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天の川
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2023年7月6日、七夕前夜にもかかわらず天気はあいにくの雨だった。七夕に短冊に願いを書いて笹の葉に吊るすのは誰もがやったことがあるだろう。ただ、僕からすれば願いが叶ったことも、願いを叶えるための努力をしたこともただの一度もなかった。
「また、陰気な顔してる。ただでさえ雨なのに、そんなんで私の病室に入ってこないで!」
隣で騒いでいるのは隣の家に住んでいる汐織で、僕の幼馴染だった。幼い頃から心臓が弱く17歳を迎えた先月の誕生日、様態が急変しついに入院が必要になってしまった。明日、7月7日は彼女の手術予定日だ。僕は学校帰り、朝から彼女の様子を見にきたのだった。
「悪かったな、これだけ置いてすぐ帰るよ」
これとは七夕の笹の葉のことだ。汐織の高校のクラスメイトや、地元の友人の元を回って事情を説明して書いてもらった。一本の笹の葉にこれでもかと短冊が下げられていることが彼女の人望を物語っている。僕はそれをベッドの隣の机に無造作に置いて汐織に背を向けると、うしろから腕を掴まれた。僕の腕を引く彼女の手にはかつてのような力はなく、その手は簡単に解けた。その現実が僕の胸を抉った。僕はなんて声を掛ければいいかわからなかった。ただ、絶対上手く行くだとか、大丈夫だよ、などとは口が裂けても言えなかった。
「また明日、明日その笹に僕の短冊もかけに行くよ」
結局、口に出たのは励ましでもなんでもなく、いつも通り軽口を叩いただけだった。
「何それ、ていうか君の短冊はないの?」
彼女はいつも通り笑ったが、その目には涙が浮かんでいた。僕の短冊がないのかというのはもっともな話だ。ただ、常日頃から信仰やジンクスを信じない僕が短冊に願いを描くのはなんだか浅ましいような、逆効果なような気がしてならなかった。結局、短冊を書けと騒ぎ立てる汐織と面会時間が終わるまで格闘して僕は病室を後にした。
その翌日、汐織は15時間を戦い2度と目を覚ますことはなかった。
手術が終わった頃にはすっかり夜になっていた。僕は現実を受け止められずに汐織の病室へ向かった。彼女のベッドにはまだ、彼女が生きていた形跡とその隣の机には昨日あげた、僕の短冊のかかっていない笹の葉があった。ただ、汐織の身体だけがそこにはなかった。
汐織を殺したのは誰だ。この程度の願いも叶えないのならば、七夕なんてなんの意味があるのか。僕は笹の葉と短冊を持って病棟の屋上へ向かった。神様に抗議してやろうと思った。ドアを開けて外に出ると、病棟の屋上は建物が高いのに今日はなぜか何も見えなかった。
「おい、誰かいるなら出てこい」
誰も応えなかった。ただ、汐織を奪ったこの世の理不尽が憎かった。『頑張って!』『きっと大丈夫!』などと誰かの気休めだけが垂れ下がった笹の葉を床に叩きつけた。汐織に何もしてあげられなかった自分を呪った。ポケットに入れていた自分の短冊をビリビリに破く。ただ、無力だった。暴れ疲れて座り込むと、笹の葉に僕がみんなに書いてもらった短冊とは違う色の短冊に気がついた。そこには汐織の字が書かれていた。病気で手に力が入らないのか、歪な文字だったが確かに汐織の字だった。
『ありがとう、また明日ね』
胸を締め付けられるような気持ちになった。病院で亡くなった汐織は霊安室にいるかお通夜のためにすでに葬儀場へ運ばれてしまっているだろう。僕は一体何をしているのだろう。それでも僕は汐織に会いに行かなくてはならないことだけはわかった。たとえそれがどれだけ辛いことだとしても。それが、僕が汐織にしてあげられる最後のことだった。暴れ疲れた僕は汐織の短冊を拾って、そこで座り込んだ。
ようやく落ち着くとさっきは何も見えなかったはずの夜空が満点の星空であったことに気がついた。神様もどうやら少しくらいは気が効くらしい。しばらく惚けた後、僕は急いで病院の霊安室へ向かった。まだ、搬送されていなかった彼女に僕は短冊の話、屋上で見た星空の話をした。これが僕らの最後の会話だった。
その後、僕は毎年七夕になると病棟の屋上に星を見に行くようになった。たとえ雨が降っていても、屋上の銀河は僕にだけは見えるのだった。
「また、陰気な顔してる。ただでさえ雨なのに、そんなんで私の病室に入ってこないで!」
隣で騒いでいるのは隣の家に住んでいる汐織で、僕の幼馴染だった。幼い頃から心臓が弱く17歳を迎えた先月の誕生日、様態が急変しついに入院が必要になってしまった。明日、7月7日は彼女の手術予定日だ。僕は学校帰り、朝から彼女の様子を見にきたのだった。
「悪かったな、これだけ置いてすぐ帰るよ」
これとは七夕の笹の葉のことだ。汐織の高校のクラスメイトや、地元の友人の元を回って事情を説明して書いてもらった。一本の笹の葉にこれでもかと短冊が下げられていることが彼女の人望を物語っている。僕はそれをベッドの隣の机に無造作に置いて汐織に背を向けると、うしろから腕を掴まれた。僕の腕を引く彼女の手にはかつてのような力はなく、その手は簡単に解けた。その現実が僕の胸を抉った。僕はなんて声を掛ければいいかわからなかった。ただ、絶対上手く行くだとか、大丈夫だよ、などとは口が裂けても言えなかった。
「また明日、明日その笹に僕の短冊もかけに行くよ」
結局、口に出たのは励ましでもなんでもなく、いつも通り軽口を叩いただけだった。
「何それ、ていうか君の短冊はないの?」
彼女はいつも通り笑ったが、その目には涙が浮かんでいた。僕の短冊がないのかというのはもっともな話だ。ただ、常日頃から信仰やジンクスを信じない僕が短冊に願いを描くのはなんだか浅ましいような、逆効果なような気がしてならなかった。結局、短冊を書けと騒ぎ立てる汐織と面会時間が終わるまで格闘して僕は病室を後にした。
その翌日、汐織は15時間を戦い2度と目を覚ますことはなかった。
手術が終わった頃にはすっかり夜になっていた。僕は現実を受け止められずに汐織の病室へ向かった。彼女のベッドにはまだ、彼女が生きていた形跡とその隣の机には昨日あげた、僕の短冊のかかっていない笹の葉があった。ただ、汐織の身体だけがそこにはなかった。
汐織を殺したのは誰だ。この程度の願いも叶えないのならば、七夕なんてなんの意味があるのか。僕は笹の葉と短冊を持って病棟の屋上へ向かった。神様に抗議してやろうと思った。ドアを開けて外に出ると、病棟の屋上は建物が高いのに今日はなぜか何も見えなかった。
「おい、誰かいるなら出てこい」
誰も応えなかった。ただ、汐織を奪ったこの世の理不尽が憎かった。『頑張って!』『きっと大丈夫!』などと誰かの気休めだけが垂れ下がった笹の葉を床に叩きつけた。汐織に何もしてあげられなかった自分を呪った。ポケットに入れていた自分の短冊をビリビリに破く。ただ、無力だった。暴れ疲れて座り込むと、笹の葉に僕がみんなに書いてもらった短冊とは違う色の短冊に気がついた。そこには汐織の字が書かれていた。病気で手に力が入らないのか、歪な文字だったが確かに汐織の字だった。
『ありがとう、また明日ね』
胸を締め付けられるような気持ちになった。病院で亡くなった汐織は霊安室にいるかお通夜のためにすでに葬儀場へ運ばれてしまっているだろう。僕は一体何をしているのだろう。それでも僕は汐織に会いに行かなくてはならないことだけはわかった。たとえそれがどれだけ辛いことだとしても。それが、僕が汐織にしてあげられる最後のことだった。暴れ疲れた僕は汐織の短冊を拾って、そこで座り込んだ。
ようやく落ち着くとさっきは何も見えなかったはずの夜空が満点の星空であったことに気がついた。神様もどうやら少しくらいは気が効くらしい。しばらく惚けた後、僕は急いで病院の霊安室へ向かった。まだ、搬送されていなかった彼女に僕は短冊の話、屋上で見た星空の話をした。これが僕らの最後の会話だった。
その後、僕は毎年七夕になると病棟の屋上に星を見に行くようになった。たとえ雨が降っていても、屋上の銀河は僕にだけは見えるのだった。
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