サイコラビリンス

國灯闇一

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5章 青に濁る

2dbs-迷宮の再構築

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 12月26日、小見川達は急遽冴島の家に集まった。警察の会見は中学生達にはあまりに衝撃的すぎた。犯人こそ特定されていないものの、警察から堂々と捜査すると宣言されて、罪の意識がより一層重くのしかかっていた。

「どうなってんだよ。なぁ、小見川?」

 根元に問いかけられても、小見川は何も言葉を口にしない。

「おい。聞いてんのかよ!」

「なにイラついてんだよ」

 熊田は根元をたしなめる。

「だってよ。あいつあんなに自信満々だったくせに1ヶ月ちょっとで発覚してんじゃん」

「やっぱり、警察の目をあざむくのは無理だったんじゃないかな?」

 鹿倉は不安そうに呟く。

「そんなこと今更言ってもしょうがねぇだろ」

 根元は苛立ちが収まらない。

「警察犬があの山に入ってたなんて聞いてねぇよ。お前だって予想外だったんだろ?」

 熊田は努めて穏やかな口調で小見川に問いかける。小見川は押し入れを背にして座ったまま、片膝を折り立てて俯いていた。

「ごめん……」

 冴島は小さく謝った。その言葉が漂っていた険悪な空気をしずめていく。
 後悔と不安、焦燥、怯え。入り乱れる感情が静かな冴島の部屋で浮かんでは消えていく。

「警察の行動はどう考えてもおかしい」

 小見川が突然呟いた。

「何が?」

 熊田は怪訝けげんな表情で聞く。

「警察の発表では、警察犬がクーラーボックスを見つけ、その警察犬と共に仕事をしていた男性が不審に思い、警察にクーラーボックスを届けた。クーラーボックスを鑑定した結果、出産時の乳児に付着している胎脂のDNA型と石滝公園の男子トイレの便器タンクのレバーについていた微粒物のDNA型が一致」

「だから、あの場所で出産して、クーラーボックスに入れられたってことがわかったから、警察は事件として捜査するって言い出したんだろ? それのどこがおかしいんだよ?」

 根元は口をすぼめて問う。

「問題はそこじゃない。警察が会見を開いたこと自体おかしいんだよ」

「は?」

「もし殺人事件が発生した場合、どうやって発覚する?」

「誰かが通報して、捜査に入る」

 冴島は重い口を開いて答える。小見川は頷いて話を紡ぐ。

「おそらく、警察犬が見つけたクーラーボックスだけじゃ、科捜研が調べることにはならない」

「どういうこと?」

 鹿倉は神妙な面持おももちで小見川に問う。

「クーラーボックスが警察に届けられた時点で、普通は突き返されるか、うやむやにされる。それに正式には科捜研じゃなく鑑識課が調べるはずだ。個人レベルで調べられていた可能性があるんだよ」

「独自に行動してる刑事がいるってこと?」

 冴島は少し驚きながら問う。

「クーラーボックスだけじゃ警察として捜査されないことを分かっていたクーラーボックスの発見者は、個人的に知り合いの刑事に頼んだ。刑事は石滝公園で乳児が出産したという手がかりを見つけた。それだけなんだよ。今回の警察の会見は、自発的に開いた会見だ。記者が掴んだから後手で会見を開いたとかじゃない。そんなことをしたら、証拠隠滅の恐れがあるから会見を開くなんてことはない。テロや有名な事件の指名手配犯を捕まえたとかならまだしも、こんな初期の段階で会見を開くメリットがなさすぎる」

「あぁ……そうか」

 熊田は曖昧に納得する。

「会見を開いた理由を逆に捉えることで説明はできるけど、あくまで証拠隠滅の恐れがないという推測にすぎない。それだけで会見を開くなんて考えられない」

「他に理由があるのか?」

 小見川はため息交じりに首肯して語る。

「ああ、それくらいしか思い浮かばない」

「なに?」

 鹿倉は不安そうな表情で聞く。

「警察は賭けに出たんだよ」

「賭け?」

「犯人の目星を推測で絞った」

「え!? じゃあ俺達の下まで来るってことかよ!?」

 根元は前のめりになって小見川に聞く。

「かもしれない。まだ早々来るとは思えないけど」

「思えないって……、安い期待はもういいって」

「やめろよ」

 熊田は眉間にしわを寄せてたしなめる。根元は怒りを堪えて黙り込んだ。小見川は気まずさを感じながら話を続ける。

「現在の警察の犯人像はおそらく学生。つまり、俺達に少し近づいたってわけだ」

「何でそんなことが言えんだよ?」

 根元はいぶかしげに問う。

「警察が会見を開いた理由さ」

「は?」

「警察が自ら会見を開いたのは、国民に情報提供を求めるためでもなければ、国民や記者達に親切だからでもない。あの会見は、俺達犯人にてたメッセージなんだよ」

「そんな話、何もしてなかったと思うけど?」

 鹿倉は小見川以外のみんなの顔を見回しながら聞く。

「言葉じゃない。警察はお前達犯人を追っている。暗にそういうアピールができればいいんだよ」

「精神的に追い詰めに来てるってことか?」

 熊田はゆっくり言葉を噛みしめるように小見川に問う。

「ああ。犯人は学生と推測のみで絞った上でやってる。学生なら逃亡はできないってな」

「このまま逃亡しても行く当てもないし、お金もない」

 鹿倉はボソッと呟く。

「それだけじゃない。毎日学校に来ていた学生が急に来なくなったら、犯人に近くなってしまう」

「じゃあ、学校を休めない?」

 冴島は不安そうに聞く。

「本当に風邪とかだったら都合がいいけど、いずれにしても疑いの余地を残すことに変わりはない」

 小見川は立ち上がり、雪の舞う外が見える窓に近づいて、窓を開ける。空からふるふると落ちてくる雪は、景色を白に染め上げている。小見川の吐息も白くなり、白い景色に吸い込まれて消えた。

「この会見を提案したのは、おそらく独自で捜査を行っていた刑事」

 小見川は振り返り、根元達を切迫した表情で見つめる。

「手強いぞ」

 ビリビリとした空気が伝播でんぱしていく。

「でも、このまま黙って指をくわえてるわけにもいかないだろ。もう、俺達は犯罪者なんだから……」

 言葉尻にかけて声が小さくなり、熊田は落胆する。

「ああ、でもすぐには動かない。これから打ち合わせすることは山ほどある。それを全て頭に叩き込んでほしい。紙、データとして残すのは論外。頭で全部覚えること」

「何をするんだ?」

「今日はいいだろ。まだ気持ちの整理つかないだろうし」

 小見川は陰鬱いんうつな4人を見つめながら重く言葉を吐き出した。風に乗って部屋に入り込んだ雪が床に落ちて、儚く消えた。
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