魂売りのレオ

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第二十四話 悪党は笑う

悪党は笑う 四

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「全員集まったな」
 おじさんは組織の会議室の壁際に立ち、黒板を背に言った。部屋は机を取っぱらい、椅子がずらりと並び、屈強な男たちが彼に向かって座っている。
 姿勢のいい者、悪い者、みなそれぞれだが、痩せぎすはおらず、総じて腕が太い。
 そんな彼らが注目するのはおじさんじゃなく、ぼくらだった。ぼくとレオだけはおじさんの近くに椅子を置き、列に加わっていない。
 おじさんが言った。
「それじゃ会議をはじめる——と言いたいところだが、その前に紹介しよう。魔術師のレオと剣士アーサーだ」
 男たちの曖昧あいまいだった視線がギュッと濃縮した。レオは絶世の美女だが、よほど真剣なのか、うわついた視線はない。それにしても大丈夫かな? ぼくのひげ、キマってるよね?
「中には驚いたヤツもいるだろう。あのサジッタにずいぶん似てると」
「そうだよ、やっぱり血縁なのか!?」
 何人かの中年が前のめりに言った。おじさんは、うんとうなずき、
「娘だ」
 そう言うと、中年たちは「ああやっぱり」と、しきりに笑顔で頭を縦に振った。深い懐かしみを感じている。
 ちなみに顔を隠してないのは、自治会は結束と規律が固く、おじさんもいるし信用できるからだそうだ。
「レオだ。よろしく」
 レオは会釈えしゃくもせず、だるげにのけった姿勢で言った。彼女はずっとこんな感じだ。だれが相手だろうと気にしない。
 もちろん男たちの中には反感を持つ者もいただろう。だけど彼女の母親を知っているひとは、
「このふてぶてしさ、血は争えんなァ」
 などと、むしろ懐かしんでいた。
 そんな彼らに、おじさんが言った。
「魔術にうといヤツはよくわからんと思うが、レオは複数の使い魔を使役できるほどの腕だ。おそらくサジッタよりもできる」
 ほお、と感嘆の声が雲のように響いた。レオの母さんはかなりの実力者だったらしい。それよりできると言われ、目を見張っている。
「そしてもうひとり、アーサーはレオの夫だ。見た目は華奢きゃしゃだが、なんとおれより強い」
 どよっ、と部屋が震えるほどどよめいた。
「サービック、おめえより強いってのはどういうことだい?」
 年季の入った男が言った。すると、
「以前、ひょんなことからこいつと斬り合いになってな。おれも本気で殺すつもりだったが、こいつのおあそびに負けちまった。とんでもない男だよ」
 どよめきは消えない。むしろ濃さを増し、冗談だろうとか、信じられねえとか、そんな言葉が飛び交った。
 まあ、しょうがないよね。ぼく細いもん。ひげだって付けひげだしさ。みんなサービックおじさんの強さを知ってるだろうからなおさらだ。
「アーサーです、よろしく」
 ぼくは腰を上げ、ペコリと挨拶した。そして座りかけにさりげなくひげをチョチョイと触ってアピールした。どうだい、いいひげだろう!
 それなのに、
「おまえ、似合わんからはずせ」
 なんとレオがつまんで引っぺがした!
「ちょっと! なにするのさ!」
「アホらしいから取ってやったんだ」
「紳士のたしなみだよ!」
「おまえが紳士? 笑わせてくれる」
「レオ!」
 お、怒ったぞ! ぼくが紳士かどうかはどうでもいいけど、せっかくみんなに見てもらおうとしたひげを取っちゃうなんて!
「おい、会議をはじめるぞ。静かにしろ」
 おじさんがジロリとたしなめた。うう、ぼく悪くないのに……
「さて、ふざけてる場合じゃない。おまえたちなにかいい案は思いついたか?」
 おじさんはチョークを持ち、一同を見回した。すると、
「やはり各個撃破しかないんじゃないでしょうか」
 ひとりが言った。続いて別の男が、
「お宝を運搬すると噂を流して、全員が集まるよう誘導できませんかね」
 さらに、
「集めることができれば包囲できるよな」
 と意見が出た。おじさんはそこから出たキーワードをカツカツ黒板に書き連ねていく。
「まずアジトを突き止めることだよ」
「アジトなんかないんじゃないですか?」
「金品はどこかに保管してるはずだ」
「まあ、まさか持ち運んでるわきゃねえよなあ」
「リーダーを殺りゃ、終わるんじゃねえの?」
「頭がひとりとは限りませんよ」
「犠牲を出すより、やり過ごす方がマシかもな」
「ここで逃したらまた帰ってくるぞ」
「逃げられない状況が作れればなぁ」
 彼らは次々と意見を発した。新しい案を言ったり、他人の話に乗っかったり、とにかくしゃべっている。あとで聞いたがこれはブレインストーミングという会議方法で、あらゆる発言からヒントを得て正解を探すのだという。
「有力なのはこの辺か」
 おじさんは黒板に書かれたたくさんの単語から「集める」「包囲」「各個撃破」「アジト」「リーダー」を丸で囲った。
「一番いいのは包囲して殲滅だが……」
 と、おじさんが頭をひねった。そこに、
「わたしはアジトとリーダーの方が気になるな」
 レオがポツリと言った。
「どうしてそう思う?」
「大事なのは情報だ。これだけ手練れが並んでいても、情報がなければ手出しもできん。もちろんわたしもだ。わたしが本気を出せば、百人や二百人、ものの数秒で殺せるが、相手を知らねば集めることもできず逃してしまうだろう」
「なるほど、その通りだ」
 おじさんはうんとうなずいた。男たちも、
「ううむ、道理だ」
「方法ばかり考えて、根本を忘れていたな」
 と納得している。
「しかしどう探るか」
 おじさんは腕を組み、考え込んだ。盗賊はまだ北にいる。アジトがわかれば調べようもあるが、そのアジトがわからないし、まず拠点があるのかもわからない。
「百人規模の盗賊団なら、居場所のひとつもわかりそうなものだが」
 と、おじさんがつぶやくと、
「そもそもそれだけの規模でなにも尻尾を出さんのがおかしいんだ」
 レオが脚を組み、言った。
「数がいれば情報が漏れる。数をこなせば隙が生まれる。それがなぜ、こうも捕まらんのだ」
「そこが不思議なんだ」
 おじさんは黒板に寄りかかり、
「全員は無理でも、ひとりふたりなら捕まえられるはずだ。そうすれば拷問なり尋問なりして詳細を探れる。なのに事件の発生からひと月以上経ったいまもそんな話は聞かない。こんなことが可能か?」
「いや、難しいな」
「それに奪った品をどうしたかもわからないというんだ。金に替えた形跡もなければ、店に持ち込んだという情報もない。他の街の自治会にも調べてもらったらしいが、どこにも換金の形跡がない。食い物は食ったんだろうが……」
「軍が動きさえすれば、山狩でもなんでもして一発なんだがな……」
「おまえたち、なにかいい意見はないか?」
 おじさんに言われ、男たちはまた議論をはじめた。どうにかして盗賊団のことを調べられないか方法を探した。
 そうして話すこと一時間。
「よし、これでいこう」
 彼らの出した結論は、おとり捜査だった。
 まず運送業者をよそおって、偽物の馬車を走らせる。
 中には腕自慢を満載し、荷物を狙われたところで反撃に出る。
 全滅はさせない。深追いもしない。何人かだけ捕まえ、尋問して内情を探る。
 ルートは東だ。盗賊騒ぎが起きている北に向かわせるのは不自然だし、西にはそれらしい街がない。南は敵の真逆だ。
 問題はこちらにも被害が出るであろうことだ。自治会は弓矢との戦いに慣れていないし、落伍者らくごしゃとはいえ敵に魔術師がいる。遠距離戦に持ち込まれたら全滅の恐れさえある。
 そこで、レオが言った。
「わたしも乗ろう」
「なに?」
「わたしならすべての魔術師を潰せるし、どんなに遠くても稲妻で撃ち抜ける。なんならわたしとアーサーさえいれば戦闘は問題ない」
 すると、
「おい、女が戦いに参加するってのかよ」
 若い男が言った。それに対して、
「いや、サジッタさんの娘だ。おれたちより頼りになるだろう」
 別の中年が言った。しかしこう続けた。
「だが、だからこそ参加はさせたくない」
「なぜだ」
 レオがジロリと言った。
「女のわたしより弱っちいくせに、なんの文句がある」
 その言葉に、血の気の多い何人かが「おいこら」言った。レオの言い方はたいがいの人間の気にさわる。
 そんな中、中年はおだやかに言った。
「サジッタさんはおれたちと仕事をして殺された。その娘にもおなじリスクを背負わせたくない」
「おれも同意見だ」
 サービックおじさんが言った。
「つい情に流されて連れてきてしまったが、本来ならこの会議にも入れたくなかったくらいだ。戦闘だけは避けてもらいたい」
 彼らはレオへの報復を恐れていた。かつての事件に深い責任を感じているのだろう。なるほど、レオは自治会を信用できると言ったが、その理由がわかった。たとえ仕事仲間だろうと、部外者を危険な目に合わせたくないんだ。
 だけどそれで止まるレオじゃない。
「わからんのか? わたしはおまえたちに任せておけんから出ると言ってるんだ」
「なにを!?」
「いくらなんでも聞き捨てならねえぞ!」
 若い声たちが跳ね上がった。腕っぷしが取り柄の自治会員だ。役立たず呼ばわりされて黙っているはずがない。おじさんが静まるよう声を荒げたが、反発は止まらない。いまにも立ち上がって殴りかかりそうな血相をしている。
 ——が、
「……えっ?」
「なんだこれは!」
 彼らの表情が困惑に曇った。目だけがきょろきょろと動き、みずからの体を見回した。
「どうした、文句があるなら言ってみろ。女にこうまで言われて黙っているのか? 殴るまではいかずとも、平手の一発くらい打ちたいだろう。ほら、打たれてやるから立って歩いてこい」
 レオはニヤニヤ嘲笑あざわらいながら言った。しかし男たちは立ち上がるどころか微動だにしなかった。
 あっ、これは!
「おい、おまえたちどうした」
 おじさんは怪訝そうに言った。血気盛んな彼らが急に静かになって不思議そうだった。
 すると、
「か、体が動かない!」
「なに!?」
 彼らは“動けない魔法”にかかっていた。よく見ると空気中に赤い霧のようなものが充満している。
 魔力だ。霊感の強い者ならきっと見えるだろう。
 レオは言った。
「わたしが魔法で動けなくしたんだ」
「あ……これは“動けない魔法”か!」
「ほう、おじさん武人のくせに魔法にくわしいな」
「おまえのばあちゃんにさんざんやられたからな! しかし、いちどにこんなにたくさんの人間を同時に!?」
「ハッ、やろうと思えば百人は止められるぞ」
「……なんと!」
 おじさんは口に手を当て、身を固くした。先ほどレオを参加させないと言っていた中年たちも目を丸くして微動だにしなくなった。
 魔法にかかったわけじゃない。レオの規格外の魔力に驚いて動けなくなったんだ。
「フフフ……」
 レオはポケットからウィスキーの小ビンを取り出し、クイッとやって言った。
「さあて、どうする? わたしなら簡単に生け捕りにできるぞ。それこそ戦闘が起きる余地もなくな」
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