短編集:夜の連弾

ふつうのひと

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大失敗!!

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「服装よし、髪型よし、腕毛も剃ったし、髪型も.....まあオーケー」

 とある日の夕方、狭いアパートの洗面台の鏡の前で、僕は軽いオールバックにした髪型を指でツンツンとつつきながら、腕時計を何度も何度も確認する。

 今は18時半、彼女との待ち合わせまではあと2時間はある。今から家を出て、待ち合わせ場所へ向かったとしても、2時間もジッと待っていることなど出来ないだろう。きっと挙動不審になって、警察に職質を受けてる最中に彼女が来て気まずい空気が流れる、なんて事が容易に想像出来る。

 というか、さっきからマイナスな想像しかしていない気がする。

「大丈夫、僕はユリが好きだし、ユリも僕のことが好き.....なはず」

 ユリ、というのは、僕の彼女の名前だ。ちなみに、僕の名前ははじめ、と言う。若い頃は、よくユリハジなんて弄られてたっけ。懐かしいなぁ。
 あの頃はユリとは親友でもあり幼なじみでもあり、っていう関係で、傍から見れば恋愛フラグの塊だったんだけど、高校生の僕にとってはユリと付き合うなんて頭の中にすらなくて。

 だから、ユリから告白を受けた時は本当に本当に驚いたし、その驚きよりももっともっと、体温が一気に上昇する様な、そう、つまり嬉しかったんだ。言葉には言い表せないぐらい。

「今度は、僕の番だ」

 僕は、洗濯機に雑に掛けてある部屋着の上に置いてある、一つの小さな小さな白い箱を手に取り、その箱を両手を使ってそっと開ける。箱の中には、僕の指よりも一回り小さいサイズの指輪が入っている。指輪が入っている箱は、思ったよりも重く、僕が使っている新型の軽量スマホ程の重さがあるだろう。

───僕は今日、ユリにプロポーズをする。

 ユリはどんな顔をするだろうか。驚くだろうか、恥ずかしがるだろうか、それとも、あの時の僕と同じように嬉しくなってくれるだろうか。

 僕は、頬を真っ赤に染めるユリを想像し、思わずクスッと笑ってしまう。

「.....ん?」

 ふと、ポケットから太ももに振動が伝わり、少し遅れてメッセージの独特な通知音が静かな脱衣所に鳴り響く。

 ポケットからスマホを取りだし、画面を見ると、そこには《拓也》と表示されていた。拓也とは、僕の中学時代からの大親友だ。明るく接しやすい性格で、誰とでも仲良くなっていたイメージがある。当時の僕は、そんな彼に嫉妬し、羨ましがっていた記憶がある。

拓也のメッセージ画面を開くと、そこには、

『失敗したらぶん殴る!!👍』

 と、彼から励ましのメッセージが送られていた。僕が彼のメッセージに既読を付けてからすぐに、がんばれよ、と一言だけ、彼から追加でメッセージが送られてきた。
僕は少し涙ぐみ、彼に感謝をしながら

『おう!拓也も嫁さんとお幸せに!』

 そうメッセージを送ってから10秒も経たずに、彼からハートの絵文字が送られてくる。昔から、このハートの絵文字が、彼との会話の終了の合図となっていた。
 僕は、スマホをポケットにしまい、洗面器に両手を着いて鏡に映る自分を見つめる。
 高校時代とは変わらない、随分と弱々しい目だ。でも、そんな弱々しい目からは、不思議と自信に満ちた目の色に変わっていき──

「よし、行こう」

 僕は首元のネクタイを締め、小さな箱をスマホが入っているポケットとは反対側に入れ、洗面所を出る。洗面所を出てから、ゆっくりと忍びのように足音を立てずに静かに寝室まで向かう。
 寝室に置いてあるショルダーバッグから財布だけを取り出し、中身に10万円程入っている事を確認する。

 寝室から出て、僕は1歩1歩、今までのユリとの思い出を掘り起こすように、丁寧に慎重に歩みを進めていく。やがて、玄関前に着き、僕は扉の前で大きく深呼吸をする。

 僕はこの日のために買った革靴を履き、玄関のいつもより重く感じる扉を力を込めて開ける。

​───────​───────​──────────
 待ち合わせ場所には、案の定ユリはいなかった。それはそうだ。僕は待ち合わせの約2時間も前から来ているのだから。外は雪がほんの少し降っていて、なんとも冬らしく、プロポーズにはもってこいだ。

 僕はしばらく、辺りをウロウロしながらユリを待つ。ユリが早く来て欲しい気持ちと、心の準備が出来ていないので遅く来て欲しい気持ちがぶつかって、何とも複雑な気持ちとなる。

 僕は、スマホ画面を開き、スケジュールアプリを起動する。スケジュールアプリには、ユリにエスコートをすること、予約していた高級レストランに手を繋ぎながら行くこと、高級レストランで店員さん協力の下、ユリにサプライズプロポーズをすること、などの予定や注意事項がまとめられている。

 次に、僕は写真アプリを開き、ユリとの思い出の写真を1枚1枚眺めていく。

「.....あっ、これ、卒業式の時のやつだ」

 写真のかなり上の方にあった、中学の卒業式の日の思い出にユリと撮っておいた写真。ユリとは家もすぐ近くにあったので別に離れ離れになる訳ではなかったが、あの時、ユリは「はじめと別れるのやだぁぁぁ」と、僕に泣きついてきた事を鮮明に覚えている。結局、僕とユリは同じ高校に通う事が判明したのだが。

僕は思わず、再び涙ぐんでしまう。
 周りの人の目が気になり、僕は急いで片手で涙を拭い、スマホを右ポケットにしまう。きっと、今の僕は酷い顔をしているんだろうなぁ。

「──はじめ!だ~れだ?」

「ぁ....ユリ...」

 まだ少し涙の溢れてくる目に、誰かの手が覆い被さって僕の視界を真っ暗にする。突然のことに少し驚いたが、その後に後ろから聞こえた声ですぐに誰だか分かった。

ユリだ。

「え!はじめ、泣いてるの?」

 ユリは、僕から手を離し、長い茶髪を揺らして僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。僕は反射的にユリから顔を逸らし、手で隠してしまう。

「いや、ちょっと昔の思い出を見返しててさ」

 僕は、ユリになるべく泣き声にならないように必死に喉を動かして言葉を伝える。昨日まで練習していたハンサム声は、既に機能しなくなってしまったようだ。

「ふ~ん?それにしても、今日のはじめは大人だねぇ」

 ユリは僕の姿を、後ろで手を組んで姿勢を低くし、まじまじと見つめて、そう発言する。

(いつも大人のつもりなんですけど...)

 普段のユリとのデートの時も、僕は大人っぽく振る舞っているつもりだったが、どうやら空振りに終わっていたようだ。だが、今日は普段のような大人っぽく振る舞う姿とは違う。僕は今日を通して"大人"になるのだ。

何故なら、僕は今日、ユリに───

「もしかして、プロポーズでもするつもりなのかな?」

 ユリは、口元を手で隠し、ニヤつきながらそう言う。この姿は、いつものユリが僕をからかう時のニヤつきだ。普段なら、僕は「そんなわけないだろー?」と妙に大人びた口調でユリの頬をつねり、ユリと共に笑うところだ。

だが、今日はそんな事は出来ない。
 いつものようにユリのこの悪質な(きっと無意識だろうが)からかいを否定する事も、肯定する事も出来ないのだ。そして、言葉を濁すことは肯定するも同じ。この想定外の状況をどうすれば正解なのか。そんな事を考えている内に、ユリは自分の頬をいつまで経ってもつねられない事と、僕の真剣な顔付きに違和感を覚えたのだろう。

「──え?本当にプロポーズするつもりだったの?」

ユリは、僕の逃げ道を完全に防ぎやがったのだ。

(ぐっ!ユリはこういうところがあるんだ...!!なんでこの状況を想定しなかった!僕のバカ!ユリのバカ!)

 と、心の中で理不尽に僕とユリを罵り、僕は段々と火照っていく顔をなるべくユリに見せないように目を逸らす。

そして、僕の心の中で何かが切れたのだろう。気が付くと、僕はユリの前で膝まづいていた。

「えっ、ちょ、はじめ?」

 ユリは困惑している様子で、やってしまった、と目を覆う僕を見つめる。手で目を覆っていて周りの状況は見えないが、ユリの焦り具合から察するに、きっと僕達はかなり目立っているだろう。

 はぁ、昔からこんな事ばっかりだ。

 テストでは何故か勉強した問題は出なかったり、犬のフンを踏んづけたりするような運の悪い日々が、昔から異常に人より多かった。
 きっとこれは、神様が僕とユリの関係を妬んで行った僕に対する嫌がらせだろう。

 そんな冗談を話した時、君は腹を抱えて笑っていたっけな。


 テストで悪い点数を取る事が続いてたり、そんな"実力不足"が僕の精神を日々すり減らしていった記憶がある。

 そうやって僕が落ち込んでいた時、君は僕よりも悪い点数の答案用紙を僕に見せびらかして、それは励ましじゃないでしょ、って2人で笑いあったな。


 そんな、2人の思い出。きっと、この瞬間も2人の思い出になるのだろう。だから、僕は.....

 僕は、誰にも、ユリにも聞こえないぐらいの小さなかすれ声で息を吐くようにして笑い、顔を上げて戸惑うユリの目を直視する。

──きっと僕は、今最高にかっこ悪い。

「ユリ」

「.....なに?はじめ」

 僕は目をつぶり、ポケットに手を入れ、最早真っ白になった頭で勢いに任せてポケットの中の、この先、2人で共に大切にしていくであろう物を、僕の頭の少し上ぐらいに持ってくる。僕の手は感覚を失っており、極度の緊張で胸が破裂しそうな思いだ。
 僕は、脳内で今までの思い出をフラッシュバックさせ、ユリとの思い出を一つ一つ大切に噛み締める。

そして、

「僕と、結婚してください!!」


 最っっ高にかっこ悪い僕が起こした、人生最大の特大イベント。

 ユリは、どんな反応をしているのだろうか。

 驚いているだろうか、まだ困惑しているだろうか、泣いているだろうか、それとも、僕に告白してくれた時のように笑ってくれているだろうか。

 しばらくの沈黙のあと、僕は静かにゆっくりと目を開く。それと同時に──

「もちろん!!!」

 ユリがそう言った瞬間、僕は抱きついてきたユリに押し倒される。ユリは華奢で、体重はかなり軽いが、僕は極度の緊張で体に力が入っていなかったのだろう。受け身も取れずに、ユリと一緒に地面に倒れてしまう。

 でも、僕とユリは幸せそうに、笑っている。
 あの時、告白の時と同じように。

「はじめー!大好きだよ!!」

「うん、僕もだ!ユリ!」

 僕達は体勢を直し、地面に座って2人で向かい合う。やっぱり、僕達は変に着飾る必要は無かったな、なんて思いながら、僕は感覚が戻ってきた手に不思議な違和感を感じる。

 あれ?指輪の箱って、こんなに重かったっけ?

「あとね、はじめ?それ、指輪じゃなくてスマホだよ?」

──大失敗、だ。

 やっぱり、僕は最高にかっこ悪いな。
 よく考えてみれば、レストランでサプライズをするはずが、ここでしてしまった。それも含めて、大失敗だ。
 それでも、不思議と嫌な気分はしなかった。

 先に立ち上がったユリが、僕に手を差し伸べ、立つように促す。
 僕は立ち上がり、2人だけの空間から公共の空間へと切り替わった直後、僕の耳に手を叩いている拍手音が届く。

 どうやら、周りの人々が僕達を祝ってくれているみたいだ。ユリは、周りにいる人達にお辞儀をし、僕の手を引っ張ってその場からそそくさと離れようとする。

 人生で最大のイベント。なら、こんな僕だって

「はじ.....!?」

 僕は、ユリの手を引っ張って胸元まで引き寄せ、その勢いのまま、ユリの薄い唇に僕の唇を静かに重ねる。
 ユリとは、キスは何回かした。だが、このキスは、何だか初めてのキスの様な、特別感があった。

 再び、周りの人々が拍手をし、僕たちを祝福してくれる。

 僕は、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているユリの手を引き、その場を離れることにした。何だか、いつもからかってくるユリに対しての仕返しのようで、ちょっと良い気分だった。

 僕は、ユリと走りながら、色んな"これから"の思いを巡らせる。



 レストランのサプライズプロポーズ、無しにしとかないとな。

 帰ったら、拓也に報告して....あいつにぶん殴られる準備もしなきゃだな

 そして、全部終わったら、後で、これからの話をユリとしよう。
 この先、僕たちを待っている未来の話を。
 最高にかっこ悪い僕の、妻になるユリに向けて。


 僕の大失敗を、ゆっくりゆっくり、2人で話そう
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