薩摩が来る!

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第二章 アルレーン防衛戦編

第一話 暗雲

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「宣戦布告とは、確かか」
「間違いありません。国境では既に戦闘が発生しています」
「父上、オルレンラント侯は何と」
「急ぎオルレンラントに戻り軍備を整えろとのことです」
「……。わかった、下がっていいぞ」

突然の出来事に、誰も言葉を挟むことができませんでした。

アルレーンが侵攻されている?エンミュールの父は、母は、家族は?領地の人々は?

言葉にできない不安が頭の中をぐるぐると駆けめぐっていました。

「せっかくの祝勝会に水を差したな、すまん」

バスティアン様も極めて冷静を装って言葉を紡ぎます。

「これから情報を整理して方針を固める。悪いがまた明朝、集まってくれ。」

その場はそこで解散、となりましたが、そのまま寝付けるはずもなく。

「戦争かー。いつかは覚悟してたけど、このタイミングでとはねー」
「クリスはどうするのです」
「あたしはそもそも実家が嫌でここに来てるからねー、どうしてもってことがない限り学校に残るかなー」
「それもそう、ですよね」

お互い不安を慰めるように言葉を交わすうち、一睡もできないまま夜が明けてしまいました。



明朝。談話室に集まった寮生は、皆憔悴した顔をしていました。

バスティアン様とゲルトさん、ギドさんは徹夜で議論をしていたようで、机には大量の書類と地図が乱雑に広げられています。

「おはようございます、マリア=アンヌ嬢」

なぜかそこにはフランツさんの姿もありました。

「聞いてのとおり、我がアルレーンはリガリアの侵攻を受けている」

西方寮生の輪の中、バスティアン様が、悲痛な顔で演説を始めました。

「敵はエンミュール、フォルクランの両地域から侵攻中だ」
「ーー!」

息が、止まるのがわかりました。

「俺たちには、領地を、国を守る使命と義務がある。敵の侵入を、帝都で黙って見ている訳にはいかない」
「俺とゲルトは西方都オルレンラントに戻りアルレーンの防衛に参加する。我も、と思うものは一緒に来い。強制はしない」
「出発は二時間後だ、付いて来たい者は寮門前に集まれ。以上だ」

しばらくの間、声をあげる者はいませんでした。あまりに重い決断を、この数時間で下さなければなりません。

静寂の中、輪の外から、散歩に行くような調子の声がしました。

「そんユッサば、おいも付いて行ツイジっても、よかごわすか」
「キーレ、駄目です。あなたはまだーー」

まだ、何なのでしょう。わたしの従者だから?まだ幼いから?まだーー

言葉に詰まっているわたしを尻目に、彼は言葉を続けます。

民草タミクサの命ば守るのが、武士サムレの役目ぞ。そいに、おいは戦場ユッサバで駆ける他、生きる術を知りシッもさん」

その言葉に、場の空気が一変するのがわかりました。見回すと、覚悟を決めた顔がちらほら見受けられます。

「私も、防衛軍に加わります!」
「俺もだ、ここで退いたら貴族の恥だ!」

恩に切る、とどこか満足そうに、どこか申し訳なさそうにバスティアン様が呟きました。



わたしはと言うと、皆が旅支度に取り掛かる中、ぼうっと立ち尽くしていました。

今まで流されるままに生きてきたこの身が、何の役に立つというのか。父や伯父上が戦っている中、のうのうと学校生活を送っていいのか。そもそも自分は、どうしてこんなところにいるのだろうか……。

「のう、大将どんが言うユッにはの。おいが戦場ユッサバ行くんに、おんしの許しがいるんじゃがの」

少ない身の回り品を片っ端から行軍袋に入れながら、キーレが言います。

「そう、ですか……」
「おんしは女子オナゴじゃで、来んでもよかぞ」
「……」
「迷うちょるなら、ひっとべ。下手な思案は毒じゃ」
「ひっとべ……」

約束の時刻。西方寮の門の前には、十名ほどの学生と従者が荷物を持って並んでいます。その中心にいるバスティアン様はフランツさんと何か話していましたが、荷物を持ったわたしを見て、意外そうな顔をしました。

「マリアンヌ……! お前も、来るのか」
「決めました。自分の意思です」
「過酷な旅路になる。お前に耐えられるとは思えん」
「覚悟の上です。それに、魔法兵はいくらいても足りないのではないですか」
「それはそうだが……」
「そうです、行ってはいけません、姉さん。僕が代わりにーー」
「いや、ヨーゼフ。お前こそ連れて行けない」
「どうしてですか! 若すぎるとでも言うんですか!」
「エンミュールの戦況次第では、万が一の場合、後継を立てねばならん。お前には生きててもらわねば、困る」
「ぐっ……」

そう、もし伯父上に加えてヨーゼフまで死ぬようなことがあったら、エンミュールの地は大混乱になってしまいます。

「マリアンヌ。本当にいいんだな」
「はい。先ほど申し上げたとおりです」
「これから先、俺の指示には従ってもらうぞ」

はい、と頷いた矢先、後ろからすごい力で体を捕まれました。

「絶対だめ、ぜーったいだめ」
「でももう決めたことなのです、クリス」
「別にマリアンヌが行く必要はないじゃない、戦いに行くんだよ?」
「そうです、姉さんが行くことじゃありません」
「わたしは、やるべきことをやるだけです」
「どうして、どうして」

両目に涙を浮かべながら駄々を捏ねるクリスを何とかなだめているうちに、他の者は荷物を荷馬車に積み込んでしまったようです。急がなければ。

「それでは、行って来ますね」
「姉さん……、どうかご無事で」
「あなたもね、ヨーゼフ。立派な貴族になるのですよ」
「……うっ」
「ぜったい、戻ってくるんだよ、約束だからね!」
「はい、約束です」

昨日までの快晴が嘘のよう。降りしきる冷たい雨の中、わたしたち一行はオルレンラントへと馬を向けるのでした。
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