恋人は極悪人<ヴィラン>?!

琴葉悠

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招いてない来訪者は運命の人?!

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 ぼりぼりぼりと薬を咀嚼する。
 「そうすれば楽になれるよ」「もう楽になろう、苦しんだじゃないか」という声が聞こえてきて、苦しい私はそうした。
 楽になりたくて、出された薬達を咀嚼する。
 意識が朦朧としていく。
 ああ、これで楽になれるんだと思うと嬉しくて涙がとまらなかった。
 悲しくて涙が止まらなかった。
 そして、私の意識は暗転した。



 様々な色の混じり合ったの空間を歩く真っ黒な姿の存在がいた。
 シルクハットに、黒の紳士服に真っ黒なコートを羽織った、黒い肌に赤い目、整った口からわずかに見える鋭い牙。
 人に近い姿をしているのに、人と異なる姿の異形の存在がその空間を歩いていた。
 地面などないその場所を歩き続けていると、黒い穴のようなものが見えた。
 それをみたその人物は、ニヤリと鋭い牙を見せて笑い、黒い穴まで優雅にかけより、そして穴に脚を踏み入れた。

 穴の向こうは静まりかえった居間だった。
 どうやら室内らしく、その人物は軽く靴をならしてから、床を歩き始めた。
 足跡はついてはいなかった。

 少し歩くと無数の薬を散乱させて、倒れている女がいた。
 わずかに茶色く焼けた黒い短めの髪を床にばらまき、顔をうつ伏せにして倒れていた。
 見たところわずかに呼吸があったので死んでいないのを確認すると、それに近づき、顔をしたにしたまま背中から胃袋がある箇所に手を当てる。
 ずるぅっと手が背中に溶けるように肉体に入り込むと、女性の口から今度は肉食の液体と溶け掛けの薬が大量に出てきて床を汚した。
「全く、別次元に来て初めての部下にしようと思った私を落胆させるのか貴様は」
 男の声で憤慨したように言うと、それは女性をやや乱雑に近くのソファーに座らせた。
 そして、顔をつかみ何か呟くと女性の目がゆっくりと開いた――



 目を覚ますと、真っ黒な顔と、赤い目が目に入った。
 やや不愉快そうな顔をしたそれに私は驚きの声をあげれるほど気力は亡かった。
 ああ、まただめだったのかという落胆と、まだ苦しいのかという苦痛が一気に押し寄せる。
 ぼんやりとした頭で、紳士服とか帽子を被ったり着たりしている謎の存在に目を向ける。
「おい、貴様名前は?」
 貴様とは私のことなのだろうか?
 それを問いかけることもなく、勝手に私の口は言葉を紡ぎはじめた。
「……姫野舞子……」
「随分たいそうな名前だな、他の連中はなんて呼ぶ」
「マイ……」
「ふむ、ではマイ。お前に最高の栄誉をやろう、このDRダークレインのこの世界での最初の部下という栄誉だ! 世界を好き放題にできるのだぞ?」
「……興味ないです……つらい、いきるのつらい、しにたい、くすりでらくになるのに……」
 私がそういうと、その人はみたこともないような顔をした。
 脳内で、変な顔という考えがぼんやりとだけ浮かんだ。
「世界を好きにできるということに魅力を感じないとは貴様の脳味噌はどうなってる!」
 その人は私の頭をがっと鷲掴んだ。
「何々……上司のセクハラうわこれは酷いな……初恋人がセフレ・風俗ざんまい、自分は放置これもまぁ……」
 なんで私の鬱の原因知っているのだろうと悩む間もなく、その人はじと目を私に向けた。
「……貴様、聞いたことだけはあるが鬱という奴か。なら、仕方ない――というとでも思ったか愚か者!!」
 怒鳴られるが、びくっとなることも何故かなかった、それもできない自分がただただおかしかった。
「だったらそんな連中に地獄を見せるチャンスだぞ! 勝ち組の連中を見返すチャンスだ! なんだそんな想像もできんのが鬱か!! 面倒くさい以外言葉がないぞ!!」
 べらべらと喋っている、ダーク…なんとかさん、鬱への理解は皆無らしい、が多少は理解をしようとしているようだ。
「上司がクズだった? なら今から私上司だ!! そんなクズ上司なんぞ目でもないすばらしい世界を見せてやろう!! そして――」
 次の言葉には思わず目を見開いた。
「初めての恋人がクズだったなら、今から私が貴様の恋人だ!! 光栄に思え、この私がわざわざお前の最後の男になってやるのだぞ、人生最初の相手よりも最後の相手が誰かの方が重要だ!!」
「私の、恋人……? 最後の相手……?」
「お前の頑張り次第では妻に格上げしてやろう、こう見えても私は紳士的だ。 貴様が一途に慕うなら浮気などせん、その慕う気持ちに答えてやろう!!」

 一途に慕うなら、もう裏切られない?
 あの苦しみに誰もいえず生け贄みたいになって耐えることもない?
 ああ、ああ、なんて、なんて魅力的
 でも、そんな夢物語あるのだろうか

「夢物語などではない、私がここにいるのがその証拠だ!!」

 彼は、鋭い牙を見せて笑う。
 人ではない彼。
 どうみても残酷な存在。
 でも、でもね。
 しんじさせて、ほしいの。
 ゆめをもういちど、みたいの。

 あこがれのぎょうかいにはいってひっしにがんばろうとしたあのときのゆめを。
 はじめてこいびとができて、うれしかったあのときめきを。

 どうか、どうか、どうか、私に私にください。
 価値もない、惨めでちっぽけな私にください。

「価値もない? 惨め? ちっぽけ? ははは! さぁ、手をとれその瞬間からもう価値がないということはない、同じく惨めでもちっぽけでもない! 私の部下で恋人だ!!」
 彼は手袋を脱ぎ、鋭い爪でできている手を差し出した。
 私は弱々しく、その手の上に自分の手を重ねた。
 すると彼はにやりと笑って手袋をしているもう片方の腕で私を抱いて近づけさせた。
 すごく、近い。
「そうだ!! それでいい!! これからが楽しくなるぞ!! 何せ私たちは『世界を変える』のだからな!!」
 楽しそうに、笑っている。
 とても邪悪に、笑う、招いてもいない来訪者さん。
 そして、私の新しい上司。
 私の――新しい、そして最後の恋人――


 どうか、素敵な『夢』がみれます、ように
 それが今の私の、願いです。




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