執着魔術師は手段を選ばない

成行任世

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「英雄達よ!此度の魔王討伐、誠に大義であった!」

王侯貴族がずらりと並び、玉座の王が高らかにその栄光を讃える。魔王の脅威から解放された彼らの表情は穏やかで、中央に控える英雄達を興味深そうに、或いは品定めするように見守っている。
国の誇る騎士団を従えた英雄は3人。高い魔力と巧みな剣術で勇者の適性を持つカイル。全属性持ちで同じく高い魔力を持つ魔術師サファリス・ディノイア。そして教会随一の治癒術を行使する治癒術師アイビー・ハイマン。揃って美しい顔をした3人は凱旋式で多くの女性達の歓声を浴び、そして今も貴族令嬢達が色めき立っている。

「此度の栄誉を讃え、褒賞を与えよう。そなたらが何を望むか大変興味深い。申してみよ」

「では、勇者殿から」

カイルは下げていた頭を上げた。望む褒賞を与えられると言われた時から心に決めていた願いがある。

「おれは孤児院の教育制度の導入を望みます。平民にも教育を受ける場を作って欲しいです」

「後進の育成か。本格的な始動には時間を要するかもしれぬが、国の更なる発展にも繋がろう」

うんうん、と王は頷く。
カイルは控えめな性格で、あまり自己主張をするタイプではない。温厚で勇者の名とは裏腹に勇ましさはそこまでない心優しい青年だった。それを理解しているから、王もカイルは好意的に思っていたし、望めば愛娘である王女ヴィオレッタを差し出す覚悟さえしていた。愛娘が望まれなかったことには思う所はあるが、さりとて勇者の望みとしては彼らしいと思う。
色好い顔をしない貴族もいるが、魔王討伐という偉業を成し遂げた英雄の願いだ。叶えないという選択肢はない。

「では続いて魔術師殿」

宰相の言葉にサファリスが顔を上げる。にこりと微笑む彼に、王妃がぽっと顔を染めた。

「私は、サリーニの港町のセナを私の伴侶に望みます」

途端にしん、と静まり返る。
驚いた顔をしたのはカイルで、呆気に取られるカイルを横目に、サファリスはもう一度王に応えた。

「サリーニの港町にあるパン屋の娘です。セナを私の伴侶とすることをお認めください」

「さ、サファリス、セナは平民だよ?」

おずおずとカイルが尋ねる。

「勿論知っているさ。本来なら平民は貴族に嫁ぐことはできないけれど、王命なら可能だろう?」

「お、お待ちください!貴方のような方なら私のような王女をも望めるのに、平民の娘を望むのですか!?」

王女を差し置いて英雄に望まれるまだ見ぬ平民に嫉妬しつつ、ヴィオレッタはサファリスに叫ぶ。ディノイア伯爵家の長男で優秀な魔術師。多少家格は低いが、その優秀さを鑑みれば何の問題もない。高位貴族だけでなく王女の相手としても遜色ない男。それがサファリス・ディノイアである。
だが怜悧な瞳でそれを制したサファリスに、ヴィオレッタは押し黙るしかなかった。それを黙認し、サファリスはうっとりと目元を緩める。

「あぁ早くあの愛らしく純朴な少女セナを私の色に染め上げたいよ」

ゾクッと背筋が凍った。
美しい男の悍ましい態度に、参列した貴族達がざわざわと落ち着きをなくしてゆく。

「サファリス、セナの意思を無視するようなこと、おれは認められないよ」

「セナが私を愛すれば良いだろう?何の問題もない」

圧倒的な自信の中に宿る狂気にも似た色を、カイルは確かに認めた。
カイルにとってセナは妹のような存在だ。サファリスとセナを引き合わせたのもカイルであり、少しだけ複雑な感情が過ぎる。たった一度だけ「美味しいパン屋がある」と紹介したのだが、まさかサファリスのような貴族令息の目にセナが留まるとは思わなかった。いや、セナは確かに可愛いが、マスコットのような愛らしさだしそもそも平民だ。貴族が娶るような身分ではない。

「勿論、認めてくれますよね?陛下」

王は何も言えなかった。その平民の娘を知らなければ、ディノイア家の当主の許可もなくその婚姻を認める訳にもいかない。即答できない王にサファリスの機嫌が急降下していった。みるみる冷めてゆく視線に、全員に悪寒が走る。

「僕の望み…どころじゃないよなぁ」

アイビーは遠い目をしながら、サファリスと王の睨み合いを見守っていた。




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「ちょっと待ってよ、サファリス。さっきの本気なの?」

謁見を終えたサファリスは無言のままソファにその身を沈めた。英雄達に与えられた客室で、謁見の間のような絢爛さはないが、金刺繍や陶磁器の質からして高級であることは一目瞭然である。そんな荘厳な客室で、カイルは険しい表情でサファリスを見下ろした。

「なんのこと?」

「なんのって…セナのことだよ。嫁にするって話」

「悪いか?」

「良いとか悪いとかじゃなくて…セナとの接点なんてないでしょ?何でセナなの?」

「強いて言えば魔力の相性が良いからかな」

「魔力?」

カイルは自分の手を見た。マメだらけの手に宿る魔力は、カイルには詳しく分からない。魔術師達はその魔力の性質を分けて考えているようだが。

「でもセナは魔力なしだよ?」

「だからこそだよ。中途半端に魔力があるとその魔力量の差で魔力酔いを起こすし、魔力にも波長がある。魔力なしのセナならそれもないし何より彼女の周りは空気が清浄化される」

「清浄?セナにそんな力があるのか?」

「ないよ」

サファリスは間髪入れずに答えた。その表情は普段と変わりなく、嘘を吐いているようにも見えない。

「自然は美しいだろう?濃い化粧で着飾った女共よりも自然の愛らしさに癒される」

「それは…」

分からなくもない、とカイルは思う。勿論自分のために綺麗に着飾ってメイクをしてくれた努力は嬉しいし美しいと思うが、純粋で自然なものが好きなのはカイルも同じだ。

「あぁ」

うっとりと微笑うサファリスは艶っぽく、男のカイルでさえドキリとした。

「早くあのを私のものにしたいよ」


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