勿忘草~尚也side~

古紫汐桜

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記憶が……消えて行く

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こんな些細な毎日さえも、俺の記憶から消えてしまうのだと考えると、気が狂いそうだった。
自分で若年性アルツハイマーについて調べて、
親より先に死ぬ親不孝をするのに、自分の介護なんてさせたくなかった。
昼間は何食わぬ顔をして学校に通っていながら、頭の中はいつ記憶が消えるのかという恐怖との闘いだった。
常に、何かあった時用に自宅の電話番号を手帳に控え、胸ポケットに入れて歩いた。
毎晩、眠るのが怖かった。
目を閉じて、目覚めたら全て記憶が無くなっていたら……。
自分じゃ無くなっていたら……。
直ぐに悪くなる事は無いのかもしれない。
今は進行を抑える薬が効いていて、最近では酷い物忘れは起こっていない。
でも、この病気はいつどこで記憶が無くなるのか、どの位の記憶が無くなるのかが分からない。
寝ても悪夢でうなされ、学校生活もいつ記憶が無くなるのか。どの位無くなるのかの恐怖との闘いだった。
この世に……神様はいないのだと、俺は自分の人生を恨んだ。
泣いて苦しんで悩んで……、俺はやっと自分の人生を受け入れた。
正直、受け止めきれているのか?と聞かれたら分からない。
ただ、毎日、学校から帰宅する度に俺にLOINを入れて、笑顔で俺と会話するみちるを泣かせたくなかった。
俺は色々と調べ、資料を取り寄せて両親に頭を下げた。
「みちるには何も言わず、俺をこの施設に入れて欲しい」
俺の言葉に
「何言ってるの!尚也の介護は、母さんがちゃんとするわよ」
と言われたけど、俺は首を横に振った。
「嫌なんだ。母さんに、俺の下の世話とかさせたくないんだ。最後の我儘を、どうか聞いて下さい」
そう言って両親に頭を下げた。
「尚也……最後なんて言わないで……」
泣き出した母親の前で、俺は初めて涙を流した。
もう、心が限界だった。
普通のフリをするのも、いつ全ての記憶を失って徘徊するようになるかと怯える日々に疲れていた。
俺はみちるが部活で居ない間に、みちるのご両親に謝罪に行った。
「みちると付き合ったことに後悔はありません。でも、お嬢さんを傷物にしたまま、責任が取れなってしまいました。すみません」
深々と頭を下げた俺に、みちるの母親が部屋を飛び出して行った。
みちるの父親は、悲しそうに顔を歪ませ
「尚也君と、酒を交わすのが夢だったんだよ……」
そうぽつりと言われただけで、誰も俺を責めなかった。
そして俺は頭を下げたまま
「どうか、みちるには俺の病気の事は言わないで下さい。俺は、黙ってみちるの前から姿を消します」
と告げた。
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