執着魔術師は手段を選ばない

成行任世

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高い城壁は果てしなく続き、格子状の門の前には衛兵が剣を携えて立っている。城門を抜けると緑の絨毯に咲き誇る彩り豊かな花々と、白亜の噴水がセナを歓迎した。
騎士が向かうのは王宮ではなく、中庭を抜けた先だった。城壁と同じ錫色の高い塔だ。セナが見上げても屋根は見えず、周囲に人影もない。扉の前に立つと、人手もなく扉が開いた。

「君がセナか」

騎士を見て、セナを見て、ローブを目深に被った魔術師が一言呟く。値踏みするような無遠慮な視線に居心地の悪さを覚えつつ、セナはその魔術師に頭を下げた。声からして男だろう。背が高く、見下ろされる威圧感もある。

(熊みたいだ)

迎えに来た騎士も決して細身ではないが、騎士よりも体格がいい。騎士のように身体を鍛えることよりも、魔導書を読み漁り術式を取得するのが一般的であるため、魔術師というと総じて細身の人間が多いものだ。筋肉質な騎士とは体のつくりが違うと言える。
幼馴染みから魔術師の特性を聞いていたセナは、目の前の大柄な魔術師がいることを想像だにしなかった。ついビクッと体が震えてしまうのも仕方がない。

「うをっ!?」

不意に、魔術師の体が宙に浮いた。かと思えば、まるで誰かに引っ張られたように、或いは突き飛ばされたかのように、巨体が壁に貼り付けられる。文字通り、光の矢が突き刺さるように彼の体を釘付けにしている。

「彼女を怯えさせることは許さん」

ドスのきいた低音が響く。コツン、と小気味いい音を立てた革靴は傷一つなく磨かれている。すらりと長い脚、その身を覆う長いローブの端がひらりと揺れた。

「いらっしゃい、セナ嬢。君の店でパンを買った時以来だね」

燃え盛る炎のようだ、とセナは思った。決して明るくはない部屋の中で、蝋燭の炎にゆらゆらと揺れる紅色が、血のように見えたのはセナの気のせいなのか、セナには分からない。分かるのは、セナを呼んだのが彼であろうと言うこと。その紅色の髪には見覚えがある。カイルから紹介された、その人だ。

「魔術師様」

勇者一行のひとり、サファリス・ディノイア。彼の名を知らぬ者はこの世にいない。その膨大な魔力であらゆる上級魔術を放ち、勇者の窮地を幾度となく救った英雄である。

「そんな他人行儀に呼ばず、サファリスと呼んでほしいな」

セナはぎょっとした。もちろん名前は知っているが、そんな軽々しく口にしていいはずがない。貴族と平民。英雄と市民。セナとサファリスが言葉を交わす機会など本来ならあり得ないのだ。

「英雄様を名前で呼ぶなんて畏れ多くてできません」

「気にしないよ。君はカイルの幼馴染みだ。大切な仲間の幼馴染みに他人行儀にされるのは寂しいな」

(寂しいというほど話したことはないはずだけど…)

セナは困惑した。確かにサファリスにパンを売った記憶がある。カイルが店に来た時にサファリスも連れて来られて、気怠そうにしていた彼もパンの香りに触発されたのか大量に購入してくれた。あの日は彼がパンを買ったことが評判となり早々に完売して、パンの焼き上がりが間に合わず早仕舞いしたのだ。サファリス様様である。
しかし、彼が来店したのはその一回だけ。カイルの故郷に寄るだけだったようで、彼らはすぐにサリーニを発った。だから、セナからしたらサファリスは雲の上の人である。

「サファリス、さま…?」

「うん、それでいい。本当は敬称もいらないんだけど、それは追々ね。私もセナと呼ばせてもらうよ」

気さくだ、とセナは思った。ただカイルの幼馴染みというだけで、とても気安い。貴族は街のパン屋になど来ないし、いつも高級品に囲まれているイメージしかなかったのに。

「それでね、セナ。私は君にお願いがあるんだ」

「私にですか?」

偉大な魔術師様が平民のセナに?共通点なんてカイルしかいないし、本来なら決して関わることがないはずなのに。

「そう。君にしかできない。いや、どうしても君がいい」

ジッと真剣な瞳に見つめられ、セナはドギマギした。やましいことはないから目を逸らすのは違うが、目を逸らしたくなる。逸らさないと、もう元には戻れないような、そんな不思議な感覚に眩暈がしそうだった。

「君の伴侶として隣にいる許可をくれないか?」

「はい?」

「私と結婚して欲しい」

「なに、言って…」
「もちろん、急に言われても困惑するよね?だから今返事すぐをしなくてもいいよ」

すぐに返事をしようが、返事を考えようが、答えは変わらないとセナは思う。英雄と市民で婚姻関係が成立するはずがないのだ。ましてやサファリスのような美丈夫ならば多くの貴族令嬢を魅了するだろう。あの平民出身のカイルですら、勇者としてその名を轟かせ、今では貴族からの求婚が絶えないのだと愚痴をこぼしていたのを、セナは知っている。だから、元々貴族でありしかも王族の憶えの良い彼を、令嬢達が放っておくはずがない。

「立場を気にしているのなら心配はいらないよ。いざとなったら王命があるから、誰にも文句は言わせない」

ひらり、サファリスの指に踊る羊紙皮がセナの前で止まる。

「え?」

宙に浮かぶソレには、サファリスとセナの名が並んでいる。そして、ふたりの婚姻を認めるという文と、国王陛下の署名が確かに刻まれている。

「これって…、王様の命令ってことですか?」

「さすがセナ。字が読めるなんて賢いね」

サファリスは的違いに感心し、セナの頭を撫でる。ふわふわと柔らかいその髪にうっとりと目を細めて、サファリスは身を屈めた。セナの顔を覗き込むように。
獲物を、逃さないように。

「私はこんなものに従うのではなく、君の意思で私と添い遂げて欲しいんだ」

セナは二の句を告げられなかった。何が起こっているのか、自分がどうするべきなのか、全く状況が把握できない。誰も会話に入って来ず、セナを助けてくれる人はいない。戸惑いは徐々に恐怖に変わり、孤独に足が震えそうになる。
にこり、サファリスは笑った。

「突然のことで驚いたよね。じゃあ、こうしよう」

サファリスはセナの手を取った。

「一晩、私の抱き枕になってくれない?」

太陽はまだ天高く見下ろしている。



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