水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

文字の大きさ
39 / 119
第四章

別離

しおりを挟む
 翡翠の想いなど知らぬげに、月日はただ静かに、けれど無情に流れていった。

 十五の歳に近づくにつれ、周りからの翡翠への不満が強くなって行く。
「友頼殿、そなたから翡翠様になんとかしてはもらえぬか!」
「村の未来を繋ぐお方が、いつまでも定まらぬなど……」
「翡翠様は、我らを見殺しになさるおつもりか!」
村人の不満を聞くのは、いつも友頼だった。
のらりくらりと交わす友頼。
その日も、いつも通りに村人の不満を聞き流し、元服してから豪鬼の屋敷に戻った友頼を待っていたのは、養父の豪鬼だった。

「友頼、お前に大切な話がある」
「大切な話?」

人払いされた部屋で、養父と向き合う友頼。
「実はな、お前の出生のことだ」
「私の?」
向かい合う養父の顔から、軽い話ではないと覚悟を決めると
「お前の父は、この近隣一帯を治める藤原頼敦という人物だ」
意を決した豪鬼にそう言われた。
「え?」
「お前の母は、力ずくで都の男に嫁がされ……お前を身ごもったのだ」
豪鬼の言葉に、友頼は言葉を失う。
詳しくは知らないが、藤原頼敦という人物の悪評は、この鬼ヶ村にも届いていた。
元々、鬼一族を惨殺し、虐げたのもこの一族だった。

「私は……この一族の仇の子孫ということですか?」

振り絞るように吐き出した友頼の言葉に、豪鬼はしばし言葉を飲み込んだ後
「……だからな、お前と翡翠を夫婦にはしてやれないのだ」
と、まるで己を責めるように呟いた。

 年齢より幼く、まだ恋愛という感情を知らない翡翠。
十五の歳が近付いても尚、翡翠の性別は定まっていなかった。
結ばれないなら、男性として決まってくれれば良いと……友頼は思っていた。
幼き頃から苦楽を共にしてきた翡翠に、いつしか恋慕の情を抱いていた。
でも、性別が定まらない己に苦しんでいる翡翠に、自分の気持ちを告げれば悩みを増やしてしまうと……友頼は自分の気持ちを隠していた。

「……それでだ。お前に二つの選択肢を与えようと思う」
「選択肢?」
友頼の言葉に、豪鬼は硬い表情で頷くと
「この村にいるなら、翡翠以外の女性と結婚する。それが無理なら、生家に戻りこの地に二度と足を踏み入れないことだ」
そう続けた。
それは、どちらを選択しても、翡翠との別れを意味する。

翡翠とは──傍にいられても永遠に結ばれない別れを選ぶのか。
永遠に会えなくなる別れを選ぶのか。

友頼は、足に乗せていた両手を握り締めた。

翡翠あれの性別が定まらないのは、お前の存在が原因なのだ。分かってくれ」

物心ついた頃から、自分を我が子のように愛し慈しんでくれた豪鬼が、頭を深々と下げて呟いた言葉の重みに友頼は言葉を失った。

 この村にとって、翡翠がどれほど大切な存在なのかは友頼にも分かっている。
翡翠の存在が、鬼一族のたった一つの小さな光なのだ。
翡翠の婚約者候補たちは、皆、女性。
その意味を、翡翠も友頼もよく分かっていた。

「……私が、この村を出ます」
友頼の声は、震えていた。
豪鬼は頭を下げたまま動かない。
「……すまない、友頼」
その声は、悲鳴にも似ていた。
長く、重く、静かな沈黙だけが二人の間を満たしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完】ベッドの隣は、昨日と違う人

月村 未来(つきむら みらい)
恋愛
朝目覚めたら、 隣に恋人じゃない男がいる── そして、甘く囁いてきた夜とは、違う男になる。 こんな朝、何回目なんだろう。 瞬間でも優しくされると、 「大切にされてる」と勘違いしてしまう。 都合のいい関係だとわかっていても、 期待されると断れない。 これは、流されてしまう自分と、 ちゃんと立ち止まろうとする自分のあいだで揺れる、ひとりの女の子、みいな(25)の恋の話。 📖全年齢版恋愛小説です。 しおり、いいね、お気に入り登録もよろしくお願いします。 📖2026.2.25完結 本作の0章にあたるエピソードをNOTEにて公開しています。 気になった方はぜひそちらもどうぞ!

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

処理中です...