宵の月

古紫汐桜

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引き裂かれた幸せと新しい命

「家まで送るよ」
僕達は愛を確かめ合って、いつの間にか夕方になっていた。
どうであれ、きちんと話をしないといけないと思い、僕は後ろ髪を引かれる思いでシャワーを浴びて身支度を整えた。
そんな僕に、恭弥は車のキーを取り出してそう言うと、ドアの前でそっと抱き寄せられてキスを交わした。
「もう…帰れなくなるじゃないか!」
頬を膨らませた僕に、恭弥が幸せそうに微笑んだその時だった。
ドアがけたたましい音で叩かれた。
チャイムが鳴らされ、僕と恭弥が顔を見合わせる。
「月夜は離れてて」
そう言って、恭弥がドアを開けた瞬間だった。
「やっぱり……お兄様はあの男を選ぶのね?」
そこに立っていたのは、鬼の形相をした敦子様だった。
「母さん!いつ病院から?」
驚く恭弥に
「私をあんな場所に閉じ込めて、兄さんはあの男と幸せになるのね!」
怒鳴る敦子様を慌てて部屋に入れると、僕を後ろ手で部屋から押し出し
「月夜、お前は逃げろ!」
そう叫んだ。
「え?」
驚いて戻ろうとすると、オートロックでドアが施錠されてしまう。
僕は慌ててホテルのフロントに連絡を入れ、警察を呼んでもらうように頼んだ。
敦子様の様子が尋常じゃなかった。
ドアを叩き、必死に中の恭弥を呼ぶ。
バタバタとホテルの人が現れ、鍵を開けた僕の目に飛び込んできたのは、敦子様に馬乗りにされて滅多刺しにされている恭弥の姿だった。
「許さない!お兄様も、相楽の家も……全部私のもの……。鵜森の家になんて、渡さない!」
恭弥の返り血で真っ赤に染まる敦子様を、ホテルの従業員が数人がかりで止めに入った。
敦子様が取り押さえられ、僕は走って恭弥に近付いた。
「恭弥…お願い、目を開けて!」
震える手で触れると、恭弥は小さく微笑んだ。
何かを言おうと口を開きかけて、恭弥はゆっくりと目を閉じた。
僕の手には、恭弥の生暖かい血がついていた。
「お前が…お前ら鵜森の人間が、相楽の男をおかしくしたんだ!」
敦子様は取り押さえられながら叫ぶ。
「葉月を殺したのに、今度はお前か!那月!」
敦子様は混乱しているみたいだった。
僕を那月おじさんだと思っているみたいで
「お前等鵜森の人間に奪われるくらいなら、私がこの手で殺してやる!」
そう叫んでいる間に、警察が来て敦子様は連行されて行った。
恭弥はそのまま救急車で運ばれ、僕は恋人という事で一緒に救急車に同乗した。
恭弥の意識はほとんどなく、呼吸も虫の音だった。
僕は必死に手を取って、声を掛け続けた。
後はどうなったのか……覚えていない。
気が付いたら、僕の手を握り締める人が居た。
顔を上げると、那月おじさんだった。
「辛かったな……」
そう言われて、僕は那月おじさんの腕に縋り付いて泣いた。
恭弥は緊急手術を受けていた。
どのくら時間が経ったのだろう。
手術室の明かりが消え、医師が中から出て来た。
「一命は取り止めました…。しかし…」
そう言うと
「かなり身体の損傷が酷いです。まだ、余談は許されない状態です」
と言われ、僕はその場に崩れ落ちた。
命が助かっただけでも良かった…。
それから恭弥は集中治療室へと移された。
僕は一度、太陽と石井先生に話をしに自宅へ戻った。
太陽は酷く傷付いた顔をしていたけど
「月夜が決めた事だから…」
と、納得してくれているフリをしてくれた。
自分の不甲斐なさで太陽を傷付けてしまった事に申し訳無くて、この家を出る準備をしていると
「出て行く必要は無いよ。お前、その身体でどうやって生活するんだよ」
と那月おじさんに引き止められた。
そう。まだ分からないけど…僕は感じているんだ。
このお腹には、恭弥の子供が宿っているって。
そっとお腹に触れると、石井先生がぎょっとした顔をして
「え!だって、まだ分からないだろう?」
と叫ぶと、僕と那月おじさんは顔を見合わせて
「分かるよ…」
って答えた。
オメガだから、子供が出来ると身体の作りが変わって行く。
子供を育む準備が、僕の身体の中でゆっくりと…でも確実に始まっているのが分かる。
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