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2◆来賓館
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卒業記念パーティにおける婚約破棄と求婚の騒動の関係者は、大ホールから移動した。
ここは、ダーマ王国貴族学院、来賓館にある応接室のひとつ。
現在、応接室内に滞在する人物は三グループに別けられる。
婚約破棄ならびに求婚をされたファシル公爵令嬢ローデリア、その保護者であるローデリアの両親。
婚約破棄を宣言した第二王子フェーゴ、フェーゴの新たな婚約者(暫定)であるクラーロ男爵令嬢ロサ。フェーゴの保護者枠で列席していた側近筆頭プルプラ伯爵令息。
そして、ご令嬢の婚約が破棄された直後に求婚した二人目の男、帝国民の貿易商アグワと関係者を名乗る壮年の女性。
尚、婚約破棄の直後に求婚をした一人目の男である遠方国の自称王太子は、ローデリアから強烈なお断りを突き付けられ、この修羅場に参戦する意欲は、……もう無い。
皆がソファに着席し、お茶の給仕を受けた後、人払いがなされた。
第二王子フェーゴの護衛二人は扉の両脇に立ち、側近筆頭は主の斜め後ろに控えている。
「初見の者がおりますわね、簡単な自己紹介からはじめましょう」
右隣に座った母のひとことで、話合いがはじまります。
横長のソファに、母、わたくし、父が座っております。左前のひとり用のソファが二席。近い方から帝国商人アグワ、隣が壮年の女性はダーマ王国商人ベレタ。わたくしの向かいに座る、クラーロ男爵家のご令嬢ロサ様、隣にはクラーロ様と手を繋いで座る第二王子フェーゴ殿下、ソファーの後ろに殿下の側近で保護者として参加していたプルプラ様、そして右前の一人席に学院長様。
「ベレタ、あなた卒業生の保護者かしら? それとアグワとの関係を伺っても?」
「はい。卒業後に貴族商人の家へ入る子がおります。アグワ様とは商人として親しい間柄でございます。諸外国でも話題になるダーマの貴族学院を見学したいと前々から伺っておりましたので、本日の卒業式のパートナーとしてお誘いしました」
「卒業生でもないクラーロ嬢の兄が列席していた理由はわかりました。説明ありがとう」
貴族学院は入学条件は”貴族の子”ですが、平民であるベレタの子のように将来貴族家に連なる者、逆に将来は平民になるが、一代貴族の子など成人前はギリギリ貴族の範囲に含まれる者も入学出来ます。貴族学院の卒業式ですから当然貴族のルールに合せパートナー同伴です。偶然誘ったパートナーが、騒動の当事者であるクラーロ様の血縁とは数奇な巡り合せです。
「クラーロ嬢、念のため伺いますけど、アグワとは既知ですの? 男爵家の子?」
「いえ、初めて会いました」
「左様ですのね、クラーロ嬢及びクラーロ男爵家は、帝国民アグワと無関係。で、いいかしら?」
「クラーロ家では見たこと、聞いたことは無い、ので、、、たぶん、ですけど、はい」
怯えたように話すクラーロ様の腰をフェーゴ殿下が掴んで引き寄せています。
そんなに警戒せずともよろしいのに。場を弁えて過度のイチャコラは控えていただければ、お二人を引き離したりしませんわよ。
「ここからのお話合いは、中立の立場にある学院長様に進行をお願いしたします、よろしですわね」
「えっ? ははい。ご指名とあらば」
お互いの関係性を確認したお母様は、立会人として同席した学院長様に進行役を譲ります。
学院長様は先ず学院の規則に則り、身分や言葉使いを理由に無礼を問わないことを宣誓されました。
「最初に話合う内容を決めましょう。発言は挙手の後、僭越でありますが私が指名する方が発言する、会議形式でお願いいたします」
最初に挙手したのは、わたくしとアグワ。フェーゴ殿下は……、小さく挙手して、すぐ引っ込めてしまいました。殿下は何をしてるのかしら? 短慮と優柔不断の相互通行は、みっともなくてよ。
「わたくしと第二王子殿下の婚約破棄について、再確認をお願いいたしますわ」
「俺とファシル嬢の結婚だ」
学院長様に指名された順に、議題を挙げます。
「他はございませんか? では挙手されましたお二方の議題で話合いを進めます」
「一点目、婚約破棄の再確認です。第二王子殿下の有責で婚約を破棄する。殿下、ローデリア様、ファシル公爵は本件を了承する。よろしいですかな?」
「ああ、これでロサが安心してくれるなら、私は満足だ」
「フェーゴ殿下ぁ、、、わたし嬉しい」
「ええ、結構です」
「ファシル公爵家として了承します」
わたくしの親であるファシル公爵が同意いたしました。多くの貴族の前で宣言した婚約破棄が覆る事は無いでしょうが、外遊中の両陛下が帰国するまで少々時間も空きます。予め関係者の同意や言質を取っておけば、確実に婚約破棄が成立するでしょう。
それにしても……、向かいの席の空気が甘ったるいですわね。お茶の渋みが足りない気がしますわ。
「では、次に進みます。二点目、帝国民であるアグワ殿の求婚について」
「有り得ませんわね。国家簒奪でも狙っておいでなのかしら?」
「まぁ! 噂で耳にしましたが、もしやファシルのお嬢様に決まっておられたのですか?」
ベレタの問いは次世代の王位にまつわる裏取りでしょう。ダーマ王国の継承順位は通常は当人の成人をもって正式決定します。十数年前に順位の変則的な入れ替えがあり、公表時に未成年であった者の名は隠されました。ですが、卒業式後の成人した今であれば隠す必要もございません。フェーゴ殿下との婚約破棄と併せてわたくしの立場についても、近日中に公式アナウンスが出るでしょう。
「ええ、王子殿下は勿論ですが、国王夫妻の近縁も父母の両系統で血が近いものですから、前王陛下の代に遡り、血縁の一番遠い娘が継承の最上位になりましたの」
「なぁ、俺には話しが見えないんだが、何のことだ?」
中央にあるローテーブルをトントンと軽く叩き、アグワが皆の耳目を集めました。
次世代の王を産む王胎と王位に関する公式発表は、ダーマ王国民であれば誰もが知る事柄ですが、帝国民のアグワは知らないようです。
「わたくしの婚姻には、未来の王位が付帯いたしますの」
「何でだ? 王子と婚約破棄は決定だろっ?」
「まぁ、落ち着いて聞いて下さい。現在のダーマ国王陛下の近縁は近親者同士の婚姻が多く、血が濃くなる問題が起こっております。そこで、問題解決の為に王家傍系の血筋を王位に据える方針に致しました。次に御生れになる王の母、帝国流に言うと国母に現王陛下と血の遠い傍系血統のローデリア様が指名されした。次王はローデリア様か直系の王子殿下を、その次の王はローデリア様の産んだ子。そのように十年ほど前に決定しております」
流石は教職の学院長様です。通常の継承と異なる理由を捕捉しながら、わたくしと王位継承の関係を説明してくださいました。帝国民アグワはダーマ王国の情報がほとんど持って無いか、偏っておりますから、より丁寧に説明して下さったのでしょう。
「マジかよっ! 道理で王子と婚約破棄されても強気な訳だ」
「ですから、商人には分不相応と申しましたのよ?」
「つーことは、お嬢は王家の姫に内定してて、結婚したら王。更に未来の王の父親になるのか!」
ご商売の常識はまったく存じませんが、貿易する相手国の情報収集は必須なのでは?
継承順位のような比較的新らしい情報、といっても既に十年前に出ておりますが、タイミングもございますし把握していなくともご商売は出来ると思います。しかし二百年以上変わっていない我がダーマ王国の基本情報にして、重要な価値観。それを知らないとは……。
同じ言葉を使っても会話が噛み合わない原因がやっと解った気がいたします。
そうなるとアグワの求めた婚姻は十中八九帝国法に定める婚姻を意味したのでしょう。ダーマ王国と帝国では婚姻の定義に異なる部分があります。わたくしの伴侶イコール王や王族ではありませんし、王族の正式な伴侶であっても、平民のままで王位に関わらない婚姻は可能なのですよ。
「やめだ、やめっ! 貴族ならいいが王族なんて面倒な立場はゴメンだっ」
「えっ、はっ? ……あのっ、それは、アグワ殿のこの求婚は取り下げる。という意味で、よ、よろしい、ですかな?」
「そうだっ。俺ぁ国には縛られねぇ。自由に国を渡る貿易商だっ」
「あらあらっ! では、これで話合いは、終りましたわね。ねっ。よろしいですわよね、学院長様、皆様」
お母様と学院長様は帝国商人の勘違は聞かなかったことにするようです。勿論わたくしも求婚取り下げの流れに乗ります。勝手にダーマを属国と見下して自国の常識を押し付ける者に、アレコレ親切に教えて差し上げる必要はござませんわ。
「あ、ははい。それでは皆様、以上で、お話合いを終りたいと存じます。お疲れさまでした」
軽く会釈をすると、学院長様が話合いの終了を宣言いたしました。
皆それぞれ、終了の挨拶を返しております。
「うむ、皆、ご苦労であった」
「えっと、、、お疲れさまです?」
無事終わった話会いに、ほっとした様子の殿下とクラーロ様。父母は貴族らしい笑顔で首肯しております。
あら? ベレタは静かに俯いておりますわね。
「司会役お疲れさん! ところで、お嬢が抜けた後のファシル公は誰がなるんだ?」
「そうですね、国防の要職となるファシル公の人選は機密情報扱いになります。ですが……、後嗣不在の慣例では臣下に下る王族に託されております」
学院長様の言う通り、私が王家に入り、弟が婿入りした後の公爵家は後継ぎがおりません。殿下が継ぐ予定と聞いておりますが、わたくしの産む二子以下を父母の養子にする案と甲乙付け難く、議会が紛糾しているとか。
「そうだよなぁ。情報ありがとなぁ!」
「おほほ、よい情報は得られたかしら? 今後のご商売、上手く運ぶとよろしいですわね」
「おう! ロサと王子にも顔つなぎ出来たし、前途洋々だぁ」
にこやかに挨拶を交わす母とアグワ。
最初から変わらぬ勢いだけはある言葉を残し、上機嫌で席を立つアグワを横目に、隣の席で放心しているベレタに好奇心でそっと囁きます。
「商人ですのに、情報不足では? ねぇ、ベレタはどう思って?」
「……機を見て直ぐ行動するアグワ様の積極性は、商人として尊敬できる素晴らしい長所だと思っておりました。ですが、ですが今回の事で関係を見直す必要が出て参りました。はぁぁ」
「ええ、確かに機を見て動く瞬発力は素晴らしかったわ。でも、ご商売相手はしっかり見極めた方がよろしくてよ」
「はい、お嬢様。ご忠告、感謝いたします」
ひきつったような笑顔で言葉を絞り出すベレタ。今までは商売相手としてよき関係を築いていたのでしょう。
ですが、多くのダーマ王国貴族の前で未来の国母に不敬を重ねた人物です。今後ダーマ国内での商売は難しいでしょう。プエルトにあるという拠点が他人の手に渡らないとよいですわね。
※最後まで隠した予定なのだけど、王=女なのは気付いたかな?
ここは、ダーマ王国貴族学院、来賓館にある応接室のひとつ。
現在、応接室内に滞在する人物は三グループに別けられる。
婚約破棄ならびに求婚をされたファシル公爵令嬢ローデリア、その保護者であるローデリアの両親。
婚約破棄を宣言した第二王子フェーゴ、フェーゴの新たな婚約者(暫定)であるクラーロ男爵令嬢ロサ。フェーゴの保護者枠で列席していた側近筆頭プルプラ伯爵令息。
そして、ご令嬢の婚約が破棄された直後に求婚した二人目の男、帝国民の貿易商アグワと関係者を名乗る壮年の女性。
尚、婚約破棄の直後に求婚をした一人目の男である遠方国の自称王太子は、ローデリアから強烈なお断りを突き付けられ、この修羅場に参戦する意欲は、……もう無い。
皆がソファに着席し、お茶の給仕を受けた後、人払いがなされた。
第二王子フェーゴの護衛二人は扉の両脇に立ち、側近筆頭は主の斜め後ろに控えている。
「初見の者がおりますわね、簡単な自己紹介からはじめましょう」
右隣に座った母のひとことで、話合いがはじまります。
横長のソファに、母、わたくし、父が座っております。左前のひとり用のソファが二席。近い方から帝国商人アグワ、隣が壮年の女性はダーマ王国商人ベレタ。わたくしの向かいに座る、クラーロ男爵家のご令嬢ロサ様、隣にはクラーロ様と手を繋いで座る第二王子フェーゴ殿下、ソファーの後ろに殿下の側近で保護者として参加していたプルプラ様、そして右前の一人席に学院長様。
「ベレタ、あなた卒業生の保護者かしら? それとアグワとの関係を伺っても?」
「はい。卒業後に貴族商人の家へ入る子がおります。アグワ様とは商人として親しい間柄でございます。諸外国でも話題になるダーマの貴族学院を見学したいと前々から伺っておりましたので、本日の卒業式のパートナーとしてお誘いしました」
「卒業生でもないクラーロ嬢の兄が列席していた理由はわかりました。説明ありがとう」
貴族学院は入学条件は”貴族の子”ですが、平民であるベレタの子のように将来貴族家に連なる者、逆に将来は平民になるが、一代貴族の子など成人前はギリギリ貴族の範囲に含まれる者も入学出来ます。貴族学院の卒業式ですから当然貴族のルールに合せパートナー同伴です。偶然誘ったパートナーが、騒動の当事者であるクラーロ様の血縁とは数奇な巡り合せです。
「クラーロ嬢、念のため伺いますけど、アグワとは既知ですの? 男爵家の子?」
「いえ、初めて会いました」
「左様ですのね、クラーロ嬢及びクラーロ男爵家は、帝国民アグワと無関係。で、いいかしら?」
「クラーロ家では見たこと、聞いたことは無い、ので、、、たぶん、ですけど、はい」
怯えたように話すクラーロ様の腰をフェーゴ殿下が掴んで引き寄せています。
そんなに警戒せずともよろしいのに。場を弁えて過度のイチャコラは控えていただければ、お二人を引き離したりしませんわよ。
「ここからのお話合いは、中立の立場にある学院長様に進行をお願いしたします、よろしですわね」
「えっ? ははい。ご指名とあらば」
お互いの関係性を確認したお母様は、立会人として同席した学院長様に進行役を譲ります。
学院長様は先ず学院の規則に則り、身分や言葉使いを理由に無礼を問わないことを宣誓されました。
「最初に話合う内容を決めましょう。発言は挙手の後、僭越でありますが私が指名する方が発言する、会議形式でお願いいたします」
最初に挙手したのは、わたくしとアグワ。フェーゴ殿下は……、小さく挙手して、すぐ引っ込めてしまいました。殿下は何をしてるのかしら? 短慮と優柔不断の相互通行は、みっともなくてよ。
「わたくしと第二王子殿下の婚約破棄について、再確認をお願いいたしますわ」
「俺とファシル嬢の結婚だ」
学院長様に指名された順に、議題を挙げます。
「他はございませんか? では挙手されましたお二方の議題で話合いを進めます」
「一点目、婚約破棄の再確認です。第二王子殿下の有責で婚約を破棄する。殿下、ローデリア様、ファシル公爵は本件を了承する。よろしいですかな?」
「ああ、これでロサが安心してくれるなら、私は満足だ」
「フェーゴ殿下ぁ、、、わたし嬉しい」
「ええ、結構です」
「ファシル公爵家として了承します」
わたくしの親であるファシル公爵が同意いたしました。多くの貴族の前で宣言した婚約破棄が覆る事は無いでしょうが、外遊中の両陛下が帰国するまで少々時間も空きます。予め関係者の同意や言質を取っておけば、確実に婚約破棄が成立するでしょう。
それにしても……、向かいの席の空気が甘ったるいですわね。お茶の渋みが足りない気がしますわ。
「では、次に進みます。二点目、帝国民であるアグワ殿の求婚について」
「有り得ませんわね。国家簒奪でも狙っておいでなのかしら?」
「まぁ! 噂で耳にしましたが、もしやファシルのお嬢様に決まっておられたのですか?」
ベレタの問いは次世代の王位にまつわる裏取りでしょう。ダーマ王国の継承順位は通常は当人の成人をもって正式決定します。十数年前に順位の変則的な入れ替えがあり、公表時に未成年であった者の名は隠されました。ですが、卒業式後の成人した今であれば隠す必要もございません。フェーゴ殿下との婚約破棄と併せてわたくしの立場についても、近日中に公式アナウンスが出るでしょう。
「ええ、王子殿下は勿論ですが、国王夫妻の近縁も父母の両系統で血が近いものですから、前王陛下の代に遡り、血縁の一番遠い娘が継承の最上位になりましたの」
「なぁ、俺には話しが見えないんだが、何のことだ?」
中央にあるローテーブルをトントンと軽く叩き、アグワが皆の耳目を集めました。
次世代の王を産む王胎と王位に関する公式発表は、ダーマ王国民であれば誰もが知る事柄ですが、帝国民のアグワは知らないようです。
「わたくしの婚姻には、未来の王位が付帯いたしますの」
「何でだ? 王子と婚約破棄は決定だろっ?」
「まぁ、落ち着いて聞いて下さい。現在のダーマ国王陛下の近縁は近親者同士の婚姻が多く、血が濃くなる問題が起こっております。そこで、問題解決の為に王家傍系の血筋を王位に据える方針に致しました。次に御生れになる王の母、帝国流に言うと国母に現王陛下と血の遠い傍系血統のローデリア様が指名されした。次王はローデリア様か直系の王子殿下を、その次の王はローデリア様の産んだ子。そのように十年ほど前に決定しております」
流石は教職の学院長様です。通常の継承と異なる理由を捕捉しながら、わたくしと王位継承の関係を説明してくださいました。帝国民アグワはダーマ王国の情報がほとんど持って無いか、偏っておりますから、より丁寧に説明して下さったのでしょう。
「マジかよっ! 道理で王子と婚約破棄されても強気な訳だ」
「ですから、商人には分不相応と申しましたのよ?」
「つーことは、お嬢は王家の姫に内定してて、結婚したら王。更に未来の王の父親になるのか!」
ご商売の常識はまったく存じませんが、貿易する相手国の情報収集は必須なのでは?
継承順位のような比較的新らしい情報、といっても既に十年前に出ておりますが、タイミングもございますし把握していなくともご商売は出来ると思います。しかし二百年以上変わっていない我がダーマ王国の基本情報にして、重要な価値観。それを知らないとは……。
同じ言葉を使っても会話が噛み合わない原因がやっと解った気がいたします。
そうなるとアグワの求めた婚姻は十中八九帝国法に定める婚姻を意味したのでしょう。ダーマ王国と帝国では婚姻の定義に異なる部分があります。わたくしの伴侶イコール王や王族ではありませんし、王族の正式な伴侶であっても、平民のままで王位に関わらない婚姻は可能なのですよ。
「やめだ、やめっ! 貴族ならいいが王族なんて面倒な立場はゴメンだっ」
「えっ、はっ? ……あのっ、それは、アグワ殿のこの求婚は取り下げる。という意味で、よ、よろしい、ですかな?」
「そうだっ。俺ぁ国には縛られねぇ。自由に国を渡る貿易商だっ」
「あらあらっ! では、これで話合いは、終りましたわね。ねっ。よろしいですわよね、学院長様、皆様」
お母様と学院長様は帝国商人の勘違は聞かなかったことにするようです。勿論わたくしも求婚取り下げの流れに乗ります。勝手にダーマを属国と見下して自国の常識を押し付ける者に、アレコレ親切に教えて差し上げる必要はござませんわ。
「あ、ははい。それでは皆様、以上で、お話合いを終りたいと存じます。お疲れさまでした」
軽く会釈をすると、学院長様が話合いの終了を宣言いたしました。
皆それぞれ、終了の挨拶を返しております。
「うむ、皆、ご苦労であった」
「えっと、、、お疲れさまです?」
無事終わった話会いに、ほっとした様子の殿下とクラーロ様。父母は貴族らしい笑顔で首肯しております。
あら? ベレタは静かに俯いておりますわね。
「司会役お疲れさん! ところで、お嬢が抜けた後のファシル公は誰がなるんだ?」
「そうですね、国防の要職となるファシル公の人選は機密情報扱いになります。ですが……、後嗣不在の慣例では臣下に下る王族に託されております」
学院長様の言う通り、私が王家に入り、弟が婿入りした後の公爵家は後継ぎがおりません。殿下が継ぐ予定と聞いておりますが、わたくしの産む二子以下を父母の養子にする案と甲乙付け難く、議会が紛糾しているとか。
「そうだよなぁ。情報ありがとなぁ!」
「おほほ、よい情報は得られたかしら? 今後のご商売、上手く運ぶとよろしいですわね」
「おう! ロサと王子にも顔つなぎ出来たし、前途洋々だぁ」
にこやかに挨拶を交わす母とアグワ。
最初から変わらぬ勢いだけはある言葉を残し、上機嫌で席を立つアグワを横目に、隣の席で放心しているベレタに好奇心でそっと囁きます。
「商人ですのに、情報不足では? ねぇ、ベレタはどう思って?」
「……機を見て直ぐ行動するアグワ様の積極性は、商人として尊敬できる素晴らしい長所だと思っておりました。ですが、ですが今回の事で関係を見直す必要が出て参りました。はぁぁ」
「ええ、確かに機を見て動く瞬発力は素晴らしかったわ。でも、ご商売相手はしっかり見極めた方がよろしくてよ」
「はい、お嬢様。ご忠告、感謝いたします」
ひきつったような笑顔で言葉を絞り出すベレタ。今までは商売相手としてよき関係を築いていたのでしょう。
ですが、多くのダーマ王国貴族の前で未来の国母に不敬を重ねた人物です。今後ダーマ国内での商売は難しいでしょう。プエルトにあるという拠点が他人の手に渡らないとよいですわね。
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