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第二十四話 悪党は笑う
悪党は笑う 三
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盗賊騒ぎが街に聞こえてきたのは先月の中ごろだった。
彼らの住まう地方都市、その北の方面で盗賊事件が多発している。それもかなりの規模で、被害は日に日に増している。そんな話が役人を通してサービックの耳に入った。
彼はすぐに情報収集に努め、街を守る手はずを進めた。
むろん、本来は役人の仕事である。
街を治めているのは貴族で、その貴族は国家に伏している。国内広域に渡る乱事となれば、まず国が動いてしかるべきで、市民が手出しすることではない。
しかしこの国特有の、あまりに特有としか言いようのない風習で、いわゆる暴力団が治安維持を担っていた。
彼らは乱暴だ。市民から無理やり金を徴収し、逆らう者には容赦しない。よほどの腕自慢でもぶつかれば道を譲る。
同時に信頼も篤い。絶対的な武力で悪を排除する手腕はたしかなもので、事実彼らのおかげで事件は少ないし、国外からの密偵もほとんどが潰される。
年端のいかない子供からはある種のダークヒーローと映り、いい歳の女から羨望の眼差しを受けたりする。
元々お上に治安を任せておけないという理由から発足した組織だが、それがふるくから現在まで続き、今回のことでも役人がサービックに耳打ちするようなことになった。
彼はまず部下に調査をさせた。情報は目であり、耳である。なにも知らずに手を出すのは、目耳を塞いで森を歩くに等しい。
三日後、全容が見えた。
盗賊は荒野平原に現れる。まず街なかでは悪事を働かない。
狙いは荷馬車であった。
交易の馬車は護衛が少ない。付いたとしても最低限だ。
それを、大人数で襲う。
儲けは少ない。人数が増えるほどひとり当たりの報酬は少なくなる。
だが確実だ。だからこそ数をこなし、被害は大きくなる。
死者は、出るとも出ないとも限らない。素直に荷を明け渡せば無傷で帰される。
しかし見ぐるみを剥がれれば生活に関わる。それに交易が減れば物資が滞り、街が死ぬ。
ある地域では自治会と衛兵が組み、護衛に付いた。これならおいそれと手を出せない。
だが、数の暴力は達人を殺す。いかな実力者でも、二本の腕であしらえる数には限りがある。
盗賊は剣槍のほかに弓や弩も使った。魔術師崩れも混じっていた。ざっくり言えば石を投げることもある。
悪党の百戦百勝となった。
当然これを黙って見ているわけにはいかない。殲滅作戦が行われた。
だが、国は動かない。軍を動かせば隣国に隙を突かれる。
そこでやはり、衛兵と自治会の仕事となった。
しかし相手もなかなかの手練れだ。追い立てれば森や山河に逃げ、散りぢりになってしまう。すると不利なゲリラ戦を受けることになり、結局は失敗に終わる。せめて財産を取り戻したいとも思うが、どこに隠しているのか宝は見つからない。
街の物価は上がり続ける。とくに都市部ほど食料に困り、ひとびとの生活に打撃を与えた。
最終的に、運輸がなくなった。
食料だけはどうしようもないので、高い金を払って魔術師団を雇い、徹底した護衛で確実に運んだ。さすがの盗賊もこれには手を出さなかった。
もっとも、この地域の事件は収束に向かった。盗賊騒ぎは南下し、北から順次安寧を取り戻した。
ひとえに獲物不足によるものである。焼畑農業が荒地を捨て、次の豊穣を目指すように、彼らもまた実り豊かな強奪を求めた。
抵抗はほとんど無意味だった。
場数を踏んだ盗賊たちは訓練された軍のように動き、生なかな兵士や、市街戦を得意とする自治会を打ち負かした。
それがとうとう、近くまでやってきた。
サービックとしてはここで終わらせたい。打ち払っただけではのちに脅威が残る。やるなら一網打尽だ。
とはいったものの、そもそも防衛手段さえ浮かばない。この街の自治会は猛者揃いだが、敗れた街も負けていなかった。
彼の自治会の会員はおよそ百名。衛兵が四百名。対して盗賊は百名そこらと目されている。
一見有利に見えるが、数イコールでないことを彼は知っていた。
先に述べたように、兵士はたるんでいる。自治会は広い土地での戦闘経験が少なく、また強いといっても真の強者は十数人だ。
本来の治安維持もあり、どちらもフルメンバーとはいかない。
今回サービックが使えるのは三十名だ。彼は組織の上位におり、なかなかの手練れを集めることができた。
問題は作戦である。
徒党を組んだ盗賊団を、せめて八割は始末したい。
そのためには逃げられない状況を作るか、全員を一ヶ所にまとめる必要がある。
その方法が思いつかない。しかし確実に敵は接近している。
少なくとも今日あしたには名案が浮かばなければ、危険な防戦に身をやつすことになる。
それで彼は朝一番から対策会議を開くことになっていた。
「なるほどな……」
レオは腕を組み、言った。
「なかなかやるじゃないか。単なる盗賊じゃないな」
「感心してる場合か」
おじさんは呆れてため息を吐いた。悪党を好むレオと違い、彼らは本気で街の心配をしている。
「しかしこれを打ち崩すには数がいるな。どうあっても国軍は動かんのか?」
「西国がどうもキナ臭くてな」
「キナ臭い?」
「やけに国境付近で訓練を繰り返している。いつ侵略の動きがあってもおかしくない」
「この辺りの拠点は……」
「北西だ。軍は国境を睨んで動けない」
「ふむ……すぐ側に拠点があるというのに、なんと冷静かつ大胆な行動だ。かなりできるぞ」
「敵をほめるなよ」
「だが事実、うまくやっている。いちどリーダーに会ってみたいものだ」
こんな状況なのにレオはたのしんでいた。真面目に話す反面、表情が笑っている。その分おじさんはゲンナリしてるように見えた。
「ま、そんなわけだ。あしたは早く出るぞ」
「そうか。早起きは苦手だが、アルテルフに頼んで起こしてもらおう」
「いつも遅いのか?」
「昼には起きてる」
「ハハッ、気楽そうでいいな」
おじさんは呆れた笑みをこぼし、
「まあ、無理するな。見送りがなくても、また遊びにきたときに顔を合わせればいいだろう」
「おいおい、起きなきゃ会議に参加できないじゃないか」
「おまえ、なに言ってるんだ?」
「おじさん、わたしも協力しよう」
「なっ!?」
おじさんはびっくりしていた。まさかレオがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。もちろんぼくもだ。彼女は人助けが大きらいだし、悪党もきらいじゃない。
だけど、
「このままじゃ、わたしの街がボロボロにされるんだろう?」
わたしの街?
「盗賊に襲われる付近は物資不足におちいると言ったじゃないか。あの街は一次産業がないから食料優先になるはずだ。となればわたしの服や、趣味の演劇もろくに見れなくなるし、食費も上がる。黙って見ているわけにはいかん」
「だがおまえに組織の仕事はさせたくない」
「金をもらって雇われるのではない。わたしが、わたしの街を守るために戦うんだ」
レオは毅然と言い放った。なるほど、わたしの街か。
レオは他人がどうなろうが知ったこっちゃない。どこでだれが死のうが、街が滅んで多くのひとが苦しもうが、むしろ「わたしのように優雅に暮らさんからだ」と笑いかねない。
だが行きつけの街となれば話は別だ。あの言い方からして、レオはあの街が自分のために営まれてるとでも思ってるんだろう。
でもおじさんはそんなこと知らない。
「おまえ、そこまで……」
なんとおじさんは感動していた。しかもほんのり涙を浮かべて、
「あいつの孫だから正義感のかけらもない悪党に育つと思ったが……」
と、ひとり感じ入ってた。
ううん、おじさん。勘違いだよ。ちゃんと話聞いてた?
レオは私利私欲でしか動かないんだよ。レオは他人のための人助けなんか絶対しないんだよ。むしろ悪党を応援するようなひとだよ。
……きっとおじいちゃんだからだろうなぁ。ふたりは血は繋がってないけど、それ以上に親しい。老人は孫を甘やかしたがるからね。いい子だと思いたいんだ。
「フフフ……おじさん、きっとなんとかなるさ。だから協力しよう。わたしの……わたしたちの街のために」
彼らの住まう地方都市、その北の方面で盗賊事件が多発している。それもかなりの規模で、被害は日に日に増している。そんな話が役人を通してサービックの耳に入った。
彼はすぐに情報収集に努め、街を守る手はずを進めた。
むろん、本来は役人の仕事である。
街を治めているのは貴族で、その貴族は国家に伏している。国内広域に渡る乱事となれば、まず国が動いてしかるべきで、市民が手出しすることではない。
しかしこの国特有の、あまりに特有としか言いようのない風習で、いわゆる暴力団が治安維持を担っていた。
彼らは乱暴だ。市民から無理やり金を徴収し、逆らう者には容赦しない。よほどの腕自慢でもぶつかれば道を譲る。
同時に信頼も篤い。絶対的な武力で悪を排除する手腕はたしかなもので、事実彼らのおかげで事件は少ないし、国外からの密偵もほとんどが潰される。
年端のいかない子供からはある種のダークヒーローと映り、いい歳の女から羨望の眼差しを受けたりする。
元々お上に治安を任せておけないという理由から発足した組織だが、それがふるくから現在まで続き、今回のことでも役人がサービックに耳打ちするようなことになった。
彼はまず部下に調査をさせた。情報は目であり、耳である。なにも知らずに手を出すのは、目耳を塞いで森を歩くに等しい。
三日後、全容が見えた。
盗賊は荒野平原に現れる。まず街なかでは悪事を働かない。
狙いは荷馬車であった。
交易の馬車は護衛が少ない。付いたとしても最低限だ。
それを、大人数で襲う。
儲けは少ない。人数が増えるほどひとり当たりの報酬は少なくなる。
だが確実だ。だからこそ数をこなし、被害は大きくなる。
死者は、出るとも出ないとも限らない。素直に荷を明け渡せば無傷で帰される。
しかし見ぐるみを剥がれれば生活に関わる。それに交易が減れば物資が滞り、街が死ぬ。
ある地域では自治会と衛兵が組み、護衛に付いた。これならおいそれと手を出せない。
だが、数の暴力は達人を殺す。いかな実力者でも、二本の腕であしらえる数には限りがある。
盗賊は剣槍のほかに弓や弩も使った。魔術師崩れも混じっていた。ざっくり言えば石を投げることもある。
悪党の百戦百勝となった。
当然これを黙って見ているわけにはいかない。殲滅作戦が行われた。
だが、国は動かない。軍を動かせば隣国に隙を突かれる。
そこでやはり、衛兵と自治会の仕事となった。
しかし相手もなかなかの手練れだ。追い立てれば森や山河に逃げ、散りぢりになってしまう。すると不利なゲリラ戦を受けることになり、結局は失敗に終わる。せめて財産を取り戻したいとも思うが、どこに隠しているのか宝は見つからない。
街の物価は上がり続ける。とくに都市部ほど食料に困り、ひとびとの生活に打撃を与えた。
最終的に、運輸がなくなった。
食料だけはどうしようもないので、高い金を払って魔術師団を雇い、徹底した護衛で確実に運んだ。さすがの盗賊もこれには手を出さなかった。
もっとも、この地域の事件は収束に向かった。盗賊騒ぎは南下し、北から順次安寧を取り戻した。
ひとえに獲物不足によるものである。焼畑農業が荒地を捨て、次の豊穣を目指すように、彼らもまた実り豊かな強奪を求めた。
抵抗はほとんど無意味だった。
場数を踏んだ盗賊たちは訓練された軍のように動き、生なかな兵士や、市街戦を得意とする自治会を打ち負かした。
それがとうとう、近くまでやってきた。
サービックとしてはここで終わらせたい。打ち払っただけではのちに脅威が残る。やるなら一網打尽だ。
とはいったものの、そもそも防衛手段さえ浮かばない。この街の自治会は猛者揃いだが、敗れた街も負けていなかった。
彼の自治会の会員はおよそ百名。衛兵が四百名。対して盗賊は百名そこらと目されている。
一見有利に見えるが、数イコールでないことを彼は知っていた。
先に述べたように、兵士はたるんでいる。自治会は広い土地での戦闘経験が少なく、また強いといっても真の強者は十数人だ。
本来の治安維持もあり、どちらもフルメンバーとはいかない。
今回サービックが使えるのは三十名だ。彼は組織の上位におり、なかなかの手練れを集めることができた。
問題は作戦である。
徒党を組んだ盗賊団を、せめて八割は始末したい。
そのためには逃げられない状況を作るか、全員を一ヶ所にまとめる必要がある。
その方法が思いつかない。しかし確実に敵は接近している。
少なくとも今日あしたには名案が浮かばなければ、危険な防戦に身をやつすことになる。
それで彼は朝一番から対策会議を開くことになっていた。
「なるほどな……」
レオは腕を組み、言った。
「なかなかやるじゃないか。単なる盗賊じゃないな」
「感心してる場合か」
おじさんは呆れてため息を吐いた。悪党を好むレオと違い、彼らは本気で街の心配をしている。
「しかしこれを打ち崩すには数がいるな。どうあっても国軍は動かんのか?」
「西国がどうもキナ臭くてな」
「キナ臭い?」
「やけに国境付近で訓練を繰り返している。いつ侵略の動きがあってもおかしくない」
「この辺りの拠点は……」
「北西だ。軍は国境を睨んで動けない」
「ふむ……すぐ側に拠点があるというのに、なんと冷静かつ大胆な行動だ。かなりできるぞ」
「敵をほめるなよ」
「だが事実、うまくやっている。いちどリーダーに会ってみたいものだ」
こんな状況なのにレオはたのしんでいた。真面目に話す反面、表情が笑っている。その分おじさんはゲンナリしてるように見えた。
「ま、そんなわけだ。あしたは早く出るぞ」
「そうか。早起きは苦手だが、アルテルフに頼んで起こしてもらおう」
「いつも遅いのか?」
「昼には起きてる」
「ハハッ、気楽そうでいいな」
おじさんは呆れた笑みをこぼし、
「まあ、無理するな。見送りがなくても、また遊びにきたときに顔を合わせればいいだろう」
「おいおい、起きなきゃ会議に参加できないじゃないか」
「おまえ、なに言ってるんだ?」
「おじさん、わたしも協力しよう」
「なっ!?」
おじさんはびっくりしていた。まさかレオがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。もちろんぼくもだ。彼女は人助けが大きらいだし、悪党もきらいじゃない。
だけど、
「このままじゃ、わたしの街がボロボロにされるんだろう?」
わたしの街?
「盗賊に襲われる付近は物資不足におちいると言ったじゃないか。あの街は一次産業がないから食料優先になるはずだ。となればわたしの服や、趣味の演劇もろくに見れなくなるし、食費も上がる。黙って見ているわけにはいかん」
「だがおまえに組織の仕事はさせたくない」
「金をもらって雇われるのではない。わたしが、わたしの街を守るために戦うんだ」
レオは毅然と言い放った。なるほど、わたしの街か。
レオは他人がどうなろうが知ったこっちゃない。どこでだれが死のうが、街が滅んで多くのひとが苦しもうが、むしろ「わたしのように優雅に暮らさんからだ」と笑いかねない。
だが行きつけの街となれば話は別だ。あの言い方からして、レオはあの街が自分のために営まれてるとでも思ってるんだろう。
でもおじさんはそんなこと知らない。
「おまえ、そこまで……」
なんとおじさんは感動していた。しかもほんのり涙を浮かべて、
「あいつの孫だから正義感のかけらもない悪党に育つと思ったが……」
と、ひとり感じ入ってた。
ううん、おじさん。勘違いだよ。ちゃんと話聞いてた?
レオは私利私欲でしか動かないんだよ。レオは他人のための人助けなんか絶対しないんだよ。むしろ悪党を応援するようなひとだよ。
……きっとおじいちゃんだからだろうなぁ。ふたりは血は繋がってないけど、それ以上に親しい。老人は孫を甘やかしたがるからね。いい子だと思いたいんだ。
「フフフ……おじさん、きっとなんとかなるさ。だから協力しよう。わたしの……わたしたちの街のために」
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