山の精シンと私-輪廻をこえる想い-

Aia

文字の大きさ
5 / 8

とつぜんのわかれ

しおりを挟む

「シンさま…
わたし、結婚するんです」




 何を言ってるんだと、シンは目を見張る。
 彼女は、何を、言ってるんだと。
 言葉がわからない。彼女は、なんでもなさそうに振舞ってはいるけれども
 いつもの元気がない。目には隈ができていて、赤く腫れている。
 


「村の巫女を、差し出せと…お前は、精霊とも契っていないのだから、国からお触れが来ました…」
「‥‥」



 ラディオン村は、ホウスル国の支配下に置かれている。
 ここ近年、ホウスル国でも力のある巫女は生まれたという話は聞かない。
 国や村では、神と契ることで新たな巫女が産まれることを推奨していたけれども
 シンは、誰かと契ることはなかった。巫女不足の今、身分の良くて力のある「人間」とシャスラは結婚するのであろう。



 ‥‥そのほうが、いい…そのほうが。
 自分なんかと、一緒になると、彼女を不幸にする。
 ――――彼女には、触れてはならない。
 それは、いつの時代にも思っていたこと。
 
 


「…シンさま…わたし…わたし…は」



 ―――行きたくない。その言葉をシャスラは飲み込んだ。
 シンさまと、笑っていたい。
 懐かしい気持ちを持つ方、深い輪廻でも、一緒にいた…。
 大事な方。しかし、自分は一介の巫女にしかすぎない。
 シャスラは、自分に泣いてはいけないといさめる。泣いてはいけないのだ。
 彼は、神だから…いつかは別れがくるのだ。
 それが、死別ではなく、少しだけ、早かっただけのこと。


 シンは、いつもの軽口をたたくかのように話す。
 シャスラに背をむけた。



「行け。お主が、いなくなれば、また新しい巫女が来るだけだ」




 そう。はじめから、自分には世話係など必要のなかったのだ。
 シンは、なんでもできるのだから。一人で暮らしていた時に、戻るだけ。
 それは、シャスラに出会う前にはやっていたことだったのだから。
 シャスラがいることに慣れ切ってしまっていた。初めは、胸が壊れたかのように痛むだろう。
 でも、ずっと孤独だった。彼女と共にいた思い出だけを胸に、生きていけばよいのだ。
 生きている、それだけでシンは構わなかったのだから。


 シンの後ろで、鼻をすする音がした。
 シンは振り向かない。




「…私たちは、友、でしょう?」
「…」



 違う。
 友人に、こんな感情など、抱くはずが無い。

 

「…シン…!」



 背中に、愛しい温もり。
 触れては、ならない。




「行け」
「…シン!!」
「もう、会わない」
「シャスラを連れて行きなさい」
「離してばあちゃん!
シン、こっちをむきなさいよ!



シン!!!」


 アスラは、シンに頭を下げて部屋をでる。
 アスラの部下の巫女たちが、シャスラをひっぱっていく。
 やがて、自分の好きな声が聞こえなくなった。
 自分の中の、大事な何かを失ったのだ。




  ―――「ねえ、シンさま。
      生まれ変わりって、信じます?」――――



「…ああ、しんじておるよ…」



 
 今更遅いかもしれないけれども。
 あのとき、シャスラに言えなかった答えはは、空気へと消えて行った。
 神たちの戦いよりも、もっと幾千年もの昔の物語。
 輪廻は繰り返す。何度生まれ変わっても、シャスラには触れることは赦されないし
 触れることはできないのだ。それは、宿命。
 この命、果てようとも消えぬのは、そなたへの思いだけ。
 これはもう、愛情ではなく呪い、なのかもしれない。



 彼女を乞うことはできない。
 彼女にひざまずいて、抱きしめて誰の目にも留まらぬように
 自分の中だけに閉じ込めてしまいたいのに。
 シンは、目を閉じる。
 いつまでも、シャスラの声が耳に鳴り響いていた。




 ――シンさま、
   シンさま。―――



 もう、いない。愛しい微笑み。









――――――――・・・・

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...