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泣き虫令嬢と公爵の素性

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「お父様、フォスター公爵様はどんな御方なの?」
「本来なら大公と呼ばれてもいい御方だ」
「え?!」
「四年前の『魔の狂乱』と呼ばれる魔物の多くが暴走した出来事を解決したのはフォスター公爵様だ」
「……」
「現国王陛下とは年の差があるが弟君だ、自分は国の政治をやるような器ではないからと兄である陛下の補助に回っているがな」
「……」

 お父様のお言葉に私は不安で仕方なくなりました。
 そんな風には見えなかったのですとても。

 本当はどのような方なのか全く分かりません。

「まぁ……私もお会いした事は片手で数える程しかないが……フォスター公爵はお前を気に入っているようだ。大丈夫だろう」
「……はい」




「デイヴィット。お前は良いのか?」
「何がですか陛下?」
 婚約の件で呼び出されたデイヴィットは国王陛下に質問で返した。
「婚約の件だ、年の差は別にどうとでもなるが、浮気をされた娘と婚約するのは大丈夫なのか? 浮気をされた側は一生傷が残るぞ」
「ああ、彼女の事ですか。それは私がそうではないと向き合えばいいだけの話。正直、今回のオルコット伯のご子息の浮気は私にとって僥倖でした」
「何?」
「陛下。私は、商人として色々と歩き回っている時、彼女に見惚れてしまったのですよ」
 デイヴィットの言葉に国王陛下は目を見開いた。
「……つまり、一目惚れしていたと?」
「はい、でも彼女は婚約している身。横からかっさらうなど誰ができましょうか」
「……」
「そこに、婚約者であるオルコット伯の嫡男の浮気の件が彼女から聞くことができました。一目見て分かりました『裏切るようなあんな方と結婚などしたくない』と思っているのが」
 デイヴィットは淡々と述べる。
「だから、婚約解消と、二度会わないように追放を、と」
「成程……」
国王陛下の弟わたしの妻になる方の前に、裏切った輩がのうのうと出てくるのは許されざる行為ですので」
「ふむ、確かに」
 デイヴィットの言葉に、国王陛下は頷いた。
「では、陛下。失礼いたします。可愛らしい婚約者を出迎える支度をしなければならないので」
「わかった」
 デイヴィットは頭を下げて謁見の間を後にした。




「フォスター公爵様、お招きいただきありがとうございます」
「エステル、私の事はデイヴィットで良いのですよ」
 私はフォスター公爵様の屋敷に招かれました。
「その……えっと……」
 そう言われても私は呼び捨てにすることなんてできない。

――どうしよう――
――どうしよう――

 混乱してぼろぼろと涙が零れてしまいました。
 せっかくお化粧とかしたのに、これでは台無しだし、何よりフォスター公爵様の機嫌を損ねてしまうのではないかと怖くなりました。
 その所為で余計涙が止まらないのです。

「エステル。私の可愛い婚約者」

 その涙を、フォスター公爵様は拭ってくれました。
「どうか思い詰めないで、私は貴方を愛しています。ですからただ名前を呼んで欲しかっただけなのです」
 優しい声で、優しい表情で私の涙を拭ってくれています。

 私は何とか泣き止もうと努力して、そして漸く涙が止まって言葉を発することができました。

「デイヴィット様……」
「ありがとう、エステル」
 そう言って私の手を握ってくれました。
 あの日、心細くて苦しくて泣いていた、私を励ましてくれた時のように。

 嬉しくて涙がまた出ました。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 泣いてばかり。
 だから皆が言うんです「泣き虫令嬢」と。
 私を嗤うんです。
 でも、事実だから反論もできない。

「エステル、私はね。貴方が『泣き虫令嬢』と呼ばれているのを知っていますが、それは悪いものだと思わないのですよ」
「えっ……」
「貴方は誰かが辛い時、それを親身になって考えることができる。貴方は感動するべき時に感動することができる。泣きたいとき、泣くことができる、嬉しさであれ、悲しさであれ、何であれ。それこそが、私が貴方に惹かれた理由なのだから」
 まるで私の事をずっと見ていたような言い方に私は疑問を抱きました。
「私はね、商人として遠目でずっと貴方の事を見ていたのですよ」
 デイヴィット様のお言葉に驚きました。
「でも、それなら商人をしていたデイヴィット様に私が気づかないのもおかしいですわ」
「ああ、実は――」
 デイヴィット様は一つの帽子をかぶりました。
 するとデイヴィット様の髪が白銀色に変わり、目も赤くなりました。
「……!!」
「人前に出る時はこの姿なのですよ、これなら見覚えがありませんか?」
 見覚えがありました。

 何度か家にも来たことがある商人の方の姿でした。

「勿論貴族として秘密裏に夜会をのぞきに行って、貴方の様子を見ていました。私は、ずっと貴方に焦がれていたんです」
「そんな……私は」
「ええ、貴方には既に婚約者がいた。だから私は諦めたのですが――」

「貴方の婚約者は不貞を働く輩だった、だから私は貴方を婚約者の婚約を解消し、二人を追放したのです。二度と貴方に会わないように」

 私は驚きで声がでませんでした。
 私の様な不出来な年の離れた女に、デイヴィット様のような御方が焦がれるなんて――
 ありえない、と。
 それに――

「……どうして、二人を追放なさったのですか?」
「まずオルコット伯の嫡男――貴方の元婚約者についてですが、政治的なものが大きいです。宮中伯という重要な立場なのに、婚約者に不義理を働く様な輩を置くのは政治的に問題だと、愛妾を持つのは別に構わないけれども、それは両者の合意があってこそ」
「……」
「嫡男は愛妾をもっていいと嘘をついたがすぐバレたよ、そういう裁判だったからね。そんな輩に貴方を会わせたくはなかったんだ」
 デイヴィット様は帽子を脱いで、元の姿でおっしゃいました。
「後はまぁエステル嬢を可愛がっていた御方の御父上が侯爵殿でね、それで色々あったんだ。両家とも爵位没収とかにならないよう穏便に済ませた結果がアレだったんだ」
「穏便……」
 確かに、そう言われればそうなります。

 しかし、どうしてあの二人はそんな事をしたのでしょう?

「何故あの二人はあんなことを?」
「……エステル、貴方が黙っているしかないと思ってやった行為らしい」
「……」
 その言葉に、また涙が出ました。
 やっぱり裏切るつもりであの二人はそうしたのだと、理解したからです。

 あの二人から見れば、私は自己主張の乏しい、弱虫で泣き虫な女なのでしょう。

「……」

 思い返せば、何故あの二人が婚約しなかったのかがわからない程、邪魔をされた気がします。
 婚約前からだってそうだった気がします。


 まるで何もかも私への嫌がらせ――


――被害妄想にも程がある、だめ――

 私は自分の悪い思考に何とか歯止めをかけました。
「エステル、少し休みましょう」
 私は悪い考えを振り払うように、何とか微笑み頷いてデイヴィット様の手を取りました。




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