魂売りのレオ

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第二十三話 旅ゆかば、酔狂

旅ゆかば、酔狂 一

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 生きていると、いろんな後悔がまっていきます。なにせ思った通りに生きられません。ミスもありますし、わかってやってしまうあやまちも数知れません。
 そうして苦しくなるとたまに、死んでしまいたいと思うこともあります。きっとみなさんもそうですよね。死ねば楽になるのに——だれもがいちどは考えたことでしょう。
 そう思うのは不満があるからです。ひとは不満があると、死んだら楽になるなどとやさぐれたり、世間のどうでもいいことに噛みついたりするんです。
 だれも死にたくなんてないんです。死にたいなんて考えるのは若い証拠です。あした光を浴びたいからこそ、暗い今日をなげくのです。
 だったらあがいてやりましょう。我々には死にたいと願うほどの若いパワーがあるんです。どうせ最後は死ぬんです。それかもう、やなことはスッパリ忘れちゃうかですよね。

第二十三話 旅ゆかば、酔狂すいきょう

 ぼくはアーサー。歳は十八。元はみやこで騎士をしていたけど、いまは魔の森でレオとともに暮らしている。
 レオはものすごい魔術師だ。膨大な魔力と優れた知能を持ち、しかも呪術にまで通じている。
 そんなレオだからこそ、みんなが頼りにしている。
「ねえ~、頼むよ~」
 庭先のデッキチェアに寝そべるレオに、ライブラが丸テーブル越しに言った。
「あんたしか頼める相手がいないんだよ~。暇つぶしだと思ってさあ~」
「ううむ……しかしなぁ……」
 レオの返事はイマイチ煮え切らなかった。ライブラの頼みというのは、彼女の仕事を手伝ってほしいとのことだった。
 内容は、殺しだ。
 ある貴族が別の貴族の領地にツバをつけ、静かに侵略している。法に触れないよう、あるいは証拠を立証できないよう、じわじわと土地、住民を取り込み、乗っ取りを進めている。
 このままでは領土すべてを奪われると危惧きぐした領主は、逆に侵略者を滅ぼしてしまおうと考えた。彼は近隣の呪術師を雇い、呪殺をくわだてた。
 ターゲットは敵方てきかたの領主と、その長男ちょうなんだ。彼は密偵みっていを使ってだれが首謀者かを見定みさだめていた。
 だが敵に呪術師がいた。呪いは呪いで返され、あやうく自分が死んでしまうところだった。
 そこで、二の矢を求めた。勘の強い呪術師にしか気づけない召喚術を使い、結果としてライブラを呼んだ。(召喚術とは、いわゆる呼びかけだ。暗闇で明かりをともし、こっちに来てくれと叫ぶ行為に近い)
 だけどライブラはすぐには向かわなかった。これは危ういと踏んで立ち止まった。
「たしかにあたしゃ強いさ。だけど状況が悪いよ」
 できれば不意打ちで仕留めたかった。だが雇い主はすでにいちど攻撃を仕掛けているし、召喚術は敵の呪術師にも発見されている可能性が高い。となれば時間をかけた強力な儀式で、鉄壁の守りを備えているだろう。
呪詛返じゅそがえしでもされたら大変さね。だったら素直に乗り込んで、暗殺しちまった方がいくらも簡単さね」
 そう思い、雇い主の呪術師と念の信号をやり取りし、ふたり分の賃金を約束させたという。
「そんなわけだからさぁ、いっしょに来てよ、ねえ」
「おまえ、わたしに相談する前に勝手に決めたのか」
 レオは呆れながらウィスキーを飲み、しかし完全に拒否するでもなく話を聞いていた。
「いやかい?」
「ううむ……気が進まん」
「なんでさ。あんた強いんだから、たまには思いっきり暴れてみたいと思わないのかい?」
「思わんでもない。だが……」
 レオはフッと視線をよそに向け、
「わたしは殺しが好きではない」
 えっ!? レオが殺しが好きじゃないだって!?
 ぼくは思わずギョッとした。だってレオだよ? 愛する妻ながら最悪の女だよ?
 言われてみればたしかに殺しをうところは見たことない。だけどひとが死んで平気で笑うし、死ぬほどの不幸を見ていつもよろこんでいる。そんな彼女が「殺しが好きではない」だって!?
「はあ……意外さね」
 ライブラも呆気に取られていた。彼女もレオの性悪しょうわる根性を知り尽くしている。
「あたしゃてっきり平気で殺すヤツだと思ってたよ」
「まあ、平気で殺すがな」
「じゃあなんでさね」
「……なんとなくだ」
 レオの答えは曖昧あいまいだった。というか答えたくないのかな? 本当は明確に説明できるのに、あえて言わないって感じがする。
 ライブラもそれを察したのだろう。
「……ま、深くは詮索せんさくしないよ。でも今回の仕事は来てくれてもいいんじゃないかい? あんたはあくまで護衛だよ」
「ほう?」
「殺すのはあたしさ。いかに強力な呪詛返しでも、中に入っちまえばこっちのもんだからね。あんたは邪魔な魔術師だけさばいてくれればそれでいいのさ」
「兵士はどうする? 銀の盾が出てきたら困るぞ」
「そこはアーサーがいれば問題ないだろ?」
 へ、ぼく?
「ねえアーサー。あんたも剣じゃ負けなしなんだろ? もったいないよ、せっかく腕があるのにさぁ」
 う~ん……それってつまり、本気で戦っていいってこと?
「あたりまえじゃないのさあ! あんたにしかできないことだよ」
「レオ! 行こう!」
 ぼくは一も二もなく飛びついた。だって、ひさびさにホントの戦いができるんだ! それにぼくが頼りにされている! こんなの行きたいに決まってるよ!
「おまえは短絡的だな……」
「そう?」
「呪術師と戦うとなれば、そう簡単ではないぞ」
 レオは呪術との戦いを危惧きぐしていた。なんで? レオは最強じゃないの?
「たしかにわたしは最強だ。魔術師相手ならまず負けんし、本気を出せば銀で防ぐこともできない膨大な魔力を打ち込める。もっとも、そのときは範囲がでかすぎて街ごと吹っ飛ばしてしまうがな」
 へえ、じゃあいいじゃん。
「おまえな、呪術は魔力で止められんのだぞ。逆もそうだが、つまりひいでた呪術師との戦いでは相打ち以下の恐れがある」
 どういうこと?
「わたしの魔力は対面した呪術師を軽く殺せるだろう。だが、同時にわたしも殺されているということだ」
 でもレオは呪術が使えるんでしょ?
「並程度にな」
 レオが言うには、彼女の呪術の腕では強力な呪術は防ぎきれないとのことだ。呪いの元は精神エネルギーで、魂をみなもとに生み出す魔力とはぶつからない。互いに右手にナイフを持って、ノーガードで刺し合うようなものだ。
「だからあたしがいるだろ?」
 とライブラが言うも、
「それにしたって金額が合わん」
 レオは、それくらいの金でいのちを賭けるのは割に合わないと不満を言った。ライブラが領主と約束した仕事代はひとりあたり一年遊べるほどの大金だったが、一生を失うリスクを考えれば安すぎるというのがレオの意見だ。
「それにアーサーの分が入っていない」
「そこはしょうがないさね。倍に増やすのが精一杯さ。そもそも人数で増額すること自体、呪術師としちゃ稀有けうなことさね」
「しかしなあ……」
 相変わらずレオはうなずかない。ぼくとしては戦いたいんだけどなぁ。なんとかうまいこと賛成してくれないかなぁ。
 そう思っていると、
「わかったよ。それじゃ金以外であたしが払うってのはどうだい?」
「なに?」
 レオは怪訝けげんそうにライブラをじろじろ見た。だがすぐに、
「ふふふ……そうか、おもしろい」
 ニヤリと微笑み、
「こんどはアレを生やしておまえと寝たいと思っていたんだ」
「ち、違うよ! なに勘違いしてんだい!」
 ライブラはカアッと顔を赤くし、怒ったような声で慌てふためいた。
「なんだ、おまえの体を自由にさせてくれるんじゃないのか?」
「バカ言ってんじゃないよ! あたしゃ二度とごめんだよ!」
「おいおい、受け入れてくれたじゃないか」
「あんときゃ酔い潰れて抵抗できなかっただけだよ! そうじゃなくて、わざを教えてやろうってのさ!」
「わざ?」
「あんたが気に入りそうな呪いだよ!」
 ライブラはたんを吐き捨てるような顔で言うと、レオのひたいに指先を当て、
「ちょいとためしてあげるよ」
「……なにをするんだ?」
 レオは硬く身構えた。ライブラほどの呪術師に呪いをためすと言われれば、いかに強者でもさすがに余裕がなくなる。
「なあに、アーサーをいじめるのにひと味加える方法だよ」
 えっ!? ぼくをいじめる方法!? 冗談じゃないよ!
「いいかい、相手の体に触れて、こう唱えるんだ」
 ライブラはスッと静かな呼吸になり、なにやら呪文を唱えた。さすがはプロというか、先ほどまでの赤面が消え、透明な呼吸をしていた。
 そして、
「覚えたかい?」
 そう言って指を離すと、
「む!?」
 レオが驚いて体を起こした。なにかを確かめるように手のひらを見たり、自身の体を眺めたりしている。
「どうしたの?」
 と、ぼくが訊くと、
「な、なんだこれは! 異常に軽い!」
 軽い?
「まるで裸だ! 服を着ていないかのように軽い! いや——空気の重みさえも!」
 ど、どういうこと?
「アーサー、レオをくすぐってみな」
 ライブラに言われ、ぼくはレオのわきをくすぐった。しかし、
「むむ!? なにも感じんぞ!?」
「ホントに? こんなにくすぐってるのに? こしょこしょ~!」
「ああ、触られているという感じさえない。椅子に座る感触さえも浮いているようだ」
 これってもしかして触覚しょっかくを消す呪い?
「いや、ちょっと違うさね」
 そう言ってライブラはニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。すると、
「わはーーーーッ!」
「れ、レオ!?」
 突如、美しいレオの顔がバカみたいに縦に開き、目をおっぴろげて絶叫した。いったいどうしたっていうんだ!?
「あはははっ! あはっ、あはっ! はあ、はあ……」
 絶叫はすぐに収まった。しかし彼女は息たえだえで、顔を伏せて身をすくめていた。様子を見るに、どうやらくすぐったかったらしい。それも、マトモじゃいられないほどに。
「はあ、はあ……い、いまのは……?」
 レオは口元にまだ笑いを残したまま、ぐにゃぐにゃのうらめしい顔で訊いた。すると、
「触覚停滞の術さね」
 ライブラは得意げに言った。
「このわざにかかると、一時的に感触を止めることができるのさ。でもその感触は消えたわけじゃなく、停滞して蓄積されていく。そして術をいた瞬間、せき止めていた感触がどっと押し寄せる。どうだい、くすぐったかったろう?」
「……お、おそろしいわざだな」
「ああ、使い方をあやまると危険さね。だいたい三十秒停滞すると、一秒かけて返ってくる。いまのは一分くらい止めてたから、三十倍のくすぐりが二秒にわたって解放されたわけさ。どうだい、地獄だったろ」
「ああ。こころなしか目も痛い気がする」
「空気の感触さね。あんまり長時間やると危ないよ。でもね、このわざは部分的に使うこともできるのさ」
「ほう?」
「たとえば性感帯にだけかける——とかね」
「……なるほど、おもしろい!」
 うっ! なにかものすごくいやな予感!
「どうすれば部分的にかけられるんだ?」
「呪文をちょいとすのさ」
「教えろ」
「それは仕事が済んだらさねぇ」
 そう言ってライブラはゆったり椅子に座り、のんびりとぶどう酒をあおった。先ほどまでのお願いする態度じゃない。金持ちが下僕げぼくと相対するような上からの姿勢だ。
「それで、どうするんだい? 手伝ってくれるのかい?」
 そう言われ、レオはコホンと咳払せきばらいし、
「……まあ、わたしもたまには暴れたいと思っていたんだ。ぬるい仕事ばかりではにぶってしまうからな。ぜひ手伝わせてもらおう」
 ふたりはがっしりと握手を交わした。ぼくは半分うれしかったけど、もう半分は冗談じゃないと思った。
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