モブのつもりが主役に抜擢されていました

成行任世

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「ドリュー様に贈り物が届いております」

腕に抱えた本の山から顔を覗かせて、サリサはオリバーから差し出された手紙へと視線を落とした。滑らかで美しい文字である。差出人が女性であることを確認して、サリサは本の山をテーブルに置いた。

「……ランドル伯爵令嬢?」

ガーデンパーティで挨拶をした令嬢だ。確か、声をかけられた直後にクレスがワインをかけられそうになり、挨拶もそこそこにサリサは会場を去ってしまった。小柄で可愛らしい令嬢だったと記憶している。

(確かに話の途中だったけれど…)

とはいえ、最低限の挨拶はしたし、サリサがワインを被った時も蒼白していた。心配してくれた、或いは思惑と異なり困惑したことだろう。いずれにせよ、怒りの文ではない、とサリサは思う。
手紙の封を切り便箋を開けば、可愛らしい野花の絵が描かれた可愛らしい便箋に、少しだけ丸みを帯びた美しい文字が並んでいる。小動物のような彼女らしい文字だ。

「これは…」

「いかがされましたか?」

アンナとオリバーは文を覗き込むようなことはしない。サリサから語られるのを待つふたりは、興味津々といった風で。サリサがフォーン帝国に入り、初めて受け取った招待状以外の文である。しかも女性。オリバーは気が気じゃないし、アンナはサリサの人気にほくそ笑む。
そんなふたりの対照的な表情を見比べて、サリサは困ったように笑った。

「カトレア侯爵令嬢が謝罪の場をいただきたいと」

「はぁ?」

アンナは思わず低い声が出た。
それもそのはず、アンナにとってカトレア侯爵令嬢は、手違いとは言えサリサにワインをかけた令嬢だ。しかも、友人を介して謝罪の場を求めるなど誠意が見えない。
とはいえ、サリサはカトレア侯爵家の気持ちがわかる。自分から直接文を渡されても、サリサが怒っていた場合良い気がしないだろう、と思ったに違いない、と。

「どの面下げてドリュー様に会おうって言うんですか!?あんなのシエスタへの侮辱ですよ!?」

「私が勝手にしたことですから」

(とはいえ、誠意がないととるか思慮深いととるか…判断するにはカトレア嬢を知らな過ぎるわね)

「こちらは…茶葉ですね。ローズマリー様が好きな茶葉です」

「ローズマリー様への謝罪は?」

オリバーは首を振る。文は"ドリュー"に、茶葉はクレスに。"ドリュー"の好みを知らないからなのか、それともクレスへの無言の謝罪なのか、サリサには判断しかねた。

「謝罪を受け入れましょう。オリバー、女性向けの便箋はありますか?」

「っ、よろしいのですか?あんな辱め、王国への侮辱とカトレア家を訴えても良い案件ですよ」

「謝罪は受け入れますが、謝罪の場を改めて設けるつもりはありません。それが譲歩です」

本来ならクレスへの謝罪が必要だ。彼を陥れようとしたのだから。だが、素直に謝罪できない理由があるとしたら。ただの彼女の尊厳プライドではなく、他に何か理由があるとしたら。

(そう思われる節はある…)

クレスとルシアの関係性が良くないことは、見ていて感じていたし家族関係を聞いて納得もした。確かに夫が外で作った子供を可愛がれなど、簡単に受け入れられるものでもないだろう。だから、そこはルシアへの同情心も少なからずある。だからと言って、人前で恥をかかせることに納得できるかと言えばそれは否だが。

「私が困った時に力添えいただけるよう侯爵に依頼しようと思います」

「味方に引き入れようってことですか?」

「相手に貸しを作っておいて損はありませんから」

カトレア侯爵が後ろめたさを感じているのなら、サリサにとって好都合だった。ルシアという公爵家の顔はあれど、サリサにも簡単に掌は返せないはず。いずれサリサが…正確にはドリューが、入婿として公爵家を継ぐのだから。

「ドリュー様の手腕には舌を巻きます…」

オリバーは素直に感心した。正確にフォーン帝国の貴族を把握し、勢力図を見極めている。ルシアの派閥を削ぐとまではいかずとも、サリサにとって分の悪い状況を減らす手立てを講じようとしている。
それは、ローズマリーのように流行を先取りして社交界の話題を独占したりだとか、ルシアのように圧倒的な経済力を見せつけるとか、そういった社交界の生き残り方ではない。

(オリバーは感心してくれているけれど、これだけでは足りないわね…。もっと圧倒的な恩義負い目があれば良いのだけれど)

精々クレスの失敗を庇ってもらえる程度。流石にサリサのを味方してもらうことはできない。

「ランドル伯爵令嬢はアルヴェールのケーキを贔屓にしていましたね。手紙を添えて送ってください」

「承知いたしました」

「カトレア侯爵はダンテ様と事業提携していましたね。確か鉱石加工の工房に関してダンテ様が個人的に資金援助をしているとか」

「確かにそう聞いていますが…」

「では、ローズマリー様の色を使った耳飾りを注文しましょう。ノートン家の支援を受けながらノートン家が顧客として贔屓にすれば、カトレア侯爵はローズマリー嬢を無視できなくなります」

「では、すぐに最高級のものを手配しましょう」

「よろしく、アンナ」

心得たとばかりに頷いて、アンナは得意げにオリバーにウインクする。貴族社会はいつだって腹の探り合いだ。社交界で多くのそういった場面を見てきたサリサにとって、相手の思惑に乗らない社交術は叩き込まれている。ダンテの個人的な融資ということは、ノートン家としては資金提供に値する価値がないと判断されているということ。そこへ次期公爵の"ローズマリー"が顧客となれば、それはカトレア侯爵としては願ってもいない好機チャンスと取られるはず。
全てはローズマリーの、敷いてはクレスのために。義理の家族だからと遠慮をするつもりはない。如何に自分サリサが立ち回れるかを証明しなければ、社交界で嗤いわらい者にされてしまう。

「餌を獲られては意味がありません。引き際はお任せください」

呆気に取られるオリバーに、サリサは微笑んだ。
シエスタでも度々、ベリオス家の財力を示すために使われていたサリサの支度金。それらをローズマリーに投資する。ドリューからローズマリーへの贈り物として、最高級のものを高額で手配して、顧客として無視できない存在になること。それが、サリサの貴族らしい社交術やり方である。

「ふふ、頼もしいでしょう?うちのメイドは」

(金持ちってこわ…)

クレスに従事し、ローズマリーにもそう多くは接することがなかったオリバーにとって、それらは理解できない世界だった。



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