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悪夢の日

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 その日の夜、湯浴みをして廊下を歩いていると、お父様がアレクの部屋を覗いていた。
夕食は、マークが言った通りに豪華だった。アレクは温かい料理を食べるのは初めてだと、喜んで食事をしていたのだけれど……私達家族が仲良く会話しているのを、時折寂しそうに見ていたのを私は見逃さなかった。
夜中、寂しくて泣いたりしないか気になっていたので、お父様に近付いて中を覗き込んだ。
アレクは私に引きずり回されたせいで、湯浴み後に崩れるように寝落ちたのだと、アレクの部屋を後にしながらお父様が話してくれた。
「フレイア。今日はアレク様の相手をしてくれて、ありがとう。アレク様は、楽しかったと話していたよ」
そう話すと、お父様は優しく私の頭を撫でてくれた。
(良かった~!これで、今日の粉だらけ案件はお咎めなしよね)
と、ホッとした時だった。
「だがな……」
お父様の地の底を這うような声が聞こえて、私は血の気が引いていく。
「お……お父様?」
えへって可愛らしい笑顔を浮かべたものの
「アレク様が、お前のような風変わりな子でも仲良くして下さるような優しいお方だったから良かったものの……」
額に浮かぶ血管の数に、顔が引き攣る。
「どうやら私は、お前を甘やかし過ぎたようだ」
「そ……そんな事はございませんわ」
必死に作り笑顔を作ると、お父様は私を睨み下ろし
「お后教育の他に、礼儀作法の授業を増やした方が良いみたいだな!」
と呟かれた。
「そ……そんな。お父様、私は今のままで大丈夫ですわ」
アワアワしながら呟く私に、お父様は両肩に手を置いて
「フレイア。お前は、アティカス王子の婚約者だという自覚が無さ過ぎる!」
そう叫ぶと
「今後、ルイスの訪問を禁止した」
と続けた。
「え?」
真っ青になる私に
「レイモンドが、お前が兄のように慕っているだけだとは言っていたが……。だとしても、アティカス王子以外の男子に、抱き着いたり手作りのパンをプレゼントするなど言語道断!」
と叫んだのだ。
「では、レイモンド兄様やお父様にもダメなのですか?」
涙目になりながら訊ねる私に
「レイモンドは、お前の実の兄ではないか!男子に入らぬ!私とて、父親だからな。それは例外だ」
何を馬鹿な事を……と、溜め息を吐きながら言われたので
「では、幼馴染みのルイス様にプレゼントしたりしても問題ありませんわよね!」
と反論すると
「フレイア……。ルイスとは、血が繋がっていないであろう?変な噂が流れたら、困るのはお前だけでは済まないのだよ。ルイスにも悪いレッテルが貼られてしまう。それは、フレイアの本意では無いだろう?」
そう諭されて、私はパジャマの上着を握り締めた。
「分かったのなら、もうやたら『好き』だの言ったり、抱き着いたりしたらダメだぞ」
と締め括られ、頭を撫でられた。
悔しいけど、お父様の言う事は正論だ。
この世界で、前世の時のような振る舞いをした私が悪い。
私はお父様の言葉に頷き、自室へと戻った。
もう、魔法学園に入学する迄、私はルイス様には会えない。
失墜した好感度を上げる事も、ルイス様の成長を見ることも許されなくなった。
失意のあまり、部屋で声を殺して泣いていると、控え目なノック音が聞こえた。
涙を拭い
「はい」
と答えると、ゆっくりとドアが開いてレイモンド兄様が入って来た。
「やはり泣いていたか……」
困った顔をして、レイモンド兄様はゆっくりと歩いて近付くと、ベッドのヘリに腰を掛けて私の頭を撫でた。
「レイモンド兄様……」
兄様に抱き着く私の頭を撫でながら
「フレイア……。実は、今後ルイスの家で一緒に勉強する事になったのは、ルイスからの提案なんだ」
ポツリと言われ、そんなに嫌われていたのだと涙が込み上げる。
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