ノック

國灯闇一

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扉前

さんさんと輝いてました

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 朝日はさんさんと輝いてました。鳥達は歌い、空を舞うのです。
 僕の通学路もまたいつもと変わりありません。寂れたマンションの駐車場や、焦げ茶色のガードパイプが並ぶ歩道。仕事へ向かう車が横を通り抜け、集団で登校をする小学生などなど、ありふれた日常があったのです。
 ですが、その通りで変わったことが1つ。電柱や町内の掲示板に、行方不明者の貼り紙があったのです。新戸賢三郎にとけんさぶろうの名前と年齢、顔写真。お見かけの方は警察署の番号までご連絡くださいとのお願いが記載されていました。
 彼の顔は笑っていました。早く見つかってほしいと思っていましたが、僕はどこかで諦めていたのです。新戸君はもう見つからないと。
 僕は沈んだ気持ちのまま、登下校を繰り返すことになるのです。

 授業の合間の小休憩となり、僕は気分転換をしようと教室を出ました。
 誰もいないトイレに入り、小便器に体の正面を向けて、ジッパーを下ろしました。息を零し、疲れを感じた体と心を落ち着けていたのです。
 コンコン。
 テンポの早いノックの音でした。僕の耳がおかしくなければ、それは後ろから聞こえたのです。
 僕の後ろには、個室のトイレがありました。だけど、個室に入っている人がいたとして、個室に入っている人がノックをするのはおかしい。
 僕は一刻も早く出ようと、下げていたジッパーを上げてトイレを出たのです。
 廊下に出れば、生徒達の声がありました。それでも、まったく僕の心は落ち着きませんでした。トイレから離れたい一心で、僕の足は速くなっていきました。
 すると、階段から廊下へ出る角から人が飛び出してきたのです。ぶつかりそうになって、息を詰まらせました。なんとかぶつからずに済んだのですが、僕は驚きのあまり、心臓が締めつけられたように感じたのです。
 ぶつかりそうになった人は僕にクマのできた目を向けてきました。よく見ると、高柳君でした。

「ごめん」
「うん……」
「その、大丈夫? 1時間目も2時間目も教室にいなかったけど」
 今日初めて会ったので、流れで話してみました。高柳君は日に日に体調を崩しているようで、僕は心配していたのです。
「俺、けんぽーと会った」
「いつ!?」
「昨日、俺の部屋に」
「え?」
 高柳君は異様な目つきで僕を見つめたのです。
「新戸君は、俺を呼びに来たんだ」
「呼びに来た?」
「冥界だよ」
 高柳君はふわっと笑みを浮かべました。狂気に満ちた笑顔は、“高柳君”が笑ってるとは思えなかったのです。高柳君は肩を上下させて笑っていたのです。


 3日後、高柳君は学校に来なくなってしまいました。
 連絡をしても、返信はありません。
 僕らは不安にかられ、高柳君の家に行こうと思ったのです。
 その道中、僕らは見てしまったのです。
 新戸君の行方不明情報の貼り紙の隣に、真新しい貼り紙があるのを。
 高柳君の名前を見た瞬間、僕らは何も言えませんでした。

 僕らは鬱になりそうな気分で、学校生活を送らなければなりませんでした。
 いえ、僕らはもう鬱になっていたのかもしれません。
 教室の中で、僕らは食事をしていました。
 5人から3人へ。食事を共にする人数が減っていくのをまざまざと見せつけられる時間です。
 この頃になると、僕らは元気に振る舞う気力もありませんでした。会話もほとんどなく、美味しいはずの食事は、味のないものをただ食べているようでした。

 夕方になると、僕らは水泳部に行くのですが、頭はあの都市伝説のことしかなく、授業同様集中できなかったのです。
 僕はフォーム練習のために設けられたレーンの端で、泳ぐ順番を待っていました。
「すみません」
 聞きなじみのある声に視線を投げると、深刻な表情の石浜君と西村君の姿があったのです。
「フォームが安定するまで……というかそれ以前の問題か」
 半ば諦めを帯びた先生の声。先生も新戸君と高柳君の件を知ってか、先生の横顔は心配するような表情をしていました。
「しばらく筋力トレーニングとフォーム練習だけにしたらどうだ? 落ち着くまで」
「……はい」
「無理しないようにな」
 先生は慰めるように言って、2人の肩に手をかけて去っていくと、他の生徒の練習に目を向け始めました。

 その夜。僕は1人部屋でベッドに寝そべっていました。
 僕の耳にはヘッドホンがつけられていました。これがないと、自分の部屋でゆっくり落ち着けなかったのです。
 すると、部屋のドアが開けられました。僕はその瞬間を捉え、思わず飛び起きたのです。
 お母さんがふっと顔を覗かせると、「ごはんよ」と声をかけてきました。
「うん……」
 部屋のドアは閉められ、僕は胸を撫で下ろしました。飛び起きた拍子にずれ落ちたヘッドホンを体から離し、携帯の音楽アプリを停止させました。
 1階のリビングに行くと、テーブルに食事を運んでいるお母さんとお父さんが、テーブルについてテレビを見ながら食事をしている、いつもの光景がありました。
 せっせと食事を運び終えたお母さんは、エプロンを外してキッチン台に置くと、お母さんも席につきました。
「お父さん、箸が止まってますよ」
 お父さんに食事を再開させるよう催促していました。
「ああ、ごめんごめん」
 のほほんとしたお父さんは気にしてない素振りで、食事を再開させました。
「お母さん」
「なに?」
「これからは、僕の部屋に来ないで」
「え?」
 お母さんは僕の要求に驚き、困惑している様子でした。
「お父さんも」
「どうした?」
 僕は内に秘めた恐怖を感じながら、笑うようにしたのです。
「ほら、わざわざ2階に行くより、僕が下りた方がいいじゃん」
「そんなこと?」
 お母さんは意外そうに首を傾げたのです。
雅文まさふみも年頃だからな」
 お父さんはにんまりとした笑みで理解を示してくれました。おそらくお父さんが思ってることとは違いましたが、とても助かりました。
「ご飯の時はちゃんと降りてくるのよ」
 お母さんはお灸をすえるように睨みつけたので、僕は大きく縦にうなづいて安心させたのです。
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