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第二部 ムーンダガーの冒険者たち

2-1 ワフの仲良しさん

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薬屋に入り浸るようになって、3年近く経つ。

僕はいつからかクラウディオさんのことを"先生"と呼んでいる。もちろんトウジにいちゃんの影響もある。でも本当にたくさんのことを教わっているから、なんだか自然とそう呼ぶようになった。

ある日、視界に垂れてくる前髪を何度もよけながら本を読んでいると「ぜひ私に前髪を切らせて下さい」とにこにこ顔で先生が圧をかけてきた。

多分、何日か前から切りたくてうずうずしていたんだと思う。ここは素直にお願いすることにした。

「少し顎引いて、目を瞑っていて下さいね」

先生の香りが近づいてきて、閉じた視界が先生の分の影で一段暗くなる。前髪にくしが当たる。少しずつハサミが入ると、手元に開いた紙にぱらぱらと落ちる音がした。しばらくすると先生の手が僕の引いていた顎をきゅっと持ち上げる。顔を何度か筆のようなもので掃われると「いいですよ」と声がかかった。

「満足しました」
「それはよかったです」

おでこの辺りがすごくスーッとする。

「先生結構切った?」
「似合ってるよ」
「鏡貸してもらえますか?」
「かわいいよ」

鏡で見ると、前髪は眉毛より上のラインで切りそろえられていた。誤ってこうなったという感じではない。本当に先生の好みで、自信を持って、この長さに仕上げられたのだ。

自分のことに関して結構面倒くさがりなので、この時は「頻繁に切る必要がなくて楽でいいや」くらいに考えていたが、帰ってトウジにいちゃんに指差しで笑われてからは、その考えはすぐに改めた。

今後先生に前髪を任せることはないだろう。断ったら先生、しょんぼりするんだろうな。「私から癒しを奪わないで下さい!」と抗議してくるに違いない。

しかしオン眉は断固拒否である。


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「散歩?」
「ええ、お使いと一緒にお願いできますか?」

ナナンと一緒に薬屋を尋ねると先生からお使いとワフの散歩を頼まれた。

お使いの内容は知り合いの作家へ栄養剤を届けること。そのお使い先にはワフの仲良しの子がいて、せっかくなので連れていって少し遊ばせてあげて欲しいということだった。報酬はおやつ増量。僕もナナンも断る訳がなかった。

さっそく言われた場所へ向かおうと店を出た瞬間に、どこに控えていたのだろうか。女性数人がすすっと早足で近づいてきて僕らを囲んだ。見覚えのある方々ばかり、いつもトウジにいちゃんにプレゼントやお手紙を持ってくる皆さんだ。

「リッカくん待ってたよ」
「今日もお願いできるかな?」
「良かったらみんなで食べてね」

僕らに持ち物を渡すついでに体をべたべたと触って、皆一斉に早口で喋り、気が済むと帰った。

これからお使いなのに荷物が増えてしまった。預かるのは別に構わないけど帰り道がよかったな。そんなこと伝える間もなく嵐のように去っていった。

トウジにいちゃんが貰ったプレゼントをどうしているかというと、全部ちび達にあげている。プレゼントは何度断っても持ってくる人が絶えないので、それならせめて子供たちに分けられるものにしてくれと頼んだらしい。

手紙も一応は読んでるみたいだけど、返事を書いてる様子はない。そのうち返事の手紙を相手に渡すように頼まれたりするのかな。そうなったら僕は寂しくてこっそり泣いちゃうかもしれない。

ワフが僕のお尻を頭でぐいぐい押してきた。

「ごめん、行こっか」
「うん」

ガヤガヤと人通りの多い商店街の近くに目的の場所はあった。ドアノッカーを叩いてしばらく待つ。作家さんが栄養剤と聞いて今は忙しい時期なんだろうな、と勝手に想像してしまう。

奥から何かガタンッと物を落としたような音が聞こえた後すぐにドアが開いた。どんな人がいても驚かない自信があったのに、頭がでかい毛糸玉みたいな人が出てきたので「ぎゃっ」と声が出てしまった。

「どちら…?」
「あ、すみません。僕たちクラウディオさんのお使いです」
「ああ…わざわざありがとね」

毛糸玉さんがもそもそとゆるい動きで栄養剤の入った箱を受け取る。

「あの、シモンちゃんはいますか?」とワフの仲良しさんの名と共に尋ねた瞬間。ガチャンッ!と大きな音がして、僕とナナンの肩がビクッと震える。

床を見ると受け取ったばかりの栄養剤の箱が手から落ちていた。

慌てて拾って中身を確かめる。どうやら割れているものは無さそうだ。よかった。毛糸玉さんの顔を見上げても、顔が毛に埋もれているので表情が全くわからなかった。

「ワフの仲良しの子がこちらにいると聞いてきたんですけど…今日は会えないですか?」
「シモンちゃん、いないの?」

毛糸玉さんは完全に固まってしまった。

ぺしぺしと僕の足にワフの嬉しそうな尻尾がぶつかっている。ちらっとワフの方を見た次の瞬間、ワフが毛糸玉さんに飛びついた。

「ワフ!飛び掛かったら危ないでしょう!」と引き剥がそうとするも、プロペラのようにブンブンと回る尻尾に阻まれて僕の腕が叩き落とされる。

「俺…です」
「え?」

「だから、俺がシモン…ちゃん」
「「えっ???」」

自身の毛玉頭を指差す彼。

先生のしたり顔が目に浮かんだのだった。

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