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しおりを挟む市街は活気に溢れている。民は笑顔で商いや勤めを果たし、家族や友人達との時間をありがとうに興じている。
往来激しい街中から路地を少し入った小さなマレリア教会は、セネル家が代々支援する孤児院でもある。神父の敬虔な意思はいつまでも引き継がれており、優秀な孤児はセネル家だけでなく市民の商家に引き取られることもある程だ。セネル伯爵家として、リリス・セネルもまたこの孤児院に寄付を納めつつ孤児院の子供達と触れ合う時間を大切にしている。
「こうして、嘘を吐き続けた少年はわるーい狼さんに食べられてしまいました」
「えー!?たべられちゃうの?」
「こわーい…」
「これはウソを吐いちゃいけないよ、というお話ね。ロンの選ぶ本はユマ達には早かったかな?」
「えー。おもしろいと思うんだけどなぁ」
ロンは不貞腐れたように頬を膨らませる。ロンは他の子供達よりも歳が離れているから、同じ絵本でも興味を持つ視点が違うのだろう。かくいうリリスも初めて読む絵本だったから、まさかバッドエンドとは思わなくて思わず苦笑した。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「えー!リリスお姉ちゃんもう帰っちゃうの?」
同伴していた燕尾服の老紳士・セバスに促され、リリスは重い腰を上げた。残念そうに眉尻を下げる子供達に、リリスは苦笑してその頭を撫でる。絵本の読み聞かせは人気だ。文字の読み書きを覚えるといい就職先が見つかるし、リリス自身絵本を読み上げることが好きだった。自分のすることで子供達が笑顔になってくれるのは嬉しい。
「今日はここまでにしましょう。大丈夫、次もまた私が来るわ」
父からリリスに一任された大切な役目でもあった。家庭教師との勉強やマナーレッスンの合間のいい息抜きになる。
子供達に見送られて、リリスは迎えの馬車に乗り込んだ。リリスが座ったのを確認して、セバスが御者に合図を送る。すると、ゆっくりと馬車が動き出した。
「今日は少し寄り道をしたいのだけど」
「寄り道ですか?」
「インクが切れてしまうの。急がないけれど、なくなってから買うよりは丁度良いかと思って」
「買い物ならメイドに任せますよ」
「ついでよ、ついで。通り道だし構わないでしょう?」
一本違う道に入るだけだ。だからセバスも、あまり強くは否定しない。まだ13歳のリリスが立派に公務を果たした褒美とも言える。厳格な父・ガランは娘の公務に甘言などくれるはずもないから、いつも代わりにセバスがリリスの我儘を聞くのだ。
ちなみにリリスが伯爵代行として行動する時に必ず付き添うこのセバスは、セネル家の先代伯爵の時代からの長い付き合いである。
「街は相変わらず賑やかね」
「良いことでございますね」
ふと、リリスは見慣れぬ銀髪に目を細めた。異国の人間は珍しいことではない。だが、その隣にいる金髪の人間のことを、リリスは良く知っていた。
「セバス、停めて」
凛とした声にセバスは御者に指示を出す。往来で突如停まった馬車に人々が少しだけざわつくが、街の喧騒の中では大したことではなかった。
「あれは…」
「ライラ様だわ」
ライラ・ハーヴィ子爵令嬢。リリスの兄・リュカの婚約者である。街中のカフェのテラスで、銀髪の麗人とお茶を嗜むその姿は、恋する乙女そのものである。銀髪の麗人との関係はわからないが、決して険悪なものではないことは一目瞭然だった。その証拠に、ライラが麗人に手を伸ばすと、彼は困ったように、だが耳を真っ赤にして照れてみせる。
昼下がりのカフェは人も多かったが、貴族にも話題となるカフェには半個室や個室といった衆人の目から逃れる席も用意されているものだ。お忍びでやって来る貴族は互いの時間に干渉しないし、当然ながら市民の生活の妨げとなるような行為もしないのがマナーであるし、そもそもそういった個室を予約して人目を避けることが常識だから、その光景は異様とも言えた。
「お嬢様、あまり長居しては目立ちます」
「そうよね…」
だがしかし、目が離せないとはこのことだ。ライラは家格こそ劣るがリュカのことをよく理解してくれる女性だとリリスは思っていた。まるでずっとリュカのことを見ていたかのように、リュカの葛藤や孤独を癒し、生真面目なリュカがライラにだけは甘えた様子を見せるようになったことを、リリスは知っている。
セネル家は厳格な家ではなかったが、それでもガランはリュカへの期待を強く持っている。そのせいでリュカが期待に押し潰されそうになっていた所を、ライラが心の拠り所となって支えてくれたのだ。
「気になる、というお嬢様の意見には私も同意です」
ゆっくりと、馬車が動き出す。
「セバス…」
「お時間をくださいませ、お嬢様。お嬢様の憂いは私めが晴らします」
どうか杞憂であって欲しい。ライラの笑顔が、言葉が、兄を支える全てが、何も変わっていないのだと信じたい。
そう願わずにはいられなかった。
3ヶ月後
リュカ・セネルの葬儀がマレリア教会で執りおこなわれた。
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