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第二章 存在の証明
もう奪わないで
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「……ドナーも患者も、互いの情報を知ることはできませんよね。蓮さんはどうして、私が菫さんから心臓を移植されたと知ったのですか?」
「菫の絵と晴陽ちゃんの絵が、そっくりだったからだよ」
デジャヴだ。凌空にも同じことを言われた晴陽は目眩を起こしそうになった。
確かに、翔琉をはじめ昔から晴陽の絵を知っている人間からは、心臓移植後に作風が変わったとは言われている。だけどそれは、体が元気になったことによる心境の変化が大きく影響していると思っていた。
だけどふたりに同じことを指摘されるだなんて、自分の考え方が根本的に誤っていたのかもしれない。他ならぬ菫と絵が酷似するだなんて、同じ先生に教わっていたとか好きな画家が一緒だとか、そういった偶然の産物だろうか。
――菫さんが私の手を使って絵を描いているとか? 自分で立てた仮説に背筋が凍った。
「晴陽ちゃんはサンクスレターを書いてくれたでしょ? それに同封されていた風景画の色使いとかタッチがね、菫が描いたとしか思えないものだったんだ。菫を感じたオレは本当に嬉しかった。一度はそこで満足したんだよ」
サンクスレターとは、臓器移植で命を繋げてもらった患者が臓器を提供してくれたドナーの家族に書く、お礼の手紙のことだ。晴陽は文章で感謝を綴った後、色鉛筆で描いた風景画を添えたのだった。
「お互いの個人情報が伝わらないように、日本臓器移植ネットワークを通してやりとりされるはずですが……?」
「うん、サンクスレターはあくまできっかけ。晴陽ちゃんが菫の臓器を移植されたってオレが確信したのは、菫が毎年参加していたあるコンテストの結果だよ。発表をホームページで見ていたオレは、菫とよく似た絵で受賞していた君の絵を発見して……『ああ、この子だ』って。君のことはすぐに調べ尽くしたよ」
「え? ……わ、私のこと、どのくらい知ってるんですか?」
「秘密。元気そうに生活している君の姿は、オレを救った。菫の臓器はまだ生きているんだから、菫は死んでなんかないって」
口元に笑みを浮かべる蓮の瞳は今も、晴陽の中にいる菫しか見ていない。
「それは……違うと思います。菫さんは亡くなり、彼女の心臓をもらって私は生きています。キツい言い方になるかもしれませんが、現実を受け入れてほしいです。そうじゃないと、蓮さんは前に進めないんじゃないかって……心配になります」
最後の言葉は、自分の口から出たものとは思えなかった。それはまるで、兄を心配する妹(菫)からの言葉のようだった。
「そうやってオレを甘やかさないところも、菫に似てるんだよね」
目と目が合った。視線を逸らさないまま顔を近づけてくる蓮の手が伸び、晴陽の頬に優しく触れ、切なげに瞳を揺らしながらゆっくりと離した。
「ねえ。晴陽ちゃんはいつ、自分の心臓が菫のものだって知ったの?」
「知ったというか……昨日、凌空先輩に指摘されました。……蓮さんと同じく、私と菫さんの絵が似てるっていう理由で悟ったみたいです」
「へえ、凌空くんも気がついているんだ……それなのに何もアクションを起こそうとしないなんて、菫からの告白もあの子のことをろくに知ろうともしないで拒絶したみたいだし、相変わらず嫌なことから目を背けたがるみたいだね」
目の前で好きな人の悪口を言われて、黙っていられるような女ではない。
「凌空先輩のことを悪く言うのはやめてください。確かに告白は断ったみたいですけど、菫さんのことを拒絶している感じではありませんでしたよ? 勝手な決めつけで話さないでください」
「……声は決して荒らげずに、冷静に相手を詰める怒り方も、菫にそっくりだ……ううん、『似てる』んじゃなくて、『同じ』だから当然か」
よくわからないことをぼそぼそと呟いて口角を上げた蓮は、晴陽の心臓を指差した。
「晴陽ちゃんはオレを避けないで。オレから二度も菫を奪わないで」
それは晴陽を拘束するかのような、お願いやおねだりの域を超えた、脅迫だった。
「それは……無理です。私は逢坂晴陽です。あなたの妹の菫さんではないです。私は――」
「凌空くんとのことは邪魔しない! たまに会ってくれるだけでいいから! ……頼む……」
生前の菫の記憶が影響しているのか、菫から心臓をもらったという感謝の念が強いのか。
断るべきだと脳では判断しているのに、悲痛な顔をする蓮の要求にかぶりを振ることは、晴陽にはとても難しいことだった。
「……わかりました……私にできる範囲で、蓮さんの要望に応えたいと思います」
それに、自分の存在が妹を失った蓮の寂しさを埋められるなら、生き残った自分の責務だとも思ったのだ。
この判断が凌空との関係に与える影響を、自身と菫との境界線を曖昧にしてしまう危険性を、今の晴陽には知る由もなかった。
「菫の絵と晴陽ちゃんの絵が、そっくりだったからだよ」
デジャヴだ。凌空にも同じことを言われた晴陽は目眩を起こしそうになった。
確かに、翔琉をはじめ昔から晴陽の絵を知っている人間からは、心臓移植後に作風が変わったとは言われている。だけどそれは、体が元気になったことによる心境の変化が大きく影響していると思っていた。
だけどふたりに同じことを指摘されるだなんて、自分の考え方が根本的に誤っていたのかもしれない。他ならぬ菫と絵が酷似するだなんて、同じ先生に教わっていたとか好きな画家が一緒だとか、そういった偶然の産物だろうか。
――菫さんが私の手を使って絵を描いているとか? 自分で立てた仮説に背筋が凍った。
「晴陽ちゃんはサンクスレターを書いてくれたでしょ? それに同封されていた風景画の色使いとかタッチがね、菫が描いたとしか思えないものだったんだ。菫を感じたオレは本当に嬉しかった。一度はそこで満足したんだよ」
サンクスレターとは、臓器移植で命を繋げてもらった患者が臓器を提供してくれたドナーの家族に書く、お礼の手紙のことだ。晴陽は文章で感謝を綴った後、色鉛筆で描いた風景画を添えたのだった。
「お互いの個人情報が伝わらないように、日本臓器移植ネットワークを通してやりとりされるはずですが……?」
「うん、サンクスレターはあくまできっかけ。晴陽ちゃんが菫の臓器を移植されたってオレが確信したのは、菫が毎年参加していたあるコンテストの結果だよ。発表をホームページで見ていたオレは、菫とよく似た絵で受賞していた君の絵を発見して……『ああ、この子だ』って。君のことはすぐに調べ尽くしたよ」
「え? ……わ、私のこと、どのくらい知ってるんですか?」
「秘密。元気そうに生活している君の姿は、オレを救った。菫の臓器はまだ生きているんだから、菫は死んでなんかないって」
口元に笑みを浮かべる蓮の瞳は今も、晴陽の中にいる菫しか見ていない。
「それは……違うと思います。菫さんは亡くなり、彼女の心臓をもらって私は生きています。キツい言い方になるかもしれませんが、現実を受け入れてほしいです。そうじゃないと、蓮さんは前に進めないんじゃないかって……心配になります」
最後の言葉は、自分の口から出たものとは思えなかった。それはまるで、兄を心配する妹(菫)からの言葉のようだった。
「そうやってオレを甘やかさないところも、菫に似てるんだよね」
目と目が合った。視線を逸らさないまま顔を近づけてくる蓮の手が伸び、晴陽の頬に優しく触れ、切なげに瞳を揺らしながらゆっくりと離した。
「ねえ。晴陽ちゃんはいつ、自分の心臓が菫のものだって知ったの?」
「知ったというか……昨日、凌空先輩に指摘されました。……蓮さんと同じく、私と菫さんの絵が似てるっていう理由で悟ったみたいです」
「へえ、凌空くんも気がついているんだ……それなのに何もアクションを起こそうとしないなんて、菫からの告白もあの子のことをろくに知ろうともしないで拒絶したみたいだし、相変わらず嫌なことから目を背けたがるみたいだね」
目の前で好きな人の悪口を言われて、黙っていられるような女ではない。
「凌空先輩のことを悪く言うのはやめてください。確かに告白は断ったみたいですけど、菫さんのことを拒絶している感じではありませんでしたよ? 勝手な決めつけで話さないでください」
「……声は決して荒らげずに、冷静に相手を詰める怒り方も、菫にそっくりだ……ううん、『似てる』んじゃなくて、『同じ』だから当然か」
よくわからないことをぼそぼそと呟いて口角を上げた蓮は、晴陽の心臓を指差した。
「晴陽ちゃんはオレを避けないで。オレから二度も菫を奪わないで」
それは晴陽を拘束するかのような、お願いやおねだりの域を超えた、脅迫だった。
「それは……無理です。私は逢坂晴陽です。あなたの妹の菫さんではないです。私は――」
「凌空くんとのことは邪魔しない! たまに会ってくれるだけでいいから! ……頼む……」
生前の菫の記憶が影響しているのか、菫から心臓をもらったという感謝の念が強いのか。
断るべきだと脳では判断しているのに、悲痛な顔をする蓮の要求にかぶりを振ることは、晴陽にはとても難しいことだった。
「……わかりました……私にできる範囲で、蓮さんの要望に応えたいと思います」
それに、自分の存在が妹を失った蓮の寂しさを埋められるなら、生き残った自分の責務だとも思ったのだ。
この判断が凌空との関係に与える影響を、自身と菫との境界線を曖昧にしてしまう危険性を、今の晴陽には知る由もなかった。
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