリと受け入れた。なんだかなぁ。
「おう、言わしてもらうぜい!」
 棟梁は腕をまくり、しわ深い腕をぐいぐい言わせながら、
「てめえっちは肉体労働がなくなるっつってたな! 困るんだ! そういうデマを流されっと、職人になろうってえ若いモンが減って、人足にんそくが足りなくなっちまう! 取り消しな!」
 かなりケンカ腰だ。それに対し論者は笑顔で、
「だって本当じゃないですか。魔道具があれば馬車もいらなくなるんですよ。家なんてだれでも建てられるようになるし、戦争も魔道具を使うようになります。必要なのは研究者と技術者、それと管理者とかですかね」
「んだとォ!? シロウトに家が建てられるわけねえだろ!」
「それってあなたの感覚ですよね?」
 論者がそう言うと、
「名言出た!」
「ファサリヴァ語録出たー!」
 と子供たちが大いに騒いだ。どうやら彼の決めゼリフらしい。
 論者は続けた。
「もちろん設計図とか知識とか一切なしじゃ無理でしょうね。でも未来では道具が解決してくれます。あなた方が大汗かいてやってる作業が、指一本で終わる世界が来るんです」
「そんなわけねえだろ! 建築ってのは職人の腕と経験がなきゃままならねえんだ!」
「なんか、そういう根拠とかあるんですか?」
「そうだろ! 細かい修正だの、合わせだの、天候で左右する木材のゆがみだのは、長年の勘がなきゃ読み取れねえ! でえくはなくならねえんだ!」
「なんだろう、嘘言うのやめてもらっていいですか?」
「嘘だと!?」
「それってちゃんと研究すればすべて解決しますよね? そもそも木材が膨張するのは湿気を吸うからで、乾湿計かんしつけいと照らし合わせて膨張率を調査すれば正確にわかります。もうあなた方の“なんとなく”の感覚なんていらないんですよ」
「職人をバカにしてんのか! おれたちだって正確にできらあ!」
「じゃああなたは百パーセント完璧な数字を出せるんですか?」
「なっ……!」
「百パーセント完璧な数字、出せないですよね? ぜんぶ目測で、感覚でやるんですよね? でもちゃんと測ればシロウトでもプロとおなじことができるんです。あなたたちいらないですね」
「こっ、この若造が言わせておけば!」
 棟梁の顔が真っ赤になり、頭から湯気が出た。いまにも殴りかかりそうなほど怒っている。
 でも気持ちわかるなぁ。だってこのひとの言い方、すごくケンカ腰なんだ。話し方も声色も丁寧だけど、なんとなく上から目線で相手をバカにしている。しかもぜんぶ反論して言い負かしてるし、たぶんぼくが棟梁の立場だったらとっくに斬り殺してると思う。
 そして棟梁も我慢できなかったようで、
「てめえになにがわかるッ!」
 と拳を振り上げ殴りかかった。
 そこに——
「押さえろ!」
 衛兵が取り押さえた。彼らは最初遠巻きに見ていたけど、棟梁の顔色を見て近くまで寄っていた。
「ちくしょう! 離せ!」
「じいさん落ち着け! 頭冷やせ!」
 衛兵はふたりがかりで棟梁を押さえつけ、手に縄をつけて別の衛兵に連れて行かせた。それを見ていたサラさんは、
「あら~……」
 と青い顔で呆然としていた。そうだよねぇ、旦那さんの職場の親方だもんねぇ……
「ま、まあ……ここではよくあることですし、わずかな罰金で出られるそうですから……」
 それならいいけどさぁ。あれじゃ男が立たないよなぁ。
 しかしこんな大事件があったというのに観客はむしろよろこんでいた。
「さすがファサリヴァさん!」
「討論王ー!」
 中には棟梁を気の毒に思う声もあったが、半数は、とくに子供は全員ファサリヴァ論者を称えているようだった。……なんだかなぁ。
「ねえレオ。どう思う?」
 ぼくはこっそりレオに訊いた。
土俵どひょうが悪いな」
 というと?
「口のうまい男に口論をふっかける時点で話にならん。はじめから殴りかかればよかったんだ。それなら捕まる前にスカッとできただろう」
 相変わらず乱暴だなぁ。そんなことを訊いてるんじゃないよ。
「アーサー、あたしゃあんたの言いたいことわかるよ」
 ライブラ……
「あたしゃ呪術師だからね。言葉の怖さも、こころの大切さも、よーく知ってるんだ。あんまり気持ちのいいことじゃないね」
「でも子供たちはよろこんでるよ」
「ものを知らないからさぁ」
 ものを知らないから……かぁ。よくわかんないなぁ。ゾスマはわかる?
「わかんない」
 ホッ……
「でもおもしろいね。勉強になる」
 うんうん、そうだね。とりあえずぼく以外にもわからないひとがいて安心したよ。ああよかった。
 それから一時間ほど演説は続いた。途中ふたりほど金を払って討論する者もいたが、どちらもメタメタに言い負かされてしまった。
 終わりと同時に数人が銀貨や銅貨を投げ、簡単な質問をした。これは値段に決まりがなく、しょう銅貨一枚から受け付けている。ムールくんもお金を投げたいとせびり、サラさんは困りながらも銅貨を与えていた。
 その質疑応答も終わり、論者は投げ銭の箱と敷物を持って、衛兵とともに役所へ去っていった。そして客も散り散りになり、ぼくらも帰路へ向かった。
「棟梁、大丈夫かしら……」
 サラさんは憂鬱だった。親方が補導されたとなれば不安になるのも無理はない。場合によっては夫の稼ぎにも影響が出る。仕事がなくなりでもしたら大変だ。
「いえ、そういうことじゃありません」
 あ、違うの?
「たしかにそれも心配ですけど、棟梁、もう歳ですから。これが原因で胸を悪くしたり、血を詰まらせたりしないか心配で……」
 言われてみればたしかに……
「クロちゃん、あんたもガキだね」
 なんだよライブラ。ぼくはもうとっくに大人だよ。失礼だなぁ。
「仕方ないだろう。クロはわたしがさんざん甘やかしたからな」
 なに言ってるんだよレオ。ぼくは君の夫だよ。しつけなら母さんにさんざん叩き込まれたよ。
「ふふふ、そうだな。しかしお母さん、息子さんはだいぶ論者におねつのようですね」
 そう言ってレオはムールくんを見た。彼はずーっとゾスマ相手に論者ファサリヴァのすごさを説いていた。
 見た目の年齢が近いから話しやすいのだろう。ゾスマも適当に「へー」「そーなんだ」と相槌を打つからなお熱が入る。
「ええ、そうなんです。わたしはあまり見せたくないんですけどね……」
「ほう?」
「なんだか好きじゃなくて……」
 どうやらサラさんは道端論者をあまりよく思ってないらしい。しかしそれでも息子を連れて行くのは、いっしょに行かないとひとりで勝手に行ってしまって危ないからだという。
「たしかにおもしろいとは思います。新しいことや驚くような話をされるとつい聞き入ってしまいます。だけどわたしはあの討論がどうしてもいやなんです」
 それはぼくも同感だ。あんな相手を挑発するみたいな言い方して、自分がされたらと思うとムカついちゃった。そりゃショウとしては刺激的でおもしろいかもしれないけどさ。
「わたしとしては、息子にはああなってほしくないんですが……」
 ですが?
「なりたがってるんだね」
 とライブラが言った。するとサラさんはコクンとうなずいた。
 そりゃ大変だ。息子の将来がひと様と口ゲンカする仕事なんてたまったもんじゃない。第一あんなの物乞いだ。道端で講釈れて、箱にお金入れてくださいなんて男子のすることじゃない。男なら剣を持つか、店を構えるか、それかやっぱり力仕事だよ。
 ぼくは率直に言ってやった。
「ムールくん、あんなのになっちゃダメだよ。男なら力仕事だよ」
 それを話すと息子はプーっとふくれ、
「それってあなたの感覚ですよね!」
 あ、あのひとが言ってた言葉だ。
「これからの時代、知的労働が一番なんです! 男だからって力仕事をしなきゃいけないってだれが決めたんですかー!」
「そりゃだって、男は力があるし……」
「女でも力があるひとはいっぱいいますー! 女が肉体労働しちゃいけないってだれが決めたんですかー?」
「で、でも女に肉体労働させるのは男として情けないっていうか……」
「それってあなたの感覚ですよね! 実際に調べたんですかー? なんかそういう根拠とかあるんですかー? 世の中には女より弱い男だっていますよねー!」
 む、ムカつく!
「こ、このヤロー!」
 ぼくは思わずカッとなって殴りかかってしまった。
「いてっ!」
「あ、しまった!」
 ああ、なんてことだ! ぼくとしたことが……!
「ごめんなさい! つい……!」
 ぼくは全力で謝った。サラさんにもムールくんにもペコペコ頭を下げ、レオもいっしょに、
「うちのバカが申し訳ありません!」
 と慌てていた。バカは余計だよ。ぼくはバカじゃないもの。
 しかしサラさんは怒った様子はなく、むしろため息を吐いて、
「いいんです……こうやって討論で友達ともケンカしたんですから」
 あ、そうなの? じゃあいいか。
「大丈夫だよ、痛くなかったから」
 ムールくんもそう言ってる。ならいいよね。あーよかった。
「それにぼくの勝ちだしね」
 勝ち?
「暴力を振るうってことは、言葉で負けた証拠だよ。お姉さんの負け~」
 な、なんだと!? ていうかお姉さん!? ぼくは男だってのに! こいつ斬ってやろうか!?
「バカ、落ち着け!」
 レオがぼくをうしろから抱え、腰のものから手を離させた。くぅ……
「なるほどねぇ」
 そんなぼくらのやり取りを見てライブラが言った。
「だいたい見当がついたよ」
 見当がついた? なんの?
「夢のことさ」
 あ、そうか。そういえばぼくらは夢の女、サラさんを助けに来たんだった。論者を見たせいかすっかり忘れてたよ。
「どんなだ?」
 レオが訊いた。すると、
「ま、時代が生んだやまいとでも言おうかねぇ。放っておいても時間が解決してくれそうだけど……」
 ライブラはサラさんにちらりと目を向け、
「あんた、こころを消してほしいかい?」
「えっ」
「あたしゃそういうことができるのさ。ねえ、どうなんだい?」
「それは……」
 サラさんはうつむき、言葉が途切れた。歩みがゆっくりになり二の句が出てこない。
 ライブラはため息混じりに言った。
「そうさね、本心じゃないさね。もっとも、嘘でもないけどね」
「……」
 サラさんは黙り込んでしまった。なにか核心に触れたらしい。ぼくにはさっぱりわからないけど。
「なあムラサキ、おまえはこの女を助けに来たのだろう?」
 レオが言った。
「わたしもだいたい察しがついた。おそらくおまえほどは見えていないが、病の元はわかった。解決してやったらどうだ?」
「だけどこれも人生さね。みんな乗り越えて生きるのさ」
「だが、こころの強い者ばかりではないぞ」
「そうさね……」
 ライブラはためらっていた。なんでためらうんだろう。わざわざ助けるためにここまで足を運んだっていうのに。
 そう思って見ていると、
「あの……」
 サラさんが口を開いた。
 レオとライブラがじっと見つめた。
 サラさんは言った。
「……よろしければお茶を飲んでいきませんか? いい紅茶があるんです。それとちょうどクッキーを焼いてあるので……」
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