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第二部 ムーンダガーの冒険者たち

2-5 だめ

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「だめ」

この人の登場である。
他の人は3ヶ月と聞いても意見を変えることはなかったが、この人は違う。

「ナナン、あなたそろそろ親離れしなさい」
「やだ」

親って、僕かい。
そういえば、ナナンと2日以上離れたことってなかったかもしれない。

「リッカの経験に良い話だと思っていたけど、これはあなたにとっても良い経験よ」
「やだ」

うりゅりゅとナナンの瞳に涙が溜まり始める。ああ、泣かないで。…やっぱり止めようかな、そのために止めると言ってしまいそう。ナナンの元へ飛び出しそうになったところをトウジにいちゃんに止められた。

「一生離れていなさいと言っている訳じゃないんだから」

その言葉を聞いて、ナナンの頬に大粒の涙が伝い始めた。

「やだ…やっ…」

こんなに強く拒否感を示すナナンを初めて見た。いつもマイペースだけど、わがままなんてほとんど言わない。泣いているところだってほとんど見たことがない。そんな彼をただ僕のことでこんなに泣かせてしまっているんだと思うと、喉が詰まったような感じがして苦しい。

「その、ステラって二人だとダメなのでしょうか…?」

ナナンも一緒に参加できないかとリュリュに尋ねてみる。

「うん…今回の演習は各パーティ一人と決まっているから、残念だけど連れていけないねえ」
「他のパーティのステラになったとしても、それぞれ行き先が違げーから結局バラバラになっちまうよな」

同行は難しいのか。全員が押し黙ってしまって、しばらく無音の時間が続くと「お風呂いく」と言ってナナンが奥に引っ込んでしまった。

「演習とは違うが」
ジュノーが控えめに話し始める。

「今度、学校の開放日がある。どんな場所で過ごすか知るだけでも、少しは安心感があるかもしれない」
「それはいいわね、この子達全く遠出をしたことがなかったの。いきなり3ヶ月離れ離れよりは良いでしょう」

僕とナナンは引率付きでまず学校を見学して帰ってくる。その翌週に3人が僕を迎えに来て、長期演習含めて3ヶ月以内に孤児院に戻る。ということでレーネさんと話はまとまったようだ。

正直僕はナナンのことが気になりすぎて、話が全然入ってこないまま帰路につく彼らを見送ったのだった。


 -----------


今日もいつもと同じく僕のベッドがもこっと膨らんでいる。

その膨らみを見ていると、忙しなくもぞもぞ動く。なかなか寝付けないのだろう。

布団は捲らずそのまま、上からもぞもぞをあやすように撫でた。動きが止まったのを見て緩く抱き着く。布団の端から、ゆっくりと頭が出てくる。

前世も含めると僕の目には大きな世界が広がっている。でもナナンはどうだろう。僕を中心とした小さな小さな世界。自己から切り離されず、僕だけの赤ちゃんみたいな存在。

「やっぱり、どっかに行っちゃう」

泣きそうな顔のナナンの頬をそっと撫でる。君にとってそれは昨日今日知った話ではなく、いつか来ると覚悟していたことだったんだね。

まだ濡れたままの柔らかい猫っ毛が、布団に揉まれて絡まってしまっている。彼を起こしてベッドの上に座らせると、その髪を手櫛で解くように漉いた。タオルを持ってきて、ポンポンと優しく水分を取る。

「昨日から、お店の手伝いしてくれてありがとう」
「ん…」

労わるように肩を優しく揉んでみると、預けるように体の緊張を緩めてくれた。なんとなくのイメージで頭皮マッサージの真似事をしていると「んぅ~」と気持ちよさそうな声が聞こえてきた。さっきまでたくさん泣いていたから、より気持ちよく感じるのかな。

ナナンが居ない間に話がついてしまったことをどう伝えようかと悩む。納得してくれるかわからないけど、ひとつ提案してみようかな。正面に回って、大分表情がゆるゆるになってきたナナンに話しかける。

「僕が長期演習に参加している間、ナナンも孤児院を出るっているのはどう?」
「…ぼくも」
「行先は違うけど、ふたりとも出かけていくのは一緒だよ。戻ってきたら、お互い新しく学んだことを話したりしてさ」

自分だけ置いて行かれるように感じているから不安なのだと思う。僕だって寂しい気持ちは同じだ。君を置いて行ったなんて考えたら何をしていても心がジクジクと痛むだろう。

「なんだかワクワクしてこない?3ヶ月後、ナナンの知らない僕がここにいるんだよ」

僕たちは共に旅立つ。そしてまた同じ場所に戻ってくる。

「それ、見たい」

強張っていた眉間が緩んだ。にへ、といつか見た笑顔。長期演習の話が出てからずっと泣き顔しか見ていなかったから、なんだかむずむずと堪えることが出来なくて思わず彼の頬にキスをしてしまった。

「…」

ナナンはぽかんとしたまま動かない。
そうだよね、柄にもないことしてしまったという自覚はめちゃくちゃある。

やがて彼ははっと気が付いたような反応を見せると、慌てて布団に潜り込んでぼそぼそと呟いた。

「3ヶ月後に、返すから」

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