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お人好し職人のぶらり異世界旅
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1巻

1-3

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 門番に一礼して、良一は異世界に来て初の村に足を踏み入れた。
 そこそこ大きな村のようで、人口は五百人ほど。周囲の森での木材業が主産業らしい。
 建物も木造家屋かおくが中心で、どことなくヨーロッパの山岳地帯の田舎村といった雰囲気だ。

「ここが、門番さんの言っていた森の泉亭か、そこそこ大きいな」

 門番に紹介された宿屋は、木造二階建ての大きな建物だった。とびらには〝ようこそ森の泉亭へ〟と書かれた看板が掛けられていて、中に入ると受付カウンターに男性が立っていた。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「はい、一人なんですけど、部屋はいていますか?」
「ええ、二階に一室ございますよ」
「じゃあ、とりあえず三泊で」
「かしこまりました。料金は前払いで、一泊銀貨七枚です。食事は別料金で、一食銀貨一枚ですが、いかがなさいますか?」
「それなら、朝と晩のご飯をつけてください。すると……全部で銀貨二十七枚ですね」

 良一がポケットに手を入れると、受付の男はそれを手で軽く制して頭を下げた。

「申し訳ございませんが、本日のお食事はもう受付が終了いたしまして……明日の朝からご用意できます。ですので、銀貨二十六枚か、金貨をお持ちなら金貨二枚と銀貨六枚頂戴ちょうだいできますでしょうか?」
「そうなんですか」

 アイテムボックスから金貨二枚と銀貨六枚を渡した。

「確かに。では、こちらにご記帳願えますか。お部屋は二階の角部屋、二〇六号室です」
「すみません、文字が書けないので、代筆してもらえますか? 石川と申します」
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」

 良一は部屋の鍵を受け取ると、階段を上がって指定された部屋に入った。

「そこそこ広いな」

 部屋の中は、十じょう程の大きさで、ベッドと椅子いすと机とクローゼットがあった。家具は全て木製で、どれも手作りの一品物のようだ。かざり気はないが作りはしっかりしている。

「それにしても部屋が暗いな。明かりは……このランプに火をつけるのか?」

 机の上に、松ヤニを固めた固形燃料のような物があるが、すぐに燃えつきそうだった。

「電気があるわけじゃないし、暗くなったら一般の人は寝てしまうんだろうな」

 良一はまだ食事をしたり神白の手紙を読んだりしたかったので、アイテムボックスから電池式のランプを取り出した。

「やっぱり電気の力は偉大いだいだね」

 部屋は手紙を読むには申し分ないくらいに明るくなり、良一は手紙と一緒にペットボトルの水と携帯食料の箱を取り出して、ささやかな夕食にした。

「さてと、何が書いてあるかな」

 ――石川良一様
 初めての異世界の暮らしは、日本とは勝手が違って戸惑うことも多いでしょう。
 この手紙で、ゴッドギフトや支給されたアビリティについて今一度詳しくご説明したいと思います。
 まずはゴッドギフトの水筒と弁当箱ですが、こちらは中身を入れて〝登録〟と念じれば今入っている中身を登録することができます。からになっても何か登録してある状態で蓋を閉じると、中身は元通りに戻ります。他のものに変えたい場合は〝解除〟と念じれば、中身を入れ替えられます。なお、登録できるのは〝調理した飲食物〟のみです。
 続きまして、石川様が希望されたゴッドギフトについてご説明いたします。
 持ち物を異世界に持っていくことが可能な倉庫――異次元倉庫――は、アイテムボックスと同期させておきましたので、必要な物は全てアイテムボックス経由で取り出せます。
 最新情報に常に更新される地図は〝万能地図〟と命名しました。こちらは随時更新されております。地図を開き、指先に魔力を込めて〝拡大縮小〟と念じれば倍率が変わります。拡大を続けると町や村の詳細図まで分かりますし、そこがどんな建物か、何を扱う店なのかも記載されます。
 中に入れた物が増える箱は〝増殖箱〟と命名しました。こちらもアイテムボックスに同期させてあります。箱そのものを取り出すことは可能ですが、窃盗せっとうや破損にはご注意ください。〝増殖〟と念じればアイテムボックス内の貨幣を自動で消費して増殖します。ただし、費用が足りない場合は増殖されません。日本の物は石川様が旅立った時点での値段、スターリアの物は現在の平均的な価格で増殖できます。
 次はアビリティについてご説明します。
《神級鑑定》は、鑑定アビリティの最上級です。人物や動植物、商品、モンスターなど全てのものを鑑定し、情報を表示することができます。
《全言語取得》によって、石川様はスターリアで使われている言語を全て話し、文字を読むことが可能になります。ただし、石川様が書く文字には適用されませんので、お手数ですがご自分で修得してください。
《取得経験値・成長率十倍》は、生物を討伐とうばつした際に手に入る経験値を十倍にし、さらにレベルアップ時のステータスの上昇値を十倍にするものです。
《アイテムボックス》は、その名の通り様々な物品を異次元に収納する能力です。石川様に支給されたアイテムボックスは容量が大きく、中に入れた物の時間が停止しますので、保存には最適ですが、成長を促す用途には不向きです。なお、生物はアイテムボックスに収納できません。
 これらのアビリティはスターリアの人々も保有するものです。特に鑑定やアイテムボックスなどは、初級や容量の小さいものであれば取得する人も少なくないので、安心してお使いください。
 念のため、石川様が望まれたアビリティについても記載させていただきます。
《神級再生体》は、体に魔力を込めてアビリティを意識すれば発動します。命がある限り、どのような怪我や病気でも健康な状態にすることができますが、不死身ではないので、一瞬で命を奪われた際には対応できません。
《神級分身術》の発動方法も同じです。分身体は石川様の本体を主人とし、命令に絶対服従する分身体が出現します。作製可能な分身の最大数はレベルの三倍の値です。分身体は生命力がゼロになるか石川様が〝解除〟と念じれば消えます。最大数以上の分身体を召喚することもできますが、その場合はペナルティとして能力値が劣るものになります。
《神級適応術》は、体に魔力を込めれば、極寒の地や溶岩地帯、高所や過重力の場所であっても平地と同じように活動できる能力です。また毒や麻痺まひなど、体に異常をきたす状況でも、アビリティを発動した状態で一定時間過ごせば無効化できます。
 最後に、スターリアの一般常識を簡単にご説明します。
 スターリアでは人間種の他に、獣人、エルフ、ドワーフ、フェアリー、巨人に小人など、多様な知能のある種族が単種族、あるいは複数で交ざり合って国を築いています。種族間の争いはまれにありますが、現在は大きな戦争は発生しておりません。
 服装については石川様が日本で普段着ていたもので問題ありません。多少珍しいと思われる程度で、不審がられることはないでしょう。
 医療面では治癒ちゆ魔法が存在しますので、科学的な技術は発達しておりませんが、中には日本の治療技術よりも高度なものもあります。
 おおよその貨幣価値は日本円に換算すると次の通りです。


 大白金貨=百万円
 白金貨=十万円
 金貨=一万円
 銀貨=千円
 大銅貨=五百円
 銅貨=百円
 青銅貨=十円
 すず貨=一円


 なお、貨幣はスターリアの貨幣の神ビエスが管轄しており、偽造は神罰の対象となります。国がビエスの神殿に各硬貨に対応する金属を奉納ほうのうすれば、貨幣として下賜かしされるという仕組みです。
 なお、石川様の日本の資産はこちらの貨幣に換算してアイテムボックスに入れておきました。合計金額で一千万円ほどになりましたので、明細をえておきます。
 一週間は地球と同じく七日。ただし一ヵ月は四週間の二十八日で固定です。それが十三ヵ月あり、一年は三百六十四日。四年に一度閏年うるうどしで三百六十五日になります。
 一日は二十四時間ですので、石川さんの腕時計の時間はこちらに合わせて調節しておきました。
 簡単でしたが、説明は以上です。石川様の未来に幸多からんことを祈ります。


 長い手紙を読み終えて腕時計を確認すると、かなり時間が経っていた。

「明日は木工ギルドに行ってみたいし、寝るかな」

 良一はアイテムボックスから取り出したパジャマに着替えて横になったものの、ベッドが予想以上に硬かったので、持参した布団ふとんいて寝ることにした。


 ◆◆◆


 朝、鳥のさえずりで目を覚ました良一の視界に飛び込んできたのは、宿屋の天井てんじょうだった。

「もう朝か……昨日は風呂ふろに入らなかったし、顔でも洗ってこよう」

 良一が普段着に着替えて部屋を出ると、廊下ろうかを掃除している中学生ほどの年頃の女の子と目が合った。

「あっ、おはようございます。昨晩いらっしゃった方ですよね。この森の泉亭のお手伝いをしているマリッサって言います。マリーって呼んでください」

 掃除の手を止めた少女は、ペコリと頭を下げて明るい声で挨拶をした。

「おはようございます。石川良一です」
「イシカワ……さんがお名前ですか?」
「いや、名前は良一です」

 マリーは聞き慣れない名前に一瞬首をかしげたが、すぐに呑み込んで、何度も頷いた。

「じゃあ、良一さんって呼びますね。朝ご飯ですか?」
「朝ご飯の前に、顔を洗いたいんだけど」
「それなら、中庭に湧き水が流れている場所がありますから、それをお使いください。朝食は階段を下りて左の食堂にご用意してあります」
「ありがとう、行ってみるよ」

 良一が階段を下りると、受付カウンターには昨日の男性が立っていた。

「おはようございます。疲れは取れましたか」
「はい、ぐっすりと眠ることができました」
「それは良かったです。朝食はそちらの通路の先にある食堂でどうぞ」
「その前に中庭で顔を洗おうと思いまして」
「でしたら、そこの扉を開けていただくと中庭に出られますよ」
「ありがとうございます」

 受付の男性が指差した扉をくぐると、植木や花壇かだんが綺麗に整えられた、緑溢れる中庭があった。その隅に設置された石細工いしざいくの置物から水が出ている。

「お~、冷たい」

 良一は顔を洗うついでに頭も濡らして水で軽く洗った。タオルでさっと頭を拭くが、短髪なのであとは自然乾燥に任せ、食堂に足を向けた。

「ようこそ、朝ご飯かい?」

 食堂と書かれた部屋に入ると、中年の女性が良一を迎えた。他には誰もいない。

「はい、そうです」
「部屋番号を教えてもらえるかい」
「二〇六号室です」
「ああ、旦那だんなが言っていた旅人さんだね。好きな席に座っておくれよ」

 良一が壁沿いの席に座ると、すぐに女性が大きな木の皿を持ってきた。

「はい、どうぞ」

 皿の上には野菜のサラダと焼いた何かの肉が載っていた。

「ありがとうございます」

 サラダはみずみずしく新鮮だったが、ほぼ野菜そのものの味だけで、肉の塩気で食べる付け合わせといった位置づけのようだった。肉は豚肉に近い味だが少し硬く、筋張すじばっている。
 決して不味まずいわけではなく、充分に食べられる料理だが、良一はせっかくだからと、アイテムボックスからスーパーで買っておいたドレッシングを取り出した。
 それを横で見ていた従業員の女性が、興味深そうに話しかける。

「おや、アイテムボックスのアビリティを持っているのかい、うらやましいね。はなんだい?」
「これはドレッシングです。サラダにかけて味をつけるものです」
「へー、美味おいしいのかい?」
「よかったら、食べてみますか?」
「いいのかい、悪いねえ」

 女性は厨房ちゅうぼうに入って、木の皿にサラダを少しよそって戻ってきた。
 良一が蓋を開けたドレッシングの容器を渡すと、女性はそれを自分のサラダにかけて一口食べた。

「あら、美味しいね! 少しあぶらっ気もあって……こんなに美味しいサラダは初めてだよ」

 女性がパクパクとサラダを食べていると、マリーが食堂に入ってきた。

「お母さん、廊下の掃除が終わったよ。お腹がいたからご飯をちょうだい――って、ちょっとお母さん! なんで良一さんと一緒にご飯を食べているの!?」

 マリーはサラダを頬張る良一達を見て目を丸くする。

「へぇ、良一さんっていうのかい。いやね、ドレッシングっていうものを分けてくれたから味見させてもらっているのよ」

 どうやらこの女性はマリーの母親だったらしい。彼女は立ち上がって再び厨房に行き、サラダを持ってきてマリーに渡した。

「マリーちゃんもドレッシングを使う?」

 どことなく物欲しそうに母親の皿を見ているマリーに気づき、良一はドレッシングのボトルを手渡した。

「え、いいんですか?」

 マリーは早速ドレッシングをサラダにかけ、一口食べるなり美味しいと驚いて、一気に平らげてしまった。

「このドレッシング(?)って、どこで売ってるの?」

 良一が朝食を終えてのんびりしていると、少しだけ親しげにマリーが尋ねてきた。

「いや、多分どこにも売ってないと思うよ。美味しかった?」
「うん、凄く美味しかったです!」
「なら、これを一本あげるよ」

 良一はアイテムボックスでドレッシングを増殖させてから一本渡した。

「保管する時は、すずしいところに置いて、一度開封したらなるべく早く使い切ってね」
「本当に!? ありがとう!」

 マリーの笑顔で充分に元は取れたと満足し、良一は席を立つ。

「さてと、木工ギルドに行ってこようかな」
「良一さんは木材を買いに来た行商人さんなんですか?」
「いや、身分証がなくてね。ひとまず木工ギルドに登録をしておこうかなって」
「そうなんだ……でも、木工ギルドの試験は力も技術も必要だから、難しいよ。木こりの師匠の下で修業を積んでないとギルド員に認められないかも」

 忠告ついでにマリーに木工ギルドの場所を聞いた良一は、案外骨が折れそうだと思いながらギルドの建物を目指した。
 と言っても、宿屋と同じ通りにあるので、迷う要素は一つもない。

「……ここか。三階建てはここだけだな」

 木造三階建ての建物の横には大きな倉庫があり、たくさんの人が出入りしている。
 良一が扉を開けて中に入ると、木の良い香りがただよってきた。

「いらっしゃいませ、ご用件はこちらで伺います」

 三つある受付のうち空いていた一つの窓口で係の娘が声をかけてきたので、良一は呼ばれた窓口で用件を伝えた。

「木工ギルドのギルド員になりたいんですけど」
「所属手続きですか。どなたか師匠からの推薦すいせん状はございますか?」
「いいえ、持っていないです」
「そうですか。では他のギルドのギルドカードを提出願います」
「すみません、他のギルドカードもないんです」
「そ、そうですか。ではこちらの書類にサインして少々お待ちください」

 女性が後ろの男性職員に話しかけている間、良一は渡された紙に記名する。何気なにげなく見回すと、木材の売買の手続きが行われていた。

「お待たせいたしました。ギルドに登録するには試験に合格する必要があります。また、試験費用として金貨一枚頂戴していますが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」

 良一は頷くと、書類の上に金貨を一枚置いた。しかし、受付の女性は受け取った紙を見て一瞬顔をしかめる。

「あの……こちらの文字はどこの国の文字でしょうか? なんと読めばよろしいですか?」
「イシカワリョウイチと読みます」

 女性は書類の欄外にさっと読み仮名を書き込むと、木札を差し出した。

「これは試験を受けるための受験札です、なくさないようにお持ちください。試験は今から行いますが、大丈夫ですか?」
「はい、どこに行けばいいですか?」
「この建物の横にある倉庫に行って、その受験札を職員にお見せください」

 良一は女性に礼を言ってから隣の倉庫に向かった。
 倉庫では筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男性がたくさん働いており、威勢いせいの良い声が絶えず響いている。
 良一は入口付近でたたずんでいた一人の男性に木札を見せた。

「あの、すみません、試験を受けたいんですけど」
「ん? ああ、奥に髪のないじいさまがいるから、その人に聞いてくれ」

 男が指差したのに反応して、老人は茶をすするのをやめて立ち上がった。

「君が紹介状なしで来た子だね、話は聞いておる。じゃあ、試験を始めるかいの。……ついておいで」

 老人に連れられて倉庫の奥の扉から外に出ると、そこには丸太や角材など、大きな木材がゴロゴロ転がっていた。どうやらここが試験会場らしい。

「その木片をこのおので割ってみてくれるかの」

 老人はそう言って大きな斧を軽々と持ち上げて良一に手渡した。
 しかし斧は予想外に重く、良一は足を踏ん張ってなんとか取り落とさないように持ちこたえる。

「お、重い……! なんですかこの斧は?」

 良一は歯を食いしばりながら問うが、老人は目を見開いたまま何も答えない。
 返事は期待できなそうだと観念した良一は、正面に構えた斧の重さに逆らわず、ただまっすぐ刃を立てることだけに専念して振り下ろした。
 スコン! という軽快な音が響き、木片は真っ二つに割れた。
 老人は良一の方を見て満足げに頷く。

「ほほう、上出来上出来。第一の試験は合格じゃな。次は第二の試験を行おうかの」

 老人はそう言うと、今度は懐からノミと木槌きづちを取り出して良一に渡した。

「道具を使っていいから、丸太にこれと同じように加工してみてくれんか」

 そう言って、老人は足元の太い丸太を指差した。
 丸太の側面には長方形の穴がくり抜いてある。

「時間に制限はありますか?」
「まあ、今日中じゃのう」

 老人はチラリと太陽の位置を確かめてそう答えた。

「道具は自前の物を使っても大丈夫ですか?」
「なんじゃ、持っておるのか? なら構わんよ、今回の試験では道具は問わないからの」

 そう言って老人は笑う。
 そういうことならと、良一はアイテムボックスから電気工事に使っていた電動ドリルを取り出した。バッテリーは満タンまで充電してあるので、パワーは充分だ。

「ほう、お前さん、アイテムボックス持ちだったのかい。それに、なんじゃその道具は」

 老人は見慣れない機械をしげしげと覗き込む。

「これは木材や金属に穴を空けるためのものです」

 良一はビットセットから、太い径数の木工用のドリルの先端を選んで、穴空けを開始した。
 丸太を横倒しにしてその上にまたがってしっかり固定し、ドリルの刃を押し当てる。木工作業に慣れているわけではないので、回転数を抑えてゆっくりやっていこうと考えた。
 ドリルはギュイーンと鈍い音を立てながら、たちまち丸太に穴を空ける。


「まさか〝魔道具〟でやるとはのう……初めてじゃわい」

 あまりの速さに驚き、他の職員も聞き慣れない音を不思議に思って集まってきた。
 良一の周りにはいつの間にか、見物人の人集ひとだかりができていた。


 一時間を少し過ぎた頃には丸太の側面に大きな穴ができていた。あとはノミを使って形を整えるだけだ。良一が道具を持ち替えたところで、老人が止めた。

「もう充分じゃよ、大きな穴をこんな短時間で空けたんじゃ、文句のつけようがない。試験は合格じゃ」

 老人がそう告げると、周りの見物人から拍手が湧き起こった。
 良一はペコペコと頭を下げながら、老人に先導されて木工ギルドの中に入った。

「カローナちゃん、試験は合格じゃ。ギルドカードの発行手続きをしておくれ」
「は、はい、分かりました。すぐ準備をします」

 先ほど良一の対応をした受付の女性が、慌てて立ち上がって奥へと引っ込んだ。

「さてお若いの、名前を教えてもらえるかな」
「石川良一です」
「ほう、音の感じからすると……東の方の人かのう。遠いところからご苦労じゃ」

 そう言って、老人は〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれた扉を開けた。

「ほれ、早くおいで」

 老人にかされて、良一は小走りで扉の奥へと向かう。
 老人はそのまま廊下を抜けると〝ギルドマスター〟と書かれた部屋に入った。

「さて、ギルドカードが届くまで少し説明をしよう。遠慮せずに掛けてくれ。そういえば、自己紹介がまだだったか。ワシはイーアス村の木工ギルドのギルドマスターをしているコッキスじゃ」

 この老人がギルドマスターらしい。
 良一がテーブルを挟んで対面のソファーに腰を下ろすと、コッキスはしみじみと口を開いた。

「しかし、まさか魔力を使わずに試験に合格するとはのう」
「珍しいことなんですか?」
「ああ。最初の試験は、あの重い斧を振るえるだけの力があるかという試験じゃったんじゃが、通常なら肉体強化の魔法を使ってクリアするもんなのじゃがのう。石川君はフラフラしてたが、己の力だけで斧を振ってまきを割ったから驚いたぞ。それに、第二の試験は道具に魔力を込めて木をくり抜けるかどうかの試験でな。通常じゃったら魔力を効率よく使えるかを測るんじゃが……あんな道具は初めて見た」

 どうやら良一は普通とは違う方法で試験を突破したようだった。

「石川君は冒険者でもやっておったのか? ギルド員の下で修業した者を除けば、あの斧を肉体強化なしで振るえるだけのステータスを持っている者はまずいないからの」
「そうなんですね。冒険者ではありませんが、モンスターを倒してレベルが上がったからかもしれません。自分では普通だと思っていたのですが……」

 ギルドマスターと会話していると、扉をノックして受付係のカローナが部屋に入ってきた。

「ギルドマスター、ギルドカードをお持ちしました」
「ご苦労じゃのう。テーブルに置いておくれ」

 良一の目の前のテーブルに、黒いカードが置かれた。

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