野花のような君へ

古紫汐桜

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はじめの出生の秘密~ばあちゃんの思い出~

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私と爺さんには、秀一(ひでかず)という一人息子が居る。
秀一の口癖は「田舎は嫌いだ」でね、どんなに愛情を掛けても
「俺をこんな田舎に産みやがって!」
と文句ばかり言う子だった。
余程、田舎が嫌だったようで、全寮制の高校を受験して、「授業料が掛からなくしてやったんだから自由にさせろ」と特待生になってこの家を出て行ってしまった。
それきり盆暮れ正月にも帰省せず、私も爺さんも秀一の事は諦めてしまったんだよ。
大学にも、高校3年間バイトでお金を貯めて奨学金で入学。大学時代に友達と始めた会社が当たり、秀一は社長になったと年賀状で知らせて来た。
でも秀一の良い所は、我が家が貧しいのを知っていて、決してお金の無心はして来なかった。
秀一が27歳になると、何処かの会社の社長令嬢と結婚すると連絡が来て、それはそれは立派な結婚式を挙げた。
でも秀一は、私と爺さんに
「田舎者丸出しだから、絶対に他の人と喋るな!」
と命令して、新居にさえも呼んではくれなかった。
挙式と立派な披露宴にだけ呼ばれ、挙式を挙げたホテルに爺さんと私は泊まって翌日には帰宅した。
煌びやかな世界で嬉しそうにしている秀一を見て、私達の息子はもう居ないのだと悟った。
そんなある日、我が家の滅多に鳴らない電話が鳴り響く。
電話に出ると、女の人から
「秀一さんの子供がお腹に居るんです。彼、奥様と上手くいっていない。離婚すると言って、未だに離婚してくれないんです」
と、泣きながら電話して来た。
慌てて秀一に電話すると
「離婚する気など無い! 金を払うから堕ろすように言ってくれ」
そう冷たく言ってきた。
その後、その人がどうしたのかも分からずに3年の月日が流れた。
いつも通りに爺さんと畑仕事をしていると、児童施設の人だと言う人が現れて
「お孫さんが虐待を受けているようなので、こちらで保護しています。異論が無ければ、孤児院で預からせて頂きます」
と言って来たんだよ。
私と爺さんは慌てて山を降り、保護されているという子供に会いに行った。
「支倉一君です」
子供達が元気な遊び回る施設の隅で、小さな身体をもっと小さくして座っている子を紹介された。
「2歳半ですが、言葉が話せません。身体中には殴られた跡があり、我々が母親から引き離しました」
そう説明されて、涙が溢れて止まらなかった。
児童施設で小さな身体をもっと小さくして座るその子の姿は、秀一の幼い頃に瓜二つだった。
必死に涙を拭い、小さな一に歩み寄り
「こんにちは」
と優しく声を掛けた。
すると、ビクリと身体を震わせた後、ブルブルと震えて益々小さく身体を縮こませると、口を手で塞ぎ首を必死に横に振り続けた。
「おそらく、母親に喋るなとか泣くなとか言われたんでしょうね。近付くとこういう反応をするんですよ」
児童施設の人の声を聞いた瞬間、無意識にこの小さな身体を抱き締めていた。
「一君、じいちゃんとばあちゃんだよ。一緒に帰ろう」
背中をそっと撫でて言うと、小さな一の瞳が怯えて見つめ返す。
「うちは山と畑しか無いけど、一緒に暮らさないか?」
いつの間にか、爺さんも小さな一の頭を優しく撫でていた。
この日、爺さんと私は一を熊谷家の養子として迎え入れた。
両手を爺さんと私に引かれ、不安そうに児童施設を後にしたはじめ。
最初は情緒不安定で、夜中に突然泣き出したり、寝ぼけて怯えて家を飛び出そうとしたり。
その度、私と爺さんではじめを抱き締めて
「はじめは良い子だよ」
と言い続けた。
「大好き」も「可愛い」も全部、はじめに伝え続けた。
そして我が家に来て半年。
はじめが3歳になって、初めて可愛い声で
「ばあちゃん」
と声を発した。
爺さんも私も嬉しくて、はじめを抱き締めて泣いた。
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