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第二十三話 旅ゆかば、酔狂
旅ゆかば、酔狂 五
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「そろそろ寝るか」
レオは洗面所に向かい、歯磨きをはじめた。歯は一生物だ。どんなに眠くても磨かなければならない。これを怠ると生涯苦労することになる。
「やれやれ、もう寝るのかい」
ライブラはまだ話し足りないようだ。やむを得ずといったふうに立ち上がり、あとに続く。ぼくはとっくに眠かったからちょうどよかった。
そうしてぼくらは床に着いた。ここはベッドではなく、布団をタタミに直に敷いての寝床だった。三枚がくっついて並び、この時期はあたたかいから掛け布団は一枚きりだ。
「おやすみ」
とレオが全裸になり、真ん中に潜り込んだ。
「あ、あんたなに脱いでるんだい」
「ん? わたしはいつもこうだぞ?」
「風呂じゃないんだよ? 恥ずかしくないのかい?」
「美しいだろう?」
「ば、バカだねぇ~」
ライブラは大げさに呆れ、右側の布団に入った。ぼくも本当は脱いじゃいたかったけど、さすがに恥ずかしいのでユカタのまま寝転んだ。
「アーサー、おまえも脱げはよかろう。すべすべして気持ちがいいぞ」
「いや、いいよ」
とは言ったものの、暑いからこっそり中で気崩しちゃおう。この方がいいや。
「なんだいアーサー、あんたも全裸で寝てるのかい?」
「レオと暮らすようになってからだけどね。でもひと様の前じゃしないよ」
「仲がよくってうらやましいこった」
そう言ってライブラは皮肉っぽく笑った。本心なのか、バカにしてるのか、薄闇の中では判断がつかない。
「おまえもそうなってしまえばいいだろう」
レオはライブラの方にごろんと寝返り、言った。
「我々は仲がいいんだ。いっしょに暮らして、全裸で寝よう」
「だからダメだって言ってるだろう。呪術師として、こころの逃げ場を作るわけにはいかないのさ」
「だがもう、ほとんどそうなっているではないか」
「……」
ライブラは小さくため息を吐いた。否定の声は上げていない。
「なあ、おまえそんなに呪術師が好きなのか?」
「……そういうわけじゃないよ」
「ならどうしてだ。なぜおまえは呪術師などという酔狂な仕事をしている」
「酔狂ってこたないだろ」
「いーや、酔狂だ。好きこのんででもなければ、あんな七面倒で苦労する仕事は選ばん」
「それを言ったらあんただってそうだろ。魂売りなんてどの国にも数えるほどしかいないよ。それにやってけることが奇跡さ。あんたの場合、あの猫だか妖物だかわかんない飼い猫が客を呼んでくれるから商売になってるけど、ふつうは押し売りでもしない限り成り立たないはずだよ」
「ま、腕がいいからな」
「それにしたって、ふつうに魔術師した方が楽だよ。これこそ酔狂さね」
そっか、魂売りってそんなに大変な仕事だったんだ。レオはさらりとやってのけるし、それなりに客が来るから気づかなかった。
「ねえ、あんたこそなんで魂売りなんてやってるんだい?」
そうライブラが訊くと、
「わたしか……」
レオは小さく沈黙し、ずずっと仰向けになって、腕枕のように両手を枕の下に差し込んだ。
ぼそりと言った。
「母が殺し屋でな」
「殺し屋?」
ぼくとライブラは同時にレオの方を向いた。ふたりとも冴えた目をしていた。
レオは続けた。
「わたしの母は魔法も呪いもエキスパートでな。自治会に雇われて、殺しで食っていたんだ。だから魔の森に住み、特殊なわざで敵を寄せつけないよう隠れひそんでいた。アーサー、サービックおじさんを覚えてるだろう? あの自治会だ」
サービックおじさんといえばレオのおばあちゃんの幼馴染で、ぼくらがよく行く地方都市のヤクザ者だ。巨大な猛禽の気配で立派なひげを生やし、そのうち遊びに来ると言っておきながらまだ来訪がない。
「母親の仕事を継がなかったのかい?」
「両親がそう思わなかったし、わたしもあまりよく思わなかった。それに、覚醒するまで魔力が人並みだったからな。なにになろうとか、なにで食っていこうなど考えず、簡単に魔法のレクチャーだけ受け、気ままに過ごしていたんだ」
「それが、どうして魂売りに?」
「祖母がそうだった。わたしの母は商売敵に殺され、そのときわたしも危うい目にあうんだが……奇跡的にアクア様に助けていただいて、魔法と呪いを教わることになった」
「ああ、だからあんた、あの淫乱女に頭が上がんないんだね」
「そうだ。で、そのときからなぜか膨大な魔力を扱えるようになり、いろいろ教わる中で、魂売りがいいんじゃないかとなったんだ」
「アクアリウスの考えかい?」
「いや、わたしからの提言だ。幼いころから祖母に教え込まれていたからな。魂売りとはなんぞやから、いざというときどんな対処をするか、どんな人種とどう関わるかまで、ありとあらゆる知識を物語風に話してもらった。本も山ほどあったし、おかげで知識は十分だった」
「……きっとばあさんは殺し屋になってほしくなかったんだろうねぇ」
「……だな」
会話が静かに途切れ、ふたりはそっと無言になった。ぼくはただただ耳をかたむけ、話を整理していた。
そうか、だからレオは魂売りなんだ。だからぼくはレオの母さんの記憶がないんだ。
殺し屋は素性を知られるわけにいかない。だから魔法か呪いで記憶を消されている。たとえぼくがどんなに無害な存在だとしても、そうする必要がある。
そして、レオが殺しを好きではないと言った理由がわかった気がする。母さんのこともあったし、そのせいで襲われて結果子袋を失うことにもなった。彼女が殺しを避けているのは、殺し屋になるまいという忌避からきているのだろう。
おばあちゃんも、もしかしたらそれを見越していたのかもしれない。殺し屋なんてろくな目にあわない。それより少しでもいがみ合いの少ない魂売りになってほしいと願って。
……って、あれ? それだとなんか変だな。魂売りをやるには強い魔力が必要だし、その望みはなかったはずだ。なのにどうしておばあちゃんは弱いレオを魂売りにしようなんて思ったんだろう。まるでレオが超魔力に覚醒するのを知ってたみたいだ。
……なんで?
うむむ……よくわかんないや。やっぱぼくってバカなのかなぁ?
酔いと眠気の中でそんなことを考えていると、
「おい、わたしは話したぞ」
レオはニヤリとした声で、
「次はおまえの番だ」
「あ、あたしかい?」
「これはアーサーにも話していなかった秘密だ。おまえがどうしても聞きたそうだから話してやったんだ。さあ、話せ。なぜおまえは呪術師をやっている。なぜ呪術師に固執する」
「こ、交換条件なんて聞いてないよ」
「腹を割って話しているんだ。ケチなことを言うな」
「あんたが勝手に話したんじゃないかい」
「おまえが訊いたから話したんだ」
「だからって、話す義理は……」
と言いかけて、ライブラは黙って上を向いた。そしてなにかあきらめるようなため息を吐き、
「大しておもしろい話でもないよ」
どうやら根負けしたようだ。彼女は眠いような、気力の薄い声で続けた。
「別に呪術師なんてやりたいわけじゃないよ。ただそういう家に生まれただけのことでね。あたしの望みなんか関係なく、無理やり叩き込まれたのさ」
「やりたくないのになぜやっている?」
「まあ、やりたくないとは言わないけどね。この仕事ならではのたのしみも多いしさ。ただ、どっちにしても、まだやめるわけにはいかないのさ」
「なぜだ」
「……あたしの親友をめちゃくちゃにしたヤツがいるのさ」
どろりと暗い声で言った。
「呪術にはね、生きた人間を苦しめて、その苦痛をエネルギーにするわざがあるのさ。そいつはあたしの親友を使って呪いを生み出した。亡骸を見たとき、あたしゃ決意したよ。絶対にあの男を許さないってね。だからそいつを見つけて、おなじ目にあわせてやるまで、旅はやめられないのさ」
ぼくはぞくりと恐怖を覚えた。ライブラのこころを感じたからだ。
本当に怒っている。
本当に悲しんでいる。
本当に恨んでいる。
「アーサー、あんたあたしのこころを感じたね」
ライブラはスッと静かに言った。
「漏れちまうたぁ、あたしもまだまだだねぇ……」
それは、感情のない声だった。呆れるようなふだんの口調なのに、まるで無から生まれたようにこころを感じない。人形がしゃべったみたいな声だ。
これが、呪術師——。
「なるほど、復讐か」
レオが生きた声で言った。
「大変だな」
「ああ、大変さね」
「ところでおまえ、望みなど関係なく叩き込まれたと言ったな。本当はなにがやりたかったんだ?」
「えっ!?」
ライブラの肩がギクリと跳ねた。声には感情がたっぷりこもっていた。
「おや、言えないようなことか?」
「ち、違うよ!」
「じゃあなにがしたかったんだ?」
「そ、そんなこと訊いてどうするんだい!」
「ああ、わかった。性風俗の女王様だな。おまえにはぴったりだもんな」
「バカ言うんじゃないよ! あたしだっておもちゃは選ぶよ! 仕事になんかしないよ!」
「まあ、そういうことにしておいてやろう」
レオは薄笑いで決めつけた。相変わらずひどいひとだ。相手が困る言動を心得ている。こうなるとライブラも訂正せざるを得ない。
「わ、笑うんじゃないよ!」
そう前置きし、ものすごく恥ずかしそうに、
「ふ……フルーツ屋さんだよ」
「フルーツ屋さん!? プフーーッ!」
レオはのたうち回って大笑いした。申し訳ないけどぼくもだ。だってライブラがフルーツ屋さん!? あのライブラが!?
「う、うるさいねえ! まだ五つのときだよ! ガキなんてそんなもんだろ!」
「あははははは! おまえがフルーツ屋さんか! に、似合わん! あはははははひー!」
「あーもう! だから言いたくなかったのさ!」
ライブラはふてくされて、ごろんと背を向けた。肩と頭から蒸気が出てる気がした。
「おいおい、すねるな。仲よくしよう」
レオは笑いながらライブラの布団に潜り込み、うしろから抱き抱えた。
「寄るんじゃないよクソブス!」
「あははは! フルーツ屋さん、バナナをおくれ!」
「うるさいね! チンポでもくわえときな!」
ライブラは布団から這い出し、立ち上がった。あれ、本気で怒っちゃった?
「トイレだよ!」
あ、そうか。かなり飲んだもんねぇ。ぼくもレオもさんざんおしっこしに行ったよ。
「は~あ、どうして呪術師のあたしがこうも話しちまうんだろうねえ! ムカつくったらありゃしないよ!」
そう言ってライブラはトイレに行き、やがて戻ってきた。すると、
「すー、すー……」
レオは眠っていた。ライブラの布団に横向きで侵入したまま、おだやかに寝息を立てていた。
「あのあとすぐに寝ちゃったんだよ」
と、ぼくが言うと、
「はあ~~……」
ライブラは頭が痛そうに手で押さえ、どっぷりため息を吐いた。
「ホンット、自分勝手なヤツさね」
そう言ってライブラは布団に戻った。レオが三分の一を埋めた、狭苦しい布団に。
真ん中の空いてる布団に入らないの?
と言いかけて、ぼくはやっぱりやめた。ライブラはわかったうえでそこに入った。
きっと指摘すれば、その通りにする。広くて空いてる、快適なひとりの布団に。
「アーサー、あんたもこんないいかげんな女といっしょで大変だね」
仰向けのライブラがぼそりと言った。
「でも、それ以上にたのしいから」
ぼくがそう返すと、
「……まあね」
と消えかけるような声が返ってきた。
やがて、すぐに寝息がふたつになった。ぼくもそろそろ意識がぼやけてきた。
……フルーツ屋さんか。
まどろみの中、ぼくはライブラの恥ずかしがる顔を思い出した。
せっかくなら、いっしょに暮らせばいいのになぁ、と思った。
レオは洗面所に向かい、歯磨きをはじめた。歯は一生物だ。どんなに眠くても磨かなければならない。これを怠ると生涯苦労することになる。
「やれやれ、もう寝るのかい」
ライブラはまだ話し足りないようだ。やむを得ずといったふうに立ち上がり、あとに続く。ぼくはとっくに眠かったからちょうどよかった。
そうしてぼくらは床に着いた。ここはベッドではなく、布団をタタミに直に敷いての寝床だった。三枚がくっついて並び、この時期はあたたかいから掛け布団は一枚きりだ。
「おやすみ」
とレオが全裸になり、真ん中に潜り込んだ。
「あ、あんたなに脱いでるんだい」
「ん? わたしはいつもこうだぞ?」
「風呂じゃないんだよ? 恥ずかしくないのかい?」
「美しいだろう?」
「ば、バカだねぇ~」
ライブラは大げさに呆れ、右側の布団に入った。ぼくも本当は脱いじゃいたかったけど、さすがに恥ずかしいのでユカタのまま寝転んだ。
「アーサー、おまえも脱げはよかろう。すべすべして気持ちがいいぞ」
「いや、いいよ」
とは言ったものの、暑いからこっそり中で気崩しちゃおう。この方がいいや。
「なんだいアーサー、あんたも全裸で寝てるのかい?」
「レオと暮らすようになってからだけどね。でもひと様の前じゃしないよ」
「仲がよくってうらやましいこった」
そう言ってライブラは皮肉っぽく笑った。本心なのか、バカにしてるのか、薄闇の中では判断がつかない。
「おまえもそうなってしまえばいいだろう」
レオはライブラの方にごろんと寝返り、言った。
「我々は仲がいいんだ。いっしょに暮らして、全裸で寝よう」
「だからダメだって言ってるだろう。呪術師として、こころの逃げ場を作るわけにはいかないのさ」
「だがもう、ほとんどそうなっているではないか」
「……」
ライブラは小さくため息を吐いた。否定の声は上げていない。
「なあ、おまえそんなに呪術師が好きなのか?」
「……そういうわけじゃないよ」
「ならどうしてだ。なぜおまえは呪術師などという酔狂な仕事をしている」
「酔狂ってこたないだろ」
「いーや、酔狂だ。好きこのんででもなければ、あんな七面倒で苦労する仕事は選ばん」
「それを言ったらあんただってそうだろ。魂売りなんてどの国にも数えるほどしかいないよ。それにやってけることが奇跡さ。あんたの場合、あの猫だか妖物だかわかんない飼い猫が客を呼んでくれるから商売になってるけど、ふつうは押し売りでもしない限り成り立たないはずだよ」
「ま、腕がいいからな」
「それにしたって、ふつうに魔術師した方が楽だよ。これこそ酔狂さね」
そっか、魂売りってそんなに大変な仕事だったんだ。レオはさらりとやってのけるし、それなりに客が来るから気づかなかった。
「ねえ、あんたこそなんで魂売りなんてやってるんだい?」
そうライブラが訊くと、
「わたしか……」
レオは小さく沈黙し、ずずっと仰向けになって、腕枕のように両手を枕の下に差し込んだ。
ぼそりと言った。
「母が殺し屋でな」
「殺し屋?」
ぼくとライブラは同時にレオの方を向いた。ふたりとも冴えた目をしていた。
レオは続けた。
「わたしの母は魔法も呪いもエキスパートでな。自治会に雇われて、殺しで食っていたんだ。だから魔の森に住み、特殊なわざで敵を寄せつけないよう隠れひそんでいた。アーサー、サービックおじさんを覚えてるだろう? あの自治会だ」
サービックおじさんといえばレオのおばあちゃんの幼馴染で、ぼくらがよく行く地方都市のヤクザ者だ。巨大な猛禽の気配で立派なひげを生やし、そのうち遊びに来ると言っておきながらまだ来訪がない。
「母親の仕事を継がなかったのかい?」
「両親がそう思わなかったし、わたしもあまりよく思わなかった。それに、覚醒するまで魔力が人並みだったからな。なにになろうとか、なにで食っていこうなど考えず、簡単に魔法のレクチャーだけ受け、気ままに過ごしていたんだ」
「それが、どうして魂売りに?」
「祖母がそうだった。わたしの母は商売敵に殺され、そのときわたしも危うい目にあうんだが……奇跡的にアクア様に助けていただいて、魔法と呪いを教わることになった」
「ああ、だからあんた、あの淫乱女に頭が上がんないんだね」
「そうだ。で、そのときからなぜか膨大な魔力を扱えるようになり、いろいろ教わる中で、魂売りがいいんじゃないかとなったんだ」
「アクアリウスの考えかい?」
「いや、わたしからの提言だ。幼いころから祖母に教え込まれていたからな。魂売りとはなんぞやから、いざというときどんな対処をするか、どんな人種とどう関わるかまで、ありとあらゆる知識を物語風に話してもらった。本も山ほどあったし、おかげで知識は十分だった」
「……きっとばあさんは殺し屋になってほしくなかったんだろうねぇ」
「……だな」
会話が静かに途切れ、ふたりはそっと無言になった。ぼくはただただ耳をかたむけ、話を整理していた。
そうか、だからレオは魂売りなんだ。だからぼくはレオの母さんの記憶がないんだ。
殺し屋は素性を知られるわけにいかない。だから魔法か呪いで記憶を消されている。たとえぼくがどんなに無害な存在だとしても、そうする必要がある。
そして、レオが殺しを好きではないと言った理由がわかった気がする。母さんのこともあったし、そのせいで襲われて結果子袋を失うことにもなった。彼女が殺しを避けているのは、殺し屋になるまいという忌避からきているのだろう。
おばあちゃんも、もしかしたらそれを見越していたのかもしれない。殺し屋なんてろくな目にあわない。それより少しでもいがみ合いの少ない魂売りになってほしいと願って。
……って、あれ? それだとなんか変だな。魂売りをやるには強い魔力が必要だし、その望みはなかったはずだ。なのにどうしておばあちゃんは弱いレオを魂売りにしようなんて思ったんだろう。まるでレオが超魔力に覚醒するのを知ってたみたいだ。
……なんで?
うむむ……よくわかんないや。やっぱぼくってバカなのかなぁ?
酔いと眠気の中でそんなことを考えていると、
「おい、わたしは話したぞ」
レオはニヤリとした声で、
「次はおまえの番だ」
「あ、あたしかい?」
「これはアーサーにも話していなかった秘密だ。おまえがどうしても聞きたそうだから話してやったんだ。さあ、話せ。なぜおまえは呪術師をやっている。なぜ呪術師に固執する」
「こ、交換条件なんて聞いてないよ」
「腹を割って話しているんだ。ケチなことを言うな」
「あんたが勝手に話したんじゃないかい」
「おまえが訊いたから話したんだ」
「だからって、話す義理は……」
と言いかけて、ライブラは黙って上を向いた。そしてなにかあきらめるようなため息を吐き、
「大しておもしろい話でもないよ」
どうやら根負けしたようだ。彼女は眠いような、気力の薄い声で続けた。
「別に呪術師なんてやりたいわけじゃないよ。ただそういう家に生まれただけのことでね。あたしの望みなんか関係なく、無理やり叩き込まれたのさ」
「やりたくないのになぜやっている?」
「まあ、やりたくないとは言わないけどね。この仕事ならではのたのしみも多いしさ。ただ、どっちにしても、まだやめるわけにはいかないのさ」
「なぜだ」
「……あたしの親友をめちゃくちゃにしたヤツがいるのさ」
どろりと暗い声で言った。
「呪術にはね、生きた人間を苦しめて、その苦痛をエネルギーにするわざがあるのさ。そいつはあたしの親友を使って呪いを生み出した。亡骸を見たとき、あたしゃ決意したよ。絶対にあの男を許さないってね。だからそいつを見つけて、おなじ目にあわせてやるまで、旅はやめられないのさ」
ぼくはぞくりと恐怖を覚えた。ライブラのこころを感じたからだ。
本当に怒っている。
本当に悲しんでいる。
本当に恨んでいる。
「アーサー、あんたあたしのこころを感じたね」
ライブラはスッと静かに言った。
「漏れちまうたぁ、あたしもまだまだだねぇ……」
それは、感情のない声だった。呆れるようなふだんの口調なのに、まるで無から生まれたようにこころを感じない。人形がしゃべったみたいな声だ。
これが、呪術師——。
「なるほど、復讐か」
レオが生きた声で言った。
「大変だな」
「ああ、大変さね」
「ところでおまえ、望みなど関係なく叩き込まれたと言ったな。本当はなにがやりたかったんだ?」
「えっ!?」
ライブラの肩がギクリと跳ねた。声には感情がたっぷりこもっていた。
「おや、言えないようなことか?」
「ち、違うよ!」
「じゃあなにがしたかったんだ?」
「そ、そんなこと訊いてどうするんだい!」
「ああ、わかった。性風俗の女王様だな。おまえにはぴったりだもんな」
「バカ言うんじゃないよ! あたしだっておもちゃは選ぶよ! 仕事になんかしないよ!」
「まあ、そういうことにしておいてやろう」
レオは薄笑いで決めつけた。相変わらずひどいひとだ。相手が困る言動を心得ている。こうなるとライブラも訂正せざるを得ない。
「わ、笑うんじゃないよ!」
そう前置きし、ものすごく恥ずかしそうに、
「ふ……フルーツ屋さんだよ」
「フルーツ屋さん!? プフーーッ!」
レオはのたうち回って大笑いした。申し訳ないけどぼくもだ。だってライブラがフルーツ屋さん!? あのライブラが!?
「う、うるさいねえ! まだ五つのときだよ! ガキなんてそんなもんだろ!」
「あははははは! おまえがフルーツ屋さんか! に、似合わん! あはははははひー!」
「あーもう! だから言いたくなかったのさ!」
ライブラはふてくされて、ごろんと背を向けた。肩と頭から蒸気が出てる気がした。
「おいおい、すねるな。仲よくしよう」
レオは笑いながらライブラの布団に潜り込み、うしろから抱き抱えた。
「寄るんじゃないよクソブス!」
「あははは! フルーツ屋さん、バナナをおくれ!」
「うるさいね! チンポでもくわえときな!」
ライブラは布団から這い出し、立ち上がった。あれ、本気で怒っちゃった?
「トイレだよ!」
あ、そうか。かなり飲んだもんねぇ。ぼくもレオもさんざんおしっこしに行ったよ。
「は~あ、どうして呪術師のあたしがこうも話しちまうんだろうねえ! ムカつくったらありゃしないよ!」
そう言ってライブラはトイレに行き、やがて戻ってきた。すると、
「すー、すー……」
レオは眠っていた。ライブラの布団に横向きで侵入したまま、おだやかに寝息を立てていた。
「あのあとすぐに寝ちゃったんだよ」
と、ぼくが言うと、
「はあ~~……」
ライブラは頭が痛そうに手で押さえ、どっぷりため息を吐いた。
「ホンット、自分勝手なヤツさね」
そう言ってライブラは布団に戻った。レオが三分の一を埋めた、狭苦しい布団に。
真ん中の空いてる布団に入らないの?
と言いかけて、ぼくはやっぱりやめた。ライブラはわかったうえでそこに入った。
きっと指摘すれば、その通りにする。広くて空いてる、快適なひとりの布団に。
「アーサー、あんたもこんないいかげんな女といっしょで大変だね」
仰向けのライブラがぼそりと言った。
「でも、それ以上にたのしいから」
ぼくがそう返すと、
「……まあね」
と消えかけるような声が返ってきた。
やがて、すぐに寝息がふたつになった。ぼくもそろそろ意識がぼやけてきた。
……フルーツ屋さんか。
まどろみの中、ぼくはライブラの恥ずかしがる顔を思い出した。
せっかくなら、いっしょに暮らせばいいのになぁ、と思った。
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