あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜

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前世の記憶

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そんな時、ふと、ある人物を思い出した。
──前世で、唯一、私を“女の子”として扱ってくれた人。

 前世での会社で、私は経理部に所属していた。
コピー用紙の箱が届くと、経理部の男性陣──六十歳直前の課長と、五十代の主任は、
雑務は女の仕事だと言わんばかりに、見て見ぬふりをする。

 他にも女性はいたけれど、人に頼むより自分でやった方が早く、
結局、重い荷物を運ぶ役目は、いつも私だった。

 その日も、重たいコピー用紙の束が入った箱を持ち上げようとした、その瞬間。

「渡良瀬さん、待って! 俺が持つから」

 営業部のホープ──松永君が、走ってきたのだ。

「え? 悪いよ。松永君、営業部なのに」
「気にしないで。経理あっての営業でしょう?」

 そう言って、爽やかな笑顔を向けながら、コピー用紙を軽々と運んでいく。

(イケメンの爽やかスマイル……眩しすぎ……)



 この時、私はようやく気付いた。
今の自分が“女”として扱われることに、どうしてこんなにも戸惑っているのかを。

 前世の私は、男メンバーにいじられるキャラで、
力仕事はいつも、私の担当だった。

 荷物を運んでいると、

「お! 渡良瀬、男前! これもよろしく!」

 そう言って、荷物の上にさらに荷物を乗せられる。

 そんな扱いに寂しさを感じながらも、
今さらイメージを覆すことは出来ないと、諦めていた時だった。

 ふいに、荷物がふわりと軽くなった。

 驚いて見上げると、そこには松永君がいた。

「渡良瀬さん、また無茶して……」

 苦笑いしながら荷物を持ち上げた彼は、こう言った。

「渡良瀬さんは“女の子”なんだから、無理しちゃダメですよ」

 ──その一言が、胸の奥を強く揺らした。
泣きそうになるのを、必死で堪えた。

「もう、松永君ったら男前!」

 そう言って背中を叩き、笑って誤魔化すしかなかった。

 そんなことが何度も重なり、
私は、優しい松永君に惹かれてしまいそうで、怖くなった。

 五つも年下の彼の優しさに、
「勘違いしちゃダメだ」と自分に言い聞かせ、距離を置いた。

 彼を狙う“綺麗で若い子たち”と、自分が並べるはずもないと思ったから。

──そんな時、上司の紹介で、隆二と出会った。

 彼は荷物を持たせることもなく、穏やかで優しい人だった。
二人で歩く時は、いつも私を庇うように車道側を歩いてくれた。

 不器用で、天邪鬼な私に、

「菜穂は、菜穂らしくあればいい」

 そう言って、優しく手を差し伸べてくれた。

 だから、結婚を決めた。

 あの日がなければ──
私は、幸せだったのかな。

 誤解したまま隆二を残して死んだ私が、
別の人と幸せになることが、
……どこか、罪のように感じられてしまっていた。
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