薩摩が来る!

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第二章 アルレーン防衛戦編

第二話 雨中の行軍

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 しとしとと雨の降る中。わたしたちはアルレーン地方の中心、オルレンタントへ向け、馬足を進めていました。慣れない馬での移動ですが、志願した以上は泣き言を言っていられません。

 そんなわたしの不慣れな様子を見てとったのか、キーレは横にピタリと自分の馬をつけ、わたしの馬が暴れないよう並走してくれています。

「バスティアン様、オルレンラントまでは幾日ほどかかりそうでしょうか」
「急げば十日だが、俺の見立てだと二週はかかるだろう。何ヶ所か街道沿いの村々を経由せざるを得まい」

 隊の先頭でバスティアン様と言葉を交わしているのは、ローターさんです。ヴィルマゼン伯爵家の嫡子で、魔法科の五回生でわたしの先輩にあたります。

 馬と武具の扱いにも非常に優れているため、極めて珍しい魔法騎士をこなすことができます。バスティアン様曰く、士官学校内でも一対一では最強なのではないか、とのことです。

「しかし道中路銀が持ちますかね」
「心配ありませんぜ、若がオルレンラント侯爵家の代理印を持ってますんで。これさえ見せればアルレーン内での支払いは全てつけにできるらしいんでさあ」

 二人の後ろでギドさんと話しているのはフィリップさん。こちらはビットリール子爵家の出で、三人のお兄様に続いて一般兵科に所属しています。わたしと同学年の四回生ですが、科が違うこともあり交流は多くありませんでした。

 日が暮れ始め、馬上で身体中が悲鳴をあげ始めた頃、ようやく村落らしき灯りが見えました。

「よし、予定通りだな。今日は向こうの村で一泊する。ギド、先行して手筈を整えておけ」
「承知です、若」

 バスティアン様が配慮してくれたのか、わたしには一人部屋が用意されていました。

 どうやら今日は屋根の下、ベッドの上で一夜を明かせそうです。



 馬を進めること数日間。雨は続くものの道中で目立った問題ごとはなく、いたって順調に街道の村々を巡る日々が続いていました。

 わたしもようやく馬の扱いに慣れ、なんとか遅れずに隊の皆について行けています。

 旅程では、今日の目標は宿場町アムマイン。帝都とアルレーン地方を結ぶ街道では最大の街で、商人や出稼ぎの労働者で溢れる活気づいた町。

 の、はずでした--。

「何やら異様な雰囲気ですねえ、若」
「そうだな。お前は事情を探ってこい。フランツ殿、悪いがギドに同行してもらえるか」
「自分が、ですか? いえ、承知しました」
「すまない。それからゲルト、傭兵団との交渉は、お前に任せる。金に糸目はつけん」

 いつもは旅人向けの出店が並ぶ賑やかなこの町は、大量の疲れ果てた兵士で溢れていたのです。



 幸いにも宿を取ることができたわたしたちが旅中の疲れを癒しているところに、情報収集に走っていた二名が疲労困憊している兵士を一人伴って帰ってきました。

「若。まずいことになってます。」
「ここでいい。話せ」
「エンミュールが、陥落したそうです」
「--!」

 息が止まるのがわかりました。覚悟は、してきたつもりだったのです。それでも、まさかそんなことはないだろうと、考えないようにしてきたことが。

「えんみゅーるとは、確かおんしの里でごわしたかの」

 キーレの無機質な声が届かないほど、わたしは動転していたようです。

「そうか、報告を続けろ」

 虚ろな目をしたわたしをよそに、報告は続いていきました。

 エンミュールが、敵の侵攻によって陥落したということ。

 伯父上、エンミュール辺境伯や父、エンミュール子爵の安否は不明。

 敗れた兵士たちは、何とかこのアムマインの町まで逃れて来たのだそうで。

 そして、エンミュールを陥したリガリア軍は、オルレンラントへ向かって目下進軍している、と。

「マリアンヌ、お前はもう、休んでおけ」

 見かねたバスティアン様は、キーレに命じて半ば強引にわたしを部屋へと連れて行かせました。



 階下から、議論の声が聞こえてきます。

「オルレンラントを狙うということは、ガラル砦で迎え撃つことになりますでしょうか」
「おそらくは、な。父上もそうするはずだ」
「ここに集まっている兵士たちはどうしますかねえ」
「連れて行かざるを得まい。ここで腐らせておく余裕は、今のアルレーンには、ない」
「では俺が彼らを集めて指示を伝えてきます」
「頼む、フィリップ。これを、代理印を持っていけ」
「了解です」
「あとはゲルトが傭兵団と話をつけられればな」
「はい、ある程度戦力が整えば我々も戦力になりましょう」
「ガラルに、向かわざるを得んか」

 話し合いは、夜遅くまで続いていました。



 コンコン、とドアを叩く音がします。誰かと思い扉を開くと、立っていたのは難しそうな顔をしたキーレでした。

「キーレ、どうかしましたか」
「どうかしちょるのは、おんしの方じゃなかか」

 まったくもって、その通りです。心配して様子を見に来てくれたのでしょうか。

「おいは、政治まつりごとのことはわからんがの」

 慣れない顔をして、話を続けます。

「おんしの父君ば、立派じゃったと聞いとる」
「っ……」
殿しんがりばして、最後まで戦ったとぞ」
「……」
「よか、武士サムレでござった」
「それだけ、ですか」

 あの時のわたしは、本当に余裕がなかったのでしょう。心無い言葉を、この優しい少年に何度も、何度もかけてしまいました。

「あなたにとっては他人かも知れませんけど、わたしにとっては、ただ一人の、父親なのですよっ……」
「それを何ですかっ、父が好き好んで死にに行ったとでも?」
「生きていれば、それだけで良かったのにっ……。どうして……ううっ……」

 胸を叩かれながらも、キーレはじっとわたしの話を黙って聞いていました。



 それからしばらく涙を流していると、わたしは自分が随分とはしたないことをしていることに気がつきました。

「すいません、キーレ。取り乱しました。もう、……大丈夫です」
「うむ」

 キーレは珍しく、まだ話し足りなそうにしています。

戦場イクサバで命ば散らすのは、ほまれでごわ。おいの親父殿オヤッドンも、兄上アニサァも、そうでごわした」
「キーレ……?」
「おんしは女子オナゴゆえ、泣いてもよか。じゃっども」
「……?」
「じゃっども、悲しまんと、せめて、讃えてたもんせ。そいが、弔いじゃ」

 それでは、と声をかける間もなく去っていってしまったキーレに、わたしは扉の向こうから、お礼を述べるのでした。

「ありがとう、キーレ」
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