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しおりを挟む喪に伏していても縁談は来る。
マナーとして褒められたことではないが、王国の有力貴族であり貴重な伯爵家の跡取り亡き今、入婿として令息を送り込みたい貴族は数多存在した。リュカの死を嘆く挨拶から始まり、リリスの心の安寧という名目で縁を組もうという下心をひしひしと感じ、リリスはそれらを流し読みして簡潔な返事を書き続けている。
本来なら当主であるガランの役目だが、リュカへの期待が大きかったせいか、それともリリスとの初めての言い争いのせいか、彼はすっかり腑抜けてたった数ヶ月で白髪も増えてしまった。ナーシャは葬儀後泣き崩れ、自室に籠ってしまっている。
「寂しくなりましたね…」
家主の悲嘆を反映するのだろう。セネル家はささやかな花を活けただけの華やかさのない家になってしまった。家のことを取りまとめていたナーシャの存在たるや偉大なり、とリリスは思う。
会話のない食事。差し障りのない挨拶。「お前が死ねば良かったのに」などと暴言を吐かれることはないが、そう思われていたのではないかと被害的に思ってしまうのは、これまでリリスがガランからの愛情を感じていなかったことと、後継者を重んじていたガランの心理を察しているからだろう。リュカの死後言い争いをしてからというもの、一層会話が減っている。
「お兄様がそれだけ大切だったということでしょう」
私と違って。などと言うほどリリスは捻くれていない。最低限愛されていた自覚はあるし、リュカとの関係も良好だった。
(まぁ、死ぬほど苦しんでいたのに何の力にもなれなかったということは、お兄様にとって私は"心の支え"になれていなかったのでしょうけど)
卑屈になるのも仕方がない。何故言ってくれなかったのか。何故何も遺してくれなかったのか。リリスが幾ら考えた所で、死人が目の前に現れることはない。
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あの日、リュカの死は唐突に知らされた。
アカデミーのパーティーに参加すると出ていったリュカを見送った時は、「いってらっしゃい」といつも通り見送った。だが、その日の夕方、血相を変えて駆け込んできたアカデミーの担当教諭であるサイラスが「リュカが死んだ」と言い放ったのだ。
信じられなかった。何を言っているんだと思った。だが、案内された治療院の個室の中で、白い顔で横たわるリュカを見た時にリリスは呆然とした。目の前でガランが肩を震わせていたことも、ナーシャが何かを叫んでいたことも、薄らとは記憶しているもののリリスはほとんど覚えていない。治療院からどうやって帰って来たのか、両親やセバス、メイドといった面々とどんな話をしたのかも覚えていない。もしかしたら、何も話をしなかったのかもしれない。
「リュカ様は自らバルコニーから飛び降りました」
サイラスは苦しそうに言葉を詰まらせながら告げた。
「婚約者のハーヴィ嬢が、リュカ様からの暴言や暴力を理由に婚約破棄をしたいと仰ったのです。そして、ジェノス帝国のギルバート第二王子と婚約すると。リュカ様は暴言や暴力を否定しましたが、その…女性への暴力というのは外聞が悪く…」
「…誰も味方にはなってくれないでしょうね」
サイラスの言葉にリリスは頷いた。サイラスは気まずそうにしながらも、それを肯定する。
「勿論、アカデミーとしてもリュカ様の暴言暴力については調査をします。ただし、それが事実であった場合…」
サイラスは二の句を告げなかった。最悪セネル家取り壊しということにもなるだろう。
リュカがライラに執着に似た愛情を抱いていたことはリリスも知っている。溺愛を超えているとすら感じることもあったから、あながち「信じられない」と否定もできない。それに、例えそれが誤解であったとしても、悪くなった印象を改善するのは容易ではないだろう。
「先生にはご足労いただいてしまい申し訳ありません。状況を教えてくださりありがとうございました」
「いえ、こちらこそお邪魔いたしました」
ソファから立ち上がり、サイラスは頭を下げる。幾ら教師といえど貴族相手には礼節を保つものだ。
「そういえば先生、ひとつだけ教えていただけますか?」
リリスには気になっていたことがある。
「先生も兄が落ちた時会場にいらしたんですか?」
「えぇ。本当に、申し訳ないと思っています。リュカ様の死を止められなかったことを…」
サイラスはもう一度、深々と頭を下げた。
「いいえ、責めるつもりはありませんわ」
リリスは柔らかく微笑んだ。
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「セバス、お願いがあるのだけど」
「何でございましょう?」
「ライラ様のことを調べて欲しいの。それと、ジェノス帝国の王族についても」
「かしこまりました」
淡々とセバスに指示を出すリリスに、ガランは声を荒げた。ナーシャのように泣くこともなく、取り乱すこともなく指示を出すその様は恐ろしいとすら思った。
「お前はっ…悲しくないのか?リュカが死んで、なんでそんな平然としてられるんだ!」
「平然?そんなわけないでしょう」
リリスはガランを睨みつけた。元はと言えばリュカに全ての期待と責任を背負わせたお前だって悪いんだ、と告げたい言葉を飲み込んで。
「悲しみに暮れて遅れをとるつもりがないだけです」
不名誉を挽回するのは難しい。だからこそ、徹底的に調査をする必要がある。真実は人の数ほどあれど、起こった事実はひとつしかないのだから。
歩き出して、リリスはふと足を止めた。そういえば、とリリスの心の中では決めていたことを伝えていなかったことを思い出した。
「喪が明けたらファーライト様と正式に婚約を発表しますので、そのおつもりでいてくださいね」
「ファーライト家だと?幾らなんでもあそこは…っ」
「政略ですわ。まさか、このまま没落するおつもりです?」
まだガランと和解できそうにない。
リリスはナーシャの縋るような表情を見ないふりをして、自室へと戻って行った。
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