魂売りのレオ

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第二十四話 悪党は笑う

悪党は笑う 五

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 結局レオは作戦に参加することになった。
「これ以上の適任はいないからな」
 死のリスクを背負せおっての戦闘で、そのリスクをなくせる。しかも敵を一瞬で拘束し、簡単に目的を達成できる。これを採用しないわけにはいかず、おじさんは不本意ながらもレオの参加を許した。
 翌日から、ぼくらは馬車に乗った。
 見た目は一見ふつうの荷馬車だ。馬は一頭立てで、荷はホロが被せてあり、徒士かちで護衛が五人付いている。本来なら護衛は二、三人だが、盗賊騒ぎの中では多い方が自然だろう。
 表面上は単なる商用馬車だ。しかし中に貨物は乗っていない。
「クソ……暑いな」
 レオはウィスキーの小ビンをあおり、汗をぬぐった。ぼくらはホロの出入り口のすぐ側に座っていた。
 奥には自治会の筋肉質が三人座っている。そのうちのひとりはサービックおじさんだ。彼らはレオが“動けない魔法”で行動不能になった敵を拘束し、馬車に乗せる役目をになっていた。
「暑いならお酒なんて飲まなきゃいいじゃないか」
 ぼくはぬるくなった水を飲み、言った。最初氷が入っていた水筒は、夏の暑さと閉じこもった熱気でとっくに蒸されていた。
「冗談じゃない、酒なくしてこんなことができるか」
 レオは常にお酒を手放さない。いわく、魔力の補給には砂糖水や酒などの飲料が一番だそうだ。四匹のへんげ使い魔に延々と魔力を送り、体力を失い続けるレオには必需品なのかもしれない。
「しかし……うまくかかってくれるだろうか」
 おじさんは半袖シャツをパタパタさせながら言った。この作戦はあくまで受動的なもので、魚が餌にかからなければ釣果ちょうかは上がらない。
「アルテルフを飛ばすという手もあるがな」
 鳥なら空から探せる。人間と意思の疎通そつうができる彼女なら、広い平原を飛び回り、盗賊の一団を見つけられるかもしれない。
 だがレオはそれをしない。
「どうやら敵は頭がいい。あまり意図的な飛び方をすれば、勘づかれてアルテルフに矢を射掛けるかもしれん。そんなリスクは背負わせられんよ」
 おそらく以前のレオなら違っただろう。だが死相判断が曖昧となったいま、彼女は仲間や自身の死に過敏なところがある。
「おれとしては、おまえにもリスクを負わせたくはないんだがな」
 おじさんは汗を拭き拭き言った。ほかの男たちもうなずいている。
 それでもレオは参加を選んだ。
「街をおびやかす大事だ。放ってはおけまい」
「まったく……おまえがこんな正義感のある子に育つなんて思わなかったよ。もう少しいい加減になればよかったのになァ」
 わあ、おじさんまだ勘違いしてるや。レオが守ってるのは「みんなの街」じゃなくて「わたしの街」なのにさ。ま、なんでもいいけど。街がやばくなったら実際困るしね。解決は早い方がいい。
「ま、安心してくれ。わたしとアーサーの実力を知ってるだろう? それにおじさんたちも肉弾戦なら負けないはずだ。早いとこ盗賊を捕まえて、根本ねもとから引っこ抜いてやろう」
 そんなこんなでぼくらは事件を待った。東方面の農村や、二次産業の盛んな小都市に行ってはまた戻り、また行って、また戻りとからの往復をなんども繰り返した。商用馬車としてはやや忙しいくらいのぺースだ。
 しかしなかなか盗賊が出ない。噂では北の被害がほとんど収まったという。ならそろそろこの街の付近を狙いそうなものだけど……
「ああもう、あと何日こうしていればいいんだ」
 レオはあからさまにイラついていた。作戦が開始してもう一週間も経つのに、いまだ魚はかかっていない。
「一般の馬車に被害は?」
 と、おじさんに訊くも、
「ここのところ一件もない」
「まさか解散したなんてことはないよな?」
「それならそれで楽なんだが……」
 レオたちはううむとうなって考え込んだ。なんで? 盗賊が出ないならそれでいいじゃん。こんなことやめてさっさと帰ろうよ。ぼく疲れちゃった。
「あるいは……遠くに行ったか?」
 とレオが口を開いたそのとき、
「おい、来たぞ!」
 ホロの向こうから御者ぎょしゃが小さく叫んだ。
「来たか!」
 レオがニヤリと笑い、腰を上げた。ぼくらはホロの隙間に開けておいた小さな穴から外を覗き込んだ。
 すると北西方面から騎馬集団が駆け込んでくるのが見えた。
 数はおよそ三十。馬に兵装はなく、鞍や鐙さえない。
 当たり前だけど、盗賊はみな男だった。中には軽い皮鎧を着ている者もいるが、ほとんどは簡素な私服や半裸姿で、全員が武器を片手に弓矢を背負っている。
 それらがぐるりと周囲を囲った。
「ほう……やはり統率されているぞ」
 レオはまたも感心していた。
「なんどやっても尻尾を出さない盗賊団だ。よほどしっかりしているとは思ったが、なるほど、訓練が行き届いている」
 どういうこと? ぼくには適当な格好をしている荒くれ者としか見えないけど……
「見ろ、きっちり等間隔で馬車を囲っている。移動速度も一定だ。適当にやってはこうはいかん」
 なるほど、きれいに等間隔だ。
「それにおまえ、荒くれ者に見えると言ったが、そうでもないぞ」
 え? どれどれ?
 ぼくはいまいちど盗賊たちの姿をよーく観察した。すると、
「あ、ホントだ。けっこう細いや」
 言われてみれば細かった。いや、細いってほどじゃない。ただ強盗集団にしては太くない。あれなら生っちょろい衛兵と変わんないや。
「かなり貧相なのもいるな」
 おじさんの見ている方を覗いてみた。あ、あれだ。きっとあの男のことだろう。得物えものはナイフで、とてもじゃないが斬り合いなんかできる二の腕じゃない。下手したらぼくより細いや。
「おそらく魔術師崩れだろう。あれはいざというときの護身用だな」
 そうか、魔術師もいるのか。落伍者とはいえ、いちどでも団に入って修行したことがあればかなりの脅威だぞ。銀がなければわざを防げないし、ひ弱な魂じゃ術をかけられてしまう。
「ま、なにが来ようとおなじだがな。ククク……」
 レオはそう言ってウィスキーをあおった。彼女にとってこんなものなんでもない。たとえ千の兵士が来ようと、万の魔術師に取り囲まれようと、奇襲されない限り脅威にはなり得ない。
 怖いのは突然矢が飛んでくることくらいだ。だが盗賊にその様子はない。ヤツらは速度を上げることなく距離を縮めてくる。
 やがて馬車が停まった。前を覗き込むと、手を前に出しストップのポーズを向ける騎馬がいた。
「ハハッ、“止まれ”か。おやさしいことだ」
 レオは「さっさと殺してしまえばいいものを」と笑った。なんてこと言うんだ。君の性格が最悪なのはよく知ってるけど、いくらなんでもよくないよ。
 ぼくはそんなひどいこと言わないでと怒った。しかし、
「だってそうだろう。荷物は盗んでいいのに殺しは避けるなどと、こんなバカな話はない。どちらも悪行で、どちらも相手を害しているんだ。気遣うくらいなら最初から犯罪なぞしなければいいんだ」
 ううむ……言われてみればたしかに。いや、もちろん殺さない方がいいに決まってるんだけど。
「ま、そうしないのは国を本気にさせないためかもな。殺しまで徹底したら、いかに隣国と緊迫しているとはいえ、さすがに軍が動く」
 うーん……よくわかんないけどそういうことか。なるほどね。
「レオ、そろそろ」
 おじさんがジロリと言った。レオは「うむ」とうなずき、一瞬周囲を赤く染めた。
「それじゃあ外に出ようか」
 そう言ってホロから顔を出した。
「おい、拘束魔法を使ってからだろう!」
 と、おじさんは声を張り上げた。が、
「ああ、もう終わったぞ」
「なに、もうか!?」
「……フフッ」
 レオは悠々ゆうゆうとホロをくぐり抜け、馬車を降りた。ぼくらは顔を見合わせ、慌てて外に飛び出した。
 すると、
「う、動けねえ!」
「なにが起きたってんだ!」
 ホントだ。みんな固まって突っ立ってるや。あ、あのひと倒れちゃった。ぶげーって言ってる。受け身が取れないから痛いだろうなぁ。
「こりゃすごいな……」
 おじさんたちは唖然としていた。ぼくはレオやアクアリウスといった強大な魔術師しか知らないからこれがふつうに思ってるけど、どうやら異常なことらしい。
 辺り一面、真っ赤な霧に覆われている。レオの魔力が百メートル向こうまで充満している。
「おっと、やりすぎたか。どうにも加減がヘタでなぁ。わたしもまだまだ半人前だな。わっはっは」
 なにが「わっはっは」なんだか。これで半人前だったらだれも一人前になんかなれないよ。見えてないってのに、見せつけるのが好きなんだから。
「おい! 片っ端から拘束するぞ!」
「へい!」
 おじさんたちはダッと駆け出し、次々と盗賊たちの手足を縛った。そして続々荷台にぶち込んでいく。
「おい、おまえたちなにしてる! 突っ立ってないで手伝ったらどうだ!」
 おじさんは馬車の護衛五人に言った。彼らは街の衛兵だ。自治会ではないが、おなじ役目を担っている。
「あ、いや……動けなくて……」
「なに!?」
「ぼ、ぼくらの魔法解いてくれませんか!?」
 あ、このひとたちも魔法に?
「おっと、すまんな」
 レオがそう言うと、彼らはフッと動きを取り戻し、転びそうになった。
「おいレオ、こいつらまで拘束してどうする」
「あははは! すまんすまん、なにせ馬車の周り一面に魔法を使ったからなぁ。いやはや、なんて雑なんだ。このていたらくじゃ師匠に合わせる顔がないな。またいちから修行のやり直しか? わははは!」
 あーあー、たのしそうだね。思いっきりわざを使えてうれしいんだろうなぁ。そうやって簡単に仕事しましたって顔すると、みんなが驚愕するからよけいにはしゃいでるんだ。ほんっと、見せたがりなんだから。
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