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君を守るため
やさしいひと ~自分しかいない~
しおりを挟む食事はあまりとれなかったが、それでもルリが食べたのをグリースは確認して、残りは冷蔵庫に仕舞った。
グリースは少しばかり安堵した。
まだ、ルリが泣くことができることに。
これで泣くことすらできない程になっていたら、ルリの心の状態の悪化の具合は自分では手が付けられない程になっていると思っていたからだ。
まだ、泣ける。
それに少しだけ安堵した。
「ルリちゃん、ここの風呂温泉だけど入る? あ……俺と一緒に入ることになるけど、大丈夫?」
グリースは嫌なら使い魔を出現させて、それに任せようと思いながらルリに尋ねる。
『はいり、たい、うん、いい、よ』
「うん、ありがとう、じゃあ行こうか」
グリースはベッドに横になってたルリを抱きかかえて風呂場へと向かった。
脱衣所でルリの衣服を脱がして、グリースは眉をひそめた。
「……これは……」
ルリの体に噛みついたような痕跡が残っているのだ、グリースは伸びて隠れていた首筋も見る。
こちらには吸血の痕跡のような凹みが残っている。
本来不死人の体はこれらの痕跡は残らず消える程再生力が高い。
何せ全身消し飛ばされても再生するレベルなのだ、だから、このような傷跡が残るのはおかしいのだ。
――……精神状態の悪さが肉体にも影響を出してるのか?――
グリースはそう思ったが、口には出さず、ルリの服を脱がせてからタオルで、少し隠させ、自分も服を脱ぐ。
自分の性器がある場所は見せたくないのでグリースは腰にタオルを巻いた。
ルリを抱きかかえてお湯をかける。
「大丈夫? 熱すぎない? 沁みない?」
『だいじょうぶ、ちょうどいい、しみない』
「そっか、よしよし」
汚れを一通り落としてから、ルリを抱きかかえてグリースは温泉に浸かる。
「やっぱり温泉はいいなぁ、風呂もいいんだけど、温泉はまた違うからなぁ」
そういいながら、ルリの体を見る。
「……」
全く欲情できない。
最初の頃の健康的な体だったら欲情してたかもしれない、だが今のルリの体は非常に不健康に見えるのだ、不死人は本来健康状態が当たり前なのだが、その例外を体現するようなルリの存在にグリースは心の中で頭を抱えた。
あの二人の思考回路が全く理解できないのだ、ここまで病んでているのが分かって痛々しいのに抱いたり、噛みついたりするとはどういう思考回路だと。
愛している人が半身不随とか大けがを負って治らない、それでも変わらず愛しているという表現をする行為なら何となくだが理解できる。
だが、ルリのは全く別だ、安静しなければならないのに本人が抵抗しないからと言わんばかりに行為に及んでいたりするのだ。
――あいつら救いようのないレベルの馬鹿か?――
温泉の心地よさに、うとうとし始めたルリを撫でながらグリースは思った。
「……眠そうだね、じゃあ上がろうか」
グリースはルリを抱きかかえたまま温泉から上がり、脱衣所に向かう。
ルリの体を拭き、下着と着替えやすく動きやすいタイプのパジャマを着せる。
その後自分も下着を履き、寝る時のラフな格好に着替える。
ルリを抱きかかえてベッドに向かう。
ルリをベッドに寝かせて、自分もその隣に横になり、ブランケットで二人の体を覆う。
「寒くない? 暑くない?」
『さむくないし、あつくない』
「そっかそっか良かった」
グリースはルリの頬を撫でる。
「そう言えば、抑制剤……はいいか。俺と此処に居る間は飲まなくて」
グリースはフェロモン抑制剤のことを思い出したが、ルリのフェロモンへの耐性が強い自分だけだから今はいいかと結論付けた。
第一、今非常にフェロモンの量も少ない。
原因は分からない、基本生命は命の危機に瀕すると子どもをつくろうとするケースが多いらしいが、ルリの場合は生命の危機というより精神の危機だ。
記憶喪失という設定のルリは精神が健康だったから、フェロモンを強く出していつでも相手に性行為に意識を行かせようとしていて、精神が危機的状態にある今はそれが負担になるからフェロモンが限りなく薄くなっている、のではないかという仮説をグリースは立てた。
が、こんな仮説なんの役にも立たないと頭の隅に追いやった。
グリースはうとうととし始めたルリの頬を撫でながら彼女を見る。
少しばかり血色がよくなったように見える、連れてくる前は、土気色で人形のように生気のない目をしていた目も、少しばかり生気が宿っている。
しばらくはここでゆっくりさせよう、グリースはそう思いながら、眠りに落ちたルリを見て目を閉じた。
痛い。
たくさんの手が体を掴む、引っ張る。
何かが体内に入ってくる、怖い。
耳元で声が聞こえる、怖い。
痛い、怖い、痛い、怖い。
たす、けて。
「……ん……ルリちゃん!!」
頬を軽くたたかれる感触でルリは目を覚ました。
「大丈夫かい? うなされてたよ?」
グリースが不安そうに自分の顔を覗き込んでくる。
『こわい、ゆめ、たす、けて』
ルリが口を動かすと、グリースはルリの頭を撫でて、抱きしめた。
「大丈夫、怖い夢はただの夢。現実じゃない。俺は怖いこととか痛いことはしない、だから大丈夫、傍にいるから、安心して」
グリースは優しく微笑みかけて、頬を撫でる。
ルリはしばらく怯えていたが、少しずつ気分が落ち着いたのか、また眠くなり、目を閉じた。
「……」
ルリが再び眠ったのを見てグリースは深いため息をつく。
「……正常とみるべきか、それともそれくらい酷い目にあってきたと見るべきか……確実に後者だな」
すぅすぅと寝息を立てているルリの頬を撫でる。
「……どこまで戻せるか……いや、問題は戻った後だな、あのバカ共本当ろくでもない……」
グリースは忌々しそうに呟いてブランケットを被った。
無数の死体が転がっている。
愛した人の残骸、慈しんでくれた人の残骸、友人達の躯、残骸。
足音と羽音が聞こえる、嗚呼、生き残りを殺しに来たのか、俺を殺しに来たのか。
許さない、何もなかった俺に、たくさんのものを与えてくれた人たちを殺したお前たちを俺は許さない。
燃えろ、燃えろ、燃えてしまえ、こんな連中を許容する世界事焼け落ちろ。
グリースは目を覚ました。
「……くっそこんな時にひでぇ夢見させんなよ……」
グリースは起き上がり、隣を見るとルリが穏やかに眠っている。
ルリが穏やかに眠っているのを見て少しばかり気分が落ち着く。
だが、まだ頭に憎悪がこびりついている。
二千年前の事を思い出す夢は非常に気分が悪いとグリースはため息をついた。
「シャワー浴びてこよ……」
グリースは未だにこびりついている憎悪をどうにか鎮めるため、シャワーを浴びに行った。
冷水を頭から浴びる。
冷たいが、今はちょうどいい。
ヴァイスが人間への不信感情と憎悪感情を二千年も持ち続けている様に、グリースも吸血鬼と人間、その双方へ激しい憎悪を持っていた。
気分的にグリースは嫌だったが、ヴァイス同様複雑な憎悪なのだ。
ヴァイスが愛した前妻は人間、それを殺したのも人間。
グリースが愛した吸血鬼の恋人達と、吸血鬼と人間の友人たち、吸血鬼の義母と人間の義父達を殺したのは吸血鬼と人間。
非常に面倒な構図なのだ。
憎悪感情に任せて滅ぼそう、支配しようとするのは、愛した者達への裏切り行為に近いからだ。
だからヴァイスは最終的に納得して盟約を結ぶことにしたし、グリースも両方を滅ぼすのを止めたのだ。
ただ、盟約の内容、もうちょっと考えて色々言っておけばよかったとグリース今後悔しているが。
グリースはシャワーを浴び終えると、髪を拭いてから、体を拭き、下着を履いて服を身に着ける。
タオルでまだ濡れている髪を拭きながら寝室に戻ると、ルリがベッドから落ち、床に倒れていた。
「ルリちゃん?!」
グリースは慌てて、ルリを抱き起す。
ルリは不安そうな表情でグリースを見ていた。
「ごめんよ、ちょっと夢見が悪くてシャワー浴びてたんだ。どうして無理に動こうとしたんだい?」
『おいて、いかれた、とおもった』
「大丈夫、此処に居る間は傍にいるよ……まぁ、今回みたいなことがないとは言えないけど、ごめんよ」
グリースはルリを抱きしめ優しく頭を撫で、抱きかかえてベッドに寝かせる。
ルリはようやく安心したような表情を浮かべた。
ベッドに横になっているルリの頬を撫でながらグリースは思った。
家族の元に帰すのは人間政府が何かしでかしてくるのが見えている。
今ヴァイス達の所に帰すのは危険すぎる。
ルリの心を少しずつでも安全に戻せるのは自分だけだ、と。
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