サイコラビリンス

國灯闇一

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4章 獣の共鳴

2dbs-やさぐれ刑事

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 貝塚と精悍せいかんな顔つきの男性が玄関ホールに行くと、白髭を蓄えたおじさんが2人に気づき、手を挙げる。おじさんは綺麗な玄関ホールに似つかわしくない薄汚れた格好だった。2人はおじさんに近寄る。

「お久しぶりです。笹見さん」

「おう。元気にやってそうだな、増古ますこ

「もうあんたは警察の人間じゃなくなった。何の用だ?」

 貝塚は目を細めて用件を聞く。

「そう邪険に扱うな。今日は調べてほしいことがあるから、それを頼みに来た」

 笹見はショルダーバッグのチャックを開け、貝塚と増古に見せる。

「クーラーボックスですか?」

 増古は神妙に聞く。クーラーボックスは大きな透明な袋に入られていた。

「くっさ!」

 貝塚は吐き気を催すほどの腐臭に顔を背け、鼻をつまんだ。

「たまに山の中を散歩するんだが、レリックが真っ先にこれを見つけて、俺に知らせてくれたんだよ」

「レリックが?」

 増古は少し驚いた様子を見せる。

「ああ、レリックも警察犬として働いてきた身だ。引退しても、まだ体に染みついてんだろうよ。お前等も知ってるだろ。レリックの嗅覚は」

 貝塚と増古は互いに顔を見合わせる。

「お前等にとってはたかが犬かもしれないが、俺にとっては共に仕事をしてきた盟友なんだ。あいつのつちかってきた力の功績こうせきを、ここでもう一度証明したい。頼む」

 笹見は深く頭を下げた。貝塚はめんどくさそうに大きなため息を吐いた。

「こっちも山を抱えてるから、空いた時間でいいか?」

 笹見はあからさまに嬉しそうな表情を見せる。

「ありがとう」

 笹見はショルダーバッグを肩から外し、増古に渡す。

「指紋はつけてねぇだろうな?」

 笹見は敬意を払わない貝塚の態度にも、機嫌がいいせいか無視する。

「つけてねぇよ。発見時の写真は後で送る」

「助かります」

「何か分かったら、連絡くれ」

「必ず伝えます」

「んじゃ」

 笹見は胸を張って去っていった。勇退したかつての男の背中は、まだ色褪せることなく、たくましく広い背中をしていた。

 貝塚と増古は捜査一課のオフィスに戻って自分の席に着いた。

「意外でした」

 増古は持参の弁当を鞄から取り出して呟く。

「何が?」

「貝塚さんなら、絶対断るだろうと思ってました」

 増古は弁当に視線を向けながら言う。

「レリックは俺達捜査一課の立派な戦力だった。あいつのお陰で、隠された死体をいくら見つけられたと思う。レリックが警察犬として採用されたのが10年前。俺の方が最初に警察に入ってたけど、人間の年齢に換算すれば、俺の大先輩だ。大先輩に助けられてばっかじゃダメだろ」

「笹見さんだからではなく、レリックだからですか?」

「ああ」

「やっぱ意外です」

「どういう意味だよ?」

 貝塚は怪訝けげんな顔で聞く。

「貝塚さん、犬好きなんですね」

「ちげぇよばか!」

 貝塚は弁当の中身を口に運んでいる途中だった増古の頭を叩いた。増古は咳き込み、急いでお茶を飲んだ。


 大学の科学研究室のような空間で、白衣を着た人達が顕微鏡を覗いたり、フラスコを軽く振って液体をまじまじと見つめたりしていた。

「お疲れさーん」

 貝塚と増古が部屋の中に入る。

「お疲れ様です。まだいたんですか?」

 パーマをかけた若い眼鏡の長谷川妻鹿はせがわさいかはちょっと驚いた。

「いちゃ悪いのかよ」

「いえ、そういうわけではないですけど」

 長谷川は半笑いで答える。

「お前に調べてほしいことがある。ちなみにこのことは誰にも言うな」

 貝塚は声を潜めて命令する。

「えぇ~ちょっと勘弁して下さいよー。俺まで始末書書かされるの嫌なんですけど」

 長谷川は苦い顔をして拒否感を隠さない。

「もしバレたら貝塚さんに脅されたとか言えばいいんだよ」

「それでおとがめなしになるんですか?」

「さあな。とにかく調べろ」

「強引だなぁ」

 増古はショルダーバッグを机に置く。

「何ですか? でかいですね」

 増古はショルダーバッグのチャックを開ける。その中身を見た眼鏡の男性はキョトンとする。

「クーラーボックスですか。ああー臭いがきついですね」

「このクーラーボックス、山中で転がってたんですけど、レリックが散歩中に見つけたんですよ」

 増古は淡々と説明する。

「へ~、じゃあ何かあるかもってことですか?」

「指紋、付着物、化学物質。何かないか調べてくれ」

「分かりました」

「結果は携帯のメールで知らせて下さい」

「はい。明日には結果出ると思うんで」

「ああ、急ぎじゃないからゆっくりでもいいよ」

「お疲れ様でーす」

 貝塚と増古は化学薬品の独特な匂いが籠った部屋を出た。蛍光灯が照らす質素な廊下をゆっくり歩く。

「笹見さんからの情報によると、クーラーボックスが発見された日付は12月9日の朝です。笹見さんは1ヶ月に1度くらいのペースで、クーラーボックスが発見された山に行っていたそうです」

「前回は?」

「11月3日だそうです。散歩コースは決まっていたので、その日も同じ道を通っていたそうです」

「11月3日以降にあのクーラーボックスが捨てられていたことになるな」

「はい」

 増古は貝塚の歩く速度に合わせていた。

「レリックは死臭を嗅ぎつける天才。もし、あの中に遺体が入っていたとしたら……」

「赤ちゃんの遺体ということになりますね」

「それもかなり早熟のな」

「望まない妊娠による死体遺棄」

 貝塚と増古はどんどん推理していくが……。

「今の情報だけじゃ、厳しいですね」

「多様な交際があるからな。不倫・浮気によるもの、強姦によるもの、一時的な快楽を得るために暴走した結果によるもの」

「発見現場に行ってみますか?」

「ああ、今度な」
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