そのひとかけらに咲く花は

岡島 三桜

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お葬式

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その日オレは、祭壇に飾られているハルトの写真をただぼうっと眺めていた。

写真は二年前の中学入学式の時に校門の前で撮ったものだ。
カットされているが隣にはオレがいた。
小6で急速に背が伸びたオレと違って、小柄なハルトはふっくらと丸く幼い感じで
けれども新品の制服を着て少し得意気に微笑んでいた。

ハルトは中学に入学して初めての夏休みを迎える少し前に病気になって
入退院を繰り返し、ほとんど学校には出てこれなかった。
だから制服を着たちゃんとした写真は他には無かったんだろう。

参列しているクラスの女子達(ハルトとさほど親しいとは思えなかったけど…)のすすり泣きが聞こえてくるが、
オレは泣くことができなかった。

泣けない理由は自分でもわかっていた。

三ヶ月ほど前、病院にお見舞いに行った時のこと。
その日、ハルトはめずらしく気分がいいといった。
散歩がわりに一緒に院内の売店へ行き、出たばかりのジャンプを買って病室に戻る途中
同じ部屋に入院しているおばあさんと、その見舞客らしき人とすれ違った。

その直後、背後から話声が聞こえてきた。

「…あの子…まだ中学生なのに…」
「かわいそうに…」

おばあさん!声が大きい!完全に聞こえてるよ!
ドキドキしてハルトの方を見ると、ハルトは素知らぬ顔でスタスタと歩いていた。

けれど、病室の前まで来たとき、おもむろにハルトがこちらを向き、口を開いた。

「なあ、ソウタ」
「うん?」
「おまえ、オレはが死んだらどう感じる?」
「えっ…」

いきなりのストレートな質問に頭の中がぐるぐると回る。
ハルトはオレの目をのぞきこむようにして答えを待っていた。

「えっと……ものすごく、哀しいし…寂しいと思う…よ?」

言い終わった瞬間、ハルトは思い切りオレの足を踏みつけた。

「痛っ!」
「つまんねー!」

ハルトはベッドの上にジャンプを放り投げると、布団を頭からかぶってもぐりこんだ。

怒ってる?
じゃあ、なんて答えればよかったんだよ?と尋ねようとした時に
ハルトのお母さんが病室に入ってきた。

「ソウタ君!来てくれてたの?いつもありがとうねえ。あ、プリンもあるから食べて!」

「オレは食べられないのに?」
布団をかぶったまま、ハルトが不満気につぶやく。

「ハルトはまず病院のご飯、完食してね」
「無理に食べなくてもいいっていわれた」
「それはそうでも」

さすがに、おばさんの前でさっきの質問についての話をすることはできなかった。

「あの…オレ、もう帰るんで……」
「あらそう?また来てね、ソウタ君」

「じゃあハルト、またな」

ハルトはこっちを見ることなくひらひらと手だけふる。


その後、何度か二人きりになる機会はあったけれど
こちらから切り出せる話題ではなく、なんとなくそのままになってしまっていた。
まさか、こんなに早く、本当にハルトが逝ってしまうなんて思わなかったし。

哀しいと思ってはダメなのか?
寂しいと思うのもダメなのか?

ハルトが望んだ正しい答えはなんだったんだろう?

その疑問が引っかかって自分の感情にブレーキがかかっているようだった。

お坊さんの長いお経が終わり、
皆で棺を囲んで花を入れていくセレモニーが始まった。
オレも花を持ち、並んで待っていたところに、ハルトのお母さんがきた。

涙で真っ赤になった目をしたおばさんに、オレはなんていっていいかわからず
ただ会釈をしたのだが

「ソウタくん……あのね、お願いがあるの」

おばさんは小さなサメの縫いぐるみをオレに手渡し……

 ―このサメの縫いぐるみは「病室が殺風景すぎる」と言うハルトの不満を聞いてオレがプレゼントしたものだ。
  「サメというチョイスが謎」と笑われたけど、気に入ってくれたのか、いつも枕元に置いてあった。―

「これをソウタくんの手で棺に入れて欲しいってハルトが…」

縫いぐるみを手にとった瞬間、さすがにぐっとこみ上げるものがあった。
涙をこらえながら棺に横たわっているハルトの肩のあたりにそっと置く。

寂しいって泣いたらダメか?哀しいって泣いても怒るのか?

棺の中のハルトは祭壇の写真よりほっそりして、ずっと大人びた顔をしていて
閉じられた瞼は今にも開かれそうなふうではあったが
ふと、ふれてしまった真っ白で冷たい頬が「死」という現実をオレにつきつけた。

花入れが終わるとハルトの棺は参列客に見守られながら漆黒の車に乗せられて火葬場へと向かって出て行った。

今まで祖父や親戚のお葬式に何回か参列したことがあった。
火葬場で大人と一緒にお骨を拾ったこともある。

ハルトもああなるのか?
信じられない気持ちがした。


そして、オレはハルトの答えを永遠に失ったんだと感じた。
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