魂売りのレオ

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第二十三話 旅ゆかば、酔狂

旅ゆかば、酔狂 六

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 翌朝、ぼくらは領主の城に登城とじょうし、会議室なる個室に案内された。
「案外安っぽいな」
 レオが城内を見て言った。庶民と比べれば華やかだが、貴族にしては装飾が少ない。そして現れた領主もあまり金持ちには見えない。身なりは清楚にして、人柄はおだやかだった。
「ま、パッと見た感じ、用済みは殺そうなんて男じゃなさそうだね」
 ライブラは領主を見てそう評した。ぼくもそう思う。見た目四十そこらの彼のひげは、あごの中ほどだけとつつましく、実にやわらかだった。
「それで、暗殺でいいんだね」
 ライブラは領主に言った。今回の仕事は彼女の受け持ちだ。レオもぼくも出張でばらない。
「ああ、本来ならこんなことはしたくないが、事情が事情だ。やむを得まい」
 領主はおとなしくも、芯の強い声で言った。責任ある冷静な男という印象だ。
 しかしライブラは甘いと言った。
「やむを得まいじゃないよ。あんたは侵略を受けてるんだ。ぬるいこと言っちゃいけないよ」
 隣町の領主の仕掛けは侵略だ。法に触れないよう、またはバレても証拠が出ないよう、土地を乗っ取り、住民を囲っている。このままいけば街の重要部分が奪われ、最終的に領地を丸ごと持っていかれる。
 立証できないから法的手段に移れない。下手に言いがかりをつければ逆に不利になってしまう。
 そこで、呪殺だった。
 呪殺は証拠が残らない。呪術の心得こころえがある者なら判断できるが、できるのは口頭による申告だけで、れっきとした証拠にはならない。ゆえに呪殺こそが最も優れた暗殺というべきだろう。
 だが、簡単ではない。たいがいの金持ちは魔法や呪いに対する防御を備えている。よほどの実力者でもなければ結界を突破するのは難しい。
 初手にライブラを使えば話は違ったかもしれないが、いまとなっては彼女でも崩せない結界が張ってあると見ていい。
 領主は剣槍けんやりを持った護衛を背後に連れ、それと呪術師をひとり連れていた。
「いやはや、面目ない」
 呪術師は屈強な肉体をしているが、どこか気の小さそうな男だった。
「なにぶん元兵士でしてね。やはりプロには敵いませんや」
 聞けば、オカルト趣味が高じて本職になったらしい。彼はふだん守りの呪いで街を守っていたが、攻撃には慣れていなかったとのことだ。
「ま、あんたがいたことは無駄にはなっちゃいないよ。魔術師じゃ呪いは防げないからね。もしあんたがいなかったら、あるじはとっくに呪い殺されてたかもしれないよ」
 そうライブラに言われ、男はホッとしていた。なんとも頼りない。なるほど、呪術師は感情を見せるべきではないと思った。
「それで、ターゲットは領主とその長男だったね」
「ああ」
 領主はターゲットふたりのスケッチを見せてくれた。どちらも豪華な服装で、体重は合わせて四人分ありそうだった。
「なるほど、大豚と子豚だね。ほかの家族もそうなのかい?」
「いや、女ばかり生まれたようで、次男もいるがまだ幼い。まず見間違えることはないだろう」
「そうかい。ひとり残ってるなら跡取りの問題もなさそうさね」
「そんなことまで考えるのか」
「ほかのヤツらは無罪だろうからね。別に滅ぼしたいわけじゃないだろ?」
「……まあな」
「ところで絵図面はあるね?」
「もちろんだ」
 領主は敵城の間取り図をふところから出し、ライブラに渡した。これがないと暗殺は難しい。といっても、この絵図の通りの場所にターゲットがいるとは限らない。
「その辺も調査が必要さね。ま、あたしに任せときな」
 それじゃ、たのしみにしてな。そう言って話は終わり、ぼくらは城をあとにした。
「はあ~、ぬるいヤツさね。温泉とか熱帯地方のヤツは危機感が薄いよ」
 ライブラは呆れ返っていた。
「あったかい地方は気の抜けたヤツが多いのさ。あんな呪術師でよく死ななかったよ」
 へえ、あの呪術師、やっぱりダメなんだ。
「呪詛返しを防げたし、念の通信もできたから、知識はあるんだろうけどね。でもあの心構えじゃダメさ。呪いは精神のパワーなんだ。もっと強気で、絶対に負けないって無心を作れなきゃねぇ」
 なるほど、その点ライブラは心強い。強さのために安息を捨てる徹底ぶりだ。
「ま、とりあえず隣町に行ってみようかねえ」
 そんなこんなでぼくらは隣町に行った。ここでは“顔を覚えられない魔法”で素顔を隠し、門番には安く肉を仕入れるために調査に来たと嘘を言って入った。
 距離にして、馬車で一時間。馬は宿で預かってもらい、ぼくらは調査を開始した。
 街は中心部と放牧地に大別できた。
 領地はかなり広い。ぼくらのよく行く地方都市もかなり広いけど、その数倍はある。ただし大半が畜産農家の放牧地だ。いわゆる繁華街はその辺の小村ほどしかなく、人口の少なさを実感できる。
 とはいえ、城は立派だった。人口に対して利益が高く、儲けは悪くないのだろう。見たところ兵士も多い。広い領地の外壁にも十分な警備が巡回しており、砦もいくつかあった。
「まさか、あの砦に隠れ潜むということはないだろうな」
 レオが腕を組み、言った。暗殺を恐れるなら、本来と違う場所で寝泊まりする可能性もある。
 だが、ライブラはそれはないと言う。
「砦からなんの気配も感じない。けど城にはかなり厚い呪術が張ってある。間違いなく呪詛返しだね」
 いるとすれば城だ。問題は図面通りの場所にいるかだ。
「ま、そこはぶっつけ本番で行こうかね。本来ならしっかり調査したいとこだけど、向こうも警戒してるだろうしさ。素性の知れないヤツが何泊もしてたらすぐにバレちまうよ」
 そんなわけで行き当たりばったりの仕事になった。
 深夜二時。ぼくらは行動に移った。
「頼んだぞ、ゾスマ」
「はーい」
 ぼくらは日中、アルテルフに頼んでゾスマを呼んでもらっていた。彼女は蜘蛛だ。窓の隙間から侵入し、内側から鍵を開けることができる。
 あらかじめ警備の薄そうな場所を見定め、そこの窓を開けた。“聞かれない魔法”をかけているから物音は漏れない。
「はい、開いたよ」
「よし、おまえたちは温泉街の宿に戻っていろ」
「わーい、おっんせっん、おっんせっん~」
 アルテルフはそりゃあもうよろこんだ。なにせ彼女は遠出が大好きで、今回も行きがけに連れてけとうるさかった。ぼくらの宿はまだ連泊になっており、事情を話せば料理も出るだろう。レオは二匹の消音魔法を解き、蜘蛛を乗せた鷹は一目散に飛んでいった。
「さて、行くとしようかねぇ」
 ぼくらは城に侵入した。先頭はぼくだ。というのも、魔法も呪いもできるだけ使いたくない。
 魔法を使えば魔力の気配が漏れる。これは強力なものほど色濃い。レオは膨大な魔力を持つためか、細かいわざが苦手で、どうしても強い魔力が出てしまう。
 呪術もそうだ。仕組みは違うらしいが、ほとんどおなじ要領で、使えば敵に気づかれる。
 そのため、いざというとき以外は肉弾戦で済ませたい。となれば剣だ。ぼくが戦えばまず負けることはない。
 それに、ぼくははやい。
 領主の寝室に向かう途中、巡回する警備兵と出くわした。
 音でわかった。彼らは軽鎧けいよろいを着ていた。
 ぼくは曲がり角で止まり、壁のきわから薄く覗き込んだ。
 ふたりの兵が、どうせ今夜もなにも起きないだろうという顔で談笑しながら歩いてきた。
 バカだね。そんな夜こそ事件は起きるんだよ。
 彼らが角まであと数歩というところで、ぼくは飛び出し、剣を振るった。
「おっ!?」
 と声を上げかけたときには、目視不可能の二度振りで、彼らののど笛が裂けていた。
 もう声は出せない。正確に声帯を狙った。
 倒れ込む音だけは消すことができない。ガシャンと鳴るやや大きめの音が、深夜二時という静寂たるべき時刻に重く響いた。
 バレたかな? と、ぼくが心配していると、
「あざやかだな」
 レオが誇らしげに言った。
「さすがはわたしの夫。こうでなくてはならん」
「別に、ただ“かかし”を斬っただけだよ」
 それは謙遜けんそんなんかじゃない。ぼくは欲求不満だった。
躊躇ちゅうちょしないんだね」
 ライブラは、わかってはいたけど、と付け加え、
「あんたみたいな男は、もう少し殺しをいとうと思ってたよ」
「厭うわけないじゃん」
 ぼくは剣についた血糊ちのりを兵士の服で拭いながら言った。
「戦場で寝ぼけたこと言ってると、こいつらみたいに死んじゃうもの。まあ、さすがに民間人ってなると、ぼくもわかんないけどさ」
「けどただの警備兵だよ。悪党じゃないさね」
「それで報酬をもらってるならプロだよ」
「なるほどねぇ」
 ライブラは納得したようで、うんうんうなずいた。あたりまえのことだよ。兵士は殺人のプロだ。目的はどうあれ、剣を持ったら覚悟しなきゃ。
「なんにせよ急ごう。巡回がこいつらだけとは限らん」
 レオはやや焦りを見せた。死体がふたつ転がっていれば、いずれ見つかって大騒ぎになるだろう。ふだんのレオなら魔法でどうにでもできるが、隠密中はどうにもならない。魔法の使えないレオはただの美人だ。
 ライブラも同意見で、ぼくらはさっさと進むことにした。ぼくとしては大乱闘になってくれた方がたのしいんだけどね。暗殺ってつまんないなぁ。
 そんなこんなでぼくらはターゲットを目指し、二度ほどおなじキルを繰り返して、領主の寝室までやってきた。
「音を立てるなよ」
 とレオに言われながら、ぼくは静かに扉を開けた。
 中は真っ暗だ。そして、無音に近い静寂が広がっている。
「これはハズレかもしれないね」
 とライブラが言った。ひとが寝ていれば寝息が聞こえるし、太っていればいびきが鳴る。
 ぼくは剣をかまえ、ベッドに近寄った。だが、
「あ、やっぱりいないや」
 ベッドは空だった。どうやら別の場所で寝ているらしい。
「ちっ、メンドウなことになっちまったねぇ」
 とライブラが舌打ちした。瞬間——
 ボッ、と照明がともった。壁や天井からぶら下がるいくつものカンテラやシャンデリアに火が灯り、部屋が明るくなった。
「これは……!」
 ぼくらは周囲を見回した。そこそこに広い領主の寝室、大きなベッドがあり、クローゼットがあり、デスクがある。
 そのクローゼットがきぃと開き、中からふたりの男が現れた。
「ほう、女が三人か。殺してしまうには惜しいわい」
 そう言ったのは、豚のような巨漢、領主そのひとだった。そしてもうひとり、
「ひとりは魔術師、ひとりは呪術師か。もうひとりは剣士のようだな」
 ひどく痩せた男が言った。声色こそおだやかだが、瞳が極端に大きく感じる不気味な男だった。
「なるほど、待ち伏せかい」
 ライブラがガン飛ばすように言った。
「そろそろ暗殺が来ると思ってな。読み通りだ」
 痩せた男が答えた。
「おかげで助かったよ。大豚を探す必要がなくてさぁ」
 とライブラが皮肉混じりの本心を伝えると、
「こちらも、ねずみを探す手間がはぶけた」
 男は堂々と言った。三人を前にして、わずかの怯みもない。
 ——この男は強い。直感でそうわかる。
「アーサー、下がってろ」
 レオが一面に魔力を充満させ、言った。
「あの男、魔術師であり、呪術師だ。どうやら手練てだれだぞ」
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