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モノマネの代償
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「……ぎ……らぎ……」
CDから流れる歌声に、私はいったい何度救われたのだろう。
あの日の彼の声は、いつの間にか“私より歳下の彼”になっていた。
「ひ……らぎ……ひいら……ぎ……」
そう。
大好きだった歌声は、こんなふうに澄んでいて綺麗だった――。
微睡みの中で、
バシッ!
と何かに頭を叩かれた。
はっと目を覚ますと、
そこには“私の大嫌いな顔”が見下ろしていた。
「げっ……!」
思わず漏れた声を慌てて手で塞ぐ。
鋭い切れ長の目が、いつものように私を射抜いた。
「いつまで寝てるつもりだ? 昼休憩はとっくに終わってるぞ!」
腕時計をぐいっと突きつけられる。
「す、すみません!」
時間も見ずに、私は透明バッグをひったくり走り出した。
従業員用階段を三階まで一気に駆け上がり、
「すみません! 遅くなりました!」
肩で息をしながら売り場へ戻る。
すると、バックヤードで商品にテープを貼っていた木月さんが苦笑した。
「え? 遅れてないよ?」
「……え?」
売り場の時計は14時25分。
休憩に入ったのは13時30分。休憩は一時間。
つまり――
(やられた!!)
悔しさに地団駄を踏んでいると、
「何? また森野くんにからかわれたの?」
POPを仕分けていた杉野チーフが、くすくす笑いながら声をかけてきた。
「杉野チーフ! 聞いてくださいよ~!」
唇を尖らせる私に、
「はいはい。よしよし、可哀想にね~」
と頭を撫でる杉野チーフ。
「もう! なんで私の教育係が森野なんですか!」
荒ぶる私に、
「こらこら、呼び捨てしないの。あれでも一応先輩なんだから」
とやんわり窘める。
「私、杉野チーフがいいです!」
ぶつぶつ文句を言っていると、木月さんが笑いながら言った。
「でもさ……正直、森野くんがあんなに面倒見るとは思わなかったよね」
「え? 面倒なんか見てくれてないですよ!」
私は両目を指でつり上げて――
「柊~、さっさと仕事しろ~! 柊~~!」
とモノマネを披露した。
二人は爆笑……だったのに、
急に――ぴたり、と笑顔が止まった。
(……え?)
嫌な予感しかしない。
ゆっくり振り返ると――
「へぇ~……俺ってそんな顔してるんだ?」
地の底から這い出たような声の森野さんが、
怒気をまとって立っていた。
「ひっ……!」
私が固まった瞬間、森野さんは低い声で続ける。
「遅刻しそうなの助けてやったのに……。いい度胸だな」
そして、がしっと私の腕を掴む。
「悪口言う元気があるんなら――力仕事でもしてもらおうか」
有無を言わせず引っ張り始める森野さん。
「い~~~やぁ~~~!!」
涙目の私を、杉野チーフと木月さんは
合掌しながらそっと見送っていた────。
CDから流れる歌声に、私はいったい何度救われたのだろう。
あの日の彼の声は、いつの間にか“私より歳下の彼”になっていた。
「ひ……らぎ……ひいら……ぎ……」
そう。
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微睡みの中で、
バシッ!
と何かに頭を叩かれた。
はっと目を覚ますと、
そこには“私の大嫌いな顔”が見下ろしていた。
「げっ……!」
思わず漏れた声を慌てて手で塞ぐ。
鋭い切れ長の目が、いつものように私を射抜いた。
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腕時計をぐいっと突きつけられる。
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時間も見ずに、私は透明バッグをひったくり走り出した。
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肩で息をしながら売り場へ戻る。
すると、バックヤードで商品にテープを貼っていた木月さんが苦笑した。
「え? 遅れてないよ?」
「……え?」
売り場の時計は14時25分。
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つまり――
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悔しさに地団駄を踏んでいると、
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「杉野チーフ! 聞いてくださいよ~!」
唇を尖らせる私に、
「はいはい。よしよし、可哀想にね~」
と頭を撫でる杉野チーフ。
「もう! なんで私の教育係が森野なんですか!」
荒ぶる私に、
「こらこら、呼び捨てしないの。あれでも一応先輩なんだから」
とやんわり窘める。
「私、杉野チーフがいいです!」
ぶつぶつ文句を言っていると、木月さんが笑いながら言った。
「でもさ……正直、森野くんがあんなに面倒見るとは思わなかったよね」
「え? 面倒なんか見てくれてないですよ!」
私は両目を指でつり上げて――
「柊~、さっさと仕事しろ~! 柊~~!」
とモノマネを披露した。
二人は爆笑……だったのに、
急に――ぴたり、と笑顔が止まった。
(……え?)
嫌な予感しかしない。
ゆっくり振り返ると――
「へぇ~……俺ってそんな顔してるんだ?」
地の底から這い出たような声の森野さんが、
怒気をまとって立っていた。
「ひっ……!」
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そして、がしっと私の腕を掴む。
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