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15話:夜のお菓子
しおりを挟むそして、その日は訪れる。
日曜日は、県内外の植物好きで賑わう日。
今日も例外ではなく、ジャングルの住人や多肉植物など、ありとあらゆる商品が売れていく。
ホームページを見て訪れた人も多かった。
他にも、千秋さんと話をしたくて通う人、ネットを更新している私の姿を拝みたくて足を運んだ人など様々だ。
美味しそうなお土産までもらってしまった。
だけど朝からまこちゃんの姿が見えない。
あんなに張り切っていたのに来てくれないのかな。
プレゼントだってレジカウンター裏にしっかり用意してあるのに。
ちょっとだけ寂しさが募る。
「今日は特にお客さんが多かったねぇ。だけどどうも貸し切りになりそうで幸いだ」
陽の傾きかけた午後四時過ぎ。
やっと静かになった店内で二人、高級なコーヒーを嗜む。
苦みの中に深いコクと香りが混ざり合う、とっておきのご褒美だ。
「先週のこの時間って、まだ三人くらいお客さんいましたよね」
「だねぇ。榧野夫婦は強運の持ち主だなぁ。まあ、あの二人だし――あ、来た。春さんの車が近づいてる」
いち早くかすかな車の走行音に気づき、千秋さんが立ち上がった。
遅れて私の耳にもそれが届く。
私たちは急いでカップを片付けて、体制を整えた。
子供みたいに胸が高鳴っている。
放っておくと表情も緩んでしまいそうだ。
ああ、だめだめ。
ちゃんとサプライズにしなきゃなんだから。
大きく深呼吸すると、まもなく店の前に人影が現れた。
「こんにちはー」
「こっんにっちわー!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい。やっと来ましたね」
からんからん、とドアベルを鳴らして、本日の主役のご登場だ。
「ごめん、意外と道が混んでて」
「キャー! 本物のすみれちゃんだー!」
店に入るなり、純さんは私に抱き着いた。
画面越しに見た姿のとおり、モデルさんみたいにスレンダーで背が高い。
服装はカジュアルなパンツスタイルで、センス良くまとまっている。
どこからどう見ても美人さんだった。
「初めましてですー! やっと純さんに会えましたー!」
「会えたねー! 超会えた! あー! ふかふかの女の子最高!」
「ふ、ふかふか……」
ダイエットしよう。
「千秋君も元気してた?」
「純さんほどじゃないけどね」
抱擁が解かれたと思えば、すぐに純さんは虎鉄を揉みしだき始める。
「虎鉄ぅー! あー、犬くさい! 獣臭たまらん! もっと嗅がせて! しこたま嗅がせて!」
「くぅん……」
虎鉄は背中に顔を埋められた挙句、揉みくちゃにされて困惑気味だ。
「それくらいにしときなよ、純さん。虎鉄が困ってるでしょ」
「はぁい」
春仁さんに叱られて、純さんは虎鉄を開放する。
「あれ? ロホホラいないね」
「退院したよ。今は元のお家で育てられてる」
「そっか。和音ちゃん喜んでるだろうね」
生前の和音さんを知る数少ない人。
純さんは彼女が亡くなったと聞いて、悲しんだだろう。
「そうだ。忘れないうちにお土産渡しとくよー」
ころころと表情を変え、純さんは肩からトートバッグをおろして中を漁り始めた。
「やった」
「期待していい?」
「してして、どんどんしちゃって! えっとねー、すみれちゃんには生クリームたっぷりの大福! これなら常子さんとも食べられるでしょ?」
「ありがとうございます! 一緒にいただきますね」
手渡された箱には、抹茶味の表記。
絶対美味しいやつだ。
そして絶対ふかふかになるやつだ。
「で、千秋君にはこれ! じゃじゃーん、緑茶味のコーラでぇーす!」
「なにその落差!? 期待したのに……」
「ごめんよ、秋君。止めたんだけどね……」
「うぅ……ありがとう」
千秋さんはがっくりと項垂れて緑色のボトルを受け取った。
プレゼントの贈り主に大爆笑されながら。
「意外といけるらしいよー?」
「意外じゃなくてもいけるものが欲しかったよ、僕は」
「えぇー、しょうがないなぁ。じゃあもう一つ千秋君にお土産」
「ま、まだあるの?」
満面の含み笑いで再びトートバッグを漁る純さん。
嫌な予感がする。
とんでもないものが来そうだ。
「じゃっじゃじゃーん、夜のお菓子ー!」
「わーい! 嬉しいけどその紹介の仕方は嬉しくない!」
登場したのは赤色のマークが特徴的な化粧箱。
もちろん間髪置かずツッコミが入る。
「えー、間違いないのにしたのにぃー。はいどうぞ」
「美味しいよね、知ってるけど悪意が透けて見えるんだよ……」
千秋さんはさらに肩を落とした。
「あーもー初っ端からフルスロットルだなぁ。まぁ、許すけど」
ため息をつきながら骨ばった手が箱を受け取った。
「あれぇ、許してくれるの?」
「逆に許してもらえなかったらどうするつもりだったの……」
右手に緑茶コーラ。
左手に夜のお菓子。
両手に花には程遠すぎて、にやけてしまう立ち姿だった。
「許してもらえるって信じてるから考えてない」
「だと思った。純さんのそういうとこ、大好きだよ」
「やだ、これ浮気になっちゃうかな春君」
「もうその辺でやめときなさい」
旦那さんに叱られ、純さんは「はぁーい」と舌を出した。
「えへへ。みんなにも会えたし、私奥行ってもいいかな?」
「どうぞ」
「わーい。春君行こう! 超行こうぜ!」
「はいはい」
嵐に巻き込まれたまま、私たちは全員でジャングルへと移動した。
さすがに四人入ると狭く感じる。
飛び出した葉を傷つけないよう細心の注意が必要だ。
「ジュエルジュエルー」
最後尾の私がドアを閉める。
純さんはガラスケースを覗き込み、ジュエルオーキッドに釘付けになっていた。
「ふふふ、目の保養になるねぇ……素晴らしい」
既視感に襲われる呟きに、くすりとしてしまう。
「あぁ! でもこれ売約済みじゃん……くそう、一足遅かったか!」
悔しがりながら、純さんは千秋さんを見やる。
すると……。
「千秋君、なにニヤニヤしてんの?」
「えっ!? あー、あはは……どうしてでしょうねぇ。ねぇ、春さん」
「いきなりだなぁ。ま、いいか。実はね、その売約済みのタグ、僕のなんだ」
「は? 春君の?」
さあ、始まった。
「うん。今日はさ、僕たちの結婚記念日でしょう? だから、純さんが欲しいって言ってたジュエルオーキッドをプレゼントしようと思ってね。先に三つ取り置きしてもらってたんだ」
「春君が?」
「僕が。ありがとうを形にして贈りたかったからさ」
ぱっくりと口を開けたまま、純さんは春仁さんを見上げる。
ゆっくり数えておよそ六秒もの放心状態。
七秒目にようやく解放され、開いた口がきゅっと結ばれた。
「……もう、憎いことするなぁ! この! 三人ともグルだな! お姉さんちょっとうるっとしちゃったじゃんか!」
言葉通り、純さんは目元が潤んでいた。
「突然いなくなった人への仕返しだよ」
「あはは、秋君そんなに踏ん反り返らなくてもいいんじゃない?」
「ふふっ……」
勝ち誇った千秋さんが吹き出し、春仁さんがつられ、終いには私まで飲み込まれてしまう。
純さんもお腹を抱えて笑いはじめ、四人分の笑い声がジャングルに響いた。
「ちくしょーなよなよ店長め!」
「うぐっ」
大爆笑の最中、何故か千秋さんが横腹に鉄拳を喰らう。
それでも笑い続けるんだから千秋さんも相当愉快なのだろう。
「春君、隠し事が上手くなったねぇ。全然気づかなかった! すみれちゃんともあんなに話してたのにもー!」
「純さんにいつバレるかヒヤヒヤでしたよー」
「右に同じ」
「見抜けなかったぁー! あーもー……嬉しいじゃんか」
目尻を拭い、純さんは大きく息を吐いた。
「――うーん、じゃあさ、私からも春君へプレゼントがあります」
純さんは急に真面目な顔をして、春仁さんを見つめる。
「純さんから?」
「……うん。あのね、この前私、体調崩して病院で診てもらったでしょ?」
「胃もたれだった、って言ってたあれ?」
「そう。でもね、違うんだ。私嘘ついたの」
「……どこか悪いの?」
はじけていた春仁さんの笑顔が萎んでいく。
「ううん」
純さんはゆるゆると首を横に振った。
「あのね、えっと……私」
誰も声を発せないまま、時が凍りつく。
一秒、二秒、三秒。
沈黙が場を飲み込み、ようやく純さんは――
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