14 / 52
第二話 記憶の恋愛
5
しおりを挟む翌日、バイトが終わった後で雑貨屋に足を運ぶと、
「「あ」」
目が合った恭矢と依頼主は同時に声をあげた。今日の由宇の客――記憶を消したいと望む依頼主は、西野だったのだ。
「西野さんと相沢くんは、お知りあいだったのですか?」
「ああ、バイトで世話になってるよ」
昨日出会ったばかりなのに知り合いというのもおかしな感じがしたが、西野がそう言ってくれたことを恭矢は嫌だとは思わなかった。
だが、西野が恋人のことを忘れたいと思ってここに来たということは、
「……彼女さんとは、上手くいかなかったんですか?」
「……ああ、駄目だったわ。あいつ、イイ女だから未練はあるけどな……やっぱ俺、浮気はどうしても許せねえんだ」
西野は右手の薬指からシルバーの指輪を抜き取った。
「んじゃ、頼むぜ〈記憶の墓場〉さん。俺の記憶から、あいつのことを綺麗サッパリ消しちまってくれよ」
「わかりました。それでは、あなたの望むようにわたしは〈記憶の墓場〉としてあなたから思い出を奪います。もう二度と、あなたは積み重ねて来たモノを思い出すことはありません。それでも?」
「何度も言わせんな。早くやってくれ」
西野の強がった笑顔を見た由宇は「失礼しました」と告げてから、そっと指輪に口付けをした。いつものように『奪われる側』の西野は意識を失って眠りにつき、由宇は苦渋に顔を顰めた後で涙した。
「小泉、大丈夫……?」
声をかけると、由宇は恭矢の右手を強く握った。突然訪れた柔らかさに心拍数が跳ね上がる。左手で握り返した方がいいのか? いきなり握ったら気持ち悪いか? と、恭矢が脳味噌をこねくり回していると、
「……恋をすることで、こんなに辛い気持ちになるのなら……わたしにはできる気がしない。どうして皆、辛いってわかっていて恋をするんだろう?」
由宇が涙を流して辛い表情をしていることからもわかるように、西野が経験した恋は、楽しいことよりも辛いことの方が大きかったのだろう。悲観的な由宇の言葉を聞いた恭矢は、彼女の手を強く握り返すことを選択した。
「……恋ができるか、できないかは自分が決めることじゃない。好きになったひとが、そうさせるんじゃないかな」
記憶を重ねるだけで、まだ自ら経験をしてもいない由宇がそんな悲しいことを口にするのが嫌で、恭矢はつい気障ったらしいことを口にしてしまった。
恭矢が由宇に対して抱く、「気になる」「好かれたい」「好きになってほしい」「もっと一緒にいたい」という気持ちを恋と呼んでいいのなら、それを辛いことだとは思ってほしくなかったのだ。
由宇の瞳を見つめる。「俺が小泉を好きになったように」、と続けられるほどの度胸はまだ足りなかったが、嘘を言ったつもりはない。
――小泉が俺に、恋をしてくれたなら。
そんな願望を込めて口にした言葉は彼女の涙を中途半端に止めてしまって、由宇はそれから西野が目を覚ますまで口を開かなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる