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おとずれた変化
悪夢
しおりを挟む城の中、真っ黒な壁や床の空間だからルリはそう思った。
『ルリ様!!』
呆然と立ち尽くしていると、アルジェントに抱きしめられる。
何かが切断されるような音がした。
ルリはアルジェント名前を呼ぶが反応が無い。
おかしいと思い、顔を上げる、ごろりと、アルジェントの頭が落ちて首から血が吹き上がった。
血の温かい感触と、匂いを感じた。
「きゃああああああ!!」
ルリは悲鳴を上げて目を覚ました。
周囲を見渡せば自分の部屋だった。
汗で体がべとついていた。
何処か生々しく感じた夢に、ルリは恐怖を覚えた。
扉が勢いよく開かれる。
「ルリ様?! ご無事ですか?!」
「ルリ様!! どうなされました?!」
アルジェントとヴィオレが部屋に入ってきて扉を閉めた。
「……ある、じぇん、と……」
「はい、ルリ様、私はここにおります」
ルリが声を絞り出すように呼べば、アルジェントは近づいてきて、膝をつく。
ルリは恐る恐る、アルジェントの首を触る。
夢のような事は起きなかった。
ルリは安堵の息を吐く。
「ルリ様、どうなさいました? お顔の色が酷く悪いです? 差支えが無ければ、おっしゃっていただけませんか?」
アルジェントの言葉に、ルリはためらった。
本人に言うのはためらう内容だったからだ。
「……アルジェント一度部屋を出なさい」
「――畏まりました」
ヴィオレに言われて、アルジェントは部屋を出て行った。
ヴィオレが近づき、膝をついて、ルリの手をそっと包む。
「ルリ様、正直におっしゃってください、何があったのです?」
「……ゆ、め」
「夢、ですか。どのような夢ですか?」
「……場所は多分このお城の中だと思う、見た事ない場所だけど……わからなくて……ぼうっとしてたらアルジェントが急に抱きしめてきて……その後何かが切断される音がして……アルジェントが何も、言わないから、おかしいと思って……顔を上げたら、アルジェントの……頭が……落ちて……首から……たくさん血が……血の臭いが……」
ルリは怯えた声で、ヴィオレに夢の内容を話した。
「……」
ヴィオレは、やけにはっきりとした夢であることが気になった。
それに「臭い」がしたと言ったのだ。
夢でも、確かに視覚以外の感覚を感じることはある、落ちる夢で落ちているような感覚を感じることもある。
だが、「嗅覚」に関しては気になるし、城の中らしいというのも気になる。
話的にはルリは通路にいるような言い方だった。
だがルリは一度も「城の通路を見た事がない」のだ。
通路の箇所は使わず、魔法陣で移動させている。
だから、通路の光景が出てくる時点でおかしいのだ。
最近、グリースが「また馬鹿考えてる連中が居るんだけど、なーんか足取り掴めないんだよ、嫌な予感がする」とぼやいていたことを思い出した。
予知夢だとすれば、アルジェントは死ぬということになる。
だが、アルジェントを殺せる者など早々いない。
主かグリース位だろう。
主が殺すなど考えられないし、グリースもアルジェントにあれだけ嫌われてて殺意を向けられているが殺す気は全くないのは分かる。
となると、夢はアルジェントの死の予知であると同時に、ルリの身に危険が迫ることを遠回しに伝えているのではないかとヴィオレは考えた。
ルリの顔色が酷く悪い。
それはそうだ、色々と事情があるルリに献身的に使えているアルジェントが死ぬ夢だ、心優しい性格のルリには「恐ろしい夢」以外何物でもないだろう。
ヴィオレはルリの手を握って、彼女の目を見る。
「大丈夫です、ルリ様、それは夢です。ただの夢です、ご安心ください。ですが、警備を強化するよう真祖様にお話しいたしましょう」
「……う、ん」
ルリは小さく頷いた。
ヴィオレは部屋を出て通路で待っていたアルジェントを見る。
「私は真祖様にご報告に行ってきます、その間ルリ様から目を離さないように、傍にいてあげなさい」
「畏まりました」
アルジェントにそう言ってヴィオレは真祖の部屋へと向かった。
アルジェントはルリの部屋に戻ると、カタカタと震えているルリを目にして手を伸ばしかけたが、ぐっと堪えた。
ルリに近寄り、彼女の前で膝をつく。
「ルリ様、ご安心ください。怖いことなど何もないのです、真祖様も、私共も貴方様をお守りいたします」
怯えるルリにアルジェントは優しく声をかけた。
――ルリ様、私は、貴方様には笑顔でいて欲しいのです――
――その為ならば、なんだって致しましょう――
「アルジェント……」
「はい、ルリ様」
突然ルリが抱き着いてきて、アルジェントは硬直した。
抱きしめ返したい欲が出るが、必死にそれを抑え込む。
「……お願い、死なないで……」
ルリの言葉に、アルジェントはどう答えるべきか戸惑った。
魔術が使える事、身体能力が高い事等を除けば、アルジェントは人間だ。
それに、何故か自分は「吸血鬼」になることができない稀な体質の持ち主だった。
だから、年老いれば死ぬし、ルリを守る仕事ができないと判断されたらこの任を外される。
約束ができない、内容だった。
だが、アルジェントは答えることにした。
「分かりました、ルリ様がお望みなら。私は死にません、お仕えいたします、そう、永遠に――」
叶えられないであろう、嘘をついた。
『――なるほど、確かに奇妙な夢だな』
真祖の部屋の扉の前で、ヴィオレが報告すると、扉の向こうから重く静かな声が聞こえてきた。
「ルリ様は――奥方様は酷く怯えておられます」
『……グリースからの情報もある。警備の強化を急がせよ』
「畏まりました」
ヴィオレは声が聞こえなくなると、頭を上げその場を立ち去った。
そして真祖の城に厳戒態勢を敷く命令が出された。
「……」
ルリは一人、部屋のベッドの上で横になっていた。
怖くて仕方ないのだ。
夢だと思い込もうとしても、匂いが、感触が生々しくて、現実になるのではないかとルリは怖くて仕方なかった。
「あ゛ー……いつもより防御壁面倒なのにしてんなぁ。まぁ、仕方ないか」
グリースの声に、ルリは体を起こした。
「やぁ、ルリちゃん。あ、そのままでいいよ。顔色が悪いから無理しないで」
グリースが近づいてきてルリの事を抱きしめた。
「よしよし」
頭を撫でられる感触にルリは少し安心して、グリースを抱きしめ返す。
「大丈夫、大丈夫……」
グリースの言葉にルリは少しずつ落ち着いて行った。
グリースはルリと同じ不死人。
誰も殺せない、不老不死の存在。
自分(ルリ)と同じ存在。
ルリの今会うことのできない家族や友人たちは、皆ルリを追いて先に死んでいく。
確実に。
ルリは年老いることなく、生き続ける。
寿命等のどうしても抗えない死なら仕方ないと、ルリも何とか受け入れようと努力している。
けれども、今朝の夢のような「死」に関しては受け入れるのが難しかった。
明らかに、誰かによって殺される「死」は。
どうしてそんな夢を見たのかルリには分からなかった。
けれども、あまりにも生々しくて、現実的だったから、ルリは怖くて仕方なかった。
もし、あれが現実になったら――
そう思うと怖くてたまらなかった。
アルジェントの事を愛しているわけではない、だが彼が自分に真摯に対応して、世話などをしてくれている。
多少鬱陶しいとか、面倒くさいとか、愛が重いとか色々不満はないわけではないが、自分の事を大切にしてくれてるアルジェントに、情はある。
家族や友人に対するような情が。
だから、ルリは怖かった。
――どうか、あの夢が、ただの悪夢であってください――
大した力のないルリはそう願うことしかできなかった。
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