上 下
21 / 34
VS料理ゴロ

第二十一話 魔眼

しおりを挟む
「はあ……おれはなんて迂闊うかつなんだ……」

 アカトががっくりと肩を落とし、いまにも泣きそうな声で言った。

「まあまあ、なくしちゃったものはしょうがないじゃない。これからのことを考えましょ」

 アンはよろこびを隠しきれずニコニコ言った。

 おれたちは食堂で昼飯を食っていた。
 山ぎわの街でアカトと合流し、王都へと一歩進んだ次の街でのことだった。

「あらまあ、ずいぶん大きな荷物ね」

 アンは合流時、アカトの荷物を見てそう言った。
 腰には鉈とククリを、背中にはでかいリュックを背負い、ついでにマスケット銃が括りつけてあった。

「貯金はちゃんと持った?」

「ああ、ぜんぶ金貨に替えて、リュックの底にしまった。まず盗まれる心配はないだろう」

「そうね……いい心がけだわ」

 アンはそこでは手を出さなかった。
 ここではアカトの知り合いがいる。
 下手なことをすれば詮索され、どこでもポケットが見つかってしまうかもしれない。

 だから次の街で実行に移した。

「よーく寝てるわね」

 真夜中、アンは笑い混じりにアカトの顔を覗き込んだ。
 どこから仕入れたのか、酒に睡眠薬を入れ、強制的に眠らせていた。

「いーい? リュックに穴を開けておくの。まるで木の枝かなにかに引っ掛けてできたかのような、ほつれた穴をね」

 それなら盗まれたというより、誤って落としたというかたちになるわ——そう言って金の入った袋を抜き取り、ついでにいくつかの雑品を抜いて、無限にものが入る例のポケットに突っ込んだ。

「わかってると思うけど、これ、ふたりでやったんだから。あんたも共犯よ。でも別に問題ないわよね。だって一応あんたの所持金だものね」

 アンはどこまでも性悪だ。
 しかも単におれに罪をなすりつけたわけじゃない。

「知ってるわよ、あんたがあたしを好きなの。いっしょにいたいんでしょ? いいわよ、あんたけっこうおもしろいし、いっしょに旅してあげる。ま、男としては無理だけどね」

 こいつ……マジで性格悪いな……

「言っとくけど、あたしが本気出したらそのポケット盗むのなんて簡単なんだからね。でもあんた、金のにおいがするっていうか、まだ利用価値がありそうだし、手を出さないでおいてあげる。ああでも、あんまりふざけたことしたり、あたしに逆らうようなら容赦しないから」

 おれは無言でうなずくしかなった。
 だって、おれはアンといたいんだ。
 なんか最近恋心は薄れてきたけど、やっぱかわいくて妙に惹かれるし、この世界ではじめて出会った、たったひとりの友達だ。
 なにがあろうと、こいつだけは裏切れない。

 そんなわけでおれたちの犯行は無事終わり、翌朝アカトは荷物を見て絶叫し、いまに至る。

「ああ、いったいどこで引っ掛けたんだ……」

「お役人さんはなんて?」

「一応探してはみるけど、そんな大金まず出てこないだろうって……あまり治安がよくないらしい」

「そう。それは残念ねえ」

 おい、大丈夫か? もう少し深刻そうな顔した方がいいんじゃねえか?
 つーかお袋さんが食うものも食わず貯めた金だろ?
 よく盗めるな。

「せめて半分の五百万……お袋の五百万は……」

「もう、ぐちぐち言ってもしょうがないじゃない。あんたがバカなのが悪いんでしょ。食事と宿の世話くらいはしてあげるから、少しはしゃっきりしなさいよ。そんなんだから童貞なのよ」

「ううっ……!」

 うわ、ひでえ! 追い討ちするこたあねえだろ!

「そのかわりあたしたちの護衛と雑用はあんたの仕事だからね。わかった?」

「あ、ああ……」

 そんなわけでアカトは泣く泣く納得し、今後も旅することとなった。
 いやあ、不憫ふびんだなぁ。
 でもおれもアンといっしょにいたいし、悪いけどアンの味方をさせてもらうよ。

 ……しかし金がなくなったアカトをよく連れて行こうと思ったな。
 こいつの性格的にわずかの出費も惜しみそうなもんだが。
 おれはそれとなく、ふたりきりのときに訊いてみた。
 すると、

「だって実際護衛はほしいわ。あたしたちなんの武器もないのよ。よかったじゃない、ていのいい下僕ができて」

 はー、ちゃっかりしてんな。おれは一生こいつには逆らわないと決めたよ。

 とりあえずおれたちは食事を終え、適当にぶらぶらすることにした。
 次の駅馬車が出るのはあさってだ。
 それまでまだ時間がある。

「なにかおもしろいもの、ないかしらね~」

 暗いアカトを引き連れアンが言った。すると、

「あら? あれって闘技場よね?」

 遠くに人だかりが見えた。
 レンガ造りの広場で、丸いステージがあり、簡易キッチンとふたりの男、そして食材が用意してある。

「あ、ホントだ! これからはじまるところみたいだぜ!」

「行きましょ! タダでエンタメが見れるわ!」

 おれたちは駆け足で闘技場に向かった。
 この世界の最大の娯楽は料理勝負で、実際見てておもしろい。
 料理人の手捌きは下手なサーカスよりも見事だし、勝ちを目指した一流の料理は、ときにアッと驚かされる。

「いったいどんな勝負なのかしら!」

 五人ほどの厚みの人だかりの最後尾につき、アンが言った。
 すると、

『またオウムだよ』

 目の前にいたおっちゃんが苦い顔で振り返り、教えてくれた。

「オウム?」

『ああ。あいつ、やめときゃいいのに、オウムの話に乗っちまったんだ』

 なんだ? なんの話だ?

『おめえら、よそ者かい? じゃあオウムを知らねえか』

 おっちゃんはため息混じりに教えてくれた。

『この辺じゃ有名な料理ゴロでな』

 本名ソール・トエンブン。
 通称オウム。
 料理勝負で生活している“料理ゴロ”だという。

 その腕前はピカイチで、各地の料理店に勝負をふっかけては、大金をかっさらっていく。
 しかも負けなしとの噂だ。

「そんなの勝負しなければいいじゃない」

『そう思うだろ? でも条件が破格なんだ。たとえば店側が百万ケインを賭けるとしたら、オウムは五百万ケインを賭ける。ついのみたくなるだろ?』

「う~ん……わからなくはないけど、それってオウムに自信があるからでしょ? リターンが大きいからってのむかしら」

『それにオウムはどんな料理でも勝負を受けるんだ。異国のめずらしい料理でも、他人の知らねえオリジナル料理でも』

「ええー!? そんなの受け手が勝つに決まってるじゃない!」

『そう思うだろ? それが勝つんだよ、オウムは』

「へ~! 信じられない!」

『まあ見てなよ。いまにはじまるから』

 おっちゃんは前を向き直り、おれたちも観戦に集中した。
 ちょうどジャッジが召喚され、勝負がはじまるところだった。

「それではオウムは一千万ケインを、ソヴァーユ・ツーブリーは娘のカツニシオを賭けて勝負! お題は“ツーブリー食堂のまかないスペッシャル”! 制限時間は三十分でよいな!」

 ジャッジが高らかに叫んだ。
 それに合わせてふたりの料理人が「おう!」と声を上げた。

 ひとりはどこにでもいそうな中年だ。
 コックスーツを身にまとい、前のめりになって闘志をめらめら燃やしている。

 それに対し、もうひとりはシェフとは思えない格好だった。
 白髪を背中の中ほどまで伸ばし、汚い服で腕まくりをしている。
 痩せぎすだが、細いというより余分な肉がついていない感じで、目つきはナイフのように鋭い。
 しかし睨んでいるわけではなく、口元に余裕の笑みが浮かんでいた。

『お父さん、信じてるわ!』

 中年コックスーツの背後、舞台の外から美女が叫んだ。
 すると中年は、

『ああ! 任せとけ!』

 なるほど……あの中年がソヴァーユか。
 娘を賭けるとか言ってたもんな。

 ……で、白髪がオウムか。
 いかにも悪そうな顔だぜ!

「勝負はじめ!」

 ジャッジが砂時計をひっくり返し、勝負がはじまった。

 まず中年が動いた。

 中年は肉塊を選んでステーキサイズに切り、塩コショウで下ごしらえをした。
 食材選びから動作の流れまで一切の迷いがない。

 次にオーブンに鉄板を乗せ、油をしいた。
 温まるのを待っているのか、睨んだまま静止している。

 オウムは動かない。
 中年の様子をギラギラした目でじっと見つめている。

 中年は鉄板の上に手のひらを浮かべ、いまだとばかりに肉を乗せた。
 両面を焼き、ほどよく表面が焦げたところでナイフを入れ、サイコロ状に切った。

 すると——!

「見えた!」

 オウムが動いた。
 中年と同様、鉄板を用意して油をしき、目にも止まらぬ疾さで食材を選んだ。

『すげえ! 動きが見えねえ!』

『残像が見えたぜ! まるで何人もいるみてえだ!』

 観客が騒ぐように、オウムの動きは尋常じゃなかった。
 肉を処理する動作が速すぎて視認できない。
 まるで早送りの映像みたいに肉が跳ねている。

 そして、鉄板に投下。
 それと同時に野菜を選びに走った。

『うぐっ……!』

 中年コックの顔が青くなった。
 無理もない。中年が肉を処理して、鉄板を用意、油、温まるのを待ち、やっと焼きはじめたのに対し、オウムは無駄がない。

 中年の手際の悪さもある。
 だがやはりオウムの効率のよさもあっただろう。

 だが、問題はそこではない。

『あ~あ、ソヴァーユのやろう、だからやめときゃよかったんだ』

 先ほど説明してくれたおっさんが独り言を言った。
 そこにアンが、

「どゆこと?」

 と訊くと、

『あいつの店、カミさんが倒れてから不幸続きでよ。夫婦でやってたからよけいでさ。そんで金貸しにも見放されてどうしようってときに、オウムに目をつけられたんだ。おれはやめとけって言ったのによお』

「ふーん、でも料理はオリジナルでしょ? たしか“ツーブリー食堂のまかないスペッシャル”だっけ? ルール上、かなり有利なはずよ」

 なんで? オリジナルだとなにが有利なんだ?

「料理勝負はお題から大きく外れると反則負けになるのよ。例えば“海鮮丼”ってお題で牛丼作るバカはいないでしょ? これはお互いに海鮮丼を知ってるから成り立つことよね」

 そうだな。

「でももし知らない料理がお題になったら? あんた“まかないスペッシャル”って言われてどんな料理かわかる?」

 わかるわけねえよ。

「でしょ? 肉料理かも魚料理かもわからないし、もしかしたらスープものかもしれない。それを承知であのオウムって男は一千万ケイン賭けたのよ」

 なんだそりゃ。バカげてるぜ。

『ああ、バカげてる。でもオウムはそれで勝つのさ。しかも見てみろ』

 おっちゃんに言われておれはオウムの手捌きを見た。
 ヤツは器用に肉を焼きながら、同時にキュウリを細切りにしていた。

「えっ!? まだソヴァーユは肉しか触れてないのに!?」

 アンが驚きに目を見張った。
 そこはまだ見ていない。
 中年コック・ソヴァーユはやっと肉を鉄板から上げ、野菜の選別に出たところだった。

『あれがヤツの恐ろしさだ』

 おっちゃんは言った。

『オウムは恐るべき観察眼で相手のオリジナル料理を見抜いちまうのさ。しかも理解したうえでよりうまい料理を作る。人呼んで“オウム返しのソール”——縮めてオウムってわけさ』

「とんでもない男ね!」

 アンは極限のマジック・ショウを見たときよりも前のめりになって、その神業を凝視した。
 まさしくとんでもねえ男だ。
 料理の腕、手際のよさ、そのどちらも最上級だが、そんなものどうでもよくなるほどの魔力がそこにある。

 この勝負……果たして!?
しおりを挟む

処理中です...