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臆病な蜘蛛~もう一人じゃない~

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 その蜘蛛は泣き虫だった
 けれどいつでも笑っている
 その蜘蛛は臆病だった
 けれどいつも強気に明るく振る舞う

 蜘蛛は幸せな夢を見ることを望んだ
 けれどそれをいつも拒否した
 辛い孤独な現実に心が砕かれるから
 だから蜘蛛は、長い間夢を見ることを止めた


 蓮は顔を青ざめさせて飛び起きた。
 紫のパステルカラーのワンピースのような寝間着が汗で濡れていた。
 呼吸を荒くしながら時計を見る、夜中の2時を示していた。
 飛び起きた主を見て、蜘蛛たちが水差しを運んできた。
「ありがとう」
 蓮は水差しを手に取り、コップに注ぐ。
 青い色の液体がコップに注がれ、彼女はそれを飲み干した。
「――」
 コップを置くと、深い息をつく。


 夢を見た
 誰もいない夢を
 自分一人しか居ない夢を
 漸く誰か見つけた途端
 足が動かなくなり自分だけが置いて行かれる夢を

 怖い夢を


 夢の内容を思い出し、蓮は再度紫の目を深く暗い黒に染めて顔を青ざめさせる。
 冷や汗が噴き出した。

 なんでこんな夢なんか見たんだ。
 こんな夢みたくなかった。
 怖い。

 上半身を起こしたまま、他の動作ができなくなった蓮に手が伸びる。
 手は彼女を抱きしめるとそのままベッドに横たわらせた。
「わぷ……!」
 蓮の体が柔らかいベッドに沈む。
「寒いんだ、戻れ」
 長い髪の男――康陽が蓮を抱きしめて、目を閉じた。
「……」
 一瞬ぽかんとしたが、蓮はふふっと嬉しそうに笑って彼に抱きつき目を閉じた。

 そうだ、もう一人で寝なくて、いいんだ

 蓮が静かに寝息を立て始めると、康陽は目を開けて彼女の頭を撫でた。
「……朝まで寝てろよ……」
 そう言って、彼も目を閉じ眠りに落ちた。


 蓮が目を覚ますと、隣で寝ている康陽が目を覚ましていた。
「おはよう」
「……おはようございます」
 まだ覚醒しきってない頭で康陽に挨拶すると、康陽は時計を指さした。

 時刻は昼の12時。

 蓮の顔が一気に青ざめ、冷や汗がだらだらと流れだす。

 や、やっちまったー!!

 ぎぎぎ、と音が鳴るような動きで蓮は康陽を見た。
「……あ、あの、ご飯とかもしかして」
「お前の想像通りロクに食えてないさ。何せ横で人に抱きついて離れないでかい泣き虫がいたんでな」
 康陽はそういうと、蓮の髪の毛に触れた。
「……今気づいたんだが、お前は目だけじゃなく髪の毛の色も変わるのか?」
「へ?」
 蓮は康陽の言葉にぎょっとし、近くにある鏡に視線を向ける。
 そこには、真っ黒な髪ではなく、焦げ茶と黒のグラデーションになった髪になっている自分が映っていた。
「あ゛――!!」

 しまった!!
 久々にやっちまった!!
 こうなってるの気づかないの多いけどなんてこった!!
 よりにもよって――

 頭を抱えている蓮を、康陽は抱き込んだ。
「黒だけじゃなく、そういう色にもなるのか。これは他にどんな色になるか楽しみだな」
 康陽の言葉に、蓮の顔がぼっと火がついたように赤くなる。

 恥ずかしい恥ずかしい!!
 やばい鼓動がとまんない!! 人間だったら寿命縮んでるくらい!!
 どうしようこんなの初めてだからわかんない!!
 だっていままでぼっちだったし無理無理無理――!!

 赤面し、硬直しているとチャイムの鳴る音がした。
「――出られるか?」

 無理無理!!
 こんな顔見せらんない!!

 頭をぶんぶんとふると、康陽は苦笑しながら息を吐き彼女を解放した。
 そして近くにおいてあったシャツを羽織りボタンを締めながら扉へと向かった。



 康陽が扉を開けると、そこには10歳にも満たない容姿をしたロリータファッションの格好の少女と、四つん這いになり長い舌を口からたらし、天文学の資料で見るような宇宙空間の煌めきと闇を宿した目をもつ異形的かつ少女の姿に近い生き物がいた。
「あう゛ー??」
 生き物は首をかしげている。
「ねぇおにいちゃん、ここ蓮おねえちゃんのおうちだよね?」
 少女が首をかしげながら問いかけてくる。
「蓮? 安登奈あとなれん、であってるならその通りだ」
「う゛ー」
「おにーちゃんだれ? あたしもまよいちゃんもおにーちゃんみたことない」
 生き物と、少女は首をかしげている。
「――どうしたの康陽さん――」
 奥から顔を水で濡らしたタオルで冷やし続けている蓮が顔を見せた。
「れんおねーちゃん!」
「う゛ー!」
「エルに、マヨイ。どうしたの」
 顔の赤が引け、通常通りになった蓮がマヨイとエルに近づき彼女達を抱き寄せる。
「えへへー」
「う゛ー」
 少女と生き物――エルとマヨイは嬉しそうに籠を取り出し、色鮮やかな果物や野菜のようなものが入ったそれを蓮に手渡した。
「いつも有り難う」
 蓮はにっこりと微笑んだ、その笑顔は妹達大切にしている姉のような笑顔だった。
「――蓮、その二人は?」
 康陽が静かに問いかけると、蓮ははっとしたような顔をして振り向く。
「あはは、ごめんなさい。紹介してなかったから……この二人は私の『妹』なの、このこがエルで、この子がマヨイ」

 なるほど、蓮と同じ『異形の子』という訳か

「二人とも、挨拶はできるかしら?」
 蓮がそういうと、エルはぱたぱたと服のすそや髪をととのえ、マヨイはでろでろと長い舌をひっこめた。
「――はじめまして、あたしはエルっていいます」
「はじめ、まして。わたしは、マヨイ、です」
 二人はぺこりとそろって頭を下げた。
「丁寧に有り難う、お嬢さん方。俺は康陽だ」
 康陽も、二人に合わせて、会釈で返した。
「こーよーさん?」
「こうようさん?」
 二人は首をかしげながら康陽の名前を反芻する。
「こーよーさんは、蓮おねえちゃんとどういうかんけいなの?」
「どゆー、かんけいなの?」
 二人は首をかしげながら康陽に問いかける。
「え、えっとねーそのね」
「どゆー、かんけ?」
「どういうかんけい?」
 今度は蓮に、問いかけた。
 蓮は顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。
 蓮は目線で康陽に助けを求める。

――とはいったものの、恋仲だとか番とかいったら今の此奴は発狂しかねんな、赤面状態で

「――あ、ねぇねぇ、エルちゃん、おねーちゃんたちがいってた、ひとじゃない?」
「あ、そだね!」
 二人は何かを思いだしたらしく、きらきらとした眼差しを康陽に向けた。
「こうようさん、もしかして蓮おねーちゃんのこいびとさん?つがいさん?」
 エルの言葉に、ぶーっと蓮は噴き出した。

 蓮は顔を赤くしたまま何度も息を繰り返した。

 おいまて誰がいった?!?!

「二人ともそれ誰から聞いたの?!」
 蓮が顔を真っ赤にして問いただすと、二人はにっこりと笑った。
「「フエおねーちゃん」」

 あの馬鹿姉貴――!!

 蓮は顔を真っ赤にしたまま頭を抱えた。
 康陽はそんな連を静かに見つめている。
「ねーねー、おにーちゃんは蓮おねーちゃんのことどのくらいすきー?」
 エルが無邪気に笑いながら問いかけている。
 蓮は羞恥心で顔を真っ赤に染め上げ、かなり切羽詰まった状態になっていた。
「――そうだな、これからの人生全てくれてやっていい、と思うくらいに惚れ込んでいるよ」
 そんな蓮を見ながら、康陽は意地悪そうに彼女を見て笑いながら言った。

 なんでそんなこと平常心でいえるの――!!
 惚れ直すどころじゃないよばーか!!

 蓮は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の状態で、顔を真っ赤にしたまま動けなかった。
「それとすまんな、今日は蓮の体調があまりよくないようだ」
 康陽はそういって蓮を器用に抱きかかえた。
 その抱き方は「お姫様抱っこ」と呼ばれる部類の抱き方だった。

 もうやめて――!! 私のライフはゼロよ!!
 恥ずかしくて死ねるから勘弁して――!!

「うん、わかったの!」
「わかったの!」
「蓮おねーちゃんおだいじにね」
「ねー」
 エルとマヨイはそう言ってその場所から立ち去っていった。
 康陽は蓮を抱きかかえたままそれを見送り、姿が見えなくなるのを確認すると、部屋に入り鍵を閉めた。
「――やれやれ、おしゃべりな奴を『姉』にもって苦労するなお前は」
 康陽は呆れた様に言ってから、彼女のベッドの上に下ろし、手に抱えている籠を受け取って中身を確認すると冷蔵庫に閉まった。
 そしていくつか食材を取り出し、料理を始める。
「わ、私が――」
「いいから大人しくしていろ」
 蓮が慌てて手伝おうとすると、康陽はぴしゃりと彼女を静止し、待っているように言った。
「――取りあえず軽いものにしておくつもりだ、安心しろ」

 いや、何を安心しろと?! そもそもどういう意味じゃ?!

 何か言おうとすると、康陽の鋭い視線がびしびしと突き刺さる為、大人しく座って待つことにした。
 小さなテーブルに乗っけられた流行の服が掲載されている雑誌を手にとり、開く。
 そこにはびっしりとメモが書かれてあった。
 自分が書いたそれが、酷く気持ち悪いものに見えて蓮は雑誌をゴミ箱に投げ捨てた。
 他の雑誌も手に取ったが、同じようなメモがついているのが解っているためか、すぐさま手から離した。
 ごろんとベッドに横になり、目を閉じる。

 ああ、寒い
 暗い
 誰も、誰も
 いない
 いやだ
 誰か
 誰か

 ――暖かい? 誰か、いる、の?

「二度寝するほど疲れてるのか?」
 蓮が目を開けると、康陽が彼女の頬に手を当てていた。
「――康陽、さん」
「うなされていたみたいだが……」
 蓮は不安に耐えきれず、起き上がると康陽に抱きついた。
 康陽は驚いたが、何も言わずそのまま蓮を抱きしめ髪を撫でた。
「……ごめんなさい」
「気にするな」
 消え入りそうな声で謝罪する蓮を抱きしめながら、いつもと変わらぬ口調で彼女を慰める。

 ああ、嫌だ。こんな自分が本当に、嫌だ。
 こんなに全てに不安を感じてしまってる自分が、本当に嫌。
 すぐになんてできっこないのは解ってる、でもこれはいくら何でも酷すぎだ。

「――……」
「蓮、お前が何を気にしてるかは俺はまだ全部把握はできない。だが、いきなり変化するというのは普通は無理なのは解っている。お前は『普通』なんだ、無理することはない」
 蓮は康陽の言葉に、こくりと頷いた。
「時間はあるんだ、ゆっくり行けば良い」
 康陽は蓮の髪を優しく撫でた。
「――さて、じゃあそろそろ遅すぎる朝食にするか」
 康陽はそういうとひょいっと蓮を抱きかかえてテーブルの方へと運び、椅子に座らせる。
 そして、作っていた料理を温めてからテーブルに運んできた。
 心地良いパンの香りと、スープの香りが漂う。
「ちょうど米がなくてな、悪いが洋食だ」
「あ……そうだお米補充するのこの間から放置してた……マヨイに連絡しとかなきゃ」
 康陽の言葉に、蓮は米の補充を忘れていたことを漸く思い出した。
 机にあるメモ用紙に、文字を書き込み、傍にいた複数の目と足を持つ烏の足にくくりつける。
 そして指で指示をだすと、烏は窓から外へと飛び立った。
「――いつもああやってやりとりしてるのか?」
「気分次第かな。今日は紙でやりとりしたかったの」
 蓮はそう言うと、向かいの椅子に腰をかけて自分を見ている康陽に対して笑顔を向ける。
「ねぇ、食べてもいい?」
「もちろんだ」
「わーい! いただきます!!」
 蓮は嬉しそうに、パンをちぎり、それを口にする。
 心地のよいパンの香りが口いっぱいに広がる。
 飴色のスープを口にすれば、玉葱のほどよい甘さとスパイスの辛さ、鳥肉のエキスの味が広がる。
「美味しい!」
「それはよかった」
 蓮の笑顔を見て、康陽の口角が緩む。
 そして、赤いハーブティーを口にする。
「……あ、そうだ。珈琲も頼んでおけばよかった……」
 蓮はふと先ほどの食材補充のことを思い出した。
「ああ、それは気にしなくていい」
「え、でも……」
「豆は既に補充済みだ。今日はなんとなくハーブティにしてみただけだ」
 康陽の言葉に、蓮は思わず目を丸くする。
「正しく言えば、お前が好きこのんで飲んでいるものがどんなものか知りたかっただけだ」
 康陽の言葉に、蓮は思わずハーブティーを二度見した。
 それは、間違いなく蓮が好んで飲むものであり、補充を欠かしたことがないお茶だった。
「な、なんで知ってるの?!」
「――お前の姉が何でもかんでも情報漏洩してきたぞ。下着の色からスリーサイズまで」
「ぎゃああああ!!」
 蓮は顔を真っ赤にして絶叫する。

 な、なんてことしてくれとんじゃあのアホ――!!

 ここには居ない『姉』に対して心の中で暴言を吐く。
「ぐおおお、何してくれてんのじゃ姉さんは……!!」
 容器をどけてからテーブルに突っ伏す。
「本当にな。俺はお前と遭遇してとっ捕まえるための手伝いだけで良かったんだが下半身事情までだしてきた時は驚いたぞ」
「がああああ!! CV帝王で言われるとダメージでかいからもうやめてー!!」
 真っ赤に染まった顔を覆いながら再度絶叫した。
「意味が分からんぞ」
 康陽は呆れたように言ってから空になった容器を片付け始める。
「――うわ、死にたい」
「憤死したい気持ちはわからんでもないが、死ぬのはやめろ」
「何よりそれを康陽さんから伝えられたのがめっちゃきつい」
「それは悪かった、があの姉が黙ってると思うか?」
「思わないから更につらい――!!」
 蓮は頭をテーブルに打ち付け絶叫する。
 そんな蓮を見て、康陽は呆れながらも容器を仕舞った。
 仕舞い終えると頭を打ち付ける彼女を止めて、ベッドまで抱きかかえて運びどさっとおろし、寝かせる。
「へ?へ??」
 混乱する蓮を上から覆うかのような体勢を取る。
「まぁ、好みの下着から何やらまで聞いたわけだ――が、それが本当かは俺は実際確かめないと気が済まない」
「ちょ、ちょっと待って!!」
 康陽が何をしようとしているのか、彼の言葉で漸く理解できた蓮は別の意味で顔を真っ赤にして康陽を静止しようとする。
「今まで散々お預けをお前から喰らわせられてたんでな、安心しろ」
「あ、安心できるか――!!」
 服をするすると脱がされながらも、蓮はぎゃあぎゃあと叫び続けた。
 そんな蓮を、康陽は楽しそうに笑いながら見る。
「寝てる相手の下着を覗き見る趣味はなくてな、やはり起きていないと」
「どういう意味だそれ――?!」
「言ったはずだぞ、俺はお前が本気で嫌がってるなら止めると」
 康陽の言葉に、蓮は顔を紅潮させて、視線をそらした。
 彼の言葉に間違いは何も無かったのだ。

 本気で嫌なら、本気で言えばいい。
 では、言わないということは?

 触れて欲しい。
 肌に、頬に。
 唇に。
 私に、触れて欲しい。
 傍にいて。
 交わるのは怖い。
 でも、肌を触れさせて。

 蓮を見て、康陽は呆れの笑みを浮かべながら彼女の髪を撫でる。
「――解ってる。触れる、だけだ」
 そう言って、羽織っているシャツを脱いで横になり蓮を抱き寄せ横になる。
 白いうなじに、口づけを落とすと蓮の腕が震えた。
「――こっちを向いてくれないか?」
 康陽がそういえば、蓮は恐る恐る彼の方に体の向きを変えた。
 蓮が向きを変えたのを確認すると、康陽は薄く微笑んで彼女の額に口づけを落とす。
「よしよし、良い子だ……」
「う゛――……」
 顔を真っ赤にしたままの蓮の頬を康陽は撫でる。
「今日はゆっくり話そうか、そして好きなだけ触れさせてもらおうか」
 康陽は微笑みを浮かべたまま蓮の頬を撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「……うん」
 そして蓮も、ゆっくりと康陽に手を伸ばした。
 康陽はその手を掴み、自分の頬に持ってくる。
「ああ、お前も好きなだけ触れば良い、そして俺に聞けば良い。お前が満足するまで答えよう」
「はい……」
 蓮も嬉しそうに表情を緩めた。

 穏やかな光の中で、二人は互いにふれあいながら言葉を交わし続けた。
 時には口づけをかわしながら、相手の肌の感触を確かめながらゆっくりと、互いのぬくもりと言葉を確かめ合った。


 臆病で泣き虫な蜘蛛
 いまも臆病で泣き虫だけれども
 それさえも、愛おしんでくれる
 温かい光に、蜘蛛満たされている






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