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第四話 記憶の献上

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 恭矢は毎日、バイト帰りに雑貨屋に寄って、楽しかった思い出や感動した思い出を由宇にあげていく日々を送っていった。

 龍矢が初めて立ったときの感動をあげた。

 兄弟皆で祖母の家に遊びに行ったとき、山菜を採ったりスイカの種の飛ばしっこをしたりして、田舎を満喫した思い出をあげた。

 中学生の頃、友人が好きだった子への告白に成功したとき、皆で海に飛び込んではしゃいだ思い出をあげた。

 バイトを始めたばかりで失敗が続いて落ち込んでいたとき、店長に食べ放題の店に連れて行って貰って、たくさん食べながらいろいろ語り合った思い出をあげた。

 思い出をあげることを、恭矢は惜しいとは思わなかった。
あげられる思い出があるということは、自分が思っていたより幸せな人生を送っていたという証明のようにも思えた。

 何より、由宇が笑ってくれることが嬉しかった。


 そんな生活が一ヶ月ほど続き、季節は夏休み目前となっていた。暑さが一段と増していった季節だったため暑さのせいだと思い込んでいたが、恭矢はこの頃、少しだけ笑顔が作りにくくなっていた。

「相沢は大学に行くつもりはあるのか?」

 窓を開けた生徒指導室には、昼休みを満喫している生徒たちの騒がしい声が入ってくる。進路希望調査を参考にして行なわれる担任との二者面談は、生ぬるい炭酸のような雰囲気の中で始まった。

「ないっすねー。大学行くにも金がないので」

 姉も兄も高校卒業後はすぐに就職している。毎日働いて家にお金を入れてくれる二人に家族皆が感謝しているし、自分もそうしなければならないと思ってきた。

「そうか、勿体ないな、お前がちゃんと勉強に専念できる環境だったら、ある程度の大学には入れたと思うけどな」

「お、先生俺のこと褒めてくれてるんですか? 照れるなー!」

 ふざけた恭矢に、担任は溜息を吐いた。

「……大学に行って、やりたいことはないのか? もしお前が大学に行きたいと言うなら、俺もできる限りご家庭の負担にならない道を提案する。お母さんへの説得にも協力する」

「んー、やりたいことは特にないし、大学はいいっすよ。それより一円でも多く稼がないと! 先生、こんな苦学生である俺にお恵みとかくれたりしません?」

 恭矢は大袈裟に明るい笑顔を貼り付かせたまま、手のひらを上にして担任の前に手を差し出した。

「アホウ、俺だって安月給だ。とにかく、お母さんとも話し合ってみろ。先に進めば進むほど選択肢は限られて来るからな。お前の歳ならもっと我儘を言っていいんだ」

「しつこいっすよ先生。じゃあ、母さんと話して大学行かせてくれるって話になったら、また相談します」

「おう、そうしろ。報告を待っているからな」

「はい、それじゃあ失礼します」

 生徒指導室を出た恭矢は静かに溜息を吐いた。担任が話した内容を母に言うつもりはさらさらない。言えるはずがない。

 誰にも話したことはないが、本心を言えば、恭矢は母と同じように学校の先生になりたいと思っていた。教員免許を取るために大学に行きたいと考えたこともあるが、それは口にしてはいけない我儘だとわかっていた。

 どうせ大学に通う金は家にない。留年しない程度に適度に勉強に励んで、金を稼ぐのが恭矢の高校生活だ。逆に、大した学力もないくせに、金さえ積めば入れるような大学に入って四年間楽しく過ごす奴が世の中にはたくさんいるのだろう。

 真面目にやっている俺って馬鹿みたいだなと思った後、恭矢は自分の性格の悪さに愕然とした。必死にかぶりを振り、今の気持ちを忘れようと努めた。
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