あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜

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最後のファーストダンスと、闇からの手

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「ソフィア?」

 過去の記憶に意識が沈んでいた私に、ユリエル様がそっと声をかけた。
 その手が頬に触れた瞬間、じんわりと温かさが広がる。

「大丈夫か?」

「はい……。こんな豪華なパーティー、初めてなので……少し緊張してしまって」

 小さく笑ってみせると、ユリエル様はさらに優しく囁いた。

「それなら、俺だけを見ていればいい」

 甘い声色に──続けざま、頬へ軽いキスを落とされる。

「ちょ、ちょっと! 人前ですってば!」

 慌てる私を見て、ユリエル様は肩を震わせて笑っていた。

「でも、緊張は解けただろう?」

 返す言葉に詰まった、その瞬間。
 弦の音が高らかに響き渡った。

 ユリエル様は私に向かって優雅に一礼すると、

「ソフィア嬢。あなたとファーストダンスを踊る栄誉を、どうか私に」

「……光栄ですわ、ユリエル様」

 差し出された手に触れた瞬間、音楽に合わせて身体が自然と動き出す。

 会場から、小さな感嘆の声が漏れた。

 軽やかに舞うようなユリエル様のステップ。
 その姿に、次こそは自分を誘ってほしいと、令嬢たちが息を呑んでいるのが分かる。

「ユリエル様って、本当に何でもお出来になるのですね」

 私の言葉に、彼は静かに首を振った。

「そんなことはない。できないことも……たくさんある」

 その言葉に、ふと“呪い”の話を思い出してしまい、

「あ……そうですよね」

 そう呟くと、ユリエル様がふっと目を細めた。

「その呪いなら、もう解けたぞ」

「……え?」

「お姫様のキスで、王子様の呪いは解けましたとさ──めでたし、めでたし」

 突然の言葉に、思わず吹き出してしまった。

「何ですか、それ……!」

 笑う私を引き寄せながら、ユリエル様はさらに低く囁く。

「なんだったら……今夜、確かめてみるか?」

 心臓が跳ねる音が、自分でも聞こえそうだった。

「も、もう! すぐからかうんだから!」

 頬を膨らませた、その瞬間──
 音楽が、ふっと止まった。

 待ち構えていた令嬢たちが、一斉にユリエル様へ詰め寄る。

「ユリエル様! 次はぜひ私と――」

 しかしユリエル様は、私の腰を抱いたまま、冷ややかに言い放った。

「は? 興味のない相手と踊る理由が、どこにある?」

 空気が一瞬で凍りつき、令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように散っていく。

 私は苦笑しながら飲み物を受け取り、
 ユリエル様に連れられてバルコニーへと出た。

 冷たい風と澄んだ空気が肺にしみ、少しほっとする。

「お代わりを取ってくる」

 軽く微笑んで背を向けたユリエル様が、数歩進んだ――その時。

「……っ!」

 背後から伸びた手が、私の口を塞いだ。

 息を吸う間もなく、腕が私の身体をがっしりと抱え上げる。

「ソフィア!」

 ユリエル様の叫びが響く。

「保護魔法か。……効かないよ」

 耳元で笑う声。
 見開いた視界の先にいたのは――クリフォード殿下だった。

「知っていたはずだろう? 王家には、どんな魔法も無効にできる秘技がある」

 殿下は、愉悦に満ちた瞳で笑っている。

 ユリエル様が青ざめて呟いた。

「その術は……王にしか使えないはずだ……」

 殿下の笑みがさらに深まり、狂気を帯びた声が夜気を裂いた。

「あぁ、そうさ。僕が王になったんだよ」

「…………何を言っている」

「うるさい国王も、邪魔な王妃も、弟たちも──まとめて殺した。
 だから今の王は……僕だ!」

 その笑い声が、夜会の喧騒を飲み込んだ。
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