164 / 178
第二十三話 旅ゆかば、酔狂
旅ゆかば、酔狂 一
しおりを挟む
生きていると、いろんな後悔が溜まっていきます。なにせ思った通りに生きられません。ミスもありますし、わかってやってしまう過ちも数知れません。
そうして苦しくなるとたまに、死んでしまいたいと思うこともあります。きっとみなさんもそうですよね。死ねば楽になるのに——だれもがいちどは考えたことでしょう。
そう思うのは不満があるからです。ひとは不満があると、死んだら楽になるなどとやさぐれたり、世間のどうでもいいことに噛みついたりするんです。
だれも死にたくなんてないんです。死にたいなんて考えるのは若い証拠です。あした光を浴びたいからこそ、暗い今日をなげくのです。
だったらあがいてやりましょう。我々には死にたいと願うほどの若いパワーがあるんです。どうせ最後は死ぬんです。それかもう、やなことはスッパリ忘れちゃうかですよね。
第二十三話 旅ゆかば、酔狂
ぼくはアーサー。歳は十八。元は都で騎士をしていたけど、いまは魔の森でレオとともに暮らしている。
レオはものすごい魔術師だ。膨大な魔力と優れた知能を持ち、しかも呪術にまで通じている。
そんなレオだからこそ、みんなが頼りにしている。
「ねえ~、頼むよ~」
庭先のデッキチェアに寝そべるレオに、ライブラが丸テーブル越しに言った。
「あんたしか頼める相手がいないんだよ~。暇つぶしだと思ってさあ~」
「ううむ……しかしなぁ……」
レオの返事はイマイチ煮え切らなかった。ライブラの頼みというのは、彼女の仕事を手伝ってほしいとのことだった。
内容は、殺しだ。
ある貴族が別の貴族の領地にツバをつけ、静かに侵略している。法に触れないよう、あるいは証拠を立証できないよう、じわじわと土地、住民を取り込み、乗っ取りを進めている。
このままでは領土すべてを奪われると危惧した領主は、逆に侵略者を滅ぼしてしまおうと考えた。彼は近隣の呪術師を雇い、呪殺を企てた。
ターゲットは敵方の領主と、その長男だ。彼は密偵を使ってだれが首謀者かを見定めていた。
だが敵に呪術師がいた。呪いは呪いで返され、危うく自分が死んでしまうところだった。
そこで、二の矢を求めた。勘の強い呪術師にしか気づけない召喚術を使い、結果としてライブラを呼んだ。(召喚術とは、いわゆる呼びかけだ。暗闇で明かりを灯し、こっちに来てくれと叫ぶ行為に近い)
だけどライブラはすぐには向かわなかった。これは危ういと踏んで立ち止まった。
「たしかにあたしゃ強いさ。だけど状況が悪いよ」
できれば不意打ちで仕留めたかった。だが雇い主はすでにいちど攻撃を仕掛けているし、召喚術は敵の呪術師にも発見されている可能性が高い。となれば時間をかけた強力な儀式で、鉄壁の守りを備えているだろう。
「呪詛返しでもされたら大変さね。だったら素直に乗り込んで、暗殺しちまった方がいくらも簡単さね」
そう思い、雇い主の呪術師と念の信号をやり取りし、ふたり分の賃金を約束させたという。
「そんなわけだからさぁ、いっしょに来てよ、ねえ」
「おまえ、わたしに相談する前に勝手に決めたのか」
レオは呆れながらウィスキーを飲み、しかし完全に拒否するでもなく話を聞いていた。
「いやかい?」
「ううむ……気が進まん」
「なんでさ。あんた強いんだから、たまには思いっきり暴れてみたいと思わないのかい?」
「思わんでもない。だが……」
レオはフッと視線をよそに向け、
「わたしは殺しが好きではない」
えっ!? レオが殺しが好きじゃないだって!?
ぼくは思わずギョッとした。だってレオだよ? 愛する妻ながら最悪の女だよ?
言われてみればたしかに殺しを請け負うところは見たことない。だけどひとが死んで平気で笑うし、死ぬほどの不幸を見ていつもよろこんでいる。そんな彼女が「殺しが好きではない」だって!?
「はあ……意外さね」
ライブラも呆気に取られていた。彼女もレオの性悪根性を知り尽くしている。
「あたしゃてっきり平気で殺すヤツだと思ってたよ」
「まあ、平気で殺すがな」
「じゃあなんでさね」
「……なんとなくだ」
レオの答えは曖昧だった。というか答えたくないのかな? 本当は明確に説明できるのに、あえて言わないって感じがする。
ライブラもそれを察したのだろう。
「……ま、深くは詮索しないよ。でも今回の仕事は来てくれてもいいんじゃないかい? あんたはあくまで護衛だよ」
「ほう?」
「殺すのはあたしさ。いかに強力な呪詛返しでも、中に入っちまえばこっちのもんだからね。あんたは邪魔な魔術師だけさばいてくれればそれでいいのさ」
「兵士はどうする? 銀の盾が出てきたら困るぞ」
「そこはアーサーがいれば問題ないだろ?」
へ、ぼく?
「ねえアーサー。あんたも剣じゃ負けなしなんだろ? もったいないよ、せっかく腕があるのにさぁ」
う~ん……それってつまり、本気で戦っていいってこと?
「あたりまえじゃないのさあ! あんたにしかできないことだよ」
「レオ! 行こう!」
ぼくは一も二もなく飛びついた。だって、ひさびさにホントの戦いができるんだ! それにぼくが頼りにされている! こんなの行きたいに決まってるよ!
「おまえは短絡的だな……」
「そう?」
「呪術師と戦うとなれば、そう簡単ではないぞ」
レオは呪術との戦いを危惧していた。なんで? レオは最強じゃないの?
「たしかにわたしは最強だ。魔術師相手ならまず負けんし、本気を出せば銀で防ぐこともできない膨大な魔力を打ち込める。もっとも、そのときは範囲がでかすぎて街ごと吹っ飛ばしてしまうがな」
へえ、じゃあいいじゃん。
「おまえな、呪術は魔力で止められんのだぞ。逆もそうだが、つまり秀でた呪術師との戦いでは相打ち以下の恐れがある」
どういうこと?
「わたしの魔力は対面した呪術師を軽く殺せるだろう。だが、同時にわたしも殺されているということだ」
でもレオは呪術が使えるんでしょ?
「並程度にな」
レオが言うには、彼女の呪術の腕では強力な呪術は防ぎきれないとのことだ。呪いの元は精神エネルギーで、魂を源に生み出す魔力とはぶつからない。互いに右手にナイフを持って、ノーガードで刺し合うようなものだ。
「だからあたしがいるだろ?」
とライブラが言うも、
「それにしたって金額が合わん」
レオは、それくらいの金でいのちを賭けるのは割に合わないと不満を言った。ライブラが領主と約束した仕事代はひとりあたり一年遊べるほどの大金だったが、一生を失うリスクを考えれば安すぎるというのがレオの意見だ。
「それにアーサーの分が入っていない」
「そこはしょうがないさね。倍に増やすのが精一杯さ。そもそも人数で増額すること自体、呪術師としちゃ稀有なことさね」
「しかしなあ……」
相変わらずレオはうなずかない。ぼくとしては戦いたいんだけどなぁ。なんとかうまいこと賛成してくれないかなぁ。
そう思っていると、
「わかったよ。それじゃ金以外であたしが払うってのはどうだい?」
「なに?」
レオは怪訝そうにライブラをじろじろ見た。だがすぐに、
「ふふふ……そうか、おもしろい」
ニヤリと微笑み、
「こんどはアレを生やしておまえと寝たいと思っていたんだ」
「ち、違うよ! なに勘違いしてんだい!」
ライブラはカアッと顔を赤くし、怒ったような声で慌てふためいた。
「なんだ、おまえの体を自由にさせてくれるんじゃないのか?」
「バカ言ってんじゃないよ! あたしゃ二度とごめんだよ!」
「おいおい、受け入れてくれたじゃないか」
「あんときゃ酔い潰れて抵抗できなかっただけだよ! そうじゃなくて、わざを教えてやろうってのさ!」
「わざ?」
「あんたが気に入りそうな呪いだよ!」
ライブラは痰を吐き捨てるような顔で言うと、レオのひたいに指先を当て、
「ちょいとためしてあげるよ」
「……なにをするんだ?」
レオは硬く身構えた。ライブラほどの呪術師に呪いをためすと言われれば、いかに強者でもさすがに余裕がなくなる。
「なあに、アーサーをいじめるのにひと味加える方法だよ」
えっ!? ぼくをいじめる方法!? 冗談じゃないよ!
「いいかい、相手の体に触れて、こう唱えるんだ」
ライブラはスッと静かな呼吸になり、なにやら呪文を唱えた。さすがはプロというか、先ほどまでの赤面が消え、透明な呼吸をしていた。
そして、
「覚えたかい?」
そう言って指を離すと、
「む!?」
レオが驚いて体を起こした。なにかを確かめるように手のひらを見たり、自身の体を眺めたりしている。
「どうしたの?」
と、ぼくが訊くと、
「な、なんだこれは! 異常に軽い!」
軽い?
「まるで裸だ! 服を着ていないかのように軽い! いや——空気の重みさえも!」
ど、どういうこと?
「アーサー、レオをくすぐってみな」
ライブラに言われ、ぼくはレオのわきをくすぐった。しかし、
「むむ!? なにも感じんぞ!?」
「ホントに? こんなにくすぐってるのに? こしょこしょ~!」
「ああ、触られているという感じさえない。椅子に座る感触さえも浮いているようだ」
これってもしかして触覚を消す呪い?
「いや、ちょっと違うさね」
そう言ってライブラはニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。すると、
「わはーーーーッ!」
「れ、レオ!?」
突如、美しいレオの顔がバカみたいに縦に開き、目をおっ広げて絶叫した。いったいどうしたっていうんだ!?
「あはははっ! あはっ、あはっ! はあ、はあ……」
絶叫はすぐに収まった。しかし彼女は息たえだえで、顔を伏せて身をすくめていた。様子を見るに、どうやらくすぐったかったらしい。それも、マトモじゃいられないほどに。
「はあ、はあ……い、いまのは……?」
レオは口元にまだ笑いを残したまま、ぐにゃぐにゃの恨めしい顔で訊いた。すると、
「触覚停滞の術さね」
ライブラは得意げに言った。
「このわざにかかると、一時的に感触を止めることができるのさ。でもその感触は消えたわけじゃなく、停滞して蓄積されていく。そして術を解いた瞬間、せき止めていた感触がどっと押し寄せる。どうだい、くすぐったかったろう?」
「……お、おそろしいわざだな」
「ああ、使い方を誤ると危険さね。だいたい三十秒停滞すると、一秒かけて返ってくる。いまのは一分くらい止めてたから、三十倍のくすぐりが二秒にわたって解放されたわけさ。どうだい、地獄だったろ」
「ああ。こころなしか目も痛い気がする」
「空気の感触さね。あんまり長時間やると危ないよ。でもね、このわざは部分的に使うこともできるのさ」
「ほう?」
「たとえば性感帯にだけかける——とかね」
「……なるほど、おもしろい!」
うっ! なにかものすごくいやな予感!
「どうすれば部分的にかけられるんだ?」
「呪文をちょいと足すのさ」
「教えろ」
「それは仕事が済んだらさねぇ」
そう言ってライブラはゆったり椅子に座り、のんびりとぶどう酒をあおった。先ほどまでのお願いする態度じゃない。金持ちが下僕と相対するような上からの姿勢だ。
「それで、どうするんだい? 手伝ってくれるのかい?」
そう言われ、レオはコホンと咳払いし、
「……まあ、わたしもたまには暴れたいと思っていたんだ。ぬるい仕事ばかりでは鈍ってしまうからな。ぜひ手伝わせてもらおう」
ふたりはがっしりと握手を交わした。ぼくは半分うれしかったけど、もう半分は冗談じゃないと思った。
そうして苦しくなるとたまに、死んでしまいたいと思うこともあります。きっとみなさんもそうですよね。死ねば楽になるのに——だれもがいちどは考えたことでしょう。
そう思うのは不満があるからです。ひとは不満があると、死んだら楽になるなどとやさぐれたり、世間のどうでもいいことに噛みついたりするんです。
だれも死にたくなんてないんです。死にたいなんて考えるのは若い証拠です。あした光を浴びたいからこそ、暗い今日をなげくのです。
だったらあがいてやりましょう。我々には死にたいと願うほどの若いパワーがあるんです。どうせ最後は死ぬんです。それかもう、やなことはスッパリ忘れちゃうかですよね。
第二十三話 旅ゆかば、酔狂
ぼくはアーサー。歳は十八。元は都で騎士をしていたけど、いまは魔の森でレオとともに暮らしている。
レオはものすごい魔術師だ。膨大な魔力と優れた知能を持ち、しかも呪術にまで通じている。
そんなレオだからこそ、みんなが頼りにしている。
「ねえ~、頼むよ~」
庭先のデッキチェアに寝そべるレオに、ライブラが丸テーブル越しに言った。
「あんたしか頼める相手がいないんだよ~。暇つぶしだと思ってさあ~」
「ううむ……しかしなぁ……」
レオの返事はイマイチ煮え切らなかった。ライブラの頼みというのは、彼女の仕事を手伝ってほしいとのことだった。
内容は、殺しだ。
ある貴族が別の貴族の領地にツバをつけ、静かに侵略している。法に触れないよう、あるいは証拠を立証できないよう、じわじわと土地、住民を取り込み、乗っ取りを進めている。
このままでは領土すべてを奪われると危惧した領主は、逆に侵略者を滅ぼしてしまおうと考えた。彼は近隣の呪術師を雇い、呪殺を企てた。
ターゲットは敵方の領主と、その長男だ。彼は密偵を使ってだれが首謀者かを見定めていた。
だが敵に呪術師がいた。呪いは呪いで返され、危うく自分が死んでしまうところだった。
そこで、二の矢を求めた。勘の強い呪術師にしか気づけない召喚術を使い、結果としてライブラを呼んだ。(召喚術とは、いわゆる呼びかけだ。暗闇で明かりを灯し、こっちに来てくれと叫ぶ行為に近い)
だけどライブラはすぐには向かわなかった。これは危ういと踏んで立ち止まった。
「たしかにあたしゃ強いさ。だけど状況が悪いよ」
できれば不意打ちで仕留めたかった。だが雇い主はすでにいちど攻撃を仕掛けているし、召喚術は敵の呪術師にも発見されている可能性が高い。となれば時間をかけた強力な儀式で、鉄壁の守りを備えているだろう。
「呪詛返しでもされたら大変さね。だったら素直に乗り込んで、暗殺しちまった方がいくらも簡単さね」
そう思い、雇い主の呪術師と念の信号をやり取りし、ふたり分の賃金を約束させたという。
「そんなわけだからさぁ、いっしょに来てよ、ねえ」
「おまえ、わたしに相談する前に勝手に決めたのか」
レオは呆れながらウィスキーを飲み、しかし完全に拒否するでもなく話を聞いていた。
「いやかい?」
「ううむ……気が進まん」
「なんでさ。あんた強いんだから、たまには思いっきり暴れてみたいと思わないのかい?」
「思わんでもない。だが……」
レオはフッと視線をよそに向け、
「わたしは殺しが好きではない」
えっ!? レオが殺しが好きじゃないだって!?
ぼくは思わずギョッとした。だってレオだよ? 愛する妻ながら最悪の女だよ?
言われてみればたしかに殺しを請け負うところは見たことない。だけどひとが死んで平気で笑うし、死ぬほどの不幸を見ていつもよろこんでいる。そんな彼女が「殺しが好きではない」だって!?
「はあ……意外さね」
ライブラも呆気に取られていた。彼女もレオの性悪根性を知り尽くしている。
「あたしゃてっきり平気で殺すヤツだと思ってたよ」
「まあ、平気で殺すがな」
「じゃあなんでさね」
「……なんとなくだ」
レオの答えは曖昧だった。というか答えたくないのかな? 本当は明確に説明できるのに、あえて言わないって感じがする。
ライブラもそれを察したのだろう。
「……ま、深くは詮索しないよ。でも今回の仕事は来てくれてもいいんじゃないかい? あんたはあくまで護衛だよ」
「ほう?」
「殺すのはあたしさ。いかに強力な呪詛返しでも、中に入っちまえばこっちのもんだからね。あんたは邪魔な魔術師だけさばいてくれればそれでいいのさ」
「兵士はどうする? 銀の盾が出てきたら困るぞ」
「そこはアーサーがいれば問題ないだろ?」
へ、ぼく?
「ねえアーサー。あんたも剣じゃ負けなしなんだろ? もったいないよ、せっかく腕があるのにさぁ」
う~ん……それってつまり、本気で戦っていいってこと?
「あたりまえじゃないのさあ! あんたにしかできないことだよ」
「レオ! 行こう!」
ぼくは一も二もなく飛びついた。だって、ひさびさにホントの戦いができるんだ! それにぼくが頼りにされている! こんなの行きたいに決まってるよ!
「おまえは短絡的だな……」
「そう?」
「呪術師と戦うとなれば、そう簡単ではないぞ」
レオは呪術との戦いを危惧していた。なんで? レオは最強じゃないの?
「たしかにわたしは最強だ。魔術師相手ならまず負けんし、本気を出せば銀で防ぐこともできない膨大な魔力を打ち込める。もっとも、そのときは範囲がでかすぎて街ごと吹っ飛ばしてしまうがな」
へえ、じゃあいいじゃん。
「おまえな、呪術は魔力で止められんのだぞ。逆もそうだが、つまり秀でた呪術師との戦いでは相打ち以下の恐れがある」
どういうこと?
「わたしの魔力は対面した呪術師を軽く殺せるだろう。だが、同時にわたしも殺されているということだ」
でもレオは呪術が使えるんでしょ?
「並程度にな」
レオが言うには、彼女の呪術の腕では強力な呪術は防ぎきれないとのことだ。呪いの元は精神エネルギーで、魂を源に生み出す魔力とはぶつからない。互いに右手にナイフを持って、ノーガードで刺し合うようなものだ。
「だからあたしがいるだろ?」
とライブラが言うも、
「それにしたって金額が合わん」
レオは、それくらいの金でいのちを賭けるのは割に合わないと不満を言った。ライブラが領主と約束した仕事代はひとりあたり一年遊べるほどの大金だったが、一生を失うリスクを考えれば安すぎるというのがレオの意見だ。
「それにアーサーの分が入っていない」
「そこはしょうがないさね。倍に増やすのが精一杯さ。そもそも人数で増額すること自体、呪術師としちゃ稀有なことさね」
「しかしなあ……」
相変わらずレオはうなずかない。ぼくとしては戦いたいんだけどなぁ。なんとかうまいこと賛成してくれないかなぁ。
そう思っていると、
「わかったよ。それじゃ金以外であたしが払うってのはどうだい?」
「なに?」
レオは怪訝そうにライブラをじろじろ見た。だがすぐに、
「ふふふ……そうか、おもしろい」
ニヤリと微笑み、
「こんどはアレを生やしておまえと寝たいと思っていたんだ」
「ち、違うよ! なに勘違いしてんだい!」
ライブラはカアッと顔を赤くし、怒ったような声で慌てふためいた。
「なんだ、おまえの体を自由にさせてくれるんじゃないのか?」
「バカ言ってんじゃないよ! あたしゃ二度とごめんだよ!」
「おいおい、受け入れてくれたじゃないか」
「あんときゃ酔い潰れて抵抗できなかっただけだよ! そうじゃなくて、わざを教えてやろうってのさ!」
「わざ?」
「あんたが気に入りそうな呪いだよ!」
ライブラは痰を吐き捨てるような顔で言うと、レオのひたいに指先を当て、
「ちょいとためしてあげるよ」
「……なにをするんだ?」
レオは硬く身構えた。ライブラほどの呪術師に呪いをためすと言われれば、いかに強者でもさすがに余裕がなくなる。
「なあに、アーサーをいじめるのにひと味加える方法だよ」
えっ!? ぼくをいじめる方法!? 冗談じゃないよ!
「いいかい、相手の体に触れて、こう唱えるんだ」
ライブラはスッと静かな呼吸になり、なにやら呪文を唱えた。さすがはプロというか、先ほどまでの赤面が消え、透明な呼吸をしていた。
そして、
「覚えたかい?」
そう言って指を離すと、
「む!?」
レオが驚いて体を起こした。なにかを確かめるように手のひらを見たり、自身の体を眺めたりしている。
「どうしたの?」
と、ぼくが訊くと、
「な、なんだこれは! 異常に軽い!」
軽い?
「まるで裸だ! 服を着ていないかのように軽い! いや——空気の重みさえも!」
ど、どういうこと?
「アーサー、レオをくすぐってみな」
ライブラに言われ、ぼくはレオのわきをくすぐった。しかし、
「むむ!? なにも感じんぞ!?」
「ホントに? こんなにくすぐってるのに? こしょこしょ~!」
「ああ、触られているという感じさえない。椅子に座る感触さえも浮いているようだ」
これってもしかして触覚を消す呪い?
「いや、ちょっと違うさね」
そう言ってライブラはニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。すると、
「わはーーーーッ!」
「れ、レオ!?」
突如、美しいレオの顔がバカみたいに縦に開き、目をおっ広げて絶叫した。いったいどうしたっていうんだ!?
「あはははっ! あはっ、あはっ! はあ、はあ……」
絶叫はすぐに収まった。しかし彼女は息たえだえで、顔を伏せて身をすくめていた。様子を見るに、どうやらくすぐったかったらしい。それも、マトモじゃいられないほどに。
「はあ、はあ……い、いまのは……?」
レオは口元にまだ笑いを残したまま、ぐにゃぐにゃの恨めしい顔で訊いた。すると、
「触覚停滞の術さね」
ライブラは得意げに言った。
「このわざにかかると、一時的に感触を止めることができるのさ。でもその感触は消えたわけじゃなく、停滞して蓄積されていく。そして術を解いた瞬間、せき止めていた感触がどっと押し寄せる。どうだい、くすぐったかったろう?」
「……お、おそろしいわざだな」
「ああ、使い方を誤ると危険さね。だいたい三十秒停滞すると、一秒かけて返ってくる。いまのは一分くらい止めてたから、三十倍のくすぐりが二秒にわたって解放されたわけさ。どうだい、地獄だったろ」
「ああ。こころなしか目も痛い気がする」
「空気の感触さね。あんまり長時間やると危ないよ。でもね、このわざは部分的に使うこともできるのさ」
「ほう?」
「たとえば性感帯にだけかける——とかね」
「……なるほど、おもしろい!」
うっ! なにかものすごくいやな予感!
「どうすれば部分的にかけられるんだ?」
「呪文をちょいと足すのさ」
「教えろ」
「それは仕事が済んだらさねぇ」
そう言ってライブラはゆったり椅子に座り、のんびりとぶどう酒をあおった。先ほどまでのお願いする態度じゃない。金持ちが下僕と相対するような上からの姿勢だ。
「それで、どうするんだい? 手伝ってくれるのかい?」
そう言われ、レオはコホンと咳払いし、
「……まあ、わたしもたまには暴れたいと思っていたんだ。ぬるい仕事ばかりでは鈍ってしまうからな。ぜひ手伝わせてもらおう」
ふたりはがっしりと握手を交わした。ぼくは半分うれしかったけど、もう半分は冗談じゃないと思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる