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第二章 アルレーン防衛戦編
第六話 首問答
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砦での戦闘が始まって数日が経ちました。戦況は、依然として芳しくありません。幾重にも築いた防御施設のおかげで、何とか持ち堪えているといったところです。
そんな中、突然の嵐が戦場を襲いました。あまりの雨足と風の強さに、立っているのがやっとのほどです。
この悪天候では、とても戦闘行為など続けられそうにありません。リガリア軍も一時的に撤退していったとの報告を受け、砦の兵士も交代で束の間の休息をとっています。
魔法部隊も少しはゆっくり休める、ということはなく、わたしは医療部隊に加わり負傷兵の治療にあたっているのでした。どこもかしこも人材難なのです。
「おう、ここだここだ」
珍しくゲルトさんが病棟に姿を現しました。兵の中でも一際大きな体なので、すぐに目に付きます。
そしてその横には小さな姿が一つ。
「ゲルトさん、どこかお怪我でもされたのですか?」
「いや、この通り俺はピンピンしてるぞ」
自慢げに腕を捲り上げる姿を見せつけられると、この人が傷つく姿が想像できません。
「今日は兵士の見舞いだな。それと、こいつがね」
ほれ、とキーレの方に首をやります。
「嬢ちゃんを心配してたんでな。連れてきてやった」
「そうなんですか、ありがとう、キーレ」
「む。礼には及ばんこっでごわ」
言葉を交わしたのはそれだけで、二人は仲間のいる病室の方に向かって行きました。
◇
わたしが治癒魔法を出し尽くして一休みしていると、先ほどの二人が兵を交えて談笑しているのが目に入りました。キーレはすっかりゲルトさんに懐いているようです。
「ゲルトさぁ。ここでは、首ば持ち帰らんでよかでごわすか」
「首? 首か? 何を言ってるんだお前」
「首ばなければ、手柄がわからんではないかの」
「おいおいおい、いくら何でもそんな野蛮なことはしねえよ。戦場とはいえ、倫理ってもんがある」
「そいじゃの、戦働きは誰が決めるんでごわすか」
「それは、一緒の部隊の誰かが報告してくれるだろうよ」
「ああ、分捕切捨でごわすな」
「ブンドリ? まあとにかく、そんなこと、やっちゃならんからな。大体首なんて重くて持てたもんじゃないぞ」
「じゃかい、朝鮮ん時は耳にしちょった」
「耳ぃ? 待て待て、そういう問題じゃねえんだよ」
「薩摩んも、耳ば葬った塚がありもす」
「只者じゃねえとは思ってたが、ここまで戦闘民族だったとはな……。正直お前が味方で良かったと思うぞ、すごく」
なんとも物騒な話のようです。日頃ぼうっとしているキーレを見ているわたしには、こういった血生臭い話題に乗り気な姿は想像できませんでした。
……いえ、振り返ってみると意外とそうでもないのかも。
そこに、歩兵部隊の負傷兵を見にきていたフィリップさんも話に加わってきました。
「どうやら面白い話をしてるみたいだな」
「おう、フィリップ。俺のかわりに騎士道とやらをこいつに教えてやってくれ。サツマの文化は、俺には理解できん」
「いいか、キーレ。騎士の殊勲は相手を打ち倒すことだ。間違っても辱めることではない」
「む」
「俺らが誇りを大事にするように、相手の誇りも尊重しなければならない、ってことだ」
「尊重で、ごわすか」
「それに、俗な話になるが。捕えれば身代金の交渉もできるしな。お互いにとって利があるのさ」
「そいは、楽なことじゃの」
「指揮官を務める大貴族ともなれば、かなりの額が動くんだぜ」
ふむふむ、と納得した様子のキーレ。
「大将ば、どん辺りにおるもんかの」
「そりゃあよ、名のある貴族となれば一族の紋章の入った紋章旗を掲げてるもんだ」
「もんしょうき、とな」
「学校の対抗試合と同じだ。豪華な旗を立ててる部隊は大物と思ってくれていいぞ」
「おいも、いつかその旗とやらを持ちたいもんじゃの」
「おう、見上げた心意気だ」
「そういえば、キーレの一族はどうなってるんだ? 紋章旗があるような家系なのか?」
「あるにはあるが、旗印と言えば島津の大殿のもんでごわすな」
「こいつのような戦馬鹿がごろごろしてる国の親玉か、ゾッとしねえや」
それからしばらく、病室は賑やかな雰囲気に包まれていました。
誰も、悲壮な顔をしようとしません。まるで、今すぐにでも戦闘が始まるかもしれないことを、忘れたいかのように。
「マリア=アンヌさん、こちらの方の手当をお願いします」
こんな時間がいつまでも続けば、と思った瞬間、医療兵に呼ばれたわたしは現実に引き戻されてしまいました。
◇
それから、病棟での勤務が終わって戦闘配備につく途中、偶然キーレと出くわしました。彼と一対一で話すのは、本当に久しぶりな気がします。
「キーレはゲルトさんと随分仲が良さそうですね」
「ゲルトさぁは、よか兄貴殿じゃ」
キーレが多弁になる相手は、そう多くありません。よっぽど馬が合うのでしょう。騎兵だけに。
「そう言えば、先ほど話していましたが、あなたの国にも紋章があるそうですね」
「島津御家んは、丸に十の字でごわ」
こう、と指でわたしに宙で書いて見せてきます。
「随分と、不思議な紋章ですね」
「こん御旗のもとば、いっそう魂ぞ入りもす」
珍しくほんの少しだけ、キーレが懐かしそうな表情を見せた気がしました。
そんな中、突然の嵐が戦場を襲いました。あまりの雨足と風の強さに、立っているのがやっとのほどです。
この悪天候では、とても戦闘行為など続けられそうにありません。リガリア軍も一時的に撤退していったとの報告を受け、砦の兵士も交代で束の間の休息をとっています。
魔法部隊も少しはゆっくり休める、ということはなく、わたしは医療部隊に加わり負傷兵の治療にあたっているのでした。どこもかしこも人材難なのです。
「おう、ここだここだ」
珍しくゲルトさんが病棟に姿を現しました。兵の中でも一際大きな体なので、すぐに目に付きます。
そしてその横には小さな姿が一つ。
「ゲルトさん、どこかお怪我でもされたのですか?」
「いや、この通り俺はピンピンしてるぞ」
自慢げに腕を捲り上げる姿を見せつけられると、この人が傷つく姿が想像できません。
「今日は兵士の見舞いだな。それと、こいつがね」
ほれ、とキーレの方に首をやります。
「嬢ちゃんを心配してたんでな。連れてきてやった」
「そうなんですか、ありがとう、キーレ」
「む。礼には及ばんこっでごわ」
言葉を交わしたのはそれだけで、二人は仲間のいる病室の方に向かって行きました。
◇
わたしが治癒魔法を出し尽くして一休みしていると、先ほどの二人が兵を交えて談笑しているのが目に入りました。キーレはすっかりゲルトさんに懐いているようです。
「ゲルトさぁ。ここでは、首ば持ち帰らんでよかでごわすか」
「首? 首か? 何を言ってるんだお前」
「首ばなければ、手柄がわからんではないかの」
「おいおいおい、いくら何でもそんな野蛮なことはしねえよ。戦場とはいえ、倫理ってもんがある」
「そいじゃの、戦働きは誰が決めるんでごわすか」
「それは、一緒の部隊の誰かが報告してくれるだろうよ」
「ああ、分捕切捨でごわすな」
「ブンドリ? まあとにかく、そんなこと、やっちゃならんからな。大体首なんて重くて持てたもんじゃないぞ」
「じゃかい、朝鮮ん時は耳にしちょった」
「耳ぃ? 待て待て、そういう問題じゃねえんだよ」
「薩摩んも、耳ば葬った塚がありもす」
「只者じゃねえとは思ってたが、ここまで戦闘民族だったとはな……。正直お前が味方で良かったと思うぞ、すごく」
なんとも物騒な話のようです。日頃ぼうっとしているキーレを見ているわたしには、こういった血生臭い話題に乗り気な姿は想像できませんでした。
……いえ、振り返ってみると意外とそうでもないのかも。
そこに、歩兵部隊の負傷兵を見にきていたフィリップさんも話に加わってきました。
「どうやら面白い話をしてるみたいだな」
「おう、フィリップ。俺のかわりに騎士道とやらをこいつに教えてやってくれ。サツマの文化は、俺には理解できん」
「いいか、キーレ。騎士の殊勲は相手を打ち倒すことだ。間違っても辱めることではない」
「む」
「俺らが誇りを大事にするように、相手の誇りも尊重しなければならない、ってことだ」
「尊重で、ごわすか」
「それに、俗な話になるが。捕えれば身代金の交渉もできるしな。お互いにとって利があるのさ」
「そいは、楽なことじゃの」
「指揮官を務める大貴族ともなれば、かなりの額が動くんだぜ」
ふむふむ、と納得した様子のキーレ。
「大将ば、どん辺りにおるもんかの」
「そりゃあよ、名のある貴族となれば一族の紋章の入った紋章旗を掲げてるもんだ」
「もんしょうき、とな」
「学校の対抗試合と同じだ。豪華な旗を立ててる部隊は大物と思ってくれていいぞ」
「おいも、いつかその旗とやらを持ちたいもんじゃの」
「おう、見上げた心意気だ」
「そういえば、キーレの一族はどうなってるんだ? 紋章旗があるような家系なのか?」
「あるにはあるが、旗印と言えば島津の大殿のもんでごわすな」
「こいつのような戦馬鹿がごろごろしてる国の親玉か、ゾッとしねえや」
それからしばらく、病室は賑やかな雰囲気に包まれていました。
誰も、悲壮な顔をしようとしません。まるで、今すぐにでも戦闘が始まるかもしれないことを、忘れたいかのように。
「マリア=アンヌさん、こちらの方の手当をお願いします」
こんな時間がいつまでも続けば、と思った瞬間、医療兵に呼ばれたわたしは現実に引き戻されてしまいました。
◇
それから、病棟での勤務が終わって戦闘配備につく途中、偶然キーレと出くわしました。彼と一対一で話すのは、本当に久しぶりな気がします。
「キーレはゲルトさんと随分仲が良さそうですね」
「ゲルトさぁは、よか兄貴殿じゃ」
キーレが多弁になる相手は、そう多くありません。よっぽど馬が合うのでしょう。騎兵だけに。
「そう言えば、先ほど話していましたが、あなたの国にも紋章があるそうですね」
「島津御家んは、丸に十の字でごわ」
こう、と指でわたしに宙で書いて見せてきます。
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