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皺ひとつない紅色の絨毯に星のように煌めくシャンデリア。金に縁取られた花の刺繍が施されたソファには、数人の王侯貴族が座している。
侍女の置いたティーカップが全員の前に並べられると、口髭を蓄えた王がひとつ大きく深呼吸して、重い口を開いた。
「して、レオンハルトよ。もう一度申してくれるか?」
「はい、父上。此度この可憐なシンシアが聖属性を発現しました。そこにいるたかが水属性のシェリルよりもずっと愛らしく我が妻として、そして国母としても期待できます。そこで私はシンシアを妃にと望みます!」
ソファから立ち上がり意気揚々と発言する王太子レオンハルトに、王はちらりと栗色の令嬢を見遣った。やや冷たさを秘めた瞳は元々だったのかそれともレオンハルトの発言を受けてのものか、王にはいまいちわからない。だが、決して良い雰囲気とは言えない空気にもう一度長い溜息を吐く。
「シンシアとはそこのカーティス家の令嬢か」
王が次に見遣ったのは、茶髪の可愛らしい令嬢だ。彼女は未だ誰も口をつけていないティーカップに手を伸ばし、柔らかく微笑む。
そして、ティーカップに口付けた。こくり、ひとつ嚥下をしたその喉元を見て、首を振る数人の大臣がいたが彼女は気づかず口を開く。
「シンシア・カーティスと申します」
「シンシアよ、そこはご挨拶申し上げますだ」
「あ、ごめんなさいお父様」
ぺこり、頭を下げて立ち上がり、慌ててカーテシーをする。やれやれと大きな溜息と共に首を振ったのは父親だったのかそれとも王妃だったのか、恐ろしくて見ていた者は誰もいない。
「完璧なカーテシーだよシンシア。頑張ったね」
「えへへ、ありがとうございます殿下!」
まるでお花畑が見えるかのようだ。
そうやって微笑み合うふたりから視線を外し、王は漸くカップに手を伸ばした。
渇いたのは喉なのか、それとも心の一部なのか、王にはわからなくなっていた。ただただふたりの甘い雰囲気に居た堪れない空気を感じているのは恐らく自分だけではない、と王は思っている。
妬ましげにシンシアの父ロイドを見れば、彼は頬を引き攣らせて気まずそうに視線を外した。
「カーティス卿はどう考える?」
「私としては、その…3人の問題かと。…幸い、王家とカーティス家の繋がりとしては変わりありませんので」
ふと、青い瞳が揺らいだ。いや、正確には鋭さを増したのだが、それに気付いたのは近くに座っていた第三王子トーマスと第二王子テオドールだけだった。ロイドはただ頭を掻いて困ったように笑っている。
「状況は理解した。……シェリル嬢よ。そなたにも発言を許そう。そなたが何を考えているか話してくれ」
「発言の許可をいただきありがとうございます」
涼やかな凛とした声が木霊する。
「殿下とシンシアの意を尊重いたします。聖属性は世にふたつとない貴重な属性です」
「お姉様!私達を認めてくださるの!?」
シンシアは思わず立ち上がった。まさか姉がふたつ返事で婚約者の座を譲ってくれると思わなかったのだ。婚約者を奪われるなど社交界の笑い者だ。普通なら絶対に恨み言の一つでも出てくるものである。
しかし、シェリルは涼しい顔のままこくりと頷いてシンシアを見る。
「おふたりはよく似ていますし、波長も合うことでしょう。明らかに政略結婚な私と殿下よりも、仲睦まじいおふたりの方が民も安心すると思います」
「よく似てるって、それ魔力量の話じゃ…」
思わず呟いたトーマスに、テオドールが諌めるように咳払いをすると、彼は慌てて口を噤んだ。目を泳がせてぐるりと辺りを見渡すが、どうやら彼の声は当人達には届かなかったらしい。手を取り合い喜び合うふたりに、王は額に手を当てて天を仰いだ。
トーマスの危惧はもっともである。残念ながらレオンハルトとシンシアの魔力量は決して多くはない。だからこそ国内随一の魔力量を持つシェリルをレオンハルトの婚約者としたのだ。レオンハルトが卑屈になっているのは薄々感じていたが、まさか婚約者を変えるなどと言い出すとは思わなかった。
「確かに今は平和な世ではある。魔物も王都には及ばんのだが…」
だがしかし、王は悩んだ。
シェリルが侯爵令嬢ながらに公爵令嬢を差し置いて王太子妃候補となったのには、トーマスの言う通り魔力量という大きな利点があった。彼女の類稀な魔力量は戦闘力としても求心力としても魅力的で、事実シェリルを崇拝する魔術師団はシェリル信者と言っても過言ではない。それが魔力量の少ないシンシアに替わるとなれば、罵詈雑言が出かねない。
そもそも魔力は貴族にのみ現れ、魔力量は貴族社会に於いて無視できないステータスである。中には魔力量が全てと考える国もある程だ。オーランド王国が魔法に重きを置いていないだけで、今シェリルに婚約者がいなくなったとあれば、他国からの縁談も多く舞い込むだろう。
(それだけの魔力を手放すのは正直惜しい)
とか、考えてるんだろうなぁ。と、テオドールは実の父親の眉間の皺を数えながらぼんやりと思う。
シェリルの魔力量は魔法大国からすれば垂涎ものだ。他国の上流貴族どころか王族からの縁談も考えられる。それはオーランド王国の損失となり得る。
「発言の許可をいただけますか?王よ」
ここは一肌脱いでやろう。
友人の真っ赤な顔を思い浮かべて、テオドールは笑った。
「発言を許可しよう、テオドール」
「私はシェリル嬢に新たな縁談を提案します」
「新たな縁談とな?」
王は少しだけ期待を込めてテオドールを見た。
「はい。レオンハルト兄上とシェリル嬢の婚約を解消する理由がシンシア嬢の聖属性だけでは正直理由として弱い、というのが私の見解です」
「!テオドールっ、お前シンシアをバカにするのか!?」
「最後まで聞いてください、兄上」
テオドールは落ち着いていた。レオンハルトが王位継承権第二位の自分を何かと警戒しているのは承知している。だから何を言っても最初は反発するのだ。今に始まったことではない。
「アストリア領は最近スタンピードを抑えました。その褒賞がまだでしたよね?」
「確かに、あそこは褒賞を与える暇もないほど魔物の防衛に苦労しているからな。王都へ来る日程を組むのも難しいのだ」
荒々しい文字で「王都に赴く時間はない」と返信して来た無礼な辺境伯の書状は、王にとって悩みの種でもあった。このまま褒賞を与えなければ王族としての顔が立たないが、かと言って過酷なアストリア領から領主を召喚するには彼らが王都に来たくなるだけの理由が必要なのに、何も思い浮かばず話が進まずにいる。
「……まさか、シェリル嬢をアストリアに送るというのか?」
「そのまさかです。あそこの令息はまだ婚約者がいません。彼のことはよく知っていますが、多少頭は弱くても誠実な男です。シェリル嬢のことも大切にしてくれるでしょう」
「アストリア領か…」
「ですがあの地はまだ不安定でしょう?そんな危険な場所へシェリル嬢を送るのは…」
王妃の悲痛な表情に、王は押し黙った。テオドールの案は魅力的だ。辺境にシェリルを留めておけるなら、国外に獲られるよりもずっといい。だが、シェリルに苦労をさせたいわけではない。幼少期から王太子妃教育を受けてきたシェリルのことを可愛く思わないわけがないのだ。
ましてや共に茶会を開き、娘のように可愛がってきた王妃にとっては、まるで苦行のように思えてならない。
「シェリル嬢はどう思う?」
テオドールはシェリルを見た。まるで他人事のように黙っていたシェリルは、そこでこの日初めてテオドールを見上げる。
シェリルはテオドールが苦手だった。何を考えているかわからない貼り付けたような笑みも、物腰柔らかな口調で相手の退路を断つ陰湿な言い回しも、性格が悪いといつも思っていた。だが、彼は決して嘘は言わない。
王宮で困っている時、王太子妃教育につまづいた時、こっそり婚約者のリーリエを焚き付けてシェリルを茶会に誘わせているのを、シェリルは気付いている。回りくどい男なのだ。
「私は王命に従います。ですが、アストリア辺境伯令息様が望まないのであれば辞退申し上げます」
「それは大丈夫です。ジークなら泣いて喜びますよ」
テオドールの自信はどこから来るのか、シェリルにはわからない。ただ、言い切るテオドールの姿勢からは決して浅い仲ではないであろうことが窺える。
アストリア辺境伯令息とは、遠い昔に会ったことがある。美味しそうにケーキを食べる彼は、貴族らしくなくて一緒にいて気が楽だった。
「シェリル嬢としては、アストリア辺境伯令息が望めば婚約成立で構わない、ということで良いか?」
「はい。構いません」
表情ひとつ変えず、シェリルは頷いた。
「魔の渓谷のスタンピードも、シェリル嬢がいれば百人力だよねぇ」
「そんなに大変なんですか?」
「大変なんてもんじゃないよ。何千何万の魔物が渓谷から飛び出してくるんだから。王都の元平民には国防なんてなんの興味もないだろうけど」
「言い過ぎだよ、トーマス」
テオドールに諌められ、トーマスは肩を竦めた。
スタンピードという初めての言葉に、シンシアは不思議そうな顔をしている。街の外に魔物が存在していることは知っているが、結界の中にいれば全く関係のない話だった。王都は巨大な結界に守られていて、市民の生活は結界と騎士団に守られている。だからシンシアは魔物を知らない。
想像するしかないシンシアはシェリルに視線を送った。相変わらず涼しい顔をしていて、そこには恐怖も不安も見られない。
(婚約者を奪られても辺境に送られることになっても、何も変わらないのね)
面白くない、とシンシアは思った。こんな時でも表情ひとつ変わらないシェリルが、恐ろしいとすら思う。王太子妃という明るい未来を約束されていたはずが、突然恐ろしい地へ送られることになるというのに。
(お姉様の方がバケモノじゃないかしら?)
ある意味そうであることを、シンシアはまだ知る由もなかった。
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