魂売りのレオ

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第二十四話 悪党は笑う

悪党は笑う 二

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「まったく、恥ずかしいところを見せた」
 レオはシンプルな服に着替え、庭の丸テーブルでウィスキーをあおった。
「いいさ、おまえのばあちゃんにさんざん見せられて慣れたからな。しかし悪いところが似たもんだ」
 サービックおじさんはアイスコーヒーを飲み、ライターでパイプに火を点けた。どうやらレオのおばあちゃんも変態だったらしい。さすがのレオもこれには顔を赤らめていた。
「はい、アーサー様」
 アルテルフがオレンジジュースを用意し、ぼくの前に置いた。一見の表情だが、ほんのり笑っている。ぼくはありがとうと礼を言ったものの、痴態を見られた羞恥心でどうにも頭が上がらなかった。
「しかし、よく来てくれた。ずっと待ってたんだぞ」
「なかなか暇がなくてな。それにこの森は敵を排除するだろう。老い先短いとはいえ、恐怖心がないわけじゃない」
「母さんが殺されたのはおじさんのせいじゃない。殺し屋なら覚悟していたはずだ」
 レオの母さんは殺し屋だった。おじさんの自治会から仕事をもらい、大金を報酬に暗殺を繰り返していた。
 きれいな仕事も汚い仕事もあっただろう。どうであれ、殺しを生業なりわいにする者は、逆に殺される覚悟がいる。兵士も、猟師も、殺し屋もだ。
 話の感じからして、やはり邪魔者として消されたのだろう。そして仕事を斡旋していたのはおじさんの組織だ。仕事をしなければ狙われることはなかったと考えれば、自治会に一切の非がないとは言いにくい。
 おじさんは小さく黙り、ため息混じりに言った。
「だが親父おやじはただの主夫しゅふだ。それにおまえもひどい目にあわせてしまった」
「……知っていたのか」
「アクアリウスという女が、おまえのことを教えてくれた」
「来ていたのか」
「ああ、一歩遅かったがな。おれが間に合えば違う結果になっていたかと思うと、くやしくて仕方がない」
 どうやらおじさんは襲撃を聞きつけ、館に来ていたらしい。ずいぶん責任を感じていると思ったらそういうことか。助けになれなかったことが負い目になっている。
「おじさんのせいじゃない」
「……どうだかな。サジッタに仕事を頼んでいたのはおれだ」
 サジッタとはレオの母さんの名だ。ぼくは魔法か呪いで記憶を消され、もはや顔も覚えていないが、森に複雑で強力なトラップを仕掛けられるあたり、かなりの達人であることがわかる。
 そんなつわものを殺すのだから、よほどの手練てだれだろう。
「敵はひとりだった。おれとサジッタが協力すれば勝てたかもしれない」
「そいつはどこにいるの?」
 ぼくはつい強い声で口を挟んだ。やられたらやり返すべきだ。
 しかし、
「あの世だ」
「あ、じゃあ復讐は果たしたんだね」
「いや、レオに仕掛けられた呪いで握り潰されたんだ」
 それを聞いてぼくはレオの過去を思い出した。
 彼女は襲撃の日、男に襲われた。そのとき子袋が飛び出し、男を包んでぐちゃぐちゃに潰した。
 アクアリウスは、親かだれかが呪いをかけたと言っていた。何者かがレオを襲ったとき、防衛のために反撃が起こるよう仕掛けていた。そして呪術は感情の力だから、暴漢に過剰反応してああなったのではないかとのことだ。
「おれはな……本当のことを言うと、レオに会うのが怖かったんだ」
 おじさんは両手を握り合わせ、ひたいに押し当てひじをついた。
「おれたちのせいで両親を失い、子供を作る機能を失ったおまえに会うのが怖かった。だからアクアリウスにおまえを託し、もう会うまいとしていたんだ」
「おじさん……」
 レオはじわりを目を細めた。その目は泣いているようにも見えた。
「すまなかった。おまえをこんな目にあわせて……」
 おじさんの頭がずりずりと沈んだ。後悔しても仕切れないという感じだ。
 しかしレオは小さく微笑み、
「いいさ、わたしは知っていたんだ」
「……知っていた?」
 おじさんの顔が困惑に開いた。
「両親がどうなるか、ひと月前からわかっていた。もっとも、わたしがこうなるとは知らなかったがな」
「なぜ……」
「……秘密だ」
 そう言ってレオはチラリとぼくに視線を向けた。レオは両親の死を知っていた? どうして?
 ……あ、そうか! 死相か!
 レオはひとがいつ死ぬかわかる。死の一ヶ月前くらいから顔に死相が出て、そのひとが死ぬさだめだと知る。だからレオはわかっていたんだ。
 ……それにしても、両親が死ぬとわかってしまうなんて、どんな気持ちで過ごしていたんだろう。想像しただけで心苦しい。
「おまえ……未来が見えるのか?」
 おじさんは険しい瞳で言った。
「ばあちゃんもよく未来予知のようなことを言っていたからな。これだけ似ていると、そこまで似てもおかしくない」
「まあ……遠からずだ」
 レオはそう言ってグラスをかたむけ、向き直るようにして、
「とにかく、おじさんにはなんの責任もない。少なくともわたしに恨む気はない。だからこれからも、こうして遊びにきてくれ」
「レオ……」
 おじさんの目からひとしずくの涙がこぼれた。表情は小さく潰れていた。
「……おれになにかできることがあったら言ってくれ」
 そう言って、静かにうつむいた。それは気が楽になったというより、重く受け止めた感じだった。
「おいおい、せっかく遊びにきたのに暗い話ばかりじゃないか。おじさんも酒を飲んだらどうだ」
 レオは作ったようにパッと明るくなり、
「アルテルフ、おじさんにもウィスキーのロックを用意しろ。おじさんはけっこうイケる口なんだ」
「おっと、おれは昼間は飲まないと決めてるんだ」
「アハハ! 今日くらいいいだろう! ほら、アルテルフ!」
「あいあいさー!」
 そんなこんなで飲む飲まないとひと悶着もんちゃくしたものの、結局おじさんは根負こんまけして酒を飲んだ。
「まあ、数杯なら問題ないか」
 と困った顔で言うサービックおじさんと、
「そうそう、数杯くらい! アハハ!」
 と、はしゃぐレオは、まるで実孫とおじいちゃんのようだった。
 それからぼくらはたわいもない話をした。デネボラとレグルスに酒のつまみを用意させ、幼いころのレオの思い出話や、最近はどんな暮らしをしているかを、だらだらと語り明かした。
 会食がはじまったのがお昼前。気がつけばどっぷり時が経ち、夏の陽がオレンジ色に変わろうとしていた。
 結局、かなり飲んだ。
「おっと、もうこんな時間か。まさかこんなに飲んでしまうとは……」
 おじさんはふらつく体で椅子から立とうとした。酒に強いとはいえ、半日も飲みっぱなしでは足に来る。
「せっかくだ。泊まっていけばよかろう」
「バカを言うな。おれは忙しいんだ」
「まさか今夜も仕事なのか?」
「いや、今日は一日空けてある。だがあしたから大仕事が控えていてな。それにもし今夜おれが戻らなければ死んだと思えと部下に伝えてあるんだ。帰って無事なところを見せなければ」
「それならアルテルフに手紙を出させればいい。そんなにフラフラじゃ大変だ。馬で来たのか?」
「いや、徒歩だ」
「ならなおさらだ。おい、アルテルフ。紙とペンを持ってきてくれ。おじさんに手紙を書いてもらうぞ」
「……おまえ、まさかおれになにかするつもりじゃないだろうな」
「はあ? わたしがおじさんに?」
「……いや、そんなわけないよな。すまん、おまえがばあちゃんの若いころにそっくりだから、つい変なことを……」
「祖母がなにかしたのか?」
「よくあの手この手で捕まってなぁ……お互いパートナーがいたってのに。魔法が使えるからなおタチが悪い。昼のアレも、アーサーじゃなくておまえの仕掛けだろう?」
 ブッ! とレオが吹き出した。酒で赤らんでいた顔がよけいに赤くなっている。
「まさかおまえ、アーサー以外の男に手を出したりしてないよな?」
「ば、ば、ば、バカ言わないでくれ! わたしは夫ひと筋だぞ! なあアーサー!?」
「う、うん……」
 と、ぼくはうなずいておいたが、う~ん、なるほど。レオの淫乱は隔世遺伝だったか。
 親より祖父母の性質が似る場合があるって聞いたことがあるけど、どうやらそうらしい。たしかにぼく以外の男には見向きもしないけど、女は何人も食べちゃってるからなぁ。それこそ恩人のアクアリウスまで。
「ま、なんにせよこんなに酔っちまったら帰れないのは事実だ」
 おじさんは紙にサラサラと文章を書き、アルテルフに手渡した。
「君のような少女が自治会の手紙を渡したら変に思われる。だが合言葉を言えば大丈夫だろう」
 そう言って合言葉と送り先、渡す相手を伝えた。そしてアルテルフは、
「はーい、お任せくださーい!」
 そう言って鷹の姿に戻り、ぴょおーと飛んでいった。
「そうか、鷹のへんげだったか。ばあちゃんもわしを使い魔にしていたな」
 おじさんは懐かしそうに一羽の影を見送り、言った。
「お袋さんははやぶさを使い魔にしていたな。やはり血は争えんか」
「ま、四匹もへんげ使い魔にできるのはわたしだけだがな」
「そうだ、大したもんだ」
「えっへん!」
 レオがひじを曲げた手を腰に当て、誇らしげなポーズを見せた。しかしちょっと照れくさそうだ。ふだんならもっと堂々と偉そうにするのに、今日のはわざと子供っぽくしているように見える。
 レオのオシメも替えたことのあるおじさんだ。きっとむかしからの態度をあえてしてるんだろう。なんだか微笑ましいなぁ。
 それからややあって、ぼくらはお風呂に入り、軽めの夕食をとった。おじさんはほとんどスープとサラダしか手をつけなかった。なにせ日中さんざん食べてるからね。そもそも食べる必要がなかった。
 それでも参加したのは、レオの家庭を見るためだった。
「そうか、アルテルフがちょうなのか。レオのためならどんな苦労もいとわない? そうかそうか。うれしいな。君のようなリーダーがいるとレオも安心だろう」
「ふむ、レグルスは虎で、アーサーとよく剣の稽古をしていると。そりゃ頼もしい。こんどおれとも手合わせを願うよ」
「料理はデネボラが作っているのか。うん、いい味だ。今日のつまみも酒がよくすすんでうまかったよ。こりゃレストラン並みだ」
「おや、ゾスマはレオの子供のころにそっくりだな。懐かしいよ。肌や髪の色以外そっくりだ。ま、ちょっと痩せすぎだけどな。もっと食べた方がいい」
 おじさんは使い魔たちを見回し、ニコニコと話した。そこには自治会の猛者の姿はなく、あるのは孫たちを眺めるおじいちゃんそのものだった。
「いや、たのしいディナーだった」
 おじさんは満腹の笑顔で言った。ぼくらは小リビングで食後の甘味をつまんでいた。給仕はおじさんの希望でゾスマが付いている。
「おれは安心したよ。こんなにあったかい家族がいるんだからな」
「まあ、家族といえば家族かな」
 レオはこそばゆそうにほほを掻いた。あの傲慢ごうまんなレオが素直に照れている。
「ところであしたは何時に帰る?」
 とレオが訊くと、
「そうだな……七時には出よう」
「え、そんなに早く?」
「大仕事が待ってるんだ。あまりゆっくりはしてられん」
「どんな仕事だ?」
「ひとことで言うなら、盗賊退治だな」
「ほう、盗賊退治」
「しかし……これが困っちまってなあ。なかなか作戦が決まらないんだ」
 おじさんはソファにだらんと仰向けにゆるみ、ため息じみた声を漏らした。
「なあ、おじさん。くわしく話してくれないか? わたしにも手伝えるかもしれん」
「おまえ……おれがサジッタに仕事をたのんで後悔してるのを知ってるだろう」
「話だけならいいだろう?」
「まあ……おまえから秘密が漏れるとは思わないしな……」
 ふう、とおじさんはまっすぐに戻り、ゾスマがそそいだホットブランデーを軽くすすった。そして、
「それじゃあ話すだけだぞ」
 そう言って言葉を続けた。
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